第4話 転生悪役令嬢の悲しみ

 襲撃者は、なかなか口を割らなかったので、専門の人間にまかせることにした。

 シルビア様を傷つけようとまでは考えていないだろうと思いつつ、その懸念をぬぐえなかったのだ。


 戻るや否や、執事のフェリックス様に警護の強化を進言。

 周囲で暮らす、侯爵家家臣団の中から、戦えそうな者を招集していただく。

 また、刑部省王城警護隊からも何人か周辺警護に回していただく。


 ついでに私宛で、アリシアと名乗る女性が訪ねてくることを伝え、シルビア様のところへと向かう。


 シルビア様は食事もすませ、一人刺繍をされていた。

 部屋の隅で待機しているメイドを下がらせ、二人きりとなる。


「少し、身辺をお騒がせいたします。大変申し訳ありません」

「実力行使に出る可能性が?」

「はい。嗅ぎまわるな、という意思表示かとは思います」


 シルビア様のため息が深い。


「お父様への報告が必要かしら」

「刑部省には、お嬢様が『そう感じられた』として伝えております」

「わかったわ。本日はお出かけらしいので、明日お伝えしましょう。ただ、私を傷つける意味はあるのかしら」

「おそらくはないかと思います。私をはじめ、家臣団が『彼ら』に不都合な動きをすることの牽制かと」

「ふむ。やられっぱなしにはならないように。できれば証拠を確保してください。こうなってくると、ゲームのようなアーサー様たちの浅いお考えだけのものではないかもしれませんね」

「はい。ただ、アーサー様を筆頭とする『攻略対象』の方々はいいように使われている可能性が高いです」

「では、その陰謀を暴きましょう。いずれの方々も、将来王国を支えることになる方々です。少し学習の機会としていただかなくては」

「お心の広さ、感服いたします」

「男女の仲というものは怖いものですね。私も気をつけなくては」

 シルビア様は、そう言ってため息をつく。


「アーサー様がこの様子だと、どうやら、愛の喜びを知らぬまま、母になってしまいそうですね」


 子どもは作るものの、そこには愛の喜び、快感などはない、という意味なのだろう。

 子どもは作る、という部分がブレないのは、ご自身の役割を認識しているからだろう。

 前世世界では考えられない……、いや、システムに則った生活をしていると、このようなケースもあったのかもしれない。


「だとしたら、エリスを使われるとよいでしょう。口も固いですので、愉しむには最適でございます」

 いきなり部屋の隅から声。

「アリシア!」

 私の叱責を受けたアリシアは肩をすくめて笑う。

「大変失礼いたしました。アリシア・グレイハウンド。グレイハウンド子爵家の四女で、刑部省の者です」

「まあ、グレイハウンド家の方なのですね」

「はい。私はエリスに女にしていただきました。そちらに関しては、それはもう」

「アリシア!」


「エリス。私は非常に興味深いですわ」

 シルビア様は、笑い声交じりに言う。


「アリシア……」

 私の声から力が抜ける。

 叱責から懇願へと変わる。


「エリスを困らせるのは本意ではありませんので、このあたりにさせていただきます。さて、本題を。サクリファイス男爵のタウンハウスに、スチュアート侯爵家家臣団の三席、ラグフェル男爵のお姿を確認いたしました」

「スチュアート侯爵家の?」

「はい」


 スチュアート侯爵家は、「攻略対象」の一人。ジェイムズ・グレイ・スチュアートの家だった。


「ジェイムズ様が関わっている可能性は?」

「ゼロではありません。吏部尚書たるスチュアート侯爵は王宮の人事を司っておられます。今後のサクリファイス男爵家の将来を約するために、侯爵にご紹介をしていても、おかしくはありません」


「先ほどのお話、聞いておられたのでしょう。できれば証拠を確保してください。これ以上、彼らのいいようにさせるつもりはありません。売られた喧嘩は買うのが、家租アンヌマリー様以来の家訓ですの」


 第二代クロムウェル王に嫁いだ、天下無双の女騎士アンヌマリー・サファイア。

 クロムウェル建国王五勇士の一人。

 その剣は、雲霞のように押し寄せる敵兵をなぎ倒したという伝説があった。

 以来、サファイア侯爵家は、武門であることに、とてもこだわりを持っていた。


 刺繍が趣味の、清楚に笑うシルビア様ですら、その根底には武門としての血が流れている。


「かしこまりました。それではこれにて」

 アリシアの笑みが見えた気がする。

 アリシアは、そういう誇りを愛していたからこそ、自らを顧みない仕事をしている。


 我々、王国の駒として生きる者も、好ましい人間に仕えたい、というのが本音だ。

 そして、気配がかき消えた。



「エリス。私は生まれる前の記憶があります。その世界では、本当に少女のような、個人の愛情に基づく婚姻が行われていました。ですが、私にはこの世界の常識の方が大切です。セリア嬢が、もし転生者だとして、前世世界のような自由恋愛を目指すとしても、私はこの王国の為政者の一人として、それを受け入れるわけにはいきません」


 それは私も同じだ。

 性嗜好や知識はともかく、「常識」は、この世界の常識が勝る。


「前世世界ではゲームだったかもしれませんが、今の我々にとってはゲームなどではありません。遊びで干渉してよい世界とは思えません。アーサー様の愛妾として生きられるのなら、その程度には保護してあげたいとは思います。同じ転生者として。ですが、それ以上を望むなら」


 シルビア様はそこで言葉を切った。


「元の世界に帰っていただくのがよいでしょう」

「御意」

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