麒麟児 上
「うふふ♪ さ、どうですかぁ? 幾ら旦那様でもぉ、分からないですよねぇ? 降参、しても良いんですよぉ★」
目の前の豪奢な椅子に座る明鈴が、『難題』を前にし黙り込んだ俺を呷ってきた。
帽子と外套を脱ぎ、心から楽しそうに小さな足をぶらぶらさせ、栗茶髪を揺らしている。静さんがいないせいか、年齢よりも一層幼く見えるのは気のせいじゃないだろう。
王家の屋敷は臨京南部。
皇帝のいる宮殿に程近い一等地にあるのだが……下手な貴族よりも遥かに広大。
花々が咲き誇る庭の中には池もあり、俺達が今いるのはその池の小島だ。
見事な大理石の机に並ぶのは、異なる種類の茶が注がれている白磁性の椀が三つ。
これは茶の銘柄を当てる『闘茶』と呼ばれるもので、昨今都で流行っている真剣勝負なのだ。静さんが丁寧に淹れてくれたお茶を、最後にもう一口ずつ飲み、
「決めた!」
俺は迷いを断ち切る。少女の眉が微かに動いた。
「では、お答え願います。負けたら……今晩はうちにお泊りくださいね? うふふ♪ 隻影様の為に山海の珍味を集めておきましたっ! 今日こそは私が勝つんですっ‼」
「山海の珍味には心惹かれるが――」
俺は明鈴と視線を交え、椀を指差し答えを告げる。
「一番左は大陸南端の緑界産。微かに果実の香りがした。真ん中は海月島産。味と香りが最も濃かった。陽が出た日数の差だろう。最後が……異国の物。【西冬】産か?」
「…………………」
先程まで自らの勝利を確認していた明鈴は、大きな瞳を更に大きくし沈黙。
唇を噛み締め、机に上半身を突っ伏し、悔しそうに言葉を振り絞った。
「せ、正解、です……」
「しゃあっ!」
俺は拳を天に突きあげ、机上の胡麻団子を口へ放り込んだ。程よい甘さ。勝利の味だな。
対して、明鈴頭を抱え「今回は勝てると思ったのにぃ……私の旦那様、凄いっ! でも、悔やしいぃ‼」と、ジタバタ。子供っぽいというか、幼女だな。
大理石の机に突っ伏したままの少女が顔だけを上げ、恨めしそうに聞いてきた。
「どうして……何で分かったんですかっ。い、一度も飲んだことない筈ですよね? うちでも出したことありませんよ⁉ 【西冬】の品なんて、皇族用の特級品なのにっ!」
「ん~? 強いて言えば」
「……言えば?」
少女は頬を膨らまして、分かり易いジト目。
超高級品だと分かる茶碗を手に取りつつ、俺は素直な思いを口にした。
「勘、だな」
明鈴はポカンとし、ゆっくりと立ち上がった。
小さな両拳を握り締めいきり立ち、二つ結びの髪が上下する。
「もうっ! もうったら、もうっ‼ これだから、隻影様は困るんですっ!!! 『勘』なんていう便利な言葉で、私の渾身を粉砕しないでくださいっ!!!!!」
「ふっはっはっはっはー。負け犬に何を言われても、痛くも痒くもないわー」
俺は勝利の茶を飲み干し、わざとらしく明鈴をからかう。
水賊から命を救った礼として、『敬陽への定期的な食糧大量搬送』という難題をあっさりと解決してくれた若き天才商人が恨めしそうにしながら、両袖を握り締める。
「くぅっ! そ、そうやって、幼気な私をまたしても弄ぶ気ですねっ⁉ ひ、酷いっ! 人でなしっ‼ ここは私に花を持たせてくれても良い場面な筈ですっ!」
「あ、俺が勝ったから、とにかく頑丈な剣と良い弓探しを頼むな」
「……隻影様のいけずぅぅ」
戯言を受け流し、手で座るよう指示をすると、明鈴は唇を尖らせながらも着席した。俺は二杯目の椀を手にする。
「にしても……よく、ここまで珍しい茶を集めたな」
「うふふ~♪ 当然ですよ~☆」
