第9話 狩猟

 俺たちは今、ピオから周辺地理の説明を受けている。


「ここがレユーナ森です。ヴェルデ村の東にある森で、狩猟従事者はよくこの森で狩猟をしているそうですね。そして、ヴェルデ村の西の草原にはグイッジ村があり、南の湿地帯にはテスティーニ村があります。北の草原にはヒュブナー村、北東の森にはメナブレア村があります。私たちがカブをもらおうとしているのは農業に秀でているグイッジ村ですね」


「な、なるほど……他の村の特色を教えてくれ」

「はい。ヒュブナー村はですね……」


 俺はピオにそれぞれの村の特色の説明を催促した。

 話の中で色々と聞いたことがあるものがでてきたのは、過去にピオに授業してもらったことがあったからだとか。魔術に傾倒しすぎて何も覚えてなかった……。


 ともかく、要点をまとめるとこうだ。


 ・ヒュブナー村

 人口が最も多い。50人ほど。

 鉄の道具を使用して農業を行っている。森と川が近いため、肉や魚を多く取ることができる。

 鉄加工技術に優れている。


 ・メナブレア村

 人口は30人ほど。

 森の近くに住居を構えている。

 ヒュブナー村から鉄の武器をもらう代わりに大量の肉を渡している。

 早いうちから鉄器に慣れていたため、現在最も武に優れている村だと考えられている。


 ・テスティーニ村

 人口は20人ほど。

 体に鱗を生やしているということで若干迫害されている部族。湿地に住居を構えている。

 漁獲量が最も多い。南にある海で魚を取っている。

 稲作をしている。


 ・グイッジ村

 人口は30人ほど。

 山の近くの湖のほとりに住居を構えている。漁獲量は他の村より多い。

 最も農業に秀でている。山から鉄を手に入れることができる。

 ヒュブナー村とは鉄と食糧を交換する関係。


 ・ヴェルデ村

 人口は20人ほど。

 草原に住居を構えている。南に湿地、東に森と川がある。

 農業をしないくせに狩猟の成果も低い。家は他の村と違い、藁の家。

 他の村は木造の家。村長の屋敷だけ木造だが、ボロい。

 重要な資源を手に入れることができるわけでもなく、常に生活が逼迫している。

 (ライモンドがいた時も常に貧しかったが、亡くなってさらに貧しくなっている)

 特産品がない。武器は魔術。


「改めて自分の村が酷いものだと理解できたよ……」


 特産品もないし秀でているところもないしで崩壊待っただなしだ。


 魔術で無理やり生活の質を向上させたり特産品を開発したりしたって俺たちが魔術を継承させない限り発展は望まれない。


 やはり『マイルストーン・Ⅰ街の建設』と『農耕の時代』を達成するまでは、その場しのぎとしての魔術の使用は認めた方がいいかもな。


 ただ、基本的には魔術を使用せず先人の知恵と人力で盤石な都市の地盤を築きたい。

 並行して魔術教育機関や研究機関を作成。地盤が固まった都市を魔術で強化するくらいがちょうどいいかも。

 まだ身に余る力だからね。


 それに、最初から魔術でチートだぜ!ってなったら努力しなくなりそうだよ。


 って……また魔術のことばかり考えてるや。

 現状の問題を解決するには衣食住を向上させて安定化させる必要がある。


 従って今後やっていく必要があるのは……

 ・食糧問題解決

  ・農耕

  ・狩猟

  ・漁業

  ・採取

  ・畜産

  ・燻製

  ・貯蔵

 ・住居の発展

 ・衣服の問題

 ・これらの安定化

 ・etc……


「やることが多すぎる……っとなんだ、ピオ?」


 虚空に向かって一人愚痴っているとピオが肩をつついてきた。


「シルヴィオ様、番の熊を見つけました」


 どうやら熊を見つけたようだ。

 熊を殺して狩猟の問題解決を前進させよう。


「ひとまず観察だ。いいな?」

「了解です」


 俺は熊の様子を視る。


 毛むくじゃらの黒い二つの塊は、のそのそと重い体を引き摺るように歩いていた。奴らはその口から涎を垂らしていた。

 筋肉の塊とも呼べる凶暴な熊は、仄かに香るすっきりとした優しい花の蜜のような香りとともに近づいてくる。だが、涎と蜂蜜の香りが混ざり合い、醜悪な香りへと変貌させてくれた。


 もう片方は蜂の巣を喰らいながら己の魔力を動かしている。


「グル?」


 こちらに気がついたか……


 俺はすぐさま<魔力視覚>の発動と魔術の準備をして、ピオに討伐をお願いした。


「ピオ、できるだけ傷をつけないように一匹だけ仕留めてくれないか? もう一体は俺とアリスとで倒してみたい」

「お任せください!」


 ピオは霞の中から冷気の元素を集めると同時に、大瀑布のような青色の波動を作成していた。


(やはり……)


 ––––全ての生物は魔力を持っている。


<魔力視覚>を発動してわかったことがある。それが、この凶暴な熊も魔力という強力なエネルギーを有しているということだ。


(魔力量が増えることで人間が進化するのなら、もちろん他の生物も進化するということだろう?)


