第一章

復興の街

「おお~。数日で随分、復興が進んだな!」


 栄帝国北辺、湖洲コシュウの中心都市『敬陽』東部地区。

 修復の進む建物から規則正しく響く木槌の音を聞きながら、俺――敬陽を守護する張家の拾われ子である隻影セキエイは感嘆を零した。

 二ヶ月前――大河以北を有する【玄】の侵攻を受け、敬陽は大きな被害を受けたのだが、大穴の開いた屋根や壁は修復され、焼け落ちた柱も殆ど片付けられている。


「そうですね。計画よりも随分早いです」


 俺の隣で目を細めていた、紅の紐で結った長く美しい銀髪と宝石のような蒼眼が印象的な美少女――張家の長女である白玲ハクレイが頷く。

 一見素っ気ない口調だが瞳は優しい。

 俺達は毎日のように、こうして二人で各地区の様子を見に巡っているので嬉しさも一際なのだ。

 普段通り白基調の服を纏っている幼馴染の少女へニヤリ。


「親父殿が復興の陣頭指揮を執った成果ってやつだな」


 白玲の父であり、玄から栄帝国の北辺を長年に亘って守り続けている【護国】張泰嵐は名将だが、内政も得手にしているのだ。……今度、コツを教えてもらうか。

 俺が腕組みをし独りで納得していると、白玲がジト目を向けてきた。


「……変な顔ですね。どうせ『地方の文官になる為には』云々と、世迷言を考えていたんでしょうけど、叶わない夢です。とっとと諦めてください」

「なっ⁉ お、お前……い、言っていいことと悪いことが世の中にはあるんだぞっ!」


 堪らず文句を言う。戦場で勇を示す武官ではなく、平凡な書類仕事を毎日こなす、さして忙しくもない平和な地方文官になるのは俺の夢なのだ。

 だがしかし……拾われて以来、十年以上一緒に過ごして来た張白玲には通じない。

 防火用の水瓶に移った黒基調の服を来た俺を、細い指で崩しお澄まし顔。


「今朝の書類仕事も私の方が早く終わりました」

「そ、それは、お前が俺に『怪我をした左腕は出来る限り使わないように』なんて言ったからだろうがっ⁉ そうじゃなきゃ――」

「あら? 天下の『赤狼せきろう』を討った張家の隻影様ともあろう御方が言い訳を?」


 白玲はわざとらしく、細い指を自分の顎につけ小首を傾げた。腰に提げている純白の鞘に納まった剣――【天剣てんけん】と称される双剣の片割れ【白星はくせい】が揺れる。

 こ、こいつ……俺をからかう時だけ、歳相応の可愛らしい表情を見せやがってっ!

