第84話 4ヶ国共同宣言前 その2
日本国はヴィクターランドと国交を結び、急ピッチで資源開発を進めていた。
ヴィクターランドは地下資源が豊富にあり、特に石油や天然ガス等の化石燃料は同国が最高品質の魔石産地だけあって見向きもされずに手付かずで残っている。また、豊富な漁業資源は総理と神竜の初会談でも取り上げられ、日本への漁業権が空前の速さで認められようとしていた。
両国の国交は大きな障害もなく順調に進んでいたが、ヴィクターランドは日本から5千キロも離れていることから道中で魔物と遭遇する可能性が高く、海上交通路の警備拠点をヴィクターランド内に確保するべく、防衛省は海上自衛隊の基地を探しているところだった。
ヴィクターランドのとある海域
水産庁の資源開発事業の一環で、日本の漁船が試験的に漁を行っていた。周囲では他の漁協と水産庁の船も漁を行っているが、護衛兼監視としてヴィクターランドの軍艦もいるため、物々しい漁となっている。
「船長、あんなのに見られてちゃぁ、やりづらくてしょうがねぇ。」
「郷に入っては郷に従え。漁が出来るだけでもありがたく思え。」
不安を言いに来る中堅船員に船長は答えるが、大漁に2人は内心嬉しかった。
「また、こんな日が来るとはねぇ。」
日本が黒霧に囲まれて以来、全国の漁船は満足に漁ができずにいた。黒霧が大幅に後退して漁を再開してみれば、獲れるのは得体のしれない魚と半魚人ばかりで、最早黒霧発生前の状態には戻れないと言われる状況に、船を手放す漁師が続出していた。
今では漁を経験したことが無い若い船員もいる中、船長や中堅漁師にとっては久しぶりの漁だった。しかし、ずっと監視されている中での漁なので船内はピリピリした空気に包まれている。護衛艦クラスの大型木造帆船に監視されるというのもプレッシャーを受けるが、船上では更に大きなプレッシャーが船員達に向けられていた。
それは、ヴィクターランドの漁業監視員達であり、漁場に到着する前に各船に監視員が3名乗り込んできて魚一匹の種類からサイズまで計っていたのだ。
「「獲物は神竜様からの贈り物」なんて言って少しでも定規より小さい魚がいたら問答無用で海に捨てちまう・・・埒があきませんよ。」
「水産庁の役人から厳しいとは言われていたが、ここまでとは思わなかった。こりゃぁ欧州並みの資源管理だ、他の船員に改めて言っておいてくれ。」
「「個人の土産」は持って帰るな、ですか? 」
「疑われる行動もだめだ。ひょろいのは兎も角、ゴツイ監視員に暴れられたらたまったもんじゃないからな。」
船長の言うひょろいのとは
「ヒグマが暴れるようなものだからなぁ。」
漁船は次のポイントへ移動するため舵を切る。
試験的な漁は数カ月間続き、日本国は水産庁の船によって数々の新しい漁業資源を見つけることとなる。ヴィクターランドでの本格的な漁の開始は4年後の予定で進められており、日本にとって貴重な食糧調達先となるのであった。
長期の漁を終えた漁船団は満杯の魚を積んで日本へ向かっていた。
「船長、お疲れ様です。」
「おぅ、お疲れ。どうした? 」
中堅の船員が改まって船長の元を訪れる。
「ヴィクターランドの軍艦ですが、国に言わなくていいんですか? 」
「あのデカイ木造帆船か、変な動きしてたな。」
船長はヴィクターランドを離れる時を思い出す。水産庁と漁船の船団を監視していた軍艦は、ある程度離れた段階で国に引き返したのだが、その速度は22ノットを超えていた。
「奴等は離れて安心したようだが、レーダーは誤魔化せなかったな。」
「木造なのは見た目だけで、中身は別物ですよ。」
「水産庁の船には言ってあるが「気にするな」だそうだ。向こうも気付いていないわけがないだろ。返答の通り、俺達が気にすることじゃない。」
船団は無事に日本へ戻ってきて久しぶりの明るいニュースが流れることになる。ヴィクターランドは日本から遠い関係で、あまりニュースや話題には取り上げられなかったが、漁師や民間企業から派遣された者が持ち帰る噂話は蜀や倭国とは一味違ったものであり、尾ひれがついて広まることで興味を持つ国民が増えるのであった。
ヴィクターランド、聖域
