約束
銀髪の少女は身体を傾け、自分と俺の肩にくっつける。
嫌じゃない沈黙の後、真摯な謝罪。
「……春燕、引き離しちまって悪かったな。お前、あいつのことを気に入ってたのに」
「それを言うなら貴方だって、空燕を気に入ってましたよね? 『目端が利く』って」
「まぁ、な」
先の死戦が初陣だったにも拘わらず、生き残った異国出身の双子を臨京へ送り出したのは、完全に俺の我が儘だ。
戦場で類稀な才を示したからこそ……少年少女は死に易い。
多くの者は調子に乗ってしまうからだ。各文献がその冷厳な事実を教えてくれる。
これは千年前も、今の世も変わらないことなのだろう。
生きていれば、あの双子は何れ張家に多大な恩恵を齎してくれる。死なすには惜しい。
……考えてみると張家に拾われて以来、自分の我を押し通したのは、白玲絡み以外だと初かもしれん。ま、春燕は白玲付きだったんだが。
長椅子の上で丸くなって眠る白猫を見つめ、零す。
「本当はお前も明鈴と一緒に都へ、っ! は、白玲さん……?」
俺の首筋に白玲が犬歯をつけ、ギロリ。
頬がほんのりと染まっている。
「……続きを口にしたら、噛みます」
「もうしてるじゃねぇかっ⁉ ええぃ、張家の御姫様ともあろう者がはしたないっ」
「大丈夫です。貴方しか噛まないので。かぷっ」
「どういう理屈っ! うおっ」
俺がなおも噛み続けようする白玲を止めようとすると――逆に押し倒されてしまった。
間近には誰よりも見て来た少女の顔。
瞳は潤み、そっと俺の頬を指でなぞってくる。
「私は貴方の傍にいます。時には背を預けて。時には背を預かって。……たとえ」
嗚呼……こいつも気づいていたんだな。
次の戦は『赤狼』や『灰狼』、そして、あの恐るべき黒衣の将――瑠璃の両親や一族の仇であり、追撃戦で徐飛鷹率いる徐家軍残余を壊滅させた【黒刃】ギセンと戦うよりも、遥かに困難であろうことに。
少女が俺に誰よりも美しく微笑みかける。
「それが死を覚悟しなければならない戦場であったとしても」
「…………白玲」
戦場の拾われ子である俺を、字義通り救ってくれた恩人に手を伸ばす。
すると、白玲が倒れこんできた。
寝台脇の【黒星】と【白星】が音を立てる。
俺の手を取り、自分の心臓に押し付け、銀髪の少女が目を閉じた。
「今更、『自分一人を犠牲に』なんて、絶対にさせません。……させません」
小さく静か。なれど――恐ろしいまでの覚悟。
俺は少しだけ躊躇した後、白玲の肩を抱く。
ビクッ、と華奢な肢体が震えた。
背中をゆっくりとさすり、幼名で呼びかける。
「ったく……雪姫は我が儘だな」
「……何度も言わせないでください。貴方にだけです」
「じゃあ、俺が我が儘を言ったら?」
「勿論聞きません」
「酷いっ! 張白玲様、酷いっ‼ 王明鈴よりも悪辣っ!!!」
「そこで、あの子の名前を出さないでください。噛みますよ?」
「だ、だから、噛むなって!」
「「――ふふふ」」
二人して笑い合う。何時の間にやって来ていたハクもちょこんと座り一鳴き。
大丈夫だ。俺達は一緒にいる限り、絶対に戦場で死にやしない。
この千年で様々な伝説に彩られた【双星の天剣】を持つ者は、戦場で斃れることを許されてはいないのだから。
手と手を合わせ、頷き合う。
「ま、よろしくたのんだ」
「はい たのまれました」
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