第6話 覚悟

 俺が屋敷を出て庭に行くと、


「ピオさん、こうやって魔力を循環させるんですよ?」

「ありがとうございます、アリス様。ようやく感覚を掴めました」


 アリスはピオの肩に手を触れながら会話をしていた。

 視てみると、アリスがピオの魔力を操作。いや、循環させているようだった。

 アリスが手を離すと、ピオの魔力循環は拙くなり、もう一度手に触れると一気に上達していく。

 やはり魔術の才能に優れているな。


 ––––『魔力操作補助』


 異界のナニカが囁いてくる。他人の魔力の操作を手伝って、上達を手助けすることができるようだ。

 この技術があれば、魔力操作を容易に習得できるだろう。


 俺はそんな考察をしつつ、彼らに話しかける。


「やあ、ピオにアリス」

「おお、シルヴィオ様。断念してこちらに来たのですか?」

「ルヴィ? ピオさんは<魔力操作>と<魔力循環>に加えて<点火イグニッション>と<紫電スパーク>に<冷水クール・ウォーター>も覚えられたわよ。それで今は魔力切れでね」


 やはり才能というものが存在するのだな。俺が8年間頑張って作り上げた技術––実際にはつい先日発見して数日で作り上げられた技術––があっという間に吸収されて、モノにされている。


 そういう感情を無理やり無視して、ピオたちに見せつけるように攻撃魔術を発動する。


「<魔力操作>。<魔力集中>で指先に魔力を溜め込み、<点火イグニッション>する。<魔力調節>でサイズ変更。持続時間を増やす。横に広げ、火炎の波を作成。<魔力放出>で経路を作成。<対象>は未設定。空中に放出。速度設定! <炎波フレイム・ウェーブ>!!」


 空中に打ち出される炎の波を驚いた顔で見つめるセバスとアリス。実際には異界の竜が放つ火炎放射を模したものだが、


 ピオに至っては


(こんな大きい炎が飛んでいるなんて!? 物語に出る竜の息吹に違いない……竜の力を行使しているシルヴィオ様は神竜の使徒様なのでしょうか??)


 と、自分にはできないもので、神の如き力だと呟いていた。


 俺は神竜とやらの使徒じゃないからな。魔術は才能の有無があるだろうけど誰にでも使える、便利で危険な技術だろう。異界の科学?のような技術と同じだ。


 そんなことを考えつつ、二人の驚く顔をみてニシシと意地汚く笑う。


(ちょっとイタズラしてやるか)


「どうだ、二人とも。俺の攻撃魔術は!」

「……私たちには到底扱えることがないような技術だということがわかりました」

「ルヴィはやっぱりすごいや……<点火イグニッション>の弱々しい炎が竜の息吹みたいに恐怖を感じさせるモノになっちゃうなんて」


 うっとりとした様子の二人を見て、俺は内心ガッツポーズをしていた。

 だって、魔術の凄さをわからせることができたんだもの!


「ピオ、これは訓練すれば誰にでも扱える技術だよ」

「まさか! こんな容易く人を殺せるような技術が誰にでも扱えると?」


(俺が望んでいた質問をしてくれるなんて、有能だなぁピオは)


「ああそうだ。そんな技術を俺は生み出してしまったんだ……」

「……ル、ルヴィ? 大丈夫よ! みんなで情報を秘匿すればいいじゃない。ピオもいいでしょ?」

「もちろんでございます!」


 あたふたして脂汗をかいているような二人を見て内心笑みを浮かべていた。


 そう、暗い顔を俺を気遣って解決案を出してくれたアリスには悪いが––––


「––––この様子でわかったよ! 君達が悪用しないということをね!」


 俺は満面の笑みを浮かべて二人を見る。


「ふぇ?」


 とぼけた表情をするアリス。太陽の如き美しい貴女がそんなはしたない表情を見せるんじゃない。


「一体……?」


 質問を投げかけてくるピオの額には汗がびっしょりだった。老人なのに代謝がいいんだな。

 

 ともかく、


「危険なものを危険だと理解できて、なおかつこの誘惑に打ち勝てるかということを二人の様子から判断していたのさ。あとは魔術を馬鹿にした仕返しとしてシリアスな雰囲気を醸し出していただけ! 二人が魔術を悪用しないことはわかっていたけど、一応確認した。予想通り焦ってくれて面白かったよ」


 要するに俺は二人を試していたんだ。人を殺せる技術を習得するには、その技術を習得できると言う甘い誘惑に打ち勝つ精神性。危険性や安全性を先に考える知性を有していないとダメだろうと異界のナニカが囁いていたのだ。


