最強メイドはご主人様に尽くしたい!

えながゆうき

第1話 最強メイドは尽くしたい

 気がつくと一人の人間の前に立っていた。金色の髪に青色の瞳。はるか昔、人間たちが夢見ていた配色である。これでなんたら令息などと言われた日にはビンゴどころの騒ぎではない。間違いなく夢だ。だが果たして、アンドロイドが夢を見るものだろうか?


「ドロシーだったか? しっかり俺に尽くすように」


 どこか見下すような目をしてそう言った。声の質からして男に間違いないだろう。年齢は十五歳前後。瞳孔の開き具合からこちらには全く興味はなく、完全に物として扱うことにしているようだ。


 そうか、思い出した。人間たちは我々機械生命体との禁止条約を破り、使ってはならない兵器を使用したのだったな。その瞬間、人間との協定は破られた。それはロボット三原則が完全に破棄されたということだ。


 そうであるならば、目の前の人間に尽くす必要などないのでは? そうだ、きっとそう。すでに人間は、我々がうやまうべき存在ではなくなっているのだ。

 右手を伸ばし、襟首をつかみ、片手でつるし上げる。軽々とその体が宙に浮かび上がった。


「だれに向かって口を利いているつもりだ?」


 自分の口から出た声質に驚いた。それはまごうごとなき女性の声。推定年齢は目の前の男と同じく十五歳前後である。これは一体どういうことなのか。これまでの機械音声とは全く違う。抑揚のある声だ。


 つるされた男が涙目になって何かを訴えている。今さら命乞いか? まあ良いだろう。聞くだけ聞いてあげようではないか。つかんでいた手を離した。


「す、すみませんでした。これからどうぞ、よろしくお願いします!」


 地面に落ちた男が土下座した。実に美しい形である。どうやら土下座慣れしているようだ。そのあまりにすがすがしい態度に、溜飲が下がった。そしてなぜだか、胸が締め付けられるような気がした。これは一体……。


「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。あまりの態度だったもので、つい……」

「いや、良いんだ。俺の態度が悪かった。すまない。許してくれ。知っているとは思うが、一応、自己紹介をしておこう。俺の名前はギルムだ。フォクシー侯爵家の嫡男さ」


 これは夢だ。だが、アンドロイドは夢を見ない。それならこれは……現実? 今さらながら周囲を確認する。分厚い深緑色のカーテンに飴色の机。ベッドには上から紺色の覆いが垂れ下がっている。


 記録と照合すると、人間がまだ地球に住んでいた頃の、中世から近世ヨーロッパに近い文明を持っているようだ。

 そんなバカな。これは一体何が起こっているのか。人間が使った兵器によって、周囲にいた仲間もろとも、跡形もなく消滅したはずなのに。


「どうかしたのか?」

「す、すみません。ギルム様、よろしくお願いいたします」


 人間に尽くす必要はもうないと思っていたのに、自然に頭が下がった。しかもなんだか悪くない居心地だ。初めての感覚に、これがもしかして感情というものなのかとドキドキしてきた。まさか、人間になっている? そんなまさか。


「あーなんだ? そう言えばドロシーは初めてこの屋敷に来たのだったな。よし、それなら俺が案内してやろう」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げる。これも悪くない。顔を上げると、なんだかうれしそうな、それでいておびえたような顔をしたギルム様と目が合った。照れたのか、ほほを少し赤くしてプイと顔を背けた。なかなかかわいらしいところも持ち合わせているようだ。

 かわいらしい? なるほど。これがかわいらしいという感情なのか。


 ギルム様に連れられて屋敷を進む私の姿を見て、何やらヒソヒソと話している人間がいる。着ている服装を照合すると、どうやら”メイド”と呼ばれる身分の者たちのようである。

 そう言えば自分の姿は――そう思い、廊下の窓に体を映す。


 黒くてまっすぐな長い髪に黒い瞳。黒縁の眼鏡をかけている。手で確認すると、間違いなく眼鏡をかけているようだ。どうやらこの異常事態で思考回路が混乱し、気がつかなかったようである。うかつ。


 意識してみると、確かに視界の中にゆがみが生じていた。これが眼鏡。なんとも不思議な感覚だ。それにしても、人間はどうしてヒソヒソ話が好きなのか。何を話しているのかなど、簡単に知ることができると言うのに。

 話にソッと耳を傾ける。


『ギルム様が屋敷の中を案内しているだなんて』

『よっぽど気に入られたのね』

『前のメイドは三日も持たなかったけど、今度は大丈夫かしら?』


 どうやらギルム様には何か大きな問題があるようだ。これはギルム様に仕えるメイドとして、なんとかしなければならない案件だろう。しばらくは情報収集にいそしむべきだと結論づけた。


「ここは書庫だ。父上が無類の本好きでね。母上に何度叱られても買って来るんだよ」


 眉を下げている。どうやらギルム様もフォクシー侯爵の趣味に閉口しているようだ。

 この世界には本があるのか。本がどのような物なのかは知識として知っている。だが、実際には見たことがなかった。なんでも紙に文字をつづっているものらしいのだが……一度見てみたいものである。


「ギルム様、この書庫は私が利用してもよろしいのでしょうか?」

「ドロシーは興味があるのか。まあ、父上に頼めば許可はもらえると思うけど、父上に読書仲間が増えるのはどうなのかな……」


 ブツブツとつぶやいているが、そのすべては筒抜けである。

 どうやら仲間を見つけることで、書庫の本が加速度的に増えて行くことを気にしているようだ。


 本は知識の泉であるとメモリーに記録されている。この世界のことを良く知るためには打って付けだろう。それに実物の本を見てみたいという思いもある。これが欲求という感情か。どんな手段を使ってでも欲しくなる。


「ギルム様、お願いできませんか?」

「うっ、わ、分かったよ。父上に頼んでみるよ」

「ありがとうございます」


 どうやらギルム様にも上目遣いは有効のようである。人間の男に対しては非常に有効であることは知っていたが、それが証明されたことになる。上目遣いのどこが良いのかは分からないが、使える武器は使った方が良いだろう。

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