おこちゃま村長は魔導帝国を築きたい!
雨宮
第1話 父の前で『俺』は決断する
僕、シルヴィオ・ヴェルデは貧乏村長の一人息子だ。狩猟で生計を立てているけれど、常に飯がまずくて越冬では必ず死人が現れてしまう。そんな村の村長の一人息子が僕だ。
そう、僕は貧乏村を引き継ぐ星の元に生まれたのだった。
––––ああ、この世界にあるであろう”魔術”を見つけ出したかったのに……
実は僕は”転生者”である。いや、違うかも。
転生という言葉がふさわしいかどうかわからないけれど、他の世界の知識があることは確かだ。そのおかげで今の自分の置かれている状況がどれだけ悲惨なものなのか理解している。
硬いパンに不味いスープは当たり前。たまに狩猟が成功して肉が出るくらい。あと、魚もあるね。毎日がサバイバルなのだ。生まれた時から持っていた知識とのギャップのせいで、この世界に適応できたのは今年。ちなみに今の年齢は8歳。
そんな僕は、僕だけに見える浮遊する光球を追いかけていた。
これが魔術があるという考えに至った根拠だ。
生まれてすぐの時から異界の知識を持っていた。その知識を駆使して、この世界で魔術を使用したいと考えていたのだが、どうやら魔術という技術は存在しないようだった。異界でも物語の中でしか存在しなかったから、まあそうだよねくらいしか思わなかった。
だけど、僕はこの世界に魔術が存在しないということを疑っていた。それは、ゴブリンやエルフが人類と共存しているからだ。
ここは別世界で言うところの『ファンタジー』の世界で間違いない。ならば魔術は必ずあるはず。そう思って、自己との対話、瞑想、精神統一をしていた。
すると、
––––自分の中に動かせるエネルギーがある。
と言うことに気がついたのだ。
悟りを開いてから、エネルギーの残滓を視ることができるようになった。
これを<魔力視覚>と名づけている。
そして、光球を視覚できる技術を<元素視覚>と名付けた。
<元素視覚>を用いて、川のせせらぎと共に流れる青い光、暖炉に集まる赤の光、雷の日に一瞬姿を見せる紫の光などの『元素』を視てきた。
元素はどこにでもあって、赤い元素なら火の周りに集まりやすいけど、基本的に空気中にも漂っている。
それから数週間ずっと元素を視ることで、魔力を視る力も成長していき自己のエネルギーをはっきり知覚することに成功した。
次は魔力の操作だ。魔術というものは魔力を用いて現象を捻じ曲げる能力。自分が動かせる魔力を放出することで、例えば火を出したり、雷撃を放出できたりするかもしれないと考えていた。
だが、<魔力操作>の特訓は幾度となく失敗に終わる。
精神統一をして、自己との対話を行ったり、川のせせらぎを感じながら鑑賞に浸ってみたり、挙句の果てには手を火炎に突っ込んで火傷しかけたりと。
幼馴染で許嫁のアリスからは「ルヴィ。炎に手を突っ込むのはやめて!」と怒鳴られて、父上にはガハハハと笑い飛ばされてしまった。
––––だけど、僕はついに更なる悟りの極地にたどり着くことに成功した。
「動かせた……」
興奮した様子の僕を見つめる一つの影。
僕は気にせず魔術の深淵を見つけるべく、光の球を操ることだけに意識を向ける。
脈を打つ心臓。バクバクと鼓動を打っている。循環する血液。意識を血管に張り巡らしてみると、確かにそこにはエネルギーのようなものが存在していた。
これが、<魔力>。指先に集めた<魔力>と<元素>を接触させようとする。
魔力を用いて元素を動かすことによって、現象を引き起こすことができる。
これが魔術だという仮説を立てていた。
今、それを試す。
「先日の雷雨で空中に残留した紫元素を触って……」
––––ビリッ
「電流だ……!!」
人差し指に現れる紫電と共に僕に襲い掛かる絶大な幸福感。これが魔術だ。
電気を流すことができる魔術を開発することに成功したのだ。
やはり! やはり僕の考えはあっていたのだ!!