聖域内の洞窟通路を視察団が進んで行く。最初は洞窟の地肌が剥き出しだった通路は、重厚な扉を1枚2枚と抜けることで強固な素材で覆われるようになる。
「ルシフェルは、あなた方の国でいうところの強襲揚陸艦に相当します。発掘当初から損傷が激しく、現在は動かせませんがレーダー、火気管制システム、防御機構はまだ生きています。」
「どういうことだ、こんな情報は初めて聞いたぞ。」
アドルフが説明する中、オクタールは部下に尋ねる。
「転移当初の調査では見つけられず、ヴィクターランド側も話さなかっただけです。今回の視察は日本国の発見で実現した・・・ただそれだけのことです。」
前回の調査はジアゾ国転移後すぐであり、大航海時代に入ったレベルの国が聖域を見つけるのは不可能に近い。
ルシフェルは日本の衛星によって発見される。この衛星は未知の存在である神竜を監視するために急遽打ち上げられたもので、雲に囲まれているピナド山頂で神竜を捉えることが期待されていた。しかし、
他の衛星打ち上げ予定を変更してまで優先され、しかも失敗したことで関係者の落胆は大きかったが、ルシフェルは名誉挽回となる発見であった。
「この先の格納庫区画を抜けた先にルシフェルはあります。」
アドルフは魔導鍵のかかった重厚な扉を開ける。その先には洞窟内とは思えないほど広大な格納庫が広がっていた。
「なっ」
「これはっ、凄い・・・」
両サイドにずらりと並ぶ人機ステーションにジアゾ側の視察団から声が出る。
「人機がこんなに、しかも3型ばかりとは・・・」
「あそこを見てください! あれは4型ですよ。」
ジアゾの視察団は興奮を抑えられない。ジアゾ合衆国にとって人機は敵の主力陸戦兵器であり、転移してから今まで対処法を研究してきた。人機の自作を研究していた時期もあったものの、余りにも複雑な構造で、自国では賄えない高濃度魔石燃料を必要とすることから、自作を諦めて戦車に力を入れてきた経緯がある。
現在、ジアゾの戦車は2型と戦える程度まで性能を向上させたが、3型には劣る所が目立っていたため、将来の同盟国が強大な戦力を保有していることは嬉しい誤算だった。
「何故だ? 神竜教団の総本山は300年以上前に焼き討ちされたはず。」
「総本山は燃やされてしまいましたが、戦力の中枢はあくまでルシフェル。生き残った教団幹部は大陸中の戦力を可能な限り集めてヴィクター様の後を追ったのです。」
オクタールの言葉にアドルフが答えるが、この話は瘴気外でも瘴気内でも歴史書に残っていない裏の歴史であるため、ジアゾ側は更に動揺する。
「格納庫区画を抜ければ外に出られます。ルシフェルへの乗艦ルートは研究区画からのみとなります。」
格納庫を抜けて外に出た視察団は更に驚くことになる。そこには全長350mを超える巨艦と、艦を囲むように研究施設が建てられていた。
「近代的な建物ですね。」
「衛星画像とは大違いだ、ここまで施設が偽装されているとは思わなかった。ここは港湾施設や研究所というより要塞に近い。」
「あれは電波を観測して画像にしたものですから、可視光にはかないませんよ。」
日本側の視察団は衛星画像を見ていたものの、雲が無いにしても上空からのカモフラージュが施され、想像以上の施設規模だったことに驚く。
使節団は研究区画を抜けてルシフェルに入り、艦橋へ向かう。ルシフェルは万年整備中であり、省エネモードの艦内は人がいる区画以外最低限の照明しか点いていないが、視察団が通る通路は通常の照明が点けられており、艦内にも関わらずかなり明るい。
「私は何度か超兵器艦に乗る機会があったが、ハデスに造りが似ている・・・」
オクタールは以前、アーノルド国のハデスとスーノルド国のアルテミスに乗っていた。どちらの超兵器艦も外部、内部共に造りが異なっており、超兵器は一品物という考えだったのだが、ルシフェル艦内がハデスに似ていたために声が出てしまう。
「お気づきになられましたか、ルシフェルはハデスを建造した勢力に属していることが分かっています。艦内の視察では共通箇所がいくつもあると思いますが、今後の研究のためにも見つけた場合は我々に教えてください。」
アドルフは瘴気外で超兵器艦に乗った経験のあるオクタールへ情報提供を求める。今回の視察は互いの情報共有という側面もあって日本側はオクタール上院議員も呼んでいたのだ。
