伝説の男
「サキ~久しぶりじゃない?」
サキは地元の先輩達とも仲が良く、付き合ったり別れたり、恋の旅人だ。余り自分から、そういう事を言わないから聞かない。誰と付き合おうと、サキはサキだから笑顔でいてくれたら、それでいい。
「ゆうも何してたの?」
「最近、寝不足で、休み時間は席で寝てた」
「あたしも~」
アハハ‥二人で笑い合った。毎日、連るんでいなくても心は繋がってる気がする。何かあればきっと、一番に駆けつける。それでいい。
「今度の休み、ちゅう君に会う」
「ちゅう君?」
「アンソニーだよ。言ってなかったっけ?」
「え~っ何?何でそうなったの?」
「電話かかってきて、ここんとこ毎日電話してた」
「嘘でしょ?信じらんない‥何話すの?」
「何、話してんだろうな‥適当に色々」
「何?適当にって‥よく話す事あんねアンソニーと」
「ほんと不思議だよ。顔が見えないから実感湧かないけど」
「顔見たらビビりそうだね」
「うん多分‥会ったら違う人だったってオチだと思ってる。今でも」
「アンソニーはビビるわ~会ったら教えてね」
「うん。本当に王子なのか確かめて来る」
「違ったら違ったで面白いからね」
「言えてる~アハハ‥」
約束の日、色んな意味でドキドキしながら水仙公園に行くと、二台の単車と三人の男が見えた。
一人じゃなかったのか‥サキに付き合ってもらえば良かった‥
(どうも~)(こんにちは)(お久しぶりです)なんて言えばいいんだ‥ここまで来たら行くしかない。覚悟を決めて近づいて行った。
単車にもたれ煙草を吸っている‥あの日の光景だ。やっぱり王子が、そこにいた。
しゅう君と、後の一人はデッカいリーゼントで大柄な見覚えのない人だった。三人で何やら話している。ふと、ちゅう君があたしに気づき目が合った。身動きせずジッと見ている思わず目を伏せた‥
行きづらい‥
もう一度、顔を上げると皆、見ていたから小走りで近寄った。
「すいません。待ちましたか?」
予定にない言葉が口から出ていた。
「フフッ来たか」
単車にもたれたまま、ちゅう君がニコリと笑った。
「大丈夫だよ。俺らも今、来たとこだから」
初顔のリーゼントさんが、あたしの顔を覗きこんだ‥圧が凄い‥何よりデカい。
「噂のゆうちゃん‥ちっちゃいね」
デカいのに、リーゼントで更にデカく、迫力に押し潰されそうだ。
「かまうなよ」
ちゅう君が近づいて来て、リーゼントさんを制した。
「ちょっと話しただけじゃんね」
ガタいに似合わず、おどけて肩をすくめた。苦笑いするしか出来なかった。
「じゃあ行く?」
しゅう君がそう言うと、単車にまたがりエンジンをかけた。その姿をぼんやり見ていた。
「あっちでしょ」
しゅう君が指差した方を見ると、ちゅう君が単車にまたがっていた。
そうだ‥ちゅう君の単車‥
何か、やっぱり違和感がある。
「しゅうがいいなら、そっち乗れば」
近寄ったあたしを見て真顔で言うから戸惑い、その場に立ち尽くし、ちゅう君を見つめた。
「乗りな」
おずおずと、ちゅう君の後ろに乗った。
「すぐそこだから‥足ガクガクしないだろ」
ちゅう君は少し振り向いて笑った。
その時、始めて毎晩の電話の相手は、ちゅう君なのだと実感した。そして単車が走り出した。
うわ~っ、ちゅう君が運転してる。なんか心配‥
お腹に手を回すと、折れてしまうんじゃないかと思う程、細い‥だけど暖かくて安心した。
やがてエンジンを止め単車を引いて少し歩いた。着いた場所は工場みたいな所だった。一階は大きなシャッターが閉まっていて、その前に単車を停めた。二階は部屋があるみたいだ。入って直ぐに犬小屋があり、大型犬が元気にシッポを振っていた。
「少しイジるから、ちょっと待ってて」
シャッターが開き、中に単車を入れた。中は思ったより広く、奥に何やら機械があり、油の匂いが鼻をつく。左奥にはソファー、テーブル、パイプ椅子がいくつか見えた。
「疲れたら、あそこ座ってな」
ちゅう君が左側の椅子を指差した。
「何か飲み物、買ってくる」
「そこに自販機あるよ。何飲む?」
ちゅう君がポケットに手を入れた。
「大丈夫、大丈夫。気にしないで、イジってて」
邪魔をしたくなかったから、一人で入口を出ると、厳つい男達が歩いて来るのが見えた。
あれ?あのデカい男‥
目が合うと、こちらに向かって歩いて来た。
「むーんとこで会ったよね夏子と。覚えてる?」
「うん」
「ちゅう君と来たの?」
何か知ってるかの様にニヤニヤと笑った。他の男達は中に入って行った。
「どこ行くの?」
「近くに酒屋かスーパーある?」
「そこ曲がったとこに酒屋あるよ」
「そう。ありがとう」
「俺も行ってもいいけど、ちゅう君に怒られちゃうからね」
「怒らないでしょ。そんな事で」
「ちゅう君と付き合うと大変よ」
何が大変なんだ‥?付き合ってもないけど‥
「何か好きな飲み物ある?ついでに買ってくるよ」
「いいよ、いいよ。怒られちゃうから。ちゅう君、人気者だから大変だ。ファンクラブあるから大騒ぎよ」
えっ?ファンクラブ?何すんだ?あっても不思議じゃないけど、知らない事が多すぎる。
「じゃあ先行ってるよ。一緒に行ってやりたいけど‥ごめんね」
