実力 下

 俺が嘆息していると、広い演習場内に礼厳の威厳ある声が轟いた。


「鎮まれぃ」『!』


 瞬時に静寂。

 歴戦の老将は背筋を伸ばした兵士達を見渡し、ニヤリ。


「貴様等、白玲様と隻影様の技量、しかっと見たな? 我等に新時代の【双星】ありっ! 何れ――必ずや北伐は敢行されんっ! その際、主力となるは我等『張家軍』であるっ! 御二方の足を引っ張らぬよう、各自訓練に励むべしっ‼」

『はっ! 老厳様っ‼』


 兵士達が一斉に居住まいを正した。年の功だな。

 ……ただ、その……俺は文官志望であって、武官になるつもりは……。

 銀髪少女の細い腕が伸びて来て、軍装を掴まれた。


「? 白玲??」

「服が乱れています。ちゃんとしてください。貴方は張家の一員なんですから」


 普段通りの冷静な物言い。蒼の双眸にも一切の動揺はない

 出来れば自分の容姿を少しは気にしてほしいんだが……。俺だって十六になる健全な男であり、近づかれると、ドキマギもする。

 こいつの婿になる奴は、毎日こういうことを人前でされるのか? 心臓が幾つあっても足りないだろうなぁ。

 未来の婿殿に同情しながら、話題を変える。


「あ~……この後は休んでいいよな? 史書を読みたいんだ」

「――短命に終わるも、初めて天下統一を為したトウ帝国の衰亡史。都で購入を?」

「俺じゃ高くて買えないって。明鈴メイリンに無理を言って貸してもらったんだ。手紙で書いたろ? 海賊に襲われている所を偶々助けた――……えーっと、白玲御嬢様?」


 都で何かと世話になった大商人の娘の名前を出した途端、空気が重くなった。

 俺達の傍へやって来ようとした爺も異変を察知し、そそくさと離れていく。

 首元を掴む白玲の力が強くなり、俺を見つめた。

瞳に極寒の猛吹雪が見え、悪寒が走る。


「……ええ、知っています。私がいない場所で、私より先にっ! 初陣を飾ったんですよね? さ、休憩は終わりです。次は弓です。その後は馬の訓練を」

「え? いや、俺は……」

「答えは『諾』以外ありませんよね? ……約束を破って、月に一度しか手紙を送って来なかった居候さん?」

「うぐっ!」


 手痛い所を突かれ、俺は呻いた。

 周囲を見渡し、助けを請うも――兵士達全員がニヤニヤしている。孤立無援、か。

 瞑目し、両手を挙げる。


「はぁ。分かった、分かったって。付き合えばいいんだろ? 付き合えば」

「最初からそう言ってください。行きますよ」

「首元を、ひ、引っ張るなって!」


 将兵達に笑われながら、俺は白玲と並んで歩き始める。

 何とはなしの問いかけ。


「……髪紐と花飾り使ってくれよなー」

「――……時が来たら使います。必ず」

「了解」

 素っ気ない言い方の中に照れを感じて、俺はホッとした。気に入ってはいるようだ。

 春の温かい風が吹き、俺の黒髪と少女の銀髪を靡かせた。

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