第4話 研究・Ⅰ

 俺たちは庭で魔術の訓練をしていた。


「あれ、ルヴィ! <魔力操作>できましたよ?」

「……やっぱり、アリスは才能があるみたいだ。羨ましいぞ」


<魔力視覚>で確認してみると、確かにアリスの体内の魔力を操作することに成功していた。


「でも、ルヴィが生み出さなかったら腐ってたはずの才能なんだからいいじゃない?」

「まあいいけど」


 俺はにまっと笑う金髪の女性を見て、ぶっきらぼうに答えてそばを離れた。


 次は俺の瞑想の時間だ。魔力操作で遊ぶだけだけど、これも立派な研究だ。


 腹の奥にある魔力の塊を血流と共に流す。決壊したダムのように体内を激しく流れる魔力の波を調整して、思い通りに動かす。

 指先に魔力を集めて空気中に漂う微弱な赤の元素––火炎元素––にぶつける。すると、


「うわぁ、火が灯った!」

「素晴らしいですね。神の如き力だ……」


 驚くアリスを横目に、俺は火炎の球を飛ばせないか検証する。


「放出したいんだけどな」


 指先の魔力を外部に流す方法がわからない。

 肉体という器の中でしか動かすことができないのだ、魔力というものは。けど、絶対に解決策はきっと見つかるはず……。


「ひとまず、ありったけの魔力を消費してバーナーを作ってみよう!」


 魔力の流れを大きくして火炎元素に魔力を供給していく。

 すると、指先で蝋燭の炎のような小さい火がバーナーの大きな炎へと変化していった。

 そして、魔力量を減少させて再び炎を小さくしていく。


「<魔力調節>かな。魔力量を調節することで魔術によって生じる現象の大きさを変えることができる、っと……!」

「大丈夫、ルヴィ!?」


 突如、虚脱感が襲ってきたところをアリスに抱かれる。これは……<魔力視覚>


 ––––『魔力切れ』


 異界のナニカが囁いた。

 自分の魔力、エネルギーが減少したことによる肉体に起こる不調であり、休憩することで回復する。


「症状は吐き気と怠さくらいだから大丈夫だよ。それに……僅かに残っている魔力の動きが変だと思わない? 不思議な動きをしているよ」

「こんな時まで分析するなんて……」


 アリス、お願いだから俺を哀れな子だなんて思わないでくれ。


「シルヴィオ様、無理をなさらず」

「大丈夫だって」


 とりあえず瞑想をしよう。異世界の知識が瞑想で精神が回復するよ、と囁いている。


 魔力切れが起きてから、不規則に運動するカスカスの魔力をゆっくり、ゆっくりと体の中で回して、規則的な動きへと変えていく。


 大海原に揺られる一隻の船のように、血流に揺られる魔力をイメージして実践する。その魔力は更なる激流に飲み込まれそうになっても決して指針を失わず、体内をぐるぐると廻る。


「お〜気分が楽になった!」

「これは、魔力を身体中でぐるぐるさせるのね?」

「うん<魔力循環>すると、体がスッキリするよ」

「うわ〜本当ね!」


 アリスは俺が魔力操作を習得して頑張って編み出した<魔力循環>を俺よりも上手に行っていた。


 才能っていいね! ちょっと嫉妬しちゃう。


 ともかく、<魔力循環>には不規則に動く魔力の動きを制御することによって体内の調子を整える働きがあるのだろう、という考察を得ることが出来た。


 その考察から『魔力は規則的にうごている状態がベスト』ということが考えられる。


 まあ、これ以上はいいか。

 とにかく準備は整ったから次はアリスに火炎魔術を教えよう。


「さてアリス。ここからお勉強を始めるよ」

「え〜お勉強したくないです!」

「授業を受けたら炎を出すことができるようになるけど? それでも嫌?」

「受ける! あ、受けます!」

「素直でよろしい」


 アリスは金色の髪を太陽光で輝かせながら、満面の笑みを浮かべた。

 やっぱり美しい。僕の嫁は太陽のように美しい。


「ま、まずは<魔力>から教えるね」

「はい、先生お願いします!」


 現段階でわかっている、<魔力>とは自分の体内に宿る<元素>に与えるためのエネルギーだということ、魔力を元素にぶつけることで魔術を引き起こすことができること。そして、魔力は規則的に動く状態がベストだということ。


 ただ、


 ––––魔力って何の力なの?


