第10話 宴

 住宅に囲まれた村の広場は肉の焼けた匂いと、踊り騒ぐ人々の笑顔で充満していた。


 それは発展の兆しであり人々の喜びであり、油断の表れであった。


 だけれど、今日くらいは油断したっていいだろう。


「乾杯」


 アリスと共にヤギ乳が入った木のカップを打ちつけ、余韻に浸る。


 平和とは実に素晴らしいものだ。


 余韻を十分楽しんだところでアリスが口を開く。


「ピオさんもすごいよね。狩りの才能もあるし、魔術もすごいし。街の人から人気だよ。あ、でもね? ルヴィが魔術を開発したのが一番すごいんだよ!」

「はは、どうもありがとう」


 ピオは今も街の住民と会話をしながら魔熊の肉を食べていた。

 あっさりとしているが、独特の味のヤギのミルクを味わいながら丸太に座って夕暮れの美しい景色を堪能してみていた。


 この世界は、とても綺麗だ。

 剣も魔術もあるし進化もあってまさにファンタジーな世界だ。


「グイードさん。実はこの熊肉、シルヴィオ様の助力なくては手に入れることはできなかったのですよ?」


 突然ピオが大声で俺の話をしたかと思えば、こちらを向いてウインクしてきた。これは……あいつめ。魔術を教えたのは俺だけど、一番の功労者はピオだろう。まあ、強くしたのは俺だけどね。


 わざわざ俺を立ててくるものそうだし、忠誠を従う宣言も何が彼をそこまで動かしているのだろうか。思えば、俺はピオの人生をあまりにも知らなすぎる。


「うお、ちょ、ちょっと!」

「いや〜シルヴィオ様は素晴らしいんですよ!?」

「本当ですぜ! まだ餓鬼なのににあの熊の野郎と戦えるんですか!」

「おい、エドモンド! この人は村長のライモンドさんの息子なんだぜ? 餓鬼なんて言うなよ?」

「う、わかったよ」

「えっと?」


 俺はピオに引っ張られて村人の集まる輪の中に入れられた。

 狩猟従事者のリーダーとして5人の猟師を率いている男––グイード––は俺を褒めてきていた。初老の男性だが、体は鍛えられていた。俺が突然襲い掛かっても歯が立たなそうだな。もちろん魔術の未使用でという条件だけど。


 対してグイードさんの息子エドモンドくんは俺より少し年上なようで、体格がよく逞しい人だと感じた。ただ、まだまだ伸び代がありそうだから励んでほしい。


 他にも狩猟をしている男性と女性。釣り師をしている男の子とその両親。それぞれの家庭を手伝う子供たちがいた。


 まあとにかく、俺のおかげで久しぶりに美味しい熊肉を頬張ることができるとわかったグイードさんとエドモンドが俺の元に絶賛の嵐を引き連れてきた。


「へぇ〜! ライモンドさんの遺した子供がそんなにすごかったのかい」

「あら、ミラーナ。若村長のシルヴィオさんっていうんですって! ライモンドさんは綺麗な金髪だったけど、坊ちゃんは綺麗な銀髪で羨ましいわ〜」

「ダリーナったらこんな子供にまで目をつけてるのかしら? 今時は釣り師のアルフくんが人気なのよ?」

「や、やめてくださいミラーナさん!」

「んもう、かわいいんだから!」


 ミラーナとダリーナは二人で森の中でキノコや野菜、果物を採取する山菜取りの役割を担っているお姉さんだ。体は老けても心は若いまま。村の男を吟味するレディーだそうだ。

 

 かわいそうに、アルフくん。でも、金髪碧眼でかっこいいね。わかるよ。


 さて、村長として一言伝えておくとするか。


「みなさんいつもお仕事ご苦労様です! 熊を殺すことができたので安全に狩猟することができると思います。ただ、まだ他にも猛獣が潜んでいる可能性があるのでなんともいえませんが……」