 近づいてくる熊とは別の熊––熊B––は熊Aに比べて2倍ほどの魔力を持っている。そして、その量は俺の魔力の半分ほど。脅威ではないが、先ほど視た限りでは<魔力操作>を行えるということは間違いないだろう。そして<魔力切れ>を起こしたことがあったが故に魔力量が膨大というのなら、<魔術>を行使することが可能。


 と、考察している間にピオの魔術が完成していた。


「<沈溺ドラウン>。少々魔力任せですが、どうでしょうかシルヴィオ様!」


 ピオは膨大な魔力量に任せた熊の大きな顔を埋め尽くすほどの水の塊を生成させて、その場に固定させていた。

 逃れることのできない水塊に翻弄された熊は、数分後に溺死していった。


 冷気魔術最強説を提唱したい。


 ––––『魔力の暴力』


 異界の知識が囁くのは溺死までの流れが、熊にとって『頭から水を浴びたような』出来事だったということ。


「よくやった。あとはもう一体だ。強い方の熊と戦うぞ、アリス!」

「うっ、あの魔力を動かしているヤツと戦うのね……?」

「牽制は私に任せてくださいね? お二人は魔術で遠距離攻撃をお願いします!」


 嫌そうな顔をしているアリスの反応を見るに、アリスはこの熊が魔力を操る猛獣だと気がついていたようだ。

 俺はピオが錆びた剣で熊を引きつけている間に、雷光元素を手繰り寄せて回転させる。魔力と元素を両方回転させて威力の向上を試してみているのだ。


「う〜む。少し難しいけどできたぞ。<雷槍ヴォルト・ランス>!」


 《<元素操作(雷光元素)>→<元素集中>→<元素回転>→<魔力操作>→<魔力集中>→<魔力回転>→<魔力調節>→<紫電スパーク(強化)>→<魔力放出>→<元素操作(魔素)>→<対象>→<雷槍ヴォルト・ランス>》


 というプロセスで超強化された雷光魔術を発動した。


 紫色の雷が激しい音を鳴らしながら魔物––魔熊––に向かって一直線に流れていく。

 先手必勝だ!!


「––––––––!」


 地響きのような低い吠え声が轟いたと同時に、魔熊は雷槍ヴォルト・ランスを弾く。


「弾いただと!?」

「よいしょ、私も攻撃しますよ! <炎球フレイム・ボール>!」


 俺のカバーをするように炎の攻撃を繰り出すアリス。<蒼炎アズール・フレイム>より威力は低いが両手を広げても直径には至らないほどの大きさの炎の球を繰り出す。

 やはり<対象>のルールのおかげで森が燃えることはなかったが、熊にもほとんどダメージが入っていないようだった。


「うし! これでどうですか、熊さん! っと、シルヴィオ様。今までこんな熊見たことないのですが……確かに狩猟のリーダーのいう通り、鉄の矢が刺さらない熊がいるというのは本当のようでした」

「そんな情報知らなかったんだけど……まあいいよ。んで、『稀に現れる』ということでもないのか?」


 俺はピオの発言を深掘りすると同時に再び雷鳴が世界を分断するように激しく空気を震わせる。


しかし、魔熊を振るわせることは叶わなかったようだった。


「––––––––!」

「<蒼炎アズール・フレイム>。嘘! これでも殺せないの〜!?」


 再び野獣の汚い咆哮が地面を揺らす。


「なるほど? この叫びで魔術が無効化されてんのか?」


 俺は、攻撃を行うたびに魔熊の魔力が減少していくことに気がついた。

 つまり、咆哮に合わせて魔術を発動している可能性が高いということだ。


「魔熊の魔力残量は……」


 あと2回か1回で魔力を減らすことができそうだった。


「いや、稀にというか人生で初めて見ましたよ。数十年前にライモンド様とともに熊と相撲を取るという趣味を楽しんでいましたが、それでも魔術を扱える熊なんて見たことありませんね」

「ピオは随分武闘派だったのか……って、よく喋りながら戦えるな。さっきから熊の攻撃がどんどん激しくなっているのに」


 魔熊は土の入った黒ずんだ爪で切り裂くように敵であるピオを狙っていたのだが、錆びた剣で跳ね返していた。

 森林で培った強力な爪をいとも容易く受け流すことのできるのは錆びた剣に秘密があるのか、はたまたピオの技量によるものなのか。

 ピオに剣術を習っていた俺ならわかる。後者だ。

 しかし、この魔熊の魔術のような咆哮はどういう原理で行われているんだ?