「これは<雷光元素>と名付けよう!」
興奮する僕を静止させるように、影から一人の老人が現れる。
「シルヴィオ様。ライモンド様の容態がすぐれないようですので、一度会いに行かれたらどうでしょうか。魔術などという奇妙なことはおやめください」
こいつも魔術を否定するのか。許さない。ちょいと、悪戯してやろう。
「よし、急いで父上のところに向かおう。と、その前に<
「痛ッ。痺れてる……何するんですか、シルヴィオ様?」
村長補佐であるピオからの突然の呼びかけに困惑を隠せないでいた僕は、悪戯をしてしまった。魔術を試してみたのだ。
まぐれで静電気が起きたということじゃないことがわかった。そして、数日前から病で倒れている父親の様子を心配しないで魔術を開発する『バカ息子』だということもわかった。
最後くらい、いい息子を演じてみようか。
「なんでもないで〜す」
僕の魔術開発を夢見がちな子供の妄想と解釈していた頭の硬い老人であるセバスと父上に魔術のことを語ったところで意味がない。僕は悠然とボロ屋敷の中へ向かった。
*
目の前にいるのは筋骨隆々で多くの村長を討ち取ってきた熟練の兵士だった男はいない。それは昔の父上だ。
今、目の前にいるのは痩せ細り、耳も使えず、目も見えないのか違う方向を向いている男。彼は僕の父、ライモンド・ヴェルデだ。
剣を握って弓を弾いていた手にはまだマメの痕が残っており、痛々しい古傷も残っていた。だが、かつての勇猛さを表すような覇気は完全に消失しており、ただの死にゆく老体、という雰囲気だった。
「シルヴィオ様、この水をライモンド様に飲ませてください」
ピオに渡された水の入ったコップを父上に飲ませる。
「っ……! ありがとうな。そいじゃ、最期に話を聞いてくれないか?」
「は、はい……!」
一瞬、顔を顰めた父上に疑問を抱きつつ、僕は最期の言葉に耳を傾ける。
「シルヴィオ。お前は知的な子だったな。リシアに似て聡明で、見た目も瓜二つだった。今の俺の目じゃ、何も見えないんだけどな」
「そんな……」
カカカと笑いながら咳き込む父、ライモンド。彼は失った僕の母上、リシアと僕とを重ねて見ていたと伝えてくる。まるで、まもなく母上の元に旅立つのだろうということを示唆させるような発言だった。そんな発言に僕は憤りと恐れと悲しみを覚えた。
貧乏だったけど、村長の息子としての最低限の教育や武術の訓練、魔術の研究の許可をくれたり。そして何より、村人想いの優しい人だったから。
「父さんは死ぬの……??」
「はっ! まだ死なねぇよ! お前には婚約者アリスがいるんだから、しっかりしてもらわないと困るなぁ」
僕の声色から察したのか、弱々しい声で励まされる。辛そうだ。僕が抱いている感情よりはるかに大きい悲しみや後悔といった負の感情を抱いているのだろう、父上は。
「父さん、今までありがとう」
「だから、俺はまだ死なねぇって! ピオ、俺が死ぬと思うか!?」
「……!?」
父上は「俺はまだ死なない」と咳き込みながらピオに尋ねる。本人もまだ生きていたのだろう。無理してでも元気でいようとする姿に、僕は呆れながらも父上らしいやと笑みを浮かべた。
ピオもどう答えたらいいのか考えてながら瞳を潤ませているようだった。
「村の長に冗談言ってる暇はない。だからシルヴィオ。村長になるにあたって注意点がある。これは俺の『直感』が囁く重要な事だ」
父上はゆっくりと三本の指を立てて、三点だけ注意すべきことがあると示していた。
僕は、この村長を引き継ぐのか……。つまり、父上は死ぬ。
「まず一つ目。俺がいなくなることで狩猟チームが回らなくなって食糧不足が起こる可能性が高い」
