第2話 追憶のフラグメント・連鎖する刹那
亡霊は彷徨っていた。
隔絶された祝福されし死者の回廊。
言うならば『時空の狭間』とも呼べる空間にて、過去と未来を行き来していた。
住民20人ほどの小さな村を運営する男爵家の長であるライモンド・ヴェルデは奇妙な行動をする一人の息子を男で一つで育てていた。
ライモンドはとある事情で嫁を亡くしてしまったのだが……。
ともかく、
「うわ〜今日のパンも硬いな〜」
「文句言うな、シルヴィオ! これが”普通”だぞ」
「いや、もっと美味しいパンがあるはずだよ。アリスだってこの村はとても貧しいと言っていたもん」
「まぁ……そうだな」
ライモンドとシルヴィオは平穏な生活を送っていた。
そして、弱冠5歳にして物の相場をわかっている息子を見て、ライモンドは息子のことを聡明だと評価していた。自分のような武人ではなく、賢人の類だろうと。
それでいて魔術という奇妙な術を探すという夢見がちな少年の一面を見せる子供だとも感じていた。
実際は異界のナニカから囁かれたため、賢かったのだが。
ライモンドはその秘密を知らない。否、まだ知らなかったのだ。
けれども、当時のライモンドは息子に一つの弱点があることを知っていた。
それは––––
「––––今日もアリスが来るから大人しくしてるんだぞ?」
「うげ、アリスがくるの!? ちゃんとした服を着ないと」
ヒュブナー氏族の一人娘、アリス・ヒュブナーはシルヴィオの婚約者だ。
シルヴィオの2歳年上の女性。彼女は上品な女性を思わせる言動が特徴的な令嬢だった。シルヴィオの目には輝いて見えるようで、会う時はいつもマナーに気をつけようとしていた。そんなシルヴィオをライモンドは見抜いていたのだ。
いつの時代にも嫁の尻に敷かれる夫がいるものだと、亡き嫁を思い出して目から汗を流しつつ、シルヴィオを励ます。
「アリスを大切にするんだぞ? パパはこれから狩猟に行ってくるから家で待ってろ。ピオ、頼んだ」
「御意」
ライモンドは息子を執事に任せて村の存続のための狩猟に出かけた。
*
ライモンドが狩猟に出かけている間、シルヴィオはアリスと会っていた。
シルヴィオが魔術の研究をしているところに、アリスが話しかけてきたのだ。
「アリス、この<元素>見えるかな?」
「うん、このキラキラしてるやつですよね?」
アリスが<元素>を見れることに、シルヴィオは仰天した。
シルヴィオが時間をかけて育てた『元素』を見る技術を一瞬で習得してしまったからだ。そして、才能の格が違うということを実感した。
「あら、シルヴィオ様も見えるのですか?」
含みのある言い方をしたアリスに対して、シルヴィオは尋ねる。
「アリスはこの光について知ってたの?」
「ええ、もちろん! わたしのお父様が神竜と勇者の歌を歌ってくださってね!」
フフフ、とお淑やかに笑うアリスを横目にシルヴィオは考えた。
(竜? 勇者の力? それが魔力なのか??)
「すごいですね、ルヴィ! 勇者みたいでかっこいいですよ?」
シルヴィオはそのアリスの言葉と表情に、心臓を矢で貫かれた気分になった。
「でも、アリスの方が上手だよ」
「でしたら一緒に練習しませんか? この美しい世界はわたしたちだけのものですよ!」
アリスは誘うように見つめて、両手を握る。
アリスは卑屈になることが多いシルヴィオでも、自分のお願いに対してだったらいつでも元気になってくれることを知っていた。
アリスにとって、勇敢だけれど所々ネガティブな側面を持っていて冷静に状況を判断して物事を解決することができる有能な男がシルヴィオ・ヴェルデだ。
そんな少年の紅瞳の奥に映る、熱意が自分に向けられているものではなく魔力や魔術に対するものだと気がつき嫉妬している側面もあった。
だが、シルヴィオはアリスの嫉妬に気がついておらず、頬を緩めるだけだった。
「ああ、そうだね」
「ええ、ルヴィ!」
シルヴィオの小さな体に、同じく小さな体が絡まる。
2歳年上のアリスの抱擁は力強かった。否、力を強めていた。
どこか遠くへ行ってしまいそうなシルヴィオに着いていきたいという気持ちが現れていたのだ。
「へへっ……あ! 大きい元素があるよ!」
「もう……」
シルヴィオは照れながら、協力して研究をすることを誓った。
二人の『研究』は、この瞬間をもってスタートしたのだ。
(<元素視覚>の基礎を固め直さないと)
シルヴィオはアリスの才能を恐れ、更なる努力をすることも誓っていた。
(もっとルヴィを落とせる女性にならないと!)
対してアリスはシルヴィオの気持ちをこちらに向けさせるような女になると誓っていた。
これは亡霊の見た過去だった。
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