第3話 マイルストーン・Ⅰ
俺は今、ボロ屋敷の食卓で婚約者アリスと補佐のピオと共に今後の方針について会議していた。いわば、マイルストーンの設定だ。
だが、
不味い。
不味すぎる。
なんだこの硬くて不味いパンは。
それに具沢山ゲキまずスープは!!
「なんでこんなに不味いんだ?」
ピオにそう尋ねると、頬を掻き困った様子で唸る。
「この村は狩猟によって生計を立てていたのですが、予言通り狩猟チームが機能しなくなりまして。挙句、熊が出てしまったのです。ライモンド様がいたら倒せたのですが……」
「あら? 農業はしてないの?」
俺の疑問を代わりに質問してくれたのは婚約者のアリスだ。彼女は豪族の娘で、色々と経営に詳しいということで頼らせてもらっている。けれど、その質問をアリスがしたので若干不安になった。だって、族長の娘で婚約者のいる村の事情を把握していないなんて……。
「それが……してないんです! この村は狩猟で生計を立てる野蛮な村だったんです! 住民のうち12名が大人で、半分が狩猟を、もう半分で山菜採りと漁業をしているのです!」
「おいおい、それは不味いだろ」
「まぁ……ライモンドさんの狩猟の才能のおかげでうまくいってたのね」
「毛皮の供給が無くなったおかげで屑パンしか貰えないんですよ。この村のパンは全て他の村との物々交換で入手したものですから……熊を何とかすれば森に入れますけど」
父上がいなくなることで崩壊してしまう村。言っちゃ悪いがこれは負の遺産だ。
幸いにもまだ4月。春だ。まだ間に合う。これが冬となったら崩壊待っただなしだ。
「食糧の備蓄はないのか?」
「干し肉や干し魚の蓄えがなく、山菜だけなら5月までなら持つと思います」
「ならば猟師、漁師と山菜取りたちに隙間時間での作業を頼んで、追加で12人の子供も使って農業を始めるぞ。マイルストーンⅠ、農業の確立だ!」
––––『ノーフォーク農法』
異界のナニカが囁くと同時に、知識がインプットされる。
「え〜っと、ノーフォーク農法か」
同一耕地でカブ・大麦・クローバー・小麦を4年周期で輪作するものがノーフォーク農法だそうだ。
これなら効率良く生産して食糧不足を改善できるはずだ。一度試してみよう。
「さて、ピオ。カブの種を手に入れることはできるか?」
「隣の村と交渉すれば貰えますが、肉と魚が食べられなくなったら困りませんか?」
「そのための魔術だ。アリス、力を貸してくれ」
俺とアリスは魔力を視ることができる。それに、アリスは魔術の才能があるから俺が苦労して習得した<魔力操作>も簡単に習得できるはずだ。
そんな二人が協力すれば、更なる魔術の発展に伴う形で、村の改革がうまくいくかもしれない。
「もちろん!」
でもって、畑の作成に必要なのは農具や人、肥料に種かな??