 そして、人生経験の長いピオが初めて見るという凶暴な熊。


 最近魔術が発展したから魔術を扱える動物が発生したのか? 例えば魔術が引き起こす周囲の変化、元素の減少とかか? 答えは出ないけど気になるな。異界のナニカよ、答えを教えてください。


––––『…………』


 教えてくれなかった。


「この! 死んでよ!<蒼炎アズール・フレイム>!!」


 そして、アリスは戦闘民族のような動きで魔熊の背後に回り込み、蒼い炎を射出していた。

 そろそろ魔力が尽きる頃だろうに……そんなムキにならなくたっていいじゃないか。

 

 ––––蛮族みたいだぞ??

 

 と、考えている間もずっとタンクを引き受けてくれていたピオが提案を示してくる。


「シルヴィオ様。私が綺麗に殺しましょうか? というか殺させてください! ちょっと、若かりし頃の戦闘狂の血が騒いでしまっているので……!!」

「ん〜だったら雷光魔術で殺してみてくれないか? 対象は<脳>ね」

「お任せください」


 俺はそろそろ疲れたので––魔力は7割ほど残っているが––ピオに任せることにした。


 ただ、ピオに頼む前にもう1発雷鳴を轟かせて魔力を欠乏させることだけは忘れない。


 さあ、行けピオよ!


「雷光はまだ使えるようでよかったです。さあ、魔熊さん! <轟き吠える雷鳴ハウリング・ヴォルト>ですよ!!」


 右手を銃のように構えて回転する雷光元素と魔力を用いて雷の弾丸を作成していた。サイズは非常に小さく、異界の『銃』のような速さだった。


 魔熊は先程のように吠えることはなく、子ウサギのような可愛らしい鳴き声で倒れていった。殺したのだ。


「随分あっさり死んだな。ピオのおかげで」

「いえ、お二人のおかげですよ」

「ふふん! 私のおっかげ〜」


『お二人のおかげ』という言葉にだけ焦点を当てたのか、アリスはウッキウキになっていた。あれはお世辞だよ。まあ、魔力を減らしたと言うことは結構な功績だろう。


 とにかく死した二頭のクマに近づき、状態を確認した。

 やはり口元には蜂蜜がついているな。


 あの甘いすっきりとした匂いははちみつに違いないと思っていたが、正解だったみたいだ。


 養蜂をして特産品の蜂蜜を売るという手もありか?

 魔熊はこちらで回収して普通の熊は他村に渡そう。肉の質もいいだろうし、毛皮も傷ついていない。剥製にでもしてプレゼントしてしまおうか? それとも実用性を重視して衣服を作って渡そうか。

 いや、衣服は俺の村の人を優先したいから素材だけ提供することにしよう。わざわざ加工する手間は省きたい。


「よし、猛獣は倒せたし蜂の巣があるということも確認できた。宴を開こう!」

「おお、いいですね! ライモンド様が隠していらっしゃった酒も解禁しましょう!」


 亡き父上よ、酒を隠し持っていたのですか。

 これを他の村に売って農業でも始めればよかったのに……。


『うるさい! 戦をするには酒が必要だろうがよ!』という幻聴が聞こえる。


 俺の心の中では未だに父は存命しているようだった。

 死を受け入れられていないとも言えるが……。


「ルヴィ、帰ったら魔術の研究しましょうよ! 私の火炎魔術が効かなかったのがうざったいわ!」


 そんな俺の心の曇りを晴らすのはいつだってアリスだ。


 だけど、亡き父上の残滓は戦闘狂を生み出すものだったようで、アリスの発言に笑ってしまった。


「ふふっそれは追々だね。すぐに帰って宴を開いて民と仲良くなるぞ!」

「え〜」

「……それではいきましょうか! 時間はいっぱいあります。研究はいくらでもできますよ!」


 ピオは励ました後、右肩に熊を、左肩に魔熊を抱えて歩いていった。

 俺とアリスも置いていかれないようについていった。


 いや、存在進化のおかげで身体能力向上しすぎじゃね!?

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