初陣 中
「ぐっ!」
私――
「手前らっ! 白玲様だけに撃たせてんじゃねぇっ‼ 気張れっ!!!」
『応っ!』
古参兵が、野太い声で兵士達を叱咤すると、次々と矢が放たれる。
だが、前へ出た革製の盾を持つ別の騎兵に阻まれ、一騎も倒せない。
それどころか、私が先程怯ませた騎兵ですら落馬せず、後方へ自力で下がっていく。
信じられない練度だ。
「やっぱり……ただの野盗じゃない? まさか、【
強い恐怖を覚え、歯がガチガチと鳴りそうになる。
左手に持つ弓が震えるのを、右手で抑え込む。必死に防戦してくれている兵達に悟られるのは駄目だ。士気に関わる。
でも……多少とはいえ高所を取り、石壁に守られているとはいえ、このままでは。
血の味がするくらい唇を噛み締め、自分自身を叱咤。
情けないっ。怖がっている場合じゃないでしょう、白玲‼
貴女は
私、独りだとこんなに…………。
衝撃を受けていると、周囲で必死に矢を放ち、騎兵を近づかせないようにしている兵士達が決死の形相で訴えてきた。皆、負傷している。
「白玲様」「我等が血路を切り開きます」「どうかっ、脱出をっ!」「貴女様をこんな所で死なせたら、張将軍と若に合わせる顔がありませぬっ!」「お逃げくださいっ!」
――軽鎧の下の胸に、抉られるような鋭い痛みが走る。
廃砦の周囲は草原が広がり、見晴らしは良かった。
けれど、同時に起伏もあり……丘の陰から数に勝る謎の軍勢に奇襲を許し、包囲されたのは指揮官である私の失態なのだ。
その結果、無数の矢を浴びせられ馬の大半を損失。
生き残った数騎に救援を託す他なかった。……何騎が敬陽に辿り着けたか。
そして今、私の稚拙な判断は百を超える味方を殺そうとしている。
歯を食い縛り、先程よりも確実に近づいている敵騎兵へ矢を放ち、礼を言う。
「ありがとう。――でも」
続けざまに矢を放ち、第一射を躱した騎兵の腿を射抜き、今度こそ落馬に追い込む。
「徒歩では逃げきれないでしょう。あいつ等は明らかに私達の全滅を狙っています。……私の失態です。本当にごめんなさい」
『…………』
周囲の兵士達は息を呑み、手に持つ弓や槍を握りしめた。
私達の持つ矢は残り僅かだ。
「けどっ!」
敵が放って来た矢が石壁に弾かれる音を聞きながら、決意を告げる。
「私は張泰嵐の娘です。嬲られるくらいなら死を選びます。貴方達にはそうなる際、刻を稼いでほしいんです。あと――」
敵戦列の中央部にいる赤髪赤髭の男が、深紅の紐が結ばれている槍を掲げた。
騎兵達が半弧型の剣を抜き放つ。突撃して来るつもりなのだ。
「私の肌に触れていい男の子は、肉親以外ではこの国で独りしかいないんです。……秘密にしておいてくださいね?」
『っ!』
目を見開き、兵士達は絶句。
その後――笑いが広がって行く。
「そいつは……」「ますます死なせるわけにはいきませんなっ!」「まったくもってっ!」「あの人にも恨まれそうです」「若も罪作りな!」
士気を少しは回復出来たみたい。
くすり、と笑い、指示を出す。
「来るようです。矢が尽きた者は白兵戦の用意を!」
『はっ!』
槍を構え、剣を抜き放ち、負傷した者ですら短剣を手にする。
直後、敵指揮官が凄まじい大声を発した。
「皆殺しにせよ」
『殺! 殺‼ 殺!!!』
敵騎兵の群れが駆け出し、後衛は無数の矢を放ちながら襲い掛かってくる。
私も咄嗟に命令。
「敵を倒そうと思わないでっ! 負傷させて後退させれば、それだけ攻め手が――」
「白玲様っ! 敵がっ‼」
眼前で、まるで生きているかのように騎兵の群れが幾つかの群れに分かれていく。
その分、矢が散らばり、効果が減少。一気に距離を稼がれてしまう。
「くっ!」
私自身も廃城のすぐ傍まで近づいて来た騎兵へ矢を放つ。
けれど――楯で防がれ、遂に侵入を許してしまった。
「殺っ!」
石壁を跳び越え、振り下ろして来た曲剣を弓で受け止めるも、断ち切られ、転がりながら剣を抜く。
二騎、三騎、四騎――辛うじて、攻撃を凌いでいくも、
「きゃっ」
五騎目の突き出された槍で剣を弾かれてしまった。
周囲では兵士達が必死に戦っている。
『白玲様っ!!!!!』
私を助けようと振るわれる剣は悉く防がれてしまう。
自分の優位を確信し、敵騎兵は顔に野卑た愉悦を浮かべた。
肌はやや浅黒く、髪の色も濃い。明らかに……我が国の者ではない。
私は涙を堪えながら短剣の柄を掴み、小さく小さく名前を呼んだ。
「――……
騎兵は槍を突きつけながら、何事かを私へ告げようとし、
「がふっ⁉」
「…………え?」
首元を矢で射抜かれて、馬から転げ落ち絶命した。
状況を理解出来ずにいると、廃城の外から次々と矢が飛んできて、勝ち誇っていた 敵騎兵の額を、首を、心臓を容赦なく射抜き、倒していく。
な、何が……いきなり、私の近くの壁に矢が突き刺さった。
よろよろ、と近づくと紙が巻き付けてある。
――ドクン。
心臓が高鳴った。
急いで中身を確認すると、そこにあったのは誰よりも、父よりも知っている字。
『爺と
心に力が湧き出してくる。……バカ。
私は転がっていた槍を拾い上げ、兵士達を鼓舞する。
「みんな、頑張ってっ! すぐに救援が――礼厳達が来てくれますっ‼」
『おおおおっ!!!!!』
私同様、状況に惑っていた兵達が歓喜に湧き、残る敵騎兵を追い返していく。
――いける。これなら、まだ!
戦意を滾らせていると、戦場全体に凄まじい名乗りが轟いた。
「聞けっ! そこの賊徒共っ‼ 我が名は
『っ⁉』
廃砦内の兵士達は顔を見合わせ驚愕し、声のした方へ次々と目線を向けた。
敵騎兵の背後の丘で、黒髪の少年が白馬を駆り、弓を掲げている。
状況は未だに危機的。なのに、心中で安堵が広がっていくのを止められない。
勿論――名乗りをあげて、自分の命を簡単に囮とすることへの躊躇のなさ。それへの強い憤りもあるけれど、溢れてしまいそうになるくらいの圧倒的な喜びに負けてしまう。
きっと、強情な私を心配して、何時でも助けに来られるよう準備してくれていたのだ。
あいつは、隻影は何時だって私を――白馬が動き出すと同時に、敵情を偵察していた若い女性兵が叫んだ。
「敵軍の約半数! 隻影様を追う模様っ‼」
「っ!」
私は拳を強く握り締めた。
――バカ。バカ隻影っ! 帰ったら、言いたいことがたくさんあるんだからっ‼
両頬を叩き、兵士達へ指示を飛ばす。
「皆、武器を! 救援が来るまで、私達も生き残りますよっ‼」
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