他に必要なのはピオに用意してもらおう。
「アリス、他の村から農具をもらうなんてことできないよね?」
「農具なら村の倉庫においてありましたよ? それを使えば十分耕せるはずですよ」
倉庫なんてあったのか。生まれてこの方魔術の研究にしか意識を向けてなかったから、自分の村がどんな村でどんな特色があるのか理解できていない。この世界の歴史とか、<魔術>のヒントになるような勇者の話とかも知りたいな。
「農業をしない武闘派熱血村だということは察せるんだよなぁ……俺とは相性が悪そう」
思わず口にこぼすと
「だって、ライモンドさんと、その元に集まった戦士たちで作られた村ですよ? 狩猟と漁業しか知識がなかったから、こうなってしまったのです」
父上がかつて兵士として族長に仕えていたとは知っていたけど、戦士たちで構成された村だったのか、僕の領地。お義父さん––カルロ・ヒュブナー––は随分適当な人なのかな。
戦士だけで村がうまくいくわけがない。
はぁ、ますます憂鬱になる。
だけど決めたことはしょうがない。
––––『狩猟の時代』から『農耕の時代』へ
目指せ文明開花〜
「さて、将来の展望の話だけど気になる人〜挙手!」
「は〜い」
朗らかに挙手をするアリスと控えめに手を挙げるピオ。
俺は憂鬱な気持ちを抑えて、父上の呪縛について語ることにした。
「シルヴィオ様、例の<魔術>で豪族たちを束ねて国を作るということですよね?」
「ああそうだ。できることなら婚約関係のあるアリスを利用する形にはなるが、ヒュブナー氏族の長になりたい」
「あれ、ルヴィはもう族長になる予定ですよ?」
あれ、計画と違うぞ。俺が族長になる前提だったの? だったら話が違う。計画が大幅にずれるな。
ちなみに計画は実力で納得させて族長になるということ。もはや計画と呼べるようなものではないけれどね。
ここで話を聞いていないことが露呈してしまったのは悲しい。
本当に不甲斐ない。
「ルヴィは男の子供がいないヒュブナー家に婿入りするのよ? しかも家族同士で話し合って、『族長を頼む』ということが随分前から決まっていたのよ?」
「衝撃の事実だ」
「シルヴィオ様、ライモンド様から聞いてらっしゃらなかったんですか?」
「秘匿されていたのか? いや、魔術の研究をしていて右から左に流していたのかもしれない」
「はぁ〜シルヴィオ様はこれだから……」
ちょっとひどい評価じゃないか? 否定はできないけど。
「とにかく、領地を経営する能力を身につける必要があるから、村の発展を目標にしよう。100人規模の街を作る。そこを俺の国の首都にするんだ!!」
「5倍で、しかも街で首都!?!? どうやって?」
「住民がいないよ?」
「ああ、わかってる。他の村と合併するからね」
村ごとに長がいて権力が分散しているのならいっそのこと、一つの都市を作って事実上都市国家にして仕舞えば中央集権が実現しそうだ。
村を束ねるのは、もはや豪族になるということだ。
しかし、きっとお義父さんは許してくれる。
いや、族長継承の前に族長になるようなマネを許してくれるはずはないか。
その前に話し合って決める必要があるな。顔も知らぬお義父さんとの会議。
「も、もちろん、お父さんには報告するのよね? 勝手にやったらわたしたちの婚約が破棄されるかもしれないのよ!?」
どうやら、無駄にアリスを心配させてしまったようだ。
確かに、何の許可もなく村を合併させて氏族の乗っ取りみたいな行為をするなんて、絶対によく思わないはずだ。たとえ娘の婚約者でも、自分の思い通りにことを進められないのであれば別の言うことを聞く有能とも無能とも取れない男をアリスの婚約者にして、懐柔して私腹を肥やそうとするだろう。
ただ、どれだけ自分が『有能』でお義父さんに『贅沢させてやれる』とアピールできれば氏族の長として認められる……はずだよね。きっと認めてくださる。そういうことにしよう。
そのために必要な<魔術>という奇跡を俺は手に入れている。
この武器を”上手く”使えば族長はおろか、王になることも可能だろう。ただし、使い所を間違えれば、魔術そのものの発展はおろか俺の命も失う。
それを防ぐために魔術の情報を秘匿しないといけないな。
今後の課題を考えつつ、軽く謝罪をして『話し合いをする』と説明しておいた。
「びっくりさせないでよ、もう」
さて、アリスにも許されたことだし、
「他の村との関係を構築するための魔術の研究を始めよう! アリス、魔術の時間だ!」
俺とアリスの研究が始まる。
「私も覗かせてもらいましょう」
意外と興味津々なセバスに驚きつつ、アリスに魔力操作を伝授していく。
いずれ重臣になるであろうピオと、魔術の才能に恵まれている嫁のアリスに魔術を教えることは躊躇する必要はないだろう。
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