龍虎、邂逅す 上
「用事は済みました。場所は叔母上が書置きを。――そんなことよりも答えて下さい」
「お、お前なぁ……そ、そんなことじゃ……」
さっさと小さな橋を渡ってきた銀髪蒼眼の美少女の、冷気すら感じる視線を前にして、俺の言葉は尻すぼみになった。
お、叔母上……都にいないのに、貴女という御人はっ!
控えている静さんが『隻影様、頑張ってください!』と、目線で伝えてきた。
……どうしてこんなことに。
現実逃避している俺に対し、王明鈴は優雅に立ち上がると、白玲へ一礼し名乗った。
「お初に御目にかかります。王仁が長女、明鈴と申します。張白玲様ですね? 長い――とてもとても長い付き合いになるかと思いますので、どうか仲良くしてください♪」
「張白玲です。糧食の件は感謝を。有難うございました。ただ――私個人は、貴女と仲良くするつもりは一切ありません」
「「――……ふっ」」
二人の少女の間に激しい火花が散り、猛る龍虎の姿も容易に幻視出来る。
冷や汗をかきながら、俺は白玲に別の話題を振った。
「あ~……朝霞は?」
「父上と一緒です。私は子供じゃないので、地図があれば迷いません」
「……ハイ」
選択を誤ったらしい。静さんが苦笑しているのが分かった。
この間も明鈴を睨み続けていた白玲が、無言のまま視線を動かす。
『とっとと立て』
心臓が凍えていく感覚。
理由は皆目分からないが……ここまで不機嫌な白玲に抗う術はない。
両手を挙げて降伏する。
「分かった、帰――」「あら? もうお帰りになられるんですか~?」
「! 明鈴さん⁉」
椅子に腰かけ、静さんから茶碗を受け取った少女が、白玲へニッコリと微笑んだ。
俺の背中に手を回した白玲もまた仮面のような微笑み。
「申し訳ありません。父が待って」
「私と隻影様の出会い、聞きたくありませんか?」
「!」「なっ⁉」
白玲と俺の動きは急停止した。
恐るべき才女はそんな俺達を見るやいなや、黒髪の従者さんに指示を出す。
「もう少し付き合っていただけるみたいですね。静、白玲様にもお茶と菓子を」
「はい、明鈴御嬢様」
楽し気な静さんが新しいお茶の準備を始めた。……まずい。
「は、白玲、お、親父殿を待たすのは――」
「少しなら問題ありません」
少女は断じると椅子へ腰かけ、俺を目線で促した。ギクシャクしながら隣へ。
すると、明鈴は余裕綽々な様子で足を組んだ。
「では、お話しましょう。私と隻影様――その運命の出会いを!」
*
私は臨京でも名の知れた王家の娘として、幼い頃から不自由ない生活をしてきました。
父も母もやり手の商人として、国を跨いで東奔西走。
あまり一緒に過ごした記憶はありませんが、幸運だと思っています。
……ですが、母はともかく、父がとにかく過保護で。
私も今年で十七。
にも関わらず、何度お願いしても臨京を出させてもらえなかった。
父も母も危険な地域には自ら乗り込んでいるのに、です!
そこで――私は一計を案じ、大運河を運行している我が家の輸送船に忍び込むことにしました。王家にとって、大運河の水運は生命線ですから。
何れ、家を継ぐ身としましては現場を知らなければならない。そう考えたんです。
――私の企みは首尾よく成功しました。
静にはバレていて、船長にも笑顔で迎えられましたが……ま、まぁ、成功したのです!
初めての船旅は何もかもが新鮮で、船員にずっと『あれは何ですか?』『い、今、水面を奇怪な生き物が⁉』と聞いて回っていたのを覚えています。
――異変が起きたのは、目的地の敬陽に到着する朝でした。
船室でぐっすり寝ていた私は静に起こされると、既に緊迫感のある命令が飛び交っていたんです。
『す、水賊だぁぁぁ!!!!!』『ど、どうして、大運河に⁉』『塩税が払えなかった連中だろう』『風が弱い! 櫂を漕げっ‼』『漕ぎ手が足りませんっ!』
世間知らずの私でも、ただならぬ事態が起きているのは容易に理解出来ました。
静に抱き着きながら、甲板へ出ると、十数艘の小舟が私達の船を襲おうとしていました。
主柱に翻る旗は靡いておらず、普段なら吹いている風は凪。
老宰相閣下が塩の価格を下げて以降、大運河沿いで水賊が現れなかったこともあって、漕ぎ手も少なく――このままでは逃げきれないのは自明でした。
『……明鈴御嬢様は、何があっても、私が御守り致します』
囁かれた静の言葉を聞くまでもなく、私達は明らかに追い詰められつつありました。
船員達が慣れない武器を握り締める中、最後方の敵船に乗る、敵の首魁と思しき野卑た男が幅広の刀を掲げ――
『っ⁉』『!?!!!』
次の瞬間、肩を射抜かれ、もんどりうって水面に落下するのが見え、ほぼ同時に見張り台の船員が叫びました。
『敵船後方に軍船! 旗は――【張】!!!!!』
船上が静まり返り――みんなの歓声が響き渡りました。
この国で生きる者で【張護国】の名前を知らぬ者はいません。
安堵が胸に満ち、腰が抜けそうになったのを強く覚えています。
けれど、私は――
『明鈴御嬢様⁉』
静の腕から抜け出し、船首へと駆け出しました。
――理由は単純です。
天下に武名を轟かす張家軍の武勇をこの目で見たい。そう思ったからです。
静が後からついて来るのを感じつつ、私は船首へとたどり着き――
『! あ、あれは……』
この目ではっきりと見たんです。
反撃の矢を無視するかのように、次々と水賊を見事な技で射抜く黒髪の勇士を!
――その御方こそ。
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