艦橋では使節団を迎える準備が出来ており、聖域内の重要人物が待っていた。ヴィクターランド側はルシフェル艦長ヨーゼフ、古代遺跡研究解析班長マルティンが待っており、視察団を案内した僧兵団長アドルフが席に着く。
「ようこそ、私はルシフェル艦長のヨーゼフです。」
その名を聞いて日本側視察団の空気が変わる。日本人は竜人族を見た目では中々判断できないため、名前と装飾品から判別できる階級で人物を把握していた。
その変化を感じ取ったヨーゼフは続けて話す。
「えぇ。日本国との国交締結翌日に国民へ向けて説法を行ったのは私です。」
ヨーゼフは日本国を死者の国と呼んで国民に注意するよう大々的に説法を行っており、日本側からしたら話が通じるのかも不明な相手である。
「あれは異教徒に対する注意喚起ですので、お気になさらず・・・」
ヨーゼフは以前にもジアゾ人に対しても当時の担当者が同じような内容の説法を行っていたと話し、異教徒に対しては何かにつけて注意するようにしていることを話す。
「儂はマルティン。もう格納庫と研究区画を見たと思うが、古代文明の遺物を維持管理しつつルシフェルの修繕をしておる。」
「紹介が遅れましたが、私は聖域内で僧兵団長を務めておりますアドルフです。」
最後にアドルフが自己紹介を行ってヴィクターランド側の挨拶が終わる。今回は施設の公開ということで国の主要な人物はあまり参加していないが、次回の本格的な会議に向けて土台が作られた。
「上空に発生している雲は施設のカモフラージュ機能ということですが、何故そこまで隠したがるのですか? 」
一通り視察を終えた日本側からの質問に3者は顔を見合わせてからマルティンが口を開く。
「この星の遥か上空に古代遺跡が浮いているのは承知していると思う。」
「知っていますが、既にかなりの年月が経過しているのでは? 大気圏外の過酷な環境に人工物は長くは持たないはずです。」
マルティンは視察団が古代文明の衛星を知っている前提で話し始める。日本側は話についていけるのだが、ジアゾ側は中々話し出せないでいた。ジアゾでも地上からの観測で宇宙にある遺跡の存在は把握しているものの、そこへ行く手段も方法も全く無いため未知の領域であった。
「大半は動いていないが、生きている遺跡もあるのだ。アーノルドとスーノルドが遺跡を運用している場合、我らの聖域は丸見えとなる。」
「敵に知られた状態で瘴気が晴れれば、今度こそ我々はお終いです。」
マルティンの話を補完する形でアドルフが答える。
「しかし、日本国には短時間で見つかってしまった。そしてパンガイアが全力で攻めてくる。もう隠す必要がなくなったので公開に踏み切ったというわけです・・・」
ヨーゼフは何かを悟った様に話し出すが、決して諦めたわけではない芯の強い口調で話す。
「我々は後数日でカモフラージュを解いて戦争準備を始める。稼働する鳥機を整備してパイロットの育成に取り掛かり、開戦までに可能な限りルシフェルを修復します。残念ながら、我らだけでは限界があるため可能であれば、あなた方の知恵と力を貸していただきたい。」
「その言葉は今回の視察最大の収穫です。日本国として出来る支援を行います。」
ヨーゼフの言葉は神竜の意思ではない教団独自の決意表明である。日本側は神竜教団への協力を確約して視察は終了し、今回の視察で多くの発見と横の繋がりが出来たのであった。
その後、日本国は速やかに支援を始める。
古代文明遺物の共同研究
日本の技術も活用したルシフェルの修復
聖域内に日本の研究施設を建設
自衛隊活動拠点の整備
自衛隊との合同訓練
戦闘機パイロットの育成を蜀で行う
戦争が始まってからの役割分担協議etc
日本国は神竜教団の情報提供と共同研究によって、今まで対処法が見つからなかった超兵器に対して有効な攻撃方法を見つけることとなる。
ちょっとした発見と行動がきっかけで異文明同士の距離が縮み始める。謎に満ちたヴィクターランドは同盟国へ大きく国を開くのであった。
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