張隻影

「楯を寄越せっ! 俺が突撃するっ‼ てめえらっ、援護しろっ!!!」

『! お、おおっ‼』


 頭領の激を受け、賊達の士気が多少回復。

 俺やオト達へ矢を放ち始めると、子豪は犬歯を剥き出しにし、馬を走らせ始めた。

こいつ、前線で戦う将の役割――『兵を鼓舞する』を知っていやがる。中原の軍人崩れって話は本当か。

 矢を更に速射し、子豪と弓を持つ賊、俺に当たりそうな矢を狙い撃つ。

 全ての矢が狙い違わず、楯に突き刺さり、空中の矢を落とし、弓の弦を切断する。


「と、飛んでる矢を狙って落としてやがるのか……?」「ば、化け物だっ」「な、何だ、何なんだ、こいつはっ⁉」「黒髪紅眼に腰の黒剣……ま、まさか、こいつが張家のっ!」

 機を合わせ、火槍と弓の一斉射撃。

 再び賊達の士気が崩壊していく中、楯を放り捨てた子豪は戦斧を両手に持ち替え、振り下ろしてきた。


「おらぁぁぁぁっ!!!!!」「おっと」


 愛馬の手綱を引いて躱し、後方を確認する。

 弓を喪った賊達に対しオト達も姿を現し、距離を詰め始めた。良い機だ。

 満足していると、左腕に血を滲ませた子豪が怒号を発した。


「急所を狙わねぇ、矢が効くかよっ!」

「バレたか。胸甲を加工した矢避けの盾とは面白いもんを作ったな、っと」


 捕まれば、自分が破滅することを理解しているらしい盗賊の頭領は、必死の形相で馬を走らせてくるも、『絶影』の脚がそれを許さない。

 振るわれる戦斧は空を切るばかり。

 反撃の矢が頭の布の結び目を吹き飛ばし、淡い黒髪が露わになる。


「くっ! ちょこまかとっ‼」


 頭に血が上ってきていやがるな。俺は橋の半ばまで後退し、からかう。


「お前、それだけの腕で、どうして賊なんてやってるんだ? 宇家軍とかに入らないか?? 絶賛人材不足中みたいなんだが」

「黙れぇぇぇっ!」


 怒りで顔面を真っ赤にした子豪が、馬をけしかけようとした――正にその時、


『っ⁉』「お~来たな」


 銅鑼の音が鳴り響いた。

 宇家軍の猛攻を受け、気息奄々と言った様子の賊達の後方に巨大な軍旗が翻る。


 ――『張』。


 直後、数百の騎兵が雄叫びを上げながら、突撃を開始した。

 子豪が目を見開くと右手の袖から、子供が作ったかのような木製の腕輪が覗く。


「あ、あの軍旗……ま、まさか、ち、張家軍だとっ⁉」

「悪いな、俺は単なる時間稼ぎ役だ」


 総指揮官なのに、【黒星】と対を為す【白星】を抜き放ち、騎兵の先頭を駆けている銀髪蒼眼の美少女を見やりつつ叫ぶ。


「もう一度言う――武器を捨てろっ! 罪は償わせるが、この場で命は取らない」

『…………』


 依然として火槍と弓の激しい射撃に曝され、荷馬車や木箱に隠れていた盗賊達が顔を見合わせる。もう一押しか。

 頭上で戦斧をぶんぶんと振り回しながら、子豪が突っ込んで来た。


「お前を殺せば、橋は抜けられるっ! 腑抜けの矢如きで俺を倒せると思うなぁぁぁっ‼」

「――……仕方ねぇなぁ」


 風を斬り裂きながら大上段に振り下ろされる戦斧に対し、


「っ⁉ 馬鹿な、がっ!」


 俺は弓を頭上に放り投げ、腰から片手で【黒星】を一閃!

 ――戦斧の穂先が宙を舞い、光を反射させた。

 即座に剣の柄で鳩尾を突き、呆けた子豪を落馬させ、弓を左手で取って名乗る。


「我が名は張隻影っ! 【張護国】の息子なりっ‼ 最後だ。投降しろっ!!!」


『~~~っ!?!!!』


 賊達の士気が完全に崩壊し、武器を捨て、地面に這いつくばった。

親父殿の威光は西域でも健在だな、うんうん。

 俺が誇らしさを覚えていると、オトが馬を走らせてきた。後方の兵達が子豪を取り囲み、縄で捕縛していく。


「捕虜は殺すなよー? 盗んだ物の在処を吐かせないとだからな。負傷者の手当には万全を――……えーっと、オト、さん? この紐はなんでございましょうや?」


 今回も、宇家の血筋として見事な指揮ぶりを見せた年下の少女は、黙ったまま馬を寄せる屋、俺の左手首に黒の紐を結び付けた。

 自分の円匙と火槍を背負い、お澄まし顔で説明してくれる。


「白玲様、瑠璃様から『隻影が馬鹿なことをしたら』『これで縛って、連行しなさい』と。言わずもがなですが……私も少々怒っております」

「な、んだと?」


 兵達へきびきびとした様子で指示を出す銀髪の美少女へ視線を向ける。

 相当の距離があるのに、あっさりと気付かれ目が合った。唇が動く。


『後でお説教です。逃げないように』


 張白玲、怖い。…………に、逃げてぇ。

 白玲に少し遅れて馬を走らせて来た、青い帽子と衣装が印象的な金髪翠眼の少女――自称仙娘にして、俺達の軍師である瑠璃へ目で救援を乞うも、軽く手であしらわれた。


『あんたが悪いわ。諦めなさい』


 うちの軍師様も酷い。

 俺はげんなりし、【黒星】を鞘へと納めた。


「……くっくっくっ」


 兵達に取り押さえられた子豪が、くぐもった嘲笑を零した。

 顔を無理矢理上げ、俺へ罵倒を浴びせる。


「謀反人【張護国】の遺児共がこんな鄙の地まで落ち延びて、再起でも期すつもりか? はんっ‼ 笑わせるんじゃねぇよっ!!! お前達は負けたんだっ!!!!!」

「貴様っ!」「オト、落ち着け。……ありがとうな」


 俺に代わって、怒りを叩きつけようとしてくれた少女に礼を言う。

 そして、馬を降り、鞘ごと【黒星】を引き抜き、


「ま、大体はあってる。俺達が敗残兵なのは間違いない。……だがな」


 子豪の前に思いっきり突き刺し、瞳を間近で覗き込む。

 すると、盗賊の顔から血の気がなくなり、滝のような冷や汗が零れ落ちていく。


「白玲の前で親父殿を蔑んだら――殺す。そんなことを俺にさせないでくれ、な?」

「………………」


 戦意を完全に喪い、ガタガタと震える子豪の肩を叩き、俺はオトヘ目配せ。

 察しの良い黒茶髪の少女が背筋を伸ばし、兵達へ命令する。


「皆、御苦労様でした! 賊共を捕縛後、『武徳』へと帰還しましょう。捕虜への危害は厳に禁止とします。宇家と張家の名誉、汚すことなかれっ‼」

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