第8話 第一回魔術訓練会・下

「はい! <魔力循環>!」

「ヒッ! ヒィ〜!」

「ルヴィ……これでもピオは老人なのよ? あんまり無理をさせるのは……」


 目の前にいるのは限界まで魔力が減っている状態のピオ。魔力がないということはもちろん魔力が不規則に動いている。従って、とんでもない倦怠感に吐き気や発熱に襲われているだろう。


 だけど大丈夫!


「<魔力循環>をモノにすれば体調は回復するぞ!!」

「ひ、ひどいでず! ジルヴィオ様〜〜!!」

「ほら、ジジイが鼻水垂らさない! <魔力操作補助><点火イグニッション>!」

「ぐぅ……私の魔力が!!」


 バタリ、と音を立てて倒れる老体を支えるのは俺とアリス。もちろん俺とアリスも現在魔力切れを起こしていている。


 しかしピオは<魔力切れ>の更なる段階と呼べるような<魔力欠乏>状態を引き起こしている。


 俺たちのソレとは度合いが違う辛さを味わっていることだろう。


 すまない、これも魔導文明発達のためだ……。

 必要な犠牲というものがあってだな。


「くぉぉぉ! 屈しませんぞピオはぁぁ!!」

「あと少しだ! あと少し<魔力欠乏>に耐えるんだ、ピオ!」


<魔力切れ>ではわずかに魔力が残り、それを循環させて回復させようとするのだが、<魔力欠乏>では残っている魔力を循環させつつ、魔術を発動させて消費と回復を繰り返させている。


 つまり、地獄だ。


「ふんぬ、ふんぬぉぉぉぉ!!」

「お、おい! ピオ、大丈夫か!?」

「ピオさん!?」


 ピオの魔力の粒子が回転したかと思ったら、青白くひんやりとした魔力のようなエネルギーが溢れだしていた。


「ウォォォ!? って、嘘ですよね!? いや、本当だ! シルヴィオ様、私の体が若返りました! ほら、こんなに動けますよ!?」


 目の前にいるのは白髪の青年だ。

 その青年は目の前で数メートルの高さまでジャンプして着地する、というのを繰り返していた。

 そして、体の中には膨大な魔力と青白い光球が宿っているのを確認できる。


「おい、ピオはどこにいったんだ?」

「何を言いますか、シルヴィオ様! 私がピオでございます!」


 この声、間違いなくピオ。まさか、こんな逆玉手箱みたいなのは信じられないけど、目の前でそんな現象が起きている限り認めざるを得ないな。


 突如、異界の知識が囁く。


 ––––『存在進化』


 人間という種族から別の種族へ進化したことにより、若返ったり力強くなったりする。


 ただの夢物語かもしれない情報だけど、異界の知識はいつだって嘘をつかない。ありとあらゆる状況を説明する言葉を、いつも異世界の知識は囁いてくれていた。


「ピオ、その体の特徴を教えてくれ」

「おお、信じてくださいますか! 見てください! この力!」


 そうして体の外に<冷気元素>を放出していた。


「フフフ、驚かないでくださいね? <冷気元素>を体で作れるようになったのですよ!」


 ピオは、<冷気元素>を生成することができるようになったのか……?

 確かに、体の外に出た魔力は青白く光っていて<冷気元素>になっている。


「ご覧ください! 魔力を冷気元素に変換。<冷水クール・ウォーター>発動。<魔力調節>と<魔力回転>、<元素操作>で威力をUP! <氷柱飛ばしアイシクル・ランス>!」


氷柱飛ばしアイシクル・ランス>と唱えた瞬間、巨大な氷柱が前方へと放たれて、庭の木々を薙ぎ倒していった。


 先程まで最強魔術だった<蒼炎アズール・フレイム>とは比べ物にならないくらい強力だということに気がついたのは、数秒後だった。


「これは、強すぎですね……」

「強すぎだな……」


 アリスと俺は唖然とした様子で薙ぎ倒されていった木々を見つめていた。


「っと、加減を間違えてしまいましたか」


 ケロッとした様子のピオに、問い詰める。


「<魔力回転>と元素作成について教えろ!! 村長命令だ!!」


 俺はガバッとピオの体を掴み、揺さぶりながら情報を求める。


「フフフ、まあ落ち着いてください」


 力づくで剥がされて、話を聞かされる。


(こいつ、こんなに力強かったっけ? これも存在進化のおかげ?)