手で、ごめんのポーズをして工場の中に入って行った。デカい図体とは裏腹に話しやすく愛嬌のある男だった。
一人で飲むのも気がひけるから、何本かの飲み物とチョコとガムを買った。
あの中に戻るの‥気が重いな‥
辺りを少しブラブラして戻ると、ちゅう君が歩いて来た。
「どこ行ってたんだよ」
「飲み物、買いに‥」
「心配するだろ」
クリっとした大きな瞳、まつ毛が長い、透けるような白い肌‥間近で見たちゅう君に圧倒され、話が入ってこなかった。
「あそこ座ってな」
あそこって‥行きづらいんですけど‥
電話で話す時のように、スラスラと言葉に出来なかった。
ソファーに男が一人座っていた。パンチでムキムキ、風格さえある。例えるならシルバーバック。金メダルみたいに大きなゴールドのネックレスをしている。ソファーの横の回転椅子に、さっきの愛嬌のあるデカい男が座っていた。
「ここ座んなよ」
テガ男くんが椅子に誘導してくれた。
「こんにちは」
金メダルさんに挨拶すると、ギロリと睨まれ、何も言わず視線をそらした。
「番長に話しかける前に、僕に話を通しなさい」
デカ男くんが、場の空気を和ます様におどけて言って笑った。
「コーヒーとミルクティー何本か買ったの。もし良かったら飲んで」
買ってきた飲み物をテーブルに置いた。
「えっいいよ。いいよ」
デカ男くんが慌てて体の前で手を振り、全力で拒否られた。
「飲めなかった?」
「いやいや、そういう訳じゃ‥ね」
「なら良かったら‥」
金メダルさんにも持って行った。
「あの‥もし良かったら飲みませんか?」
今度は睨まず、チラリと見て、何も言わなかった。
「ここに、置いときますね」
金メダルさんの目の前のテーブルに、コーヒーとミルクティーを置いて、そそくさと椅子に戻った。ちゅう君達が楽しそうに単車をイジるのを眺めながらコーヒーを飲んでいたら、チラッとデカ男くんと目が合った。
飲みなよ。と声に出さずに言うと、ニコッと笑い缶を手に取り、ちょこっと頭を下げてコーヒーをゴクゴク飲んだ。お互い言葉は交わさず笑い合った。新たな男が二人こちらに歩いて来て、あたしを不思議そうに横目に見ながら、金メダルさんの隣に座って話始めた。彼女が、何かの集まりに、行かないと言っていたのに行ってしまったらしい‥聞きたい訳ではないけど、丸聞こえだ。
『ひろみなら、どうする?』
ひろみ?金メダルさん‥ひろみって言うんだ。可愛い名前だな‥で、どうすんだ‥ひろみなら?
心の中で楽しんだ。
『俺だったら、俺と別れてから行ってくれって言うな‥じゃないと、遊んた男、殺しちゃうかもしれないだろ』
え~っ?ひろみ‥過激すぎる。確かに一撃で殺れそうだけど‥
脳内で楽しんでいたら、ちゅう君達が来た。
「おっ、コーヒーあんじゃん。誰の?飲んでいい?」
リーゼントさんが缶を手に持って辺りを見渡した。
「どうぞ、飲んで下さい」
「あっ‥サンキュー」
一瞬ためらって、ちゅう君に『もらうな』と言って缶をかかげた。ミルクティーを、ちゅう君としゅう君に差し出した。
「いらない」
ちゅう君は、また単車の所に戻って行ってしまった‥
「気にしないで許してやって。行って来な」
しゅう君は、そう言うとミルクティーを受け取った。そのまま、ちゅう君の所に行った。
「いらないの?」
ミルクティーをかかげて聞いた。ジッとあたしの目を見ると‥缶を受け取った。
「他の奴のは買わなくていいよ。勘違いするから」
この時はまだ、ちゅう君ならではの思いがある事が分かっていなかった。あたしの中では、男女問わず友達なら、シェアする事が当たり前だったから。
何気ない事が一人歩きする‥
ちゅう君の言葉を思い出していた。
「そうだ~アポロ買った~ちゅう君も好きだって言ってたでしょ。手、出して」
「今、汚れてる」
「じゃあ、上向いて口開けて」
「フフッいいよ」
「入れてあげるよ~」
「フフッいいよ‥後で」
「ガムもあるよ。いる?」
「ああ、後でいいよ」
皆、単車に集まって来た。
「じゃあ、少し流すか」
単車を引いて工場を出ると、日も暮れて、単車と人が増えている。少し広い通りに出ると皆、エンジンをかけ始め、次々と走り出した。
「乗りな」
集団で走らず、各々走る感じだった。やがて真っ暗な海っぺりに着いた。街灯が所々にしかない。よく見ると単車が何台も停まり、人も結構集まっていた。
「ガクガクしてない?」
ちゅう君が単車を停めて振り向いた。
「そういえば‥大丈夫そう」
ちゅう君の手を借り、単車から降りた。
「ほんとに、ガクガクしてない」
「良かったな」
暗くてよく見えないし怖いし、ちゅう君の袖を掴んで歩いた。
「こんばんは」
誰かが挨拶した。ちゅう君は気にも止めず黙って通り過ぎた。少し歩いた自販機の近くに、しゅう君と金メダルさん達がいた。通り過ぎる人達は皆、挨拶して行く。
『あっ、堂島くん。こんばんは』
『お疲れ様です』『こんばんは』
堂島くん?あの有名な?
「堂島くんて、どこにいるの?」
ちゅう君に聞いた。
「ひろみ?そこにいんだろ。なんで?」
ひろみが堂島くん?‥
知らないうちに、伝説の男に出会っていた。
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