両手を頬につけ、明鈴は身体を左右に揺らした。身体に似合わない双丘が揺れるのが、少々目の毒だ。変な所で無防備になのは、後で静さんに伝えておかないと。
明鈴が両拳を握り締める。
「好きな殿方の為なんですよ? 貴方様に喜んでいただく為なら、この王明鈴。ありとあらゆる権力を行使する所存ですっ! こんな私――可愛く、ありませんか?」
「ちょっと怖い」
容赦なく返答すると、少女は歯噛み。けれど、瞳は楽しそうでもある。
「ぐぬぬ……相変わらずの難攻不落っ! それでこそ、私の旦那様ですっ‼」
「旦那じゃないけどなー」
「う~……偶には飴をくれても良いじゃないですかぁ」
「ほいよ」
胡麻団子を一つ摘み、俺は明鈴へ放り投げた。曰く、美味で有名な【西冬】産の胡麻が入手出来ず、自国産になってしまったのが少々不満の一品、らしい。
案外と活動的な少女は口で受け止め――
「……えへぇ♪ とっても、美味しいです」
幸せそうな笑顔。
俺みたいな奴に好意を寄せるなんて、変わった奴だとは思うが……少女が胡麻団子を食べ終えたのを見計らい、俺は茶碗を置いた。
「――明鈴」
「はぁい?」
年上の少女はキョトンとし、大きな瞳を向けてきた。
風で少女の髪が靡く中、俺は深々と頭を下げる。
「糧食の件、兵達はとても喜んでいた。感謝する。俺の頭じゃ無理な仕事だったろう。親父殿や各将にも話は通しておいたから、今後ともどうかよろしく頼む」
親父殿に出された任務――
『最前線で敵軍と睨み合っている味方将兵約五万の糧食問題を改善せよ』
当然、そう簡単に解決出来る話じゃなかったし、季節によって変わる風や、大運河を航行する船の数的問題もある。具体案を作ることすらも難しいと誰しもが思っていた。
――王明鈴、以外は。
目の前の少女は俺からこの話を聞きだした後、驚嘆する程、精力的にこの難題に取り組み――行きは海路。帰路は大運河を用いることで、糧食問題を解決して見せたのだ。
俺自身は『海路も併用出来ないか?』と、口にしたくらいで、他は何もしていない。
――頭を下げ続けるが、返答は無し。
風が水と花と土の香りを運んできた。静さんが客人を連れてきているようだ。
やがて、明鈴は大きく溜め息を吐いた。
「…………はぁ」
顔を上げると――手で頬を支えた少女が頬を薄っすらと染め、睨んでいた。
「……私は隻影様の考えを詰めて、実行するよう段取りを整えただけです。長く旅暮らしをしていた静が海路についても詳しかったですし。あとですねぇ……」
「うん?」
頬を大きく膨らまし、明鈴は机に突っ伏すと、両手で叩く。
「そうやって、あっさりと頭を下げないでくださいっ! 親友や部下の為ならば、どんな恥辱も甘んじて受けた、という古の『皇英峰』ですか⁉ ズルいですっ‼ 反則ですっ!!! 前線で頑張る将兵の為なら、自分の名誉なんて気にもしない男の人なんて――……また助けたくなっちゃうじゃないですかぁぁぁぁ!!!!!」
暴れる少女を眺めながら、俺は少し動揺していた。
……思ったよりも、前世の俺の話って世の中に広まってる?
落ち着くために三杯目の茶を一口飲み、わざとらしく茶化す。
「――……で、儲けは多めに取るんだろう?」
「はい♪ そして、そのお金を使って物を買い、また儲ける」
顔を上げ、花が咲いたような、大人びた笑み。
恐るべき商才を持つ少女は俺と視線を合わせ、言い切った。
「そうして――天下は回っていくんです。覚えておいてくださいね、未来の大英雄様?」
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