思わぬ再会
「どうだった?アンソニー」
サキが教室に駆け込んで来た。
「どうしたの?慌てて」
「気になって、気になって」
「王子だったよ。ドッキリじゃなかった」
「やっぱ本当に王子だったんだ~ビビったでしょ?」
「王子もだけど、あの堂島くんにも会ったんだよ」
「うそーっ‥あの堂島くん?」
サキは驚いて、大声で叫んだ。
「どんな人だった?」
「まぁ、一言で言うなら‥シルバーバック」
「何?バック?」
「アハハ‥ゴリラの親分ムッキムキ」
「えーっアハハ‥親分って‥」
サキはお腹を抱えて笑った。
「それと、学校に来たデカい男にも会った。いい子だったよ」
「え~っ何?なんで」
「なんか‥ちゅう君に連れられて行った所に皆、いた」
「うわっ、最強じゃん。ビビるわ」
「ほんとに訳が解らなかったわ。皆、ガタイいいしデカいし迫力あったよ。恐れられるの分かるわ」
「何で、学校来たんだろうね」
「聞こうと思ったけど、止めた‥なんかスパイみたいじゃん」
「そうだね。余計な事に、首突っ込まない方がいいね」
「ちゅう君から電話きたら話す。それだけでいいわ楽しいから」
「アンソニーだもんな~何でもいいよな」
「顔見ちゃうとさ、もう好きとか嫌いの次元じゃないんだよね。何してても、こんな顔するんだ~って現実味がなくて話が入ってこない」
「仕方ないわ~アンソニーなら」
「しもべだわ」
「アハハ‥しもべって‥なんだそれ」
これが恋なのかは分からない。突然現れた王子、噂の中にいただけの人達との出会い。夢の中にいる様で実感が湧かなかった。ちゅう君との約束なんて何もない。いつ夢から覚めても不思議ではない。でも今日も家にいる。
プルルル…
「はい」
「何してる?」
「今日は早いね」
「えっと‥日の丸、あぁ日の丸食堂の近くだって言ってたよな?」
「うん」
「そこの公衆電話、今」
「えぇ~どうしたの?」
「来いよ。もう電話きれそう」
プー…きれたのか‥きったのか‥とにかく急いで向かった。
電話ボックスに着くと‥もぬけの殻だった‥
すぐ来たのに‥
食堂の裏の駐車場を覗くと単車にもたれ、ちゅう君がいた。
「急いで来たから、部屋着で来ちゃった」
「フフッ別にいいよ」
ちゅう君は、ジーンズを履いてるだけなのに、雑誌から飛び出して来たかの様だ。
「急に、どうしたの?」
「集まり退屈だから、付き合えよ」
「えっ‥着替えたい」
部屋着のまま集まりに行くなんて、恥ずかし過ぎる‥
「何で?」
「何でって‥」
「誰に見せんの?」
見せるとかじゃなくて‥ちゅう君は何でも似合うから分からないんだよ‥まぁ、ちゅう君がいいなら‥いいか‥
ちゅう君の温度を感じながら、不思議な安心感に包まれていた。あんなに嫌だった単車なのに‥
やがて、潮の香りがする、だだっ広い駐車場で単車が止まった。他にも単車がちりじりに停まっていて、人もちらほら見えた。
「あっちに皆いるけど、後で少し行けばいいや‥足は?平気か?」
「ちゅう君の後ろは大丈夫みたい」
「フフッそうか」
防波堤にもたれ、ちゅう君はタバコに火をつけ海を眺めた。
「飲み物買って来ていい?そこに自販機あったから」
「俺も行くよ」
「大丈夫。すぐそこだから」
単車を停めた少し奥に、数台の自販機が設置されていた。自販機の灯りに誘われたのか、虫がブンブン飛んでいる。
やっぱり、ちゅう君と来れば良かったな‥
諦めようか、どうしようか葛藤していたら、後ろでキャーキャー騒ぐ声がして振り向くと、数人の女がいるのが見えた。様子を伺いながら横を通ると、一台の単車を取り囲んで触っている様だった。
ちゅう君の単車?‥
女達も、あたしに気づくとチラチラ見ながら、自販機の方に歩いて行った。急いで、ちゅう君の所に駆け寄った。
「どうしたんだよ」
「なんか‥単車、触られてたかも‥大丈夫かな?」