 俺は村人を労う言葉を頭の中から捻り出すことに成功した。


「うふふ、子供なのに聡明なのね。ライモンドったら良い子を遺して逝ったじゃない」

「ちょダリーナ、不謹慎よ!」

「あら、いいじゃない。この子は親が死んだけど頑張ろうとしているのよ?」

「大丈夫ですよ。ダリーナさんの言う通りですから。父上が亡くなったのはショックですが、気にしていられません。ヴェルデ村の食糧問題を解決してもやることは山積みですから!」

「まぁ……立派な子ね」


 今にも喧嘩勃発しそうだった二人を止めて、エドモンドくんに話を振る。


「エドモンドくん、森はもう大丈夫かな? 調査した方がいい??」

「へっ、子供なのにたくさん働くつもりか〜? 森の話は全部俺たちにまかせとけ! 熊以外なら猪でも倒せるからな。困ったら若返りやがったピオに任せて俺たちは遊んどきますぜ!」

「エドモンド〜?」

「あら〜エド君ったらまたサボっちゃうの〜?」

「おい、エド。お前が得意な兎狩りしてくれよ。ウサギの肉は美味しいからさ」

「アレフ、たまには肉を食うことを我慢したほうがいいぜ。それが男っていうもんさ……」

「なんだよその言い方……」


 エドモンドくんは大きな体を前後してガハハと笑うのに対して、ピオは青白い肌の顔をエドモンドくんの顔に近づかせて、戦う練習をしなさい!と怒っていた。

 それを見て笑うダリーナとミラーナ、村中の人々を見ていたらなんだか『僕』も笑いたい気分になっていた。


「ハハハッ」


 僕は笑った。村のみんなで笑った。子供も大人もみんな笑った。



 *



 しばらく経って、みんなが静かになったところでアリスが近づいてきた。

 俺は、暗闇の中でも輝くように綺麗な金髪と全てを見通すような金色の瞳に魅了されまいと、すぐに目を逸らした。


「ルヴィもみんなと馴染めたのね。よかったわ」

「うん。まあね」

「村長になったばかりで、村人と話したことがなかったくせに、宴を開くっていう知恵が回るなんて少しびっくりしちゃったけどね」


 アリスは揶揄うように笑って俺の胸をチョンと押してきた。再び温かい力の波動を感じる。ゴールドブロンドの太陽のような髪の毛が旋風で浮き上がり、シトラスの香りが鼻腔をくすぐった。


「こ、これは村のみんなと仲良くなるために計画してやったんだよ!」

「あら? 帝王になるから偉そうに振る舞うと言っていた割にはまだ優しい心を持っているじゃない? 物語の帝王はみんな非道な人だから、比べるとルヴィは優しいのね」

「な、なぜそれを……! ピオか!」

「そうよ、ピオさんから聞いたわ。それで、ライモンドさんが亡くなってから口調を変えていたから、悪い子になったかと心配していたのよ?」


 アリスは本当に心配そうな表情をしていた。


「俺は魔導帝国を作るつもりだけど、実は権力には興味がないんだ。魔術の研究さえできればね。あとは父さんの名前を歴史に刻むことができればもうなんでもいいんだよ」

「欲がないのは知ってたわ。私を王妃にするためにもがんばってくれないかしら、魔術師様……?」

「あ、ああ! もちろん!!」


 帝王か……まだまだ先は長いだろうな。未だこの国の王様と出会っていないし、他の豪族との関わりもない。それどころか村の問題を解決することもできていない。挙句の果てには国の情報とかも知らないし。


「私、その言葉忘れないからね? さ、またお肉を食べに行きましょ?」


 少し影のある言い方をしたアリスの顔色に憂いを感じていたが、村の活気に飲み込まれて無視して熊の肉を食べにいった。


 明日にでも熊を持ってグイッジ村に行こう。

 

 って、今は純粋に宴を楽しむんだった!

 『俺』は村の住人と夜まで踊り明かした。

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