橋向の人々
あれから何度か夏子から電話があった。あまり学校には行っていない様だった。なかなか予定が合わず、だいぶ日が経ったが、約束通りサキと夏子の地元にバスで遊びに行く事にした。
「うわ~あれ?」
バスの中からサキが夏子を見つけ騒いだ。
「噂通り凄いな…」
確かに、一際目立っている。バスから降りると『久しぶり~』と夏子が嬉しそうに駆け寄った。相変わらず唇が真っ赤だ。
「友達のサキ」
「どうも~」
「夏子だよ。よろしくね」
人懐っこい笑顔で笑った。
「ちょっと寄るとこあるけどいい?」
「いいよ~」
夏子について歩いた。やがてあるアパートに着きドアをノックすると、ガチャリとドアが開き中からリーゼントで大柄な男が顔を出した。
「おぉ、夏子」
チラリとあたし達を見た。
「あら‥見かけない顔だね」
笑顔で気さくに話しかけてきた。その時、少し部屋の中が見えて何人かの男がいる様だった。
「外で待ってるね」
夏子に言うと『うん』と言って部屋の中に入って行った。
「夏子、凄いね。噂以上だわ」
「口紅がね~塗りすぎなんかな?そこばっか目がいく」
「そこだけじゃないけどね…」
アパートの前の石段に座り夏子を待った。どこからかマフラー音が聞こえ、やがて近づいて来て単車が二台アパートの前で止まった。三人の男が単車から降りて、こっちに歩いて来た。
一人はニグロ、一人は、ふんわりパーマで襟足が長い。後の一人を見て釘付けになった…サラサラヘアー色白で中性的だったからだ。単車と結びつかず一際目を引いた。三人はジロジロとあたし達を見ながら横を通り過ぎると、夏子がいるアパートの一室に入って行った。
「今の人見た?キャンディのアンソニーみたかったね」
サキも同じ事を思った様で騒いだ。
「確かに‥アンソニーだったわ。単車より馬のが似合うわ」
「アハハハ‥言えてる~」
三人は直ぐにアパートから出て来た。
「夏子の友達?」
すれ違いざま襟足さんに声をかけられ、突然の事に戸惑いコクンと頷くと、ニコッと笑いそのまま単車にまたがった。後の二人も笑いながら通り過ぎて行った。
やっぱり王子様だ…笑顔の破壊力。
ニグロさんが乗った単車の後ろに王子が乗った。
やっぱ王子は後ろだよね~
単車の運転は想像出来ない‥勝手に脳内で遊んだ。やがてヴォーンと音をたて走り去った。
「お待たせ~ごめんね」
夏子が駆け寄った。
「全然、大丈夫だよ」
少し歩いたアパートの前で夏子が立ち止まった。
「ここ家~ちょっと待ってて」
部屋の中に入って間もなく、バタンとドアが開いて勢いよく夏子が飛び出して来たかと思ったら、その後を追って上半身裸の男が出てきた。
「てめえ待てよ」
今にも飛びかかりそうな勢いだ。
「なんでいんだよ」
夏子も負けじと怒鳴り返している‥
するとアパートの中から一人の男が出て来て、半裸の男を後ろから羽交い締めすると、宥める様にしてアパートの中に戻って行った。
その時、半裸の男の顔が見えてゾクッとした‥赤くただれている様に見えたから‥驚きと衝撃で身動き出来ずにいた。
「腹立つ~今日はいないって言ったのに」
夏子が、別にいつもの事だという様に言ったから安心した。
「どうしたの?大丈夫?」
「いないって言ったから、ゆう達誘ったのに‥あいつ~腹立つ」
これが夏子の日常なのか?…
「誰?あの人?」
「バカだよ。あのクソ野郎。せっかく色々見せたかったのに‥」
怒りが収まらない様でブツブツと文句を言った。
「気にしなくていいから~近くにサ店とかない?お茶でもしようよ」
「公園とかでもいいよ。自販機で何か買って話そうよ」
サキも同じ考えの様だ。
「うん。ごめんね」
夏子も少し落ち着いて歩き出した。
「あっそうだ。むーくんち行く?」
イヤな予感‥
「どこそれ?」
「さっきのアパート」
やっぱり‥
「むーくんて誰?」
「タメだよ」
「今日は女同士で話そうよ」
知らない男達がいるアパートに、入る勇気も元気もない。地元でもないし‥
「気にする事ないのに~」
夏子は無邪気に笑った。近くに人気がない小さな公園があったから、そこのベンチに座った。
「二人にあげたいもんあんだ~」
夏子はゴソゴソとカバンを漁った。
「え~っなに~?」
「はい。これ」
マニキュアを何本か出した。
「何色が似合うか考えたんだけど‥ゆうは‥やっぱピンクね。はい」
「ありがとう。いいの~?嬉しい」
「サキちゃんは‥オレンジかな」
それぞれ似合う色を考えて渡してくれた。
優しいな~夏子…
夏子の指には予想通り、真っ赤なマニキュアが塗られていた。
「大切に使うね。ほんとありがとう」
フフフ…夏子は照れくさそうに笑った。
それから色んな話をした。
さっきの半裸の男は夏子のお兄さんだった。
サキも夏子も、その世界に詳しかったから誰がどうだとかで、話が盛り上がった。クニやけいご地元のあたしが知らない先輩まで知っていて驚いた。後から、むーくんちに来た三人は、一個上の先輩で滅多に来ないし、なかなか話す事が出来ないと言っていた。同じ学校の女子とは気が合わず学校にはほぼ行かず、むーくんちによく行っていると言った。どこのエリアにも、たまり場は存在する。日も暮れて夏子は、むーくんちに行くと言ったから帰る事にした。最後まで名残惜しそうに『一緒に行こうよ』と言っていた。
人の縁とはどこにあるか解らない。
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