 ともかく、要点をまとめると


 ・<魔力回転>は魔力を回転させることで魔術の威力を上げることができる技術。

 ・魔力循環をしているときに魔力回転を試した結果、若返った。

 ・魔力を冷気元素に変換する技術を手に入れることに成功した。

 ・肉体が改変されている。


 つまり、魔術の威力は魔力の回転と量と元素の量で決まるということか。となると、元素にも回転も加えれば威力は上昇する……?

 そして、膨大な魔力を手にすることで生物としての格が上がるということも伺える。


 ああ、魔力と元素がどういう力なのかもう一度調べないとな……。この世界の真理に辿り着きたいものだ!


「おや、火炎の魔術は使えなくなりましたが、<冷気元素>を操るのが上手になったようですね。これも存在進化? のおかげなのでしょうか」

「恐らくそうだろう。ピオはもう人間じゃなくなったみたいだ」

「まさか、ピオさんが化け物になってしまったの……?」

「そ、そんな! でも確かに……」


 自分が化け物になってしまったと悟ったピオは病人のような青白い肌にそぐわぬ脂汗をたっぷり流しているようだった。


「アリス。化け物というのはやめなさい。ピオは進化したんだ」

「うっ、すみませんでしたピオさん!」


 俺が注意するとすぐに謝罪をするアリス。やはり素直で良い子だ。純粋すぎるのも悪いが、良い面もあるな。


 さて、超人的な身体能力、青白い肌と火炎への不適正、冷気への適性、<元素操作>の高度な能力を鑑みるに……なんて種族名がいいかね?


 と、考えつつ二人のやりとりを眺める。


「いえ、大丈夫ですよアリス様。元はと言えば私が進化したのが悪かったので……」

「そ、そんな……すごい魔術を使えて素晴らしいじゃないですか?」

「そうだ、悪くないぞ! むしろ素晴らしい! ファンタジー種族の発見と人類の進化の道に火が灯ったんだ! 誇るべきだ!! さあ、ピオ! キミの種族はなんて名前にしようか?」

「は、はぁそうですか。名前はなんでもいいですが……」

「浪漫がないねぇ……じゃあ氷魔人マギフロストだ! 俺と共に魔導文明の発展を担ってくれよ?」


 俺の発言に対してピオは温かい笑顔を向けてくる。まるで、小さい子供の遊びに付き合っているような笑顔だった。


(進化の凄さをわかっているようでわかっていないような……ピオが進化したのなら、俺も進化できるかも。ただ、この地獄の訓練ができるかどうかだな……)


「シルヴィオ様! 私は人間から氷魔人マギフロストへと進化したのですね! でしたらこの力、シルヴィオ様のために使わせていただきます!」

「あ、ああ! 頼むぞ!」


(魔導文明がとてつもない速度で発展していっているな……)


「それじゃ、みんなで猛獣狩りに行くぞ!」

「私一人でいいのでは……? シルヴィオ様はともかく、アリス様が同行するのは危険でしょう?」


 確かに。


「じゃあ、アリスは待ってて」

「いや、私もついていくわ!」

「で、でも……危ないじゃん」

「それはルヴィも同じでしょ??」


何も言えない。俺もピオと一緒に熊と戦いたいなんて言えない。どうしよう……。


「くっ! でしたらピオが人肌脱ぎますよ! 剣を持って来ますので……魔術戦士としてお二人を守って見せます」

「ああ頼らせてもらうけど、もちろん俺らも魔術で戦うから、ね?」

「ええ、私も魔力量が増えたので<雷撃サンダー・ボルト>くらいなら使えますわ!」

「しかし……いえ! 魔術は強力ですから許しましょう! 猛獣狩りへ行くとしましょう!」


 ピオの掛け声に乗る形で俺とアリスは叫ぶ。


「おうともさ〜!」



 隊列を組んで進んでいった。



 *


「森に到着しました」

「了解」


 熊を殺して死体を回収したあと、狩猟従事者に解体をお願いして素材を隣村に渡す。隣村とのコネクションを作ったあとは<成長>を使ったカブの栽培を通して農業の理解を深めて、あとは越冬の準備をしつつ、大麦や小麦の栽培。クローバーとかを使って畜産をするのもいいな。

 マイルストーンⅠを達成できたら『魔術教育』を始めるための準備をしてみるのもいいかも。

 あとは周辺地理の勉強をしないと。


「やることはいっぱいあるけど充実しているよ、父さん」


 俺は先頭にいるピオとアリスに気が付かれないような小さな声でそう呟いたが、


「ええ、ライモンド様のお願いはすぐにでも達成できそうですね」

「ルヴィ、頑張りましょうね!」


 二人には聞こえていたようだ。


 亡き父親の姿を想像しながら俺は森林を歩いていく。

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