初陣 下

 廃砦を囲んでいた騎兵の約半数を引き付けた俺は、白馬を駆けに駆けさせていた。

 後方からは、明らかに熟練した様子の騎兵の群れ。

 持っている剣や槍は【西冬セイトウ】の物に見えるが……詳細は分からず。

 数は約百。まともにやり合いたくはない。

 ――が。


「幼馴染兼命の恩人の一人も救えないんじゃ、男でいる意味もない、か」


 独白しながら、矢を三本取って振り返り、


『⁉』


 先頭を駆けていた三騎の肩を射抜き、落馬を強いる。

 ぼんやりと浮かぶ『皇英峰コウエイホウ』の弓術に比べばまだまだ拙いが――十分!

 次々と速射し、落伍者を増やすことに注力する。

 白馬はその間も見事な脚を見せ、敵騎兵との距離を保ち続けていると、


「お?」


 敵が隊列を崩し、各個に突撃を開始した。

 個々の技量を信じての臨機応変な戦術判断。敵の指揮官はかなりの猛者らしい。

 だが、要は接近してくる奴から――


「……尽きたか」


 あれだけあった矢筒が空になってしまっている。

 先頭を突き進む赤髭の敵将が赤布の巻かれている槍で俺を指し示した。


「奴は矢が尽きたぞっ! 殺せっ‼」

「諾っ!!!!!」


 敵騎兵が剣を構え、速度を上げた。

 白馬も疲労が溜まってきているのだろう。距離が縮まってくる。

 俺は即断し、弓と矢筒を投げ捨て方向転換。

 腰から剣を抜き放ち、先頭を走る二騎へ向けて突進した。


「「殺っ!」」


 勝利を確信した男達の顔に残酷な笑み。

 曲剣の白刃が俺を切り裂かんと煌めき――


『!?!!!』


 擦れ違い様に剣で革鎧ごと胴を叩き斬る!

 血しぶきが舞う中、敵騎兵達は何が起きたのか理解出来ないまま、絶命した。


『!』


 突進してきた敵軍の勢いが鈍る中、俺は白馬を操り、敵将と視線を合わせる。

 狼のように鋭い眼光。肌が粟立つ。

 ――……こいつ、恐ろしく強い!

 敵将の傍にいた老騎兵が話しかけた。小声で聴こえなかったが唇を読む。


『グエン様――』


 ! まさか……【ゲン】の『赤狼セキロウ』っ⁉ 四人の猛将の一人かっ!

 大河と親父殿達が築き上げた要塞線を、どうやって突破しやがったんだ? 

いや、それよりも、どうしてこいつ等がこんな所にいる?

 驚愕を表に出さないよう注意しながら俺は剣を構え直し、白馬を止めた。


「悪いな。さっきのは嘘だ」

「……何だと?」


 敵将は訝し気に俺を見た。

 残存敵騎兵数は約五十。

 対して此方の剣の限界が近い。

 ……前世でもそうだった。俺の力に耐えられる剣はそう多くはない。

 片目を瞑り、肩を竦める。


「俺の名前はただの隻影。張家の人間じゃない。張泰嵐に散々痛めつけられてきたあんた達なら――玄帝国の騎兵なら引っかかってくれると思ったんだ」

「…………」


 敵将が黙り込む。……当たりのようだ。

 俺は素直に質問する。


「なぁ……どうやって大河を渡ったんだ? 親父殿が築き上げた警戒網は完璧だ。数名ならいざ知らず、百単位を見逃すことはない。騎兵なら猶更だ。ああ、正面からじゃないってことは分かってる。教えてくれよ、『赤狼』のグエン殿?」

「――今度こそ殺せ」『諾!!!!!』


 敵将の短い指示を受け、敵騎兵前列はすぐさま反応を示し、突っ込んで来た。

 その数、五騎。俺もすぐさま白馬を加速させ、


「よっと」


 先頭の槍騎兵の刺突を弾き、剣でそのまま胴を薙いだ。

 剣が軋むのを感じながら、槍を奪い取り、横合いから仕掛けようとした弓騎兵へ投擲。


「ほらよっ!」

「っ⁉」


 槍が革製の鎧を軽々貫通したのを見やりつつ、突進して来た剣騎兵と剣を交わす。

 ――金属音が鳴り響く中、一気に押し切り、剣ごと両断。

 残る二騎は左右から襲ってくるも、


「「~~~っ⁉」」


 機先を制し、右、左へそれぞれ一撃。馬上から敵兵が転げ落ち、動かなくなる。


「死ねぃっ!!!!!」「誰が死ぬかよっ!」


 五騎の後に突進して来た敵将とすれ違いざまに、数度刃を交わす。

 一撃を受ける度、手が痺れる。こいつ……想像以上に強いっ!


「やるなっ! 若き虎よっ‼」


 図らずも一騎打ちの形になり、馬を反転させながら赤髭の敵将が叫んだ!

 俺は白馬を返しながら、揶揄する。


「そういうあんたは思ったよりも大したことないんだな!」

「言ってくれるっ! 貴様の首を取り、先程の小娘に突き付けてくれようっ! その後で、嬲ってくれるわっ‼」

「……させるわけねぇだろうが!」


 お互い、馬を駆けさせ――剣と槍とがぶつかり合い、閃光が舞い散った。

 首を狙ってきた相手の突きを剣で弾くと、嫌な感覚。

 剣身が半ばから折れ、視界を掠め、宙に舞い上がった。敵将の口が嗜虐を示し、歪む。

 瞬間――身体が無意識に動いた。

 折れた剣で槍の柄を力任せに叩き斬り、腰の短剣で首筋を狙い突き出す。


「なっ!?!!!」


 猛将は身体をよじって攻撃を躱し、馬を走らせ距離を取った。

 ――血が飛び散り、俺の軍装を濡らす。

 部下達に囲まれた敵将が左頬に触れた。そこには――深い傷。

 目を見開いている猛将へニヤリ。


「悪いな。俺は弓より――」「う、撃てっ!」


 グエンの傍にいた老兵が命令すると、敵騎兵が矢を放ってきた。

 半ばから折れた剣と短剣で、放たれた十数本の矢を払いのけ、


「剣を使う方が強いんだよ!」


 不敵に笑う。敵兵の瞳に恐怖が浮かび、老騎兵が悲鳴をあげた。


「北方に住まう狼の子孫たる我等を、単騎で圧倒する人馬一体の武勇……まるで……まるで、古の【皇不敗】ではないかっ⁉」


 ――風が新しい土の匂いを運んで来た。調子に乗って脅かす。


「フフフ……ばれちまったみたいだなぁ。そうさ。俺は煌帝国が大将軍、皇英峰の生まれ変わり。死にたい奴からかかって来るがいい!」

『~~~っ!』


 敵騎兵達がはっきりと動揺を示し、馬達も激しく嘶く。

 ……これ以上戦えば、俺は死ぬだろう。

 左頬から血を流す敵将が槍を高く掲げた。赤い布が風に靡く。


「――鎮まれ。かの英雄は千年以上前に死んでいる」


 良い将だ。立ち直るのも早い。俺は舌を見せ、笑う。


「バレたか。……だが」


 折れた剣で、敵部隊の後方の丘を指し示す。

 敵軍に今日最大の動揺が走った。


「賭けは俺の勝ちだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る