「ふ~ん。大丈夫だから気にすんな」
特に慌てる事もなく、心配もしてない様だった。
「今日は女の子、結構いるんだね」
「あぁ、後輩の集まりに呼ばれた」
「そうだったんだ」
「途中で抜けて行ったの‥お前んとこ」
ちゅう君は、ニコリと悪戯っ子みたいに笑った。
「抜けて大丈夫だったの?」
「ひろみ達がいれば大丈夫だろ。もう色々と終わってたしな」
そう言うと歩き出した。
「少し、顔出して帰るか」
ちゅう君の隣を黙って歩いた。大きい倉庫みたいな建物があり、その中に入った。中に結構な人がいて驚いた。
『お疲れ様です』『ちゅう君来た』
ざわつく中、ちゅう君は気にもせず通り過ぎ、別の扉を開けて入って行った。ちゅう君の後ろを、うつ向いて小走りで着いて行った。
「おう」
堂島くんだ。この間とは違って笑顔だ‥噂では極悪非道の様に言われているけど、どこか温かみと安心感がある。勿論、一歩間違えればの危うさは感じる‥カリスマ性がある人は、いい意味でも悪い意味でも魅力的なのだろう。
「こんばんわ」
ペコリと頭を下げた。
「夏子いなかった?」
まこと君が話しかけてきた。
「夏子、来てるんですか?」
「さっき、いたよ」
「ちょっと、探して来てもいいですか?」
まこと君はちゅう君を見た‥ちゅう君は黙ってソファーに座った。
「少し、行って来ます」
ドアを開けると、外にいた皆に見られた気がした‥何やら大小、シートにかけられた機械が何台もあり入り組んでいる。迷路みたいに奥まで行くとドアがあり、開けてみると、海側の扉だった。外に出ると、何人も集まりタバコを吸っていた。
「ゆう」
声がした方を向くと、夏子がいた。
「夏子~探してたよ。会えて良かった~」
ホッとして駆け寄った。
「何でいんの?ビックリなんだけど~さっきまでいなかったよね?」
驚きながらも、喜んでくれてるみたいだ。
「なぜか途中参加した~夏子に会えたから良かった~」
「誰と来たの?」
「ちゅう君」
「えぇーっ、ちゅう君?」
周りの視線を、一斉に浴びた気がした。
「ちょっと、こっち来て」
少し離れた所に移動した。
「どうしたの?」
「あの後も、ちゅう君と連絡とってたんだ~凄いじゃん」
「なんかね」
「あの人は皆のアイドルだよ。異常な奴もいるからね。見た?あいつらの顔‥ハハッざまあ」
「さっき、ちゅう君の単車、勝手に触ってたみたい」
「でしょ。学校でも上履き盗まれたり、物なくなったり酷いらしいよ。今は学校スリッパらしいわ」
「うそ‥犯罪じゃん」
「代わりに金、置いてあんだって」
「はぁ~?そういう問題じゃないじゃんね。腹立つ~」
普通、好きな人の嫌がる事しないもんじゃないの?だからさっき、単車触られてるかもって聞いても動じなかったのか‥慣れなくてもいい事に慣れちゃってんだ‥
視線を感じチラッと見ると、何人かの見知らぬ女達が見ていて、その中の一人が、けしかけられる様に、こっちに弾かれて来た。
「あの‥すいません‥あの、ちゅう君と‥付き合ってるんですか?」
オドオドして落ち着きがない…
弾いた女達に目をやると、皆、知らん顔して、そっぽを向いていた。
「気安く話しかけんな」
夏子が追い払う様に、手をヒラヒラと振った。
「誰かに言わされてんの?」
そっぽを向いている女達を見ながら、静かに聞いた‥顔を伏せたまま何も言わなかった。
「相手にしなくていいよ」
夏子があたしを庇うように、その子との間に入ろうとした。
「付き合ってないよ。行きな」
そう言うと、ペコリと頭を下げて一目散に戻って行った。
「ほっときゃいいんだよ。あんなの。関係ないっつうの」
夏子は女達をガンつけた。
その時、ふと、こっちを見ている男と目が合った。
ドキッ‥
田所くんだ。
坊主ではなくなり、パンチをかけているが間違いない。あの眼差し‥
