第一章
山賊狩り
「
樹木に隠れ、眼下の街道を警戒していた短い黒茶髪の少女――亡き【
西域特有の民族衣装に軽鎧。手には金属筒を取り付けた竹の棒――火薬で小石や金属片を飛ばす『
周囲に潜む宇家の兵達がオトを見つめ、次いで俺へ咎めるような視線を送ってきた。
兵達にとってオトは亡き主君の忘れ形見。たとえ本人が『宇
「応! オト、流石だな」
それでも、俺――張家の拾われ子である隻影は少女を心から称賛した。
半年前、【栄】の愚帝と奸臣、林忠道によって【護国】張泰嵐は首府『臨京』で処刑。
憔悴していた俺達を、宇家の支配地である西域、その中心をなす『山州』へと導いてくれたのは、年下ながら頼りになるオトなのだ。
俺は黒の軍装を手で払い、眼下を見下ろした。
東側には人を寄せ付けない峻険な崖。俺達の潜む西側には鬱蒼とした森林。
そして、南に小さな石橋を持つ街道を賊がゆっくりと進んで来る。
ここ数ヶ月間、山州の中心都市『
「俺達が討伐してきた賊共よりも統率されているな。中央の戦斧持ちが……あ~」
「『虎殺し』を自称する
自然な動作で、オトが俺の下へ戻って来た。
……だからこそ、栄の領土外ではあるものの、緩やかに従属している友好的な少数部族達から討伐を懇願されたってわけか。
「総員傾注」
オトと兵達の間に緊張が走った。
俺や張家長女の
なのに、何故か俺はこうして指揮官になっている。
千年前を生きた、煌帝国の『大将軍』
腰に提げた【天剣】と称される双剣の一振り、【黒星】の鞘を叩く。
「そんなに気張るなって。全部、うちのおっかない軍師様の予定通りだ。なーに、相手は『虎殺し』らしいが、お前等が今まで相手にしてきた奴等と比べれば産まれ立ての子犬みたいなもんだろ? 因みに……俺はうちのお姫様の方がおっかない。秘密だぞ?」
兵達が失笑を漏らす。多少は緊張もほぐれたようだ。
オトも微笑し――凛とする。
「射程に入り次第、火槍、弓は射撃を開始。街道で賊の足を止め、背後を突かれる白玲様、瑠璃様の隊と挟撃、殲滅する! 【玄】の狼共と戦い、生き残った我等の強さ――驕る『虎殺し』へ見せつけてやりましょう」
『はっ! 我等がオト様っ‼』
兵達が一斉に持ち場へつき、火槍と弓の準備を始める。
今まで散々嗅いできた、火薬の臭いは鼻をつく。
ここ三ヶ月、数多の賊徒達を戦死者零で討伐してきた連中だ。
どうこう指揮しなくても――
「お?」「え?」
俺とオトは思わず呟いた。
――峡谷で賊の隊列が停止している。
中央で馬に跨る巨漢の戦斧持ちが血相を変えて何事かを叫ぶや、賊が行軍速度を一気にあげた。狭い街道を突破する腹のようだ。黒茶髪の少女が目を見開く。
「どうして……」
「火薬の匂いに気付いたか。鼻が利く奴だな。――オト」
俺は弓を手に、傍らの黒馬『絶影』へひらりと跨った。短く指示。
「俺が先頭の足を止める。お前は瑠璃の策通り、横合いからの射撃で混乱をさせてくれ。音を聞けばすぐ白玲達も来る」
「せ、隻影様っ⁉ だ、駄目――」「頼んだ!」
慌てる少女を置き去りにし、俺は愛馬を走らせた。
黒髪を風で靡かせながら森を飛び出すと、一気に視界が広がった。
賊が石橋を突破する前に街道へと踊り出す。
弓に矢を三本つがえ、 振り向きざまに速射。
『~~~っ⁉』
必死に走って来る賊の肩を次々と射抜く。
続けざまに――十数人程を戦闘不能にした後、俺は小橋の前で愛馬を導く。
呆気に取られ、動きを停止させた賊達に話しかける。
「罠にいち早く気付いたのは誉めてやりたいんだが」
殊更ゆっくりと矢を弓へつがえ、中央にいる額に黒い布を巻いた二十代後半と思しき男――『虎殺し』の子豪と視線を交錯させ、揶揄。
「悪いな、お前等にはここで縛についてもらう。武器を捨ててくれれば命は取れない。いやまぁ……その後はどうなるか知らんが。ほら? 何せ廟荒しだしな、お前等」
「ぬかせっ!」「小僧がっ!」「死ねっ!」「止めろっ!」
数少ない馬を駆る三人の男が激高し、子豪の制止を振り切り俺へ向かって突っ込んできた。手に持っているのは戦斧や金属製の棍棒。……遅いな。
容赦なく矢を放ち、接近をさせないまま、肩を、腕を、腿を射抜く。
『ぎゃっ!』『っ!?!!!』
悲鳴をあげ、その場に転がった男達を見て賊達が分かり易く怯む。
「止めとけ、止めとけ。お前達じゃこの距離は踏破出来ないって。――それに」
雷のような轟音が響き渡る。オト達が火槍による射撃を開始したのだ。
弓よりも有効射程は短く、命中率にも劣る為、倒れた賊はいないが……
「~~~っ」「ち、畜生っ!」「な、何だ⁉ 何なんだ、こいつはっ!」「も、もう駄目だ」「宇家の連中は仙術を使いやがるのか?」「お、おい、どうすんだよっ⁉」
音は戦場において、恐怖を拡散する。
続けざまの射撃で幾人かが負傷し、運んでいた木箱等を打ち砕かれて混乱が賊達の間に伝わっていく。死戦場を乗り越えたオトと宇家の精兵達は火槍の『力』を理解している。
この分なら、俺は楽を出来そう――子豪が自分の身に着けている栄軍の正式鎧を思いっ切り叩き、巨大な楯を手にして咆哮した。
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