凹む日
朝礼が終わると、時々一人だけ前に呼ばれ先生がマニキュアチェックをする。前までは『落としてこい』と家まで帰されていたが、戻って来るのが遅いとかで、今は相談室で落とされる。
「何回、同じ事言わすんだよ。先生が除光液買ったんだぞ」
「落とそうと思って忘れちゃうんだよ」
「しなきゃいいだろ」
あれから夏子のマニキュアだけしている。人から自分のイメージカラーを貰うのは、想像以上に嬉しいものだ。自分で思う自分のイメージと人から見たイメージが、人によって違う事があるから面白い。
教室に戻ると、じゅんがあたしの机にポンとノートを投げた。
「ん?何?」
「見てみな」
このノートは普通のノートではない。ご丁寧に交換日記と書かれていた。
「これ交換日記でしょ?何で見なきゃいけないの?」
そういえば、林が来なくなった。これは林との交換日記なのか?じゅんと出来るようになって、あたしの役目は終わったって事か‥
「お前の事、書いてあるから」
「あたしの事?‥でも‥いいよ。人のもん見る趣味ない」
少し気になったけど、大切なものを覗き見する様で嫌だった。
「いいから」
今日のじゅんは何か違う…ノートを掴むと、開いて又あたしの机に投げた。見るまで引かなそうだ‥黙って開かれたノートに目をやった。
その文字は直ぐに目に飛び込んできた…
ゆうと、仲良くしないで。
黙ってノートを閉じ、じゅんに返した。
こういうの慣れてる‥けどやっぱり目の当たりにすると、寂しいな‥
「お前ら‥友達だろ」
そう言うと、じゅんはノートを机の中に投げた。
「こういう奴‥嫌い」
いつもポケッとしてるのに‥こういうの許せないんだ‥
「大丈夫だよ。気にしないから」
じゅんは黙っていた。何でわざわざあたしに見せたのか…仲の良いダチだと思ってくれてるからなのかな。じゅんみたいに、分かってくれる人だけ分かってくれたら、それで十分救われる。
夜は、夏子とサキと約束をしていた。渡したい物があると言ったら、久しぶりにクニやけいごにも会いたいと夏子が言ったから、けいご達のたまり場に一緒に行く事にした。あれからクニとはいつも通り。あの日の事は覚えているのか知らない。お互い、その話はしなかった。
「夏子~元気だった?見て~マニキュアつけた~どぉ?」
両手を広げて見せると、サキも一緒に広げて見せた。
「やっぱり似合ってる~いいね~」
「ありがとう。お気に入りだよ」
「ねぇ~」
あたしとサキで顔を見合わせハモった。
「これさ~貰い物なんだけど‥香り大丈夫なら使って」
お土産で貰った、真っ赤なシャネルの口紅を渡した。
「あたいにくれるの?嬉しい‥大切にするね」
「貰い物で悪いけど、使ってくれたらと思って~」
想像以上に喜んでくれたから、貰い物で少し申し訳なく思った。
たまり場に着くと、結構な人がいた。
「夏子、知ってんでしょ?」
「おう、久しぶりだな」
けいごが、いつもと違う真面目な顔で言った。
けいご‥こんな顔するんだ‥
夏子は何故かしおらしく、ペコッと頭を下げた。
「なんか人多くない?」
「ああ、あいつら単車持って来た」
サキも夏子も単車好きだから、二人連れだって見に行った。
「いつから夏子と連るんでんの?」
「最近知り合った。何で?」
「気をつけろよ」
クニが、どこからか来て口をはさんだ。
「何でよ」
「あいつヤリマンだろ。巻き込まれんなよ」
「何それ‥いい子だよ」
「また何かおごって貰ったのか?」
「ヤリマンって何よ。好きでするならヤリマンじゃないでしょ」
「誰とでも、平気でしちゃうって事だよ」
ナベが、子供に言う様に優しく言った。
「誰とでもって‥そこに愛があるかもでしょ?色々愛せるみたいな感じでさ~」
「とにかく気をつけろよ。お前は何にも分かってねぇから」
クニは諦めた様にそっぽを向いた。
「穴なら何でも入れちゃう奴もいるから、気をつけな」
ナベが諭すように言うと笑った。
「言い方よ…まさか、あんた達もそうなの?」
けいごとナベが顔を見合せ苦笑いした。
「俺らは結果ね」
「じゃあ皆、結果ね。まぁクニが色々あるのは知ってるけど」
「何だよ‥」
自分の話になってバツが悪いのか、目を泳がせた。
飲み物を持って、サキと夏子の所に行くと二人は単車や族の話で盛り上がっていた。
「そういえばさ~田所って知ってる?」
ドキッ…唐突にサキが言った。
かなり動揺して居たたまれないけど、精一杯平静を装った。
「あ~田所~知ってるよ。さなえの男でしょ?」
サラッと夏子が言った。
もう聞きたくない。逃げ出したい気持ちを必死に抑えた。
「さなえ変態だから、朝、挨拶代わりに男のアソコ触るらしいよ。アハハ…バカだよね」
とんでもない事を、又サラッと言った。
関係ない‥関係ないけど‥なんでそんな女と‥
「アハハ…痛い女だね。よっこと付き合ってなかったんだね」
「そ、そうだね」
そう言うのが精一杯だった。
「さなえんちに、入り浸ってるみたいよ」
頭をでっかい鈍器で殴られた様だ‥
もう戻れない‥これで良かったんだ。
あたしも瀬戸に恋した‥幸せなら‥それでいい。
穏やかになって来たはずなのに‥
やけに今日は風が冷たい‥
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