剣舞

「……はぁ?」


 言葉の意味が理解出来ず、俺は首を傾げる。

 すると、白玲が背伸びをして詰め寄ってきた。


「だ、だからぁ! あ、貴方に託された【白星】が、何度試しても、どうしても抜けないんですっ! そ、相談しようとは思ったんですよ? でも……言い出せなくて」

「いやいや。そんなわけないだろ。ちょっと待ってろ」


 俺は【黒星】を手にし――ゆっくりと抜き放った。

 漆黒の剣身が月と星の光を吸い込み反射させ、天井や壁に幻想的な光を顕現させる。

 煌帝国の初代皇帝飛暁明はこいつを見るのが好きだった。

 鞘へ剣を納め、白玲に話しかける。


「抜けたが? 大体、グエンを討った時はお前だって普通に抜いてただろ? 何で今更抜けなくなるんだよ?」

「し、知りませんよっ。貴方が怪我をした後、自分の部屋で何度も鞘から抜いてみようと思ったんです。でも、鍵がかかったみたいに抜けなくて……。で、でもっ! か、返しませんからねっ! この子は私のですっ‼」


 白玲は【白星】を抱きかかえ、警戒するかのように身体を小さくしている。

 ……何時もは頭も切れるんだがなぁ。

 俺は手を伸ばし、少女の頭をぽん、と軽く叩く。


「んなこと言わねーよ。取り合えず、だ? 今ここで抜いてみようぜ。武器として使えないなら、他の武器を選ばないといけないしな。貸してみてくれ」

「……それは、そうですけど……そんなの絶対嫌ですし……」


 白玲はちょっと泣きそうになりがら、剣を俺へ手渡してきた。

 【黒星】と【白星】――二対合わせて【双星の天剣】。

 『皇英峰』の記憶が蘇る。ああ、そうだったな。

 灯りを手にして、白玲へ片目を瞑る。


「ちょっと付き合ってくれよ」

「え? 隻影??」


 俺は双剣を腰に差し内庭へと出た。少女も後からついてくる。

 灯りを柱にかけ、白玲へ手で距離を取るように指示。

 目を閉じ、ふっ、と息を吐き――


「⁉」


 一気に【天剣】を抜き放ち舞う。

 漆黒と純白の閃光が走り、時に離れ、時に交差する。

 懐かしい……とても懐かしい感覚だ。かつての『皇英峰』も剣舞が誰よりも得意だった。

 双剣を鞘へ納め、【白星】を白玲に投げ渡す。


「ほいよ。次はお前の番だぞ? そいつはお前の剣なんだから」

「…………う~」


 両手で受け取った少女は嬉しそうに、悔しそうに呻いた。

 俺の傍までやって来たので、頷く。

 白玲は剣の柄に手をやり、


「――……え?」


 明らかに緊張した様子で引き抜くと、【白星】は眩い光と共に抜き放たれた。

 庭にいたらしい白の子猫が驚いて飛び出し、抗議の鳴き声をあげ走り去る。

 後頭部に両手をやり、呆然としている白玲の手から剣を取り鞘へ。


「抜けたなー。良かった、良かった。一件落着だ」

「ほ、本当に抜けなかったんですっ! ほんとのほんとなんですっ‼ 私は貴方に嘘を絶対つきませんっ!!!」


 寝間着姿の少女は俺の胸に飛び込み、必死に訴えてきた。

 薄手なこともあり体温を感じてしまう。心臓に悪い。


「分かった、分かった。使えるなら問題は解決! だろ?」

「……そうですね……もしかして、隻影が傍にいてくれたから……?」


 頬を薄っすら染め、ぶつぶつと呟き身体を揺らし、次いでジタバタ。


「は、白玲さん?」

「ひゃんっ! ……何ですか?」


 心ここに非ずだった少女は字義通り跳び上がり、髪を弄りながらそっぽを向いた。ただし、耳は真っ赤だ。何かあったのか?

 訝しく思いつつも、軽く左手を振る。


「いや……そろそろ自分の部屋へ帰って寝ろよ。明日から朝の鍛錬、再開すんだろ?」

「――……そう、でしたね」


 普段の態度を取り戻した白玲は、俺の考えに同意した。

 数歩進んで、両手を腰に回しながら踵を返し、美しく微笑んだ。


「では、戻ります。貴方も寝坊しないでくださいね?」

「善処はする。おやすみ、白玲」

「おやすみなさい、隻影」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る