武徳
「まったくっ! 目を離すとすぐにこれです。貴方は今回の作戦前に私へこう言いましたよね? 『無理無茶は絶対にしない。大人しくしておく』と。それがどうですかっ! 私がいない時に単騎で賊を止めるなんて――……隻影! 聞いているんですかっ⁉」
山州の中心都市『武徳』。俺達が滞在している宇家の広大な屋敷。
その独特な紋様や細工の施された廊下に、張白玲の不機嫌そうな声が轟いた。
長い銀髪を緋色の紐で結い、着ている服はオトと色違いで、白と蒼基調の民族衣装。腰の【白星】が荒々しく音を立てる。
俺は両手で、今にも詰め寄ってきそうな幼馴染の美少女を押し留める。
「聞いてる、聞いてる。そ、そんなに怒るなよ。事情が多少変わったんだって」
「そ・れ・が! 話を聞く態度ですか?」
刃のように鋭い蒼眼が俺を容赦なく貫く。
目を逸らし、左肩に乗った黒猫のユイを撫でている、金髪翠眼の少女へ救援を請う。
「瑠璃、瑠璃様。神算鬼謀な軍師様! 何卒、この憐れな地方文官志望をお助けください。怒れる張白玲様をどうにかこうにか宥める知恵を……」
「はぁ? 助けるわけがないでしょう?」
左目を前髪で隠した少女は冷たく拒絶し、黒猫を俺へ差し出してきた。
受け取ると数歩先へと進み、青の髪紐で結んだ金髪を躍らせながら、淡々と毒づく。
「別に策が乱れても、挟撃をかければ何の問題もなかったわ。なのに――あんたは単騎で止める手を選んだ。お説教は覚悟の上だったと理解しているけれど?」
「ぐぅ」
完全に見透かされていて何の反論も出てこない。
近寄って来た瑠璃が背伸びをして俺の右頬を、背中に回り込んだ白玲が左頬を人差し指で突いてくる。
「白玲も私も、別にあんたが賊程度に不覚を取る、なんて思っちゃいないわよ。だけど――それを私達がいない局面でするのを止めろ! って言っているの。分かるかしら、自称地方文官志望な張隻影さん?」
「付き合わされるオトさんの身にもなってください。あの方、物凄く真面目なんですよ? 『武徳』に着くまでの間、何度、私達に頭を下げられたと?」
「……ハイ。すいませんでした……」
俺は力なく謝罪の言葉を口にし、両手を軽く掲げ全面降伏した。
麒麟児と神算鬼謀の仙娘に敵うわけがないのだ。
「瑠璃様、白玲様、隻影様、お待たせしました!」
噂をすれば何とやら。軽やかな足音と共に黒茶髪の長身少女が、後方から駆けてきた。
手には小袋を持っている。
軍功と快活な性格から、山州では『次期宇家頭領!』と抜群の人気なんだが……。
「そんなに走らなくても大丈夫よ」「オトさん、お疲れ様です」
「はいっ!」
オトの背中でパタパタと揺れる尻尾が幻視出来る。
この二人の前だと、『虎』というより『子猫』だな、うん。
「お疲れ。そいつは?」
ようやく白玲達から解放された俺は黒猫を左肩へ載せ、オトヘ話しかけた。
すると、黒茶髪の少女はきびきびと小袋から中身を取り出す。
――手に乗っているのは、酷い汚れのついた小箱。
「子豪が隠し持っていた品です。他は銀子や宝石等だったのですが……これだけは不可思議だったのでお持ちしました。尋問したところ、名も無き朽ちた廃廟で入手したものの、戦斧を叩きつけても開錠出来なかったと」
「戦斧でも開かない小箱、ですか……」
「古廟って時折出て来るのよね、得体の知れない物が。あんた達の【天剣】みたいに」
白玲が不思議そうに小首を傾げ、瑠璃が怪異に出会ったかのような顔になる。
確かに【黒星】と【白星】は落ちた星で打たれた武器なんだが……普通の剣だ。
恐ろしく頑丈で、どれだけ戦おうが刃毀れ一人付かず、斬れ味も鈍らないが、巷で流布される『手に入れた者は天下を統べる』なんて力はない。
うちの軍師様は下手に知識があるせいか、物事を大袈裟に捉えがちだ。言わないが。
「よっと」
俺は指で小箱を弾いてみた。
――微かに鋼鉄や銅とは異なる耳馴染みのない金属の音が響く。間違いないな。
「この高い音。おそらくは材料は落ちた星だ。並の武器なんかじゃ斬れないな。『鍵』が必要だと思うぞ。【黒星】で試してもいいが、中身まで斬っちまいそうだ」
千年前の俺や大丞相、王英風と共に、大陸北方で今も聳える桃の大樹前で天下統一を誓った煌帝国初代皇帝、飛暁明ならばもっと詳しく知ってただろう。あいつは、様々な材料を用いた武具や道具作りに熱心だった。
ただ、あの頃でもこんな小箱は見た記憶がない。前世の俺が『老桃』で死んだ後に作られた物か?
つらつらと考え込んでいると、少女達が俺へジト目を向けていた。
「「「…………」」」
「な、何だよ?」
再び白玲と瑠璃の指が伸びてきて、俺の両頬を突いてくる。
「隻影、何処でそんな知恵を得たんです? ……どうせ、明鈴絡みでしょうけどっ!」
「あんたも時折変な知識持ってるわよね。さ、とっとと白状しなさい」
「――……いや、どっかで読んだ、ぞ?」
まずったっ! こうやって、前世では当たり前だったことを、何でもないかのように話してしまうのは、俺の悪癖なのだ。
俺達の様子を見守っていたオトは小箱を袋へ入れ直し、差し出してきた。
「此方は隻影様にお渡ししておきます。御祖母様からも『出所不明の宝はあいつ等に渡しな』と命じられておりますので」
「えー、いらない、ぐっ」
断る前に、白玲と瑠璃の肘が俺の鳩尾に軽く叩きこまれた。
……あ、恥をかかすな、ですね。承りました。
目でオトへ謝意を示し、袋を受け取る。
「じゃあ……預かっておく。必要になったらすぐ言ってくれ」
「そんなことにはならないと思います。皆様に恩義を返すのは私の方なので」
「……もう十分返してもらってるからな?」
ぽんぽんとオトの肩を叩く。真面目過ぎるのも考え物だ。
俺は黒猫を降ろし、少女達へ向き直る。
「さて、この後は――」
言い終える前に、礼服姿の男が奥から姿を現した。
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