実力 上
「ん? ああ、いいよ」「何時でも大丈夫です」
二人で同時に返答し、改めて向き直る。
ほんの微かに笑みを零し、
「半年間――この光景を幾度か夢に見ました。とっととやられて下さい。怠け者の居候がやられる話、貴方の蔵書にも書かれていました」
「無理矢理、戦わせておいて、その言い草かよ⁉ あと、人が都に行ってる間に、俺の書物を勝手に読むなっ!」
すると少女は細い人差し指で頬に触れ、宝石のような蒼の双眸を瞬かせ、不思議そうに聞いてくる。
「? 貴方の物は全て私の物です。何の問題が??」
「……じ、じゃあ、お前の物は?」
恐る恐る質問。
すると、白玲は剣を振り、普段通りの口調で叱責してきた。
「当然、私の物です。愚問ですよ?」
「ぼ、暴君……張白玲は暴君だっ!」
「大丈夫です。何も問題ありません。貴方に対してだけなので。――合図を」
「なっ! お前なぁ……」「は、始めっ!」
俺が文句を言い終える前に、模擬戦が開始され、白玲の姿が掻き消えた。
地面スレスレを疾走し、鋭い一撃!
「うおっ!」
俺は少女の奇襲を、身体を逸らし辛うじて回避。
後退しながら鋭い連続攻撃を、躱しに躱す。白玲の笑みが深くなる。
『訓練は実戦の如く。実戦は訓練の如く』
親父殿の薫陶よろしき、だな!
問題は……剣が俺の前髪を掠め、数本が犠牲になる。刃はひいてあっても、使い手次第という良い例だ。
大きく後方へ跳躍し、少女へ抗議。
「ほ、本気過ぎだってのっ! 当たったら死ぬぞっ⁉」
「本気じゃなきゃ訓練になりません。――第一」
「っ!」
涼しい顔の白玲は息も切らさず間合いを一気に詰めてきて、容赦のない横薙ぎ。
上半身を逸らすと、頭上を剣が通過していく。
体勢を戻し後方へ回り込もうとするも、剣で制され、白玲が美しい微笑。
「貴方には当たらないでしょう? 今日こそ、剣を抜かせて見せます!」
張家では幼い頃から武芸の訓練を行うが、白玲との模擬戦で俺は一度も剣を抜いたことがない。恐る恐る質問する。
「――……使ったら、許して」「許しません」
「理不尽っ!」
再開された白玲の、剣舞のような激しい連続攻撃を足さばきだけで凌いでいくも、半年前の模擬戦と異なりどんどん後退を余儀なくされる。
これだから天才はっ! 成長速度がとんでもなさすぎるっ‼
前世からの経験で俺が多少の優位性を持つ武の才まで、上回ろうとしないでほしい。
まぁ、俺と模擬戦をしている時のやたらと嬉しそうな白玲を見るのは嫌いじゃ――
「お?」
軽い衝撃を感じ、背中に城壁がついた。少女の瞳が輝く。
斬撃を放った後に前へ一歩踏み出し、容赦の一切ない両手突きを放ちながら叫んだ。
「私の勝ちです!」
――これは足さばきだけじゃ躱せない。
身体が勝手に反応し、右手で少女の腕を掴み、
「っ⁉」
自分自身を一回転させ、体勢を入れ換える。
そして、白玲の首筋にほんの左手を付けた。後ろ髪が跳ね、髪紐が揺れる。
壁に突き刺さった剣が目に入り、冷や汗をかきながら俺は軽口を叩く。
「ほい。今日も俺の勝ちだな。都から送った髪飾りは着けないのか??」
「…………そうですね。あれは仕舞ってあります――……また、抜かせられなかった」
さっきまでの上機嫌は何処へやら、剣を抜き鞘へ納めた白玲は不満そうに同意した。
そして、唖然としている青年隊長を見やり、視線で次の動作を促す。俺達の模擬戦を見るのは初めてだったようだ。
やや遅れて、審判は声を上ずらせながらも左手を挙げた。
「せ、隻影様の勝ちっ!」
『おおおおお!!!!!』
兵士達が喝采を叫び、演習場内がざわつく。
「流石は若!」「白玲様が負けるなんて……」「あの、小隊長殿……どうして隻影様は文官志望なんですか?」「子供の夢ってやつさ。何れ諦める」「御二人と張将軍がいれば、【
……ああ、またやってしまった。
文官志望なら勝つ必要はなかったのに。俺はもしかして馬鹿なのかもしれない。
何とも言えない気持ちになりながら、少女の頭に目を落とし、疑問を零す。
「髪紐も都から送ったよな? 白と蒼の、お前に似合いそうなやつ。花飾りは『届きました』って手紙に書いてあったけど、そっちはもしかして届いてないのか??」
「……届いています。でも、
「???」
「…………何でもありません。とにかく、届いてはいます」
俺がキョトンとしていると、白玲は頬を膨らませ、腕組みをして背を向けた。
不機嫌そうな、そこまで機嫌は悪くないような。
……女って、前世から本当に分かんねぇ。
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