宇博文

 薄黒の髪と瞳。背は俺より低いものの細身で眉目秀麗。だが、険しい表情が全てを台無しにし、三十路前にしては疲労も色濃い。

 ――この男の名前は宇博文ウハクブン

 宇家の長子にして、本妻の息子だ。

 つまり、オトの腹違いの兄であり、宇将軍亡き後、宇家の内政を担当する切れ者でもある。反面、武才はないらしい。

博文は巻物を見ながら大股で俺達の方へと進み、やがて気付くや吐き捨てる。


「ふんっ。此度も生きて還ったのか、張家の厄介者共が」


 ……なお、口も悪い。

 都を脱出し、山州へと落ちた際も、俺達の受け入れに最後の最後まで反対していたと聞いている。単純に考えれば『反張家派』というやつだ。

 沈黙した俺達に対し、オトが食ってかかる。


「兄上、そのような物言いは聞き捨てなりません! 隻影様達は宇家の大切な恩人です。まして、疲弊の激しい我が軍が対応出来なかった賊の掃討に尽力されたのですよ⁉ どうして、顔を突き合わせる度にけなされるのですっ‼」

「……黙れ、オト。立場を弁えろ」


 苦々しく妹を叱責し、博文が俺を睨みつけてきた。

 瞳の奥にあるのは――拭い難い恐怖。


「この者達の存在は山州に災厄を齎す。【玄】にとって【張護国】は仇敵であり、【栄】もまた叛逆者だとしているのだ。何時攻める口実にされるか、分かったものではない」

「貴方はっ!!!!! むぐっ」


 掴みかかろうとしたオトの口元を押さえ、俺は前へと出た。

 ニヘラ、と笑って博文へ頼む。


「あ~……取り合えず、だ。頑張った兵達へ美味い飯と酒を出してもらっていいか? 戦死者は出なかったが、相応に激しい戦いだったんでな」


 宇家の御曹司は顔を歪め、幾度か言葉を発しようとし肩を怒らせ――目を伏せた。

 苛立たしそうに歯を食い縛る音の後、返答をくれる。


「……貴様なぞに言われずとも、準備済みだっ」

 そう言い捨てるや、次期宇家当主は歩を再開し去って行った。

 生真面目な所は妹にそっくりだ。兵達を飢えさせない貴重極まる人材なところも。

 飯と酒の準備を整えてたのは、嫌々だろうと俺達が負けることなんて微塵も――腕に衝撃。口を押えたままのオトが軽く叩いてきたのだ。白玲の眼が怖い。瑠璃は笑うな。

 手を外すと、すぐさま黒茶髪の少女に頭を下げられる。


「ぷはっ――……あ、兄が申し訳ありません。しかし! 隻影様達が宇家の大事な客人であることは御祖母様も認めておられます。家中の者達も『武徳』の民達も、盗賊討伐に深く感謝を。亡き母に誓って嘘ではありませんっ‼」

「分かっています」「ほら、宇家のお姫様が簡単に頭を下げないの!」


 白玲と瑠璃は応じ、手を取る。

 対して俺は黒猫がよじ登ろうとするのを防ぎ、淡々と博文を評した。


「悪い奴じゃないしなー。俺は自分の役割に忠実な奴、嫌いじゃないぜ? 宇家の御曹司に武才がなくたっていいじゃねぇか。何せ――各州と切り離されても民と兵を飢えさせてない。大したもんだ。漢ならかくあるべしっ! ってやつだな、うん」

「「「…………」」」

「な、何だよ?」


 変な生き物でも見たかのように、三人娘の視線が俺へ集中。

 瑠璃が額を押さえ、オトが白玲へ会釈する。


「……自分が一番敵視されていて、その台詞? 白玲も大変ね」

「心から尊敬致します」

「もう慣れました。コツは気にしないことです」

「……おい、お前等様?」


 そこまで変なこと言ってないだろうがっ⁉ ……言ってない、よな?

 やや不安になっていると博文がやって来た廊下の奥から、白髪の老婆がやって来た。

 幾度か会ったことのある、宇家の現最高権力者付きの女官だ。

 俺達へ黙礼し、紙片を黒茶髪の少女へと差し出す。


「御嬢様、此方を」


 オトは素早く目を通し、頷いた。


「――ええ、分かったわ」


 老女官が廊下を戻って行く。

 その背中を見送り終え、オトが俺達へ恭しく依頼してきた。


「隻影様、白玲様、瑠璃様。御祖母様――宇家当主代行、宇香風様がお呼びです。一連の賊討伐の功を称するのと、中原の情勢について相談したい、と。戦場より帰ったばかりなところ、心苦しいのですが、お付き合い願えますか?」

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