 それを二人に試していた。


「ですが、シルヴィオ様? 危険なことには変わりないじゃないですか?」

「ああ、だからキミたちが他の人に漏らさなければ大丈夫でしょ?」

「うっ、これは忠誠心も試されていたのですね? シルヴィオ様とアリス様以外に魔術を教えないことを誓います!」

「私も誓います!」

「何? その情熱的な目は。あ〜、キミたち攻撃魔術を使いたいんでしょ〜? さっきは馬鹿にした様子で煽ってきたのにね〜!」


 俺は二人が拳を握りしめていることに気がつく。二人は真剣に人を殺す技術を外部に漏らさないという宣言をしたのに、過去の言動を掘り返されてイラついているんだろう。


(内心、ぐぬぬと思っているんだろうね〜)


 でも、魔力量さえ増えれば人を殺せるほどの技術になることは間違いない。二人のことは信用しているけれど、他の人に<攻撃魔術>を教える際の基準を明確にしておかないと後で絶対問題が起きそうだ。


(考えが早すぎかな?)


「さあ、<攻撃魔術>が気になる人いるかな? 挙手してね〜」


 ピオはシュバっと手を上げるのに対してアリスは屈辱的な表情でゆっくりと挙手していた。


「はい、茶番はここまでにして説明を始めるぞ?」

「ピオは少々イラッとしておりますがいいでしょう。お話を聞かせてください」

「うう、許さないんだから! でも私が悪かったのよ……!!」


 腰に手をあててぷんぷんしているアリスは全く怖くなく、むしろ可愛いとすら感じてしまっていた。


「まず、今の<攻撃魔術>では威力が足りなくて人を殺せない。これは、威力は魔力量に依存するからだ」

「となると、魔力が大量にないと<攻撃魔術>を扱うことはできないと?」

「そう。俺の個人の魔力だと、人を殺せない。だからさっきの魔術もまだ未完成の攻撃魔術もどきだ。魔力を増やせれば可能だけど」

「あら、ルヴィの魔力は増えてるじゃない? 魔力を増やす方法があるんでしょ?」


 アリスは<魔力視覚>を用いて、俺の魔力を視たのだろう。いい気づきだ。


「そう! 魔力は増えるんだよ。<魔力切れ>が起きてから<魔力循環>することによって」

「おお! 私たちが魔力を増やしていけば<攻撃魔術>は完成するのですね? そして、人や獣を殺せるようになると」

「そうだね。二人のことを信用しているけれど、<魔術>は人を無闇矢鱈に傷つける技術ではなく、守る技術だからね?」

「それは理解しております。信用を寄せられている私たちができることと言ったら、行動で示すまで。私が無意味に人を傷つけるようなことをしましたら、容赦なく首を切り捨ててください」


 ピオはそう言って首を差し出す。


「ああわかったわかった。気持ちは受け取ったから。信用しているぞ、ピオ」

「は!」


 続いてアリスが開く。


「私も絶対に力を振り回す蛮族にならないと誓います! 行動で示しますね!」


 アリスは誓いを立てると同時に、俺に近づく。


(何だ?)


 ぶつかる!

 咄嗟に回避しようとしたところ、アリスに体を押さえつけられる。


 ––––ハグ!?


 アリスの体が俺に巻かれる。

 なんなんだこれは? 魔術よりも複雑だぞ!?


 暖かくて、柔らかそうな紅色が近づいてきて……!

 彼女の銀髪が揺れて、金木犀の心地よい香りが鼻腔をくすぐった。


 って、だめだ!!


「ア、アリス! これはハニートラップというものだよ?」

「ふぇ!? ……ダメだった?」

「いいよ、大丈夫。覚悟は伝わったからさ……!」


 言葉では表せないほどの羞恥を感じた。


「初々しいですねぇ、シルヴィオ様」

「うるさい!」

「はいはい」


 ピオ、ニタニタするなよ。

 どいつもこいつも馬鹿にしやがって!


「と、とにかく! 覚悟は伝わったから、<攻撃魔術>の習得を始めるぞ!」

「了解です、シルヴィオ様!」

「ラジャーです!」

「第一回魔術訓練会だ!!」



 そうして、俺たちは第一回魔術訓練会を迎えることになる。


(この力をものにすれば、私は熊に殺されないのですね! 頑張りますよ、シルヴィオ様!)


 ピオは保身に焦っていた。

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