序章 中
『王家の麒麟児 明鈴殿
久しぶりの手紙となり申し訳ありません。
戦場で負傷し、筆をとることが出来なかったのです。
どうか、ご無礼御を御許し――……。
周囲の人間に散々言われたから真面目に書いてみたんだが、むず痒くなるな。
此処からは普段通りに書かせてもらう。
まず、親父殿達を敬陽へ送り込んでくれた礼が遅れてすまん。
左腕を負傷していても手紙の一通や二通は問題なく書けたんだが……怖い怖い張白 玲様に常時見張られていてな、無理だったんだ。許せ。
お前も知っての通り、俺には地方の文官になる夢がある。命は惜しい。
今も猫と一緒に隠れて、倉庫でこれを書いているくらいなんだ。
あいつ、俺が負傷してからやたら過保護でな……大丈夫だって言っても聞きやしない。
とにかく、だ!
お前が船を出してくれたお陰で敬陽は陥落を免れた。心からの感謝を。
親父殿の言質も取ったし、何れ必ず報いるつもりだ。
怪我はもう大丈夫だ。心配しないでくれ。
膝上の猫が白玲の密偵なんじゃないかと疑う隻影より
追記
【天剣】は確かに受け取った。助かった。
――が!
こいつが本物かどうかは誰にも分からないし、俺の手元には【黒星】しかない。
【白星】は白玲の得物になっちまったしな。
ほら? 一対あっての【天剣】だろ?
大概の事には協力するし、力も貸す。が、婿入りの件はお前ももう少し考えて……。
まずいっ! 白玲にバレたっ‼
細かい話はまた手紙を書く! じゃあなっ‼
*
「ふむふむ……なるほど。隻影様はやはり御無事だったようですね」
読み終えた私は丁寧に書簡を畳み、御嬢様へ御返ししました。
【天剣】――今より千年前、史上初めて大陸統一を為した煌帝国、その大将軍皇英峰が振るい、大丞相王英風が受け継いだという伝説の双剣です。
明鈴御嬢様は隻影様から課された無理難題――
『【天剣】を手に入れたら婿入りを考える』
を実現すべくありとあらゆる古文書に当たられ、先程私が御見送りした自称仙娘様にも頼み込み、西方の古びた霊廟で見事発見なさいました。この国では、手にすれば『天下を征することが出来る』『天下無双の武を得る』等と伝わっているようです。
……何故銘を知られて? しかも鞘から抜かれた? 白玲御嬢様も??
あの双剣の銘は不明でしたし、私を含め誰一人として抜けなかったのですが。
「うんっ! ほんとに良かったぁ。白玲さんから手紙を貰っていても不安だった ――……じゃなくてぇぇぇ!」
明鈴御嬢様が勢いよく立ち上がられ、机上の碗が揺れました。深刻そうに零されます。
「……ズルい」
「……はい?」
私は書簡が濡れないよう持ち上げ、小首を傾げました。
言葉を待っていると明鈴御嬢様は、がばっ! と顔を上げ、机を叩き咆哮されます。
「私だって……私だってっ! 怪我にかこつけて隻影様を独占したいぃぃぃ~‼」
「…………はぁ」
明御嬢様は隻影様も書かれていましたが――『麒麟児』です。
その声望は何れ臨京だけでなく、栄帝国全土に轟くことは間違いありません。
ですが、恋は盲目。隻影様の件となりますとその聡明な眼は曇りがちで……。
私の生暖かい目線にもめげず、御嬢様はジタバタされながら叫ばれました。
「……分かる。私には分かるわ。あの表面は凛としているけれど、隻影様絡みではヘタレな張家の御嬢様はここぞとばかりにべったりだった筈よっ! 卑怯だわっ! 不公平よっ‼ 私だって『隻影様はお怪我をされているんですよ?』の台詞で全部を封殺して、御仕事を手伝ったり、お食事を食べさせたり、添い寝とかをしたかったっ!!!!!」
「……まさか、そのようなことは」
「してるもんっ! だって、私がその立場なら絶対するからっ‼」
私が見たところ白玲御嬢様は節度を持たれた御方。懸念は無用だと思うのですが……。
腕組みをした御嬢様が暴れられます。
「【天剣】だって、わざわざ瑠璃に頭を下げて一生懸命探し出したのに……隻影様のバカ! いけず‼ 私をぞんざいに扱ったりしてぇぇぇ!!!」
「ぞんざいには扱っていないと思いますよ?」
私は苦笑し、小柄な御嬢様を抱きしめました。
「隻影様は大変素直な御方です。だからこそ、白玲御嬢様に隠れてまで直筆の手紙を書くことに拘られたのではないでしょうか? ――御手紙、嬉しくなかったのですか?」
「それはその……嬉しかったけど…………」
明鈴御嬢様は頬を薄っすらと染め、小さく零されました。
御仕事をされている時は大人びておられますが、こういう場では昔と変わりません。
私は艶ややかな栗茶髪を撫でつつ、諭します。
「白玲様に託された【天剣】の件、隻影様の御言葉にも一理あります。あの双剣が本物なのかが分かるのは、それこそ伝説の【双英】皇英峰か王英風――……」
「静? どうかしたの??」
手を止めた私を、腕の中での御嬢様が怪訝そうに見つめてきました。
考えていた内容を言葉に出します。
「いえ、仙娘様ならばあるいは? と」
「はっ! そうだったわっ。瑠璃よっ! あの子ならきっと証明してくれるっ!!!」
明鈴御嬢様が小さな手を握り締め、目を輝かされました。
私は異国の民が多い臨京でも珍しい色の髪と目を持つ少女と、港で話した内容を思い出し、頭を振ります。
「残念ながら……瑠璃様は朝方、臨京を発たれました。『直接張家の育みを見て来るわ』と。宮中で怪しげな話も出ているようですし、早めに船を押さえたのは正解かと」
「――……へぅ?」
御嬢様が動きを止め、瞳を大きく見開かれました。
私はこの後の出来事を予想し、耳を押さえます。
息を大きく吸い込み、
「隻影様と白玲さんと、瑠璃のバカぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
屋敷中に明鈴御嬢様の魂の叫びが轟き、庭の小鳥達は一斉に飛び立っていきました。
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