神経が一気に波打ち、身動き出来なくなった。
『こんばんわ』『お疲れっす』辺りがざわつき我に返った。
「まこと君」
夏子が声を弾ませ駆け寄った。まこと君はあたしを見ると、そのまま歩いて来た。
「会えたんだ~待ってるよ」
「はい。すいません」
「あいつが来ると、騒ぎになるから」
小声でヒソヒソ言うと、辺りを見渡した。
まこと君も十分、目立ってるけど‥優しいな。
「まこと君、帰るの?」
夏子がまこと君の手を引っ張った。
「そろそろな」
「あたいも帰る」
「村山達と来たんだろ」
「たまには乗せてよ~」
夏子も負けじと甘える様に、掴んだ腕を揺さぶった。
「今度な」
まこと君はあたしの顔を見て、首を傾けると歩き出した。
「夏子、またね」
「うん。電話する~まこと君、今度絶対ね~」
笑顔で手を振って別れた。
まこと君の後ろを、うつ向いて歩いた。トンと誰かと肩がぶつかり、顔を上げぶつかった方を見た。
あっ…ピアス‥
すれ違いざま、あのピアスが輝いて見えた‥
振り向きたい衝動を必死に抑えた。
『殺しちゃうかもしれないだろ』
堂島くんの言葉が、頭をよぎった。
「こんなとこ連れて来たら、大変なのにな」
まこと君は意味深に笑うと肩をすくめた。
もうあの頃の二人ではない‥耳のピアスはあの時のまま、色褪せる事はないけど‥
「いたよ~裏で夏子と話してた」
ドアを開け、まこと君が言うと、スッとちゅう君が立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
ちゅう君が直ぐに出て行ったから、ペコッとまこと君に頭を下げ、後に続いた。
「何、話してたの?」
「たいした事、話してないよ。夏子に会えて嬉しかったよ」
喉が乾いて、カバンを漁った。
「あっ、虫いて買えなかったんだ」
「フフッ買ってやるよ」
単車の周りに人がいるのが見えた‥
まだいるのか‥
「俺も帰る」
後ろから声がして振り向くと、しゅう君が歩いて来ていた。
「一人?女んとこ?」
ちゅう君がしゅう君に聞くと、はにかんだ様な笑顔で頷いた。
恋してるんだ‥しゅう君‥
「貸して‥ここにいて」
ちゅう君がしゅう君に何かを投げた。しゅう君は女達を気にも留めず、ちゅう君の単車にまたがるとエンジンをかけた。女達が一斉に下がり離れると、そのまま単車で戻って来た。
「早く乗って行きな」
「わりぃ‥乗れよ」
慌てて、ちゅう君の後ろに乗ると、女達と離れる様に大回りして駐車場を後にした。
ピンチにさりげなく助けてくれる。まこと君もしゅう君も男前だ。もしかしてこれが、最強と言われる由縁なのかもしれない。
少し離れた自販機で単車を停めて、ミルクティーを買ってくれた。
「そこ座るか」
防波堤に二人で腰かけた。
「喉カラカラだった~あぁ~旨い」
「フフッほんと旨そうだな」
「ちゅう君のミルクティー最高だよ」
「フフッ大げさ」
「ほんとだよ。飲んでみて~はい」
「知ってる。味」
「違うんだよ~ほんとに‥飲んでみて一口でいいから」
缶を渡そうとするあたしを、ちゅう君は笑って見ていた。
「全部、飲んじゃうよ‥いいの?」
「フフッまた買ってやるよ」
月明かりに照らされたちゅう君も美しかった。
でも‥この美しさが自分自身を苦しめているのも事実だった。ずっと笑顔でいて欲しい‥
「どっちがいい?」
両手を握り拳にして、ちゅう君の前に出した。
「何?」
「選んで、どっち?」
「なんだよ」
「いいから~早く」
ぶっきらぼうにチョンと拳を触った。触った手をパッと開いた。
「お~当たり~どうぞ」
手の中に隠したガムを手渡した。ちゅう君は、フフッと笑って受け取ると、パクっと食べた。
フフフ…二人で笑い合った。
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