唇をへの字にしながら、思い返す。


 ――人跡未踏の大森林と七曲ナナマガリ山脈を一軍と共に踏破。


 交易国家【西冬】を降し、敬陽に襲い掛かった玄帝国の猛将『赤狼』のグエン・ギュイは強かった。

 千年前、史上初めて大陸統一を成した煌帝国で【天剣】を振るい、生涯不敗を誇った大将軍『皇英峰コウエイホウ』の記憶を朧気に持つ俺が一度は破れかかる程に。

 勝てたのは、粘り強く戦い続けてくれた将兵及び住民達の献身。

 臨京から最精鋭部隊と共に戦場に駆けつけてくれた親父殿の果断。

 何より――俺は照れ隠しに、【白星】と対となる【黒星こくせい】が納められている漆黒の鞘に触れた。


「グエンに勝てたのは俺だけの力じゃない。親父殿も――お前だって来てくれただろ?」

「っ! ……当然です。貴方は私がいないと駄目ですから」


 白玲は息を呑み、誰よりも綺麗な瞳を大きく見開いたが、すぐさま平静を取り戻し、陽光に輝く銀髪を手で払った。

 大きく肩を竦め、俺は慨嘆する。


「ひっでぇなぁ。はぁ……昔の可愛かった張白玲は何処にありや?」

「私の台詞です。早く昔の素直で可愛かった隻影を返してください」

「「っ‼」」


 俺達が何時ものように睨み合っていると、屋根に登り建物の修復を手伝っている兵達や、資材を運搬している顔見知りの住民達が声をかけてきた。


「白玲様、隻影様!」「若、傷はもうよろしいんで?」「噂には聞いてましたが……」「本当に御二人で巡ってるぅ~♪」「朴念仁な若もようやく女心を理解されたんですね!」

「「…………」」


 俺と白玲は互いに顔を見合わせ、半歩後退した。妙に気恥ずかしい。

 黒髪を乱雑に搔き乱し、皆へ叫ぶ。


「……お前らなぁ。ったく。怪我しないように気をつけろよー」


 兵と住民達は嬉しそうに手を振ったり、胸を叩いたりして作業へ戻っていく。

 攻防戦以降、今みたいに声をかけられることが増えた。柄じゃないんだが。

 後頭部に両手を回そうとすると「左手は駄目です」と白玲に袖を掴まれてしまった。

 宙ぶらりんになった右手を戻し、鞘に触れ銀髪の美少女へ質問する。


「でー? この後はどうするんだ??」

「今日の視察はこの地区でお仕舞いです」

「了解」


 二人でゆっくりと路地を進む。こういう時間も悪くない。

 俺は隣を歩く白玲へ提案してみる。


「なら、折角だし市場も覗いていこうぜ? 歩き回って腹が減ったよ、俺は。何処かの誰かさんが過保護なせいで、ここ最近、視察が終わるとすぐに屋敷へ帰ってたしなぁ~」

「……認識の違いがあるようですね」


 白玲は分かり易くむくれると俺の前へ回り込み、片手を左腰につけた。

 細い指を突き付けて詰ってくる。


「いいですか? 貴方は怪我人だったんですよ? それも、普通なら半年は物も持てない位の。一ヶ月足らずで回復しているのがおかしいんです。猛省してください」

「俺が謝るのかよっ⁉ 百歩譲って、お前が過保護だったのは間違いない――」

「貴方を一人でウロチョロさせるな、と父上にも言われています。文句があるなら直接言えば良いのでは?」

「ぐぅ」


 間髪入れない回答に俺は呻くことしか出来ない。

 親子なせいか、豪放磊落に見える親父殿も案外と過保護なのだ。

 視線を逸らし、目を細めている美少女を宥める。


「まぁ、もう大丈夫だって。痛みもなくなったし、俺にも分別の一つや二つ――」

「ありません。貴方はすぐ無理無茶をします。巻き込まれる私の身にもなってください」

「そ、そこまで言うことないだろうがっ!」


 酷い。張白玲、酷い。

 昔はこう見えて本当に可愛かったのだ。何処へ行くにも後ろを着いて来て――……


『巻き込まれる私の身にも』?


 俺が沈黙すると、白玲は訝し気に続けてきた。


「……何ですか、その目は?」

「あ~えっと……俺に事件やらに巻き込まれたら、お前が一緒に関わってくれるのは確定なんだな、って」


 直後、強風が吹き、銀髪と紅い髪紐が揺れた。

 言葉の意味に気付いたらしい白玲は、見る見る内に首筋と頬を真っ赤に染め、


「う~~~!」


 両手で俺をポカポカ殴ってくる。


「ひ、左腕を意識的に狙うなっ! 仮にも怪我人だったんだぞっ⁉」


 抗議しながら、ひょいひょいと躱し続ける。

 すると不機嫌そうに頬を膨らまし、白玲が淡々と通告してきた。


「……分かりました。治ったのなら明日以降はもう容赦しません。朝駆けと剣と弓の鍛錬も全部再開します。まさか、嫌とは言いませんよね? 治ったんですからねっ!」


 ひ、卑怯なっ! 

 だが同時に、ここで抵抗しても無駄なことはこの十年間で学習済みだ。

 つまり、この局面で俺が取るべき選択肢は――これだっ!


「……あ~朝駆けは」「よ・い・で・す・ね?」

「…………ハイ」


 交渉事に持ち込もうとした俺の目論見は白玲の凄みにあっさりと霧散した。

 明日から寝坊出来ないのか……そうか。

 やや黄昏ていると、花の香りが鼻孔をくすぐった。


「? 白玲??」


 突然、幼馴染の少女が俺の左袖をそっと摘まんできたのだ。

 二人きりの時ならいざ知らず、人前では滅多にこんなことしてこないんだが……。

 まじまじと見つめていると、早口で説明してくる。


「貴方が市場で迷子になったら困るので。……本当に痛みはないんですね? 嘘じゃないですね?」


 少し言い過ぎた、と思ってしまったようだ。……やっぱり、こいつは優しいんだよな。

 俺は手を伸ばし、少女の髪についた埃を取った。


「大丈夫だって。ありがとうな」

「……別に良いです」


 そう言うと、白玲は照れ臭そうに俯いた。

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