第5話 断罪の日
とてもよく晴れた日だった。
ゲーム設定で、そうなっているらしかった。
まあ、ヒロインにとっては、勝利確定の日だ。
天気もよくなるだろう。
そして、本来その事件は今日のお昼時、学園の食堂にて起こるはずのものだったという。
セリア・サクリファイス男爵令嬢は、食堂の手前でずっと待っていた。
彼女の愛する四人の「攻略対象」を。
今日はエンディング前の最終イベントの日だった。
悪役令嬢の追放と、そこからアーサー王太子のプロポーズ。
そして、それを祝う三人の攻略対象からの言葉をもらうイベントだった。
全員と付き合うわけにはいかないのだが、王太子が王様になって、セリアのために離宮をつくり、そこに定期的に四人が入れ替わりやってくるハーレムが作られるというエンディング。
その大切なイベントなのに、そこには誰もやってこなかった。
私とシルビア様は、その姿をずっと見つめていた。
だが、そろそろ潮時だろう。
同じ転生者としての過去を持つ彼女。
ゲーム知識をもとにして、最高難易度のエンディングにたどり着いた彼女。
その努力をもっとも知っていたのは、ゲームの知識を持った悪役令嬢たるシルビア様だった。
「そろそろ行きましょう」
「はい」
シルビア様は、ゆっくりと歩き出した。
ヒロインに向かって。
「セリア様」
「あ……、シルビア様」
あわてて礼をする。
ふむ。
最低限の礼儀は心得ているようだ。
断罪するはずの悪役令嬢に対しても。
何せ、彼女の後ろ盾となる四人の攻略対象は、誰ひとりやってこないのだから。
ここで、礼儀を欠くことは、彼女にとって、何のプラスにもならない。
その程度の知恵は回るようだった。
「セリア様、よくがんばりましたね」
「え? がんばりました……とは?」
「ハーレムルート、しかも一回きりのリセットなしの状況で、よく達成できましたね。かなりやりこまれていたのですよね」
セリア・サクリファイス男爵令嬢の表情が変わった。
驚きと。
そして。
「シルビア様。まさか……」
「ええ、私も『王宮のロマンス』のプレイヤーでしたのよ」
表情が変わった。
かなり怖いものに。
「これは……、そういうことなの?」
「ええ。あなたにハーレムルートを追及されたら、この国は滅びます」
「何言ってるのよ……、これはゲームじゃないの」
「ゲーム設定の世界でも、この世界には、さまざまな命があり、人々の生活があるのです。おひとりの攻略でしたら、私も手を出すつもりはありませんでした。ですが、ハーレムルートだけは……、完成させてはいけないのです」
「な……何をしたの、あなたは……」
私が一歩進み出た。
「スチュアート侯爵家には、現在刑部省の人間が伺っております。謀反に備えてサファイア侯爵の家臣団が取り囲んでおります。また、侯爵家の御領地には王国騎士団とともに王弟殿下が向かっております。
アーサー様は王宮にて謹慎中。アーチボルト・スティングレイならびにサイモン・ハートリーともにご自宅で謹慎中。サクリファイス男爵の屋敷にも刑部省の人間が向かい、事情を伺っております」
この一週間、情報を集め、手配し、勝利を掴むために必死に手配した結果だった。
「わ……私たちは、逮捕されるようなことなど……」
「あなたの動きに合わせて、スチュアート侯爵家の謀反の疑いがございます。国王陛下暗殺の疑いが」
「そ……そんな……暗殺だなんて!」
「あなたはうまくやりすぎたのです。あなたに見えないゲームの外で、いったい何が起こっているかにも気づかずに。皆、ゲームのNPCではなく、生きた人間なのですよ。それぞれ思惑があるものなのです」
シルビア様は、きっぱりと言った。
セリア嬢は、そのままペタリと座り込んでしまった。
「そんな……、あたし、『王ロマ』の世界なら……、がんばったのに……」
そう言って泣き出してしまった。
彼女には、何も見えていなかったのだ。
十七年間、この世界に生まれて、そしてこの世界が自分がプレイしていたゲームの世界だと知って、その知識を生かし、必死に努力してきた。
だが、やりすぎてしまった。
世界を変えるルートに入り込んでしまったのだ。
シルビア様がセリア嬢に近寄った。
そしてささやく。
「セリア様、あなた推しはどなたでしたの?」
「推しは……アーサー様でした」
「まあ、そうなの。私はジェイムズ様でしたの」
「シルビア……さ……ま?」
セリア嬢は、何を言われているかわからない、というような顔で、シルビア様を見つめている。
「ですが、ジェイムズ様は、今回のことで侯爵様たちとともに死罪となるでしょう。ご一族の中の主だった者は、それを免れることはない」
セリア嬢の顔が怯えに変わった。
冷たい声で「推し」の死を告げるシルビア様のことを恐怖していた。
「アーサー様の愛妾として暮らしなさい。私の口添えがあれば、そのくらいは許されるでしょう。アーサー様も、この先、王として生きるためには、心の休まる場所が必要でしょうから」
「シルビア様……」
「もし、御子ができたとしても、きちんと王家の子として、育ててあげるわ。私の子どもが優秀かどうかはわかりかねますし」
王国を存続させる「システム」としての王族。
その仕組みをよく心得ているシルビア様の心は、前世世界の知識をもとに、この世界をゲームと信じているセリア嬢には、受け入れるのは難しかったかもしれない。
愛がなくてもアーサー様の子を産む。自分を追い落とそうとした女の子であっても、自分の子より優れていれば、躊躇なく王と据えると。
そう言ってのけたシルビア様。
セリア嬢には、その御心を汲み取ることはできまい。
国を背負うという重圧を、その背中で支え、微笑んでみせるシルビア様。
可憐で……、そして素敵だ……。
王城警護隊の人間が近づいてきた。
私は、目で合図するとともに、シルビア様に呼び掛ける。
「セリア様を連行させていただきます」
「よろしくお願いします」
「かしこまりました」
いずれ、愛妾として解放されるとしても、しばらくは拘束を逃れることはできないだろう。
連座で処刑されても仕方ないくらいなのだ。
そのくらいは許してもらおう。
「終わりましたね」
シルビア様がつぶやいた。
私はそれに答える。
「はい。終わりました」
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