 という疑問は残ったままだけど。


「とりあえず<魔力視覚>と<魔力操作>の技を扱えれば、魔術を使用することができる」

「じゃあ私ももうできる?」

「多分ね。でも<元素>について理解しないと難しいから話を聞いてね」

「はい……お勉強頑張ります」


 早く魔術を使いたくてうずうずしているアリスを横目に俺は説明を始める。


<元素>は火の周りに漂う赤い<火炎元素>、冷えた水や風などで運ばれる青い<冷気元素>、雷が落ちた時に出現する<雷光元素>があること。

 現段階では、赤の火炎・青の冷気・紫の雷光の属性を発見している。他にも元素があるかもしれないということを説明した。


 また、火炎の元素は必ず火の周りにあるというわけでなく、空気中に満たされているが、炎の周りに集まりやすい性質があるということ。これは火炎・冷気・雷光の全てに挙げられる性質がある。


「あら? 畑の周りに深緑色の光を見たんだけど。それは<元素>じゃないの?」

「!? ……それを詳しく教えて! 早く、ほら早く!!」

「ル、ルヴィ!? 落ち着いてよ!」 

「おっと、思わず興奮してしまった。ヒッヒッフー!」


 空気が凍る。あれ、冷気元素が増えているんだけれど??


「……ルヴィ、何やってるの?」

「いや何でもない。ちょっと視てみる」


 ふぅ、落ち着いた。


 俺は庭の土を掘り返して、元素を探す。


「深緑色の元素か……確かにあるね」


 地面の奥深くにひっそりと隠れるように深緑色の光があった。

 今まで気がつかなかったけど、確かに弱々しい光が土の中に眠っていたのだ。

 盲点だった。火炎・冷気・雷光があるなら土に風、光と闇といった有名七属性が存在する可能性があったのに……!


 深緑の元素。土の中に潜んでいる。さしづめ大地元素と名付けるべきか。


「アリス! すごいじゃないか! 火炎・冷気・雷光に加えて、大地の元素を発見できたんだよ!?」

「え、そうかな〜? ルヴィの方がすごいって、魔術を見つけたんだからさ!」


 照れ隠しに俺を褒めると俺まで照れるって……。

 ともかく、大地の元素を発見することができたということは農業に生かすことができるかもしれない。

 ほら、簡単に耕せるようになったり?


「でもね、ルヴィ。私の村だといっぱい大地の元素?があったのに、なんでここにはあんまりないの?」

「場所によって大地の元素の量が違うのか……?」


 火炎元素は火の周りにあって、冷気元素は冷たい場所や水の周りに、雷光元素は雷の周りに集まりやすい。となると、大地元素は土の周りに集まる?


 でも、大地元素は俺の村には少ない。土がいっぱいあるのに、少ないのだ。


 そうだ、命名が先だからおかしいんだ。

 火炎元素は<点火>という現象が起きたから火炎と名付けて、冷気は<冷水>という現象が起きたから冷気と名付けたのだから。

 

 まずは魔術を発動してみよう。


「じゃあ、とりあえず大地(仮称)の魔術を扱ってみようか?」


 使ってみてどんな現象が起こるかによって、この元素がどんなものかわかるね! すごく単純なことでした。


「え〜炎がいい!」

「魔術の発見者のチャンス逃しちゃうの? 歴史に名を残す大発見かもしれないのに……俺が名前をつけちゃうね」

「いや、私がやります!」

「はいはい。じゃあ魔術の説明をするね」


 魔術習得と発動までのプロセスについて説明していく。


 魔術発動のプロセスは、体内の魔力を操作→特定部位に魔力を集める→元素にぶつける→現象が起こる、というようになっている。


 ただし、現象が起こるといっても、火が灯ったり、冷えた水が現れたり、電気が流れたりといった基本的なものということも付け加えて説明した。


「シルヴィオ様、それでもすごいことなのですよ?」

「信じてなかったくせに……おとなしく瞑想してなよ」

「うっ……それは卑怯でございますよ、シルヴィオ様! ですが、不肖ピオ! 誠心誠意仕えることを決めましたので、精神統一、自己理解に努めてまいります!」

「はいはい。がんばってね」


 ピオは再び静かになって、庭の芝生の上で胡座を掻き、瞑想をはじめた。


(<魔力視覚>)


 実は、この<魔力視覚>は自分の中で魔力を視る頭のモードというものがあり、常時魔力を見ることができるわけではない。頭を切り替えることで視れるというものだ。


 ただ、原理はわからない。


 ともかく、ピオの魔力を視てみる。俺のと比べるとやや小さいが、確かにエネルギーの塊が存在していた。


 やはり、魔力は人によって持っている量が違うようだ。


 この三人の中だと、俺・アリス・セバスの順番で量が違う。

 俺が一番魔力を持っているのだ。


(ああ、ピオはアリスのように才能がずば抜けていないタイプだといいな。努力仲間がほしい……)


 そんな風に温かい眼差しを向けてみると、瞑想をやめてにまっと笑い返してくれた。


 爺の笑顔なんて全く響かないよ。あと、なんで見られてるってわかるんだよ。


 だけど、ピオがこんな好々爺然とした行動をするなんて初めて見た。

 父上の補佐官であり、父上と共に他の豪族の首をとった一流の戦士であるピオは俺の武術の先生であり、執事的な役割をしていたりと、多才なおじさんだった。


 なんでこの男は俺に忠誠を誓ってくれているのだろう。


(はぁ、周りに目を配らないとこの先村長、族長、国王として上手くいかないだろうな〜)と考えつつ、アリスの魔術発動を待った。


「……できた! できたよ、ルヴィ?」


 アリスの呼び声と共に視線を向けると、一メートル四方の芝生が”成長”していた。

 そして、その周りに深緑の元素が集まってくる。


「そうか! そういうことなんだな!!」


 ––––大地元素ではなく、樹木元素とでも呼ぼうか?