初手からぶっ飛んだ内容だ。確かに村長と狩猟チームのリーダーを兼業していた父上がいなくなれば一時的に機能しなくなりそうだ。
父上は矢継ぎ早に二点目を伝える。
「アリスを大切にしろ。俺の戦績でゴリ押しして婚約まで持っていったんだ。何より、ヒュブナー氏族の領地には岩塩を取れる場所があるのがデカいな。最高のチャンスだ」
父さんが村長を務めているヴェルデの村の他に四つの村があり、そのうちの一つがヒュブナー氏族が経営している村がある。ヒュブナー氏族は豪族のような立場で五つの村の人々を率いている。
父上は過去に敵村の首をとったことでヒュブナー氏に気に入られていた。そんな彼は報酬としてヒュブナー氏族とのコネを手に入れた後、娘––アリス・ヒュブナー––を僕の婚約者にすることに成功したのだ。
「あと、あの娘を泣かせるような真似をしたら地獄から這い出て叱りに行くからな」
「わ、わかりました……!」
先程まで弱々しい姿を見せていた父は突如、鬼神のような形相に一変させて僕を睨みつける。
これは気をつけなければ……
「三つ目は手紙に残しておいた。お前が国を運営するようになったら開封しろ」
そういってピオに預けられていた手紙が僕へと渡される。
国を運営するなんてそんなの不可能だ。僕は魔術を極めるつもりだし……。
「どうせ運営することなんて不可能、とでも思ってるんだろう? 俺の意志を継ぐと思って一つ頼まれてくれないか? 俺の名を残すような大きな集団を作ってくれ。それが俺の最期の願いだ」
父上は細い声で望みをつぶやく。そうか……そうだよな。そうだ!
何を、何を馬鹿なことを考えていたんだろう。何が『いい息子を演じよう』だ! 優しく育ててくれていた父親に対して不義理な真似をするなんて僕はどうしようもないやつだよ。
だから、僕が言うセリフは––––
「––––任せてください、父上! 僕が、俺が! 最高の国を作ってみせます!」
僕は思いついたのだ。なんで今まで気がつかなかったのだろう。
「魔導国の王として、世界を導き、後世まで名を語り継がせます!」
魔術を極めたいのなら魔術で国を作ることから始めよう、ということに気がつくのが遅かったようだ。
これは叶うはずのない夢、父の意志という名の呪縛にもなる最期のお願い。それに対して答えた僕は子供の戯言だと思われているだろう。だけれど、
「<
魔術を使えることを証明すれば、父を安心して逝かせることができるのではないだろうか。
僕は空気中に漂う赤い<火炎元素>と魔力を接触させて指先で火を起こした。
「!? シルヴィオ……お前は、本当にすごいやつだったんだな。ああ、神竜様に感謝を。んじゃ、俺はちょっとだけ寝るから、あとは任せたぞ。」
そう言って父上は充電が切れたロボットのようにパタリと倒れて静かに眠りについた。実に穏やかな表情だった。もう二度と覚めることはないだろう。仮に魔術で蘇生が可能となったとしても、それは死者への冒涜ではなかろうら・
だから、俺がやる最善の行動は––––
「––––ピオ、村を育てるぞ」
村の改革をする宣言をした。
「はい! シルヴィオ様、このピオ、シルヴィオ様に永遠の忠誠を誓います!!」
「はっ、『僕』いや『俺』の魔術を信じなかったくせに急に手のひら返しするなよな」
「え、ええ……それで、口調を変えられるのですか?」
「帝王を目指すのだから、偉そうに振る舞おうと思ってね」
こうして俺は魔道帝国を築くため、ひとまず領地の村の改革から始めるのだった。
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