「おそらくこれは、植物を成長させる魔術だな。さあ、発見者アリス。名前をつけて?」

「え!? 私がつけていいの? じゃあ……<成長グロウス>でいいかな?」


成長グロウス>か。いい名前だ。これがあれば……うまくいく!


「さて、<成長グロウス>の開発者アリスさん。君は俺の村を発展させる技術を開発したよ。だよね、セバス?」

「ええシルヴィオ様。これを使えば農業がうまくいきますね! 合ってますか??」

「そういうこと! <樹木元素>は植物と大地の環境が良いところに集まる元素だろうね。きっと森にもいっぱいあるだろうし、もちろん農業をしているアリスの村にいっぱいあるのも説明がつく」


 これを使えば、簡易的な畑を作成した後に肥料要らずで植物を育てることができる。


 魔術による植物の成長に伴って、<樹木元素>が近づいてくるのであれば、その元素を使ってまた植物を育てれば、どんどん畑を作れるうえに、魔術の訓練にもなる。さらに食料も手に入れられるし、今後人に魔術を教える時にも役立つ、一石五鳥以上ありそうだ。


「素晴らしいですな、これが<樹木元素>ですか。私も視れるようになりましたぞ!」

「ああ、ピオも才能タイプか……残念」

「ちょっと、どういうことですかシルヴィオ様! これならうまくいくじゃないですか! 褒めてくださいよ!」


 爺がふふんと胸を張る。需要はない。


「はいはいすごいすごい」


 口ではそう言いつつも、俺は喜んでいた。


 これならいける。『狩猟の時代』から『農耕の時代』へと進めることができる––––


「––––でもそれ以前にカブの種がないと何もできないよな」

「それは……私がゴリ押しましょう!」

「そんな確率低いのに賭けたくないし、良好な関係を構築したいから却下で」

「確か、隣村の人って頑固だから扱いにくいんだよってお父さんが言ってたわ。だからゴリ押しだと無理でしょうね」


 お義父さんが唸るほどの村長と交渉するなら、なおのこと貢ぎ物は必要だろう?

 そして今、村の食料(肉)の危機に陥れている獣がいる。


「熊を殺せる魔術を作ろう」

「……突然何を言い出すんですか! 死にたいんですか!?」

「ルヴィって死にたがりだったのね……魔術でそんなことできるのかしら?」


 うっ、二人の魔術への疑いがすごい。


「言っておくけど、魔術は不可能を可能にする技術だからな! 俺が証明してやるよ!!」

「はぁ、そうですか」

「魔術にそんな力があるわけないわ! 火を出したり、ビリビリしたり、水が冷えるだけでしょ? ちょっとしたおまじないで熊さんを倒せるの?」

「お、お前ら……」


 俺は眉間に皺を寄せていたことに気がつく。全く、夢がないなぁ。しかも、さっきは二人とも『神の如き力だ……』とかしんみりしていたのに、いざ自分が使えるようになると舐めるのは何? 慢心しているのかな??


 優しい俺はそんなことを口に出さない。我慢するのだ。ただ一つ、できるのは結果で仕返しするということだ。熊を殺せる魔術を作って仰天させてやる!!


 それ以前に『クマの剥製でもクマの毛皮を使った服でもなんでもいいけどそういうのをプレゼントすれば8歳の村長でも舐められずに済むだろう? 早めに懐柔しておこうぜ!』って言うつもりだったのに、前段階の魔術の偉大さを伝える必要があるとは予想してなかった……。


「アリスはピオに<魔力視覚><魔力操作>と<魔力循環>、魔術とかを教えといてくれ。今日中に熊を狩るための魔術を開発するから!」

「はいはい、わかったわ。ルヴィは怪我しない範囲で頑張ってね」

「シルヴィオ様、勝手に森へ入らないでくださいね?」

「大丈夫。戦うのはセバスだから! じゃ、また後で!」


 俺はそう言って庭から自室へと戻った。

 待っとけ、ピオにアリス! 魔術を侮ったことを後悔するがいい!



「は……? 私に熊を殺させるつもりですか? この老体に?? 若い頃ならまだしも……」


 アリスと二人取り残されたピオは、近いうちに死ぬかもしれないと悟っていた。

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