第83話 4ヶ国共同宣言前

蜀、東部森林地帯

 人間の支配地域にある東部森林地帯は木人との戦争で大規模伐採の危機にあったが、戦争終結とともに熊系亜人の管理地に戻っていた。

 軍を去った劉は故郷に戻り、木こりとして、森の管理者として一族を率いている。戦後は日本国が蜀の大規模開発に乗り出すと知り、再び森の危機が訪れるのではないかと心配した時もあったが、彼らの開発は木材の資源管理を考慮したものとなっており、森が急速に切られることは無く、それどころか広範囲に植林を行ったことで、当初の規模とはいかないものの森は拡大しつつあった。

 対木人軍事顧問のパラスも役職から離れ、精霊研究の一環として日本国が行う大規模植林と大規模農地開発に協力しており、また、東の森の精霊も陰から植林作業を見守りながらパラス達の手伝いをしている。

 ようやく訪れた平和に、3人は戦争で受けた森の修復に取り掛かっていた。



劉の屋敷

 東部森林地帯の熊科の亜人が多く住む地方に劉の屋敷は建っている。建物は古代中国の様式に似ているものの、敷地内には西欧のログハウスに酷似した建物も立っている等、日本人から見れば違和感を覚えるだろう。そんな劉の屋敷に、軍の使者が訪れていた。


「また戦か。しかも、今度の敵は瘴気外の列強とはな・・・」

「相手が相手なので、1人でも多くの指揮官を必要としているのです。」


 劉は屋敷を訪れた軍の使者達から、職場への復帰を依頼される。


「俺は木人と戦うしか能のない男だ。大陸の軍には手も足も出んよ。」


 劉は木人との戦闘を終えてから闘争心を失っていたことも大きいが、常識的に大陸軍と戦えるとは考えておらず、復帰に難色を示した。


「まだ正式には発表されていませんが、あと1月もすれば瘴気内各国が共同宣言を行い、戦の準備が始まります。この戦は瘴気内国家とパンガイアとの全面戦争となるのです。」

「戦は、避けられぬのだろうか・・・」

「それは、我らが考えることではありません。」

「そうだな、軍を離れ、守るべきものができてから、俺は夢想家になってしまったようだ。」


 苦笑いをする劉に対して、使者の1人が話し出す。


「自分は軍に入る時、命がけで戦うと心に決めました。そして、貴方の元で木人と戦ったことは忘れません。貴方の命令で死ぬのであれば、本望です。」


 劉は「考える時間が欲しい」と言って使者を丁重に帰した。

 執務室に戻って机の上に目をやると、そこにはパラスと東の精霊、そして劉が計画した植林案などが所狭しと置かれていた。



数日後、劉の屋敷

 庭では2人の人物が険悪な雰囲気で何かを言い合っており、劉と東の精霊は屋敷からその光景を眺めていた。

 事の発端は倭国からエルフの女性が屋敷を訪れたことから始まり、パラスはその女性を見るなり屋敷から急いで出て行き、現在に至る。


「帰る気が無いって、どう言う事よ! 」

「セシリア、君は先に戻って欲しい。僕には、まだやらなければならないことがあるんだ。」


 パラスがセシリアと呼ぶ女性は、彼の妻である。本人が言うには同郷の幼馴染ということだが、薄灰色の肌に純白の髪、赤みがかった瞳を持つセシリアは、パラスとは容姿が大きく異なる。


 サイド夫妻は瘴気が晴れた300年前に研究目的で瘴気内へ移り住んでいた。パラスは精霊研究をするため蜀へ、セシリアは魔族研究のために倭国へ行き、次に瘴気が晴れる時に研究結果を持って帰る約束をしていたのだ。

 パラスは300年ぶりに会った妻の姿を見て、彼女の理論が正しいことを確信する。セシリアの研究は魔族の起源を探るものであった。

 魔族は「生まれながらに邪悪な存在」とされ、歴史上いくつもの魔族が滅ぼされてきたことで、研究はほとんど進んでいない状態が続いていた。研究には魔族コミュニティに入って、彼らと生活を共にする必要があるので、研究者のなり手が殆どいなかったことも大きな理由の一つである。

 セシリアは魔族が生まれながらに何故邪悪な魔力を有する種族となるのかを多方面から調査し、1つの仮説をたてる。それは、環境に依存して既存の生物が魔族へと変化するというものであった。

 その仮説を証明するために、彼女は人間と魔族が共存している倭国に長期間住む人体実験を行い、自身の変化を記録していた。


 セシリアは見た目が変わり、性格もパラスが知る彼女より積極的になっている。魔力波も変わっているため、故郷は彼女を同族と見ないかもしれない。しかし、彼女はそんな心配は一切していなかった。


「戦争が始まる前に大陸へ帰りましょう。戦争が終わったら、また戻ってこれるんだから。」


 300年経っても、彼女のパラスへの愛は色褪せてはいない。瘴気が晴れて瘴気内で民間交通が再開されようとしている時、フェイルノートの到着によって大規模な戦争が迫っていることを知ったセシリアは、真っ先にパラスの元へ来たのだった。


「心配はいらないよ。戦闘に巻き込まれるなんてヘマはしないさ。」

「そうじゃないの、貴方は何も分かっていない。国が私たちを放置するとでも思っているの? 戦争の道具にされるわ。」


 セシリアは自分達の身分上、何かしらの方法で戦争に加担させられると考えていた。


「僕は戦争の道具になんてされない。その時が来たら逃げ道はいくつも用意してあるし、隠れ家もある。」


 パラスは、例えそんな状況になっても研究を優先して蜀を離れるつもりはないと伝える。


「そんな事になってまで研究を続けてほしくないの。あなたの命はあなただけの物じゃないんだから、もっと大切にしてよ。あなたや私の命よりも、研究が大切なの? 」

「それでも、研究を止めるわけにはいかないんだ・・・」


 涙目で訴えかけるセシリアに、パラスは自分の意思を伝える。



パシンッ



 屋敷からパラス達を眺めていた劉と東の精霊は、女性の平手がパラスの頬を直撃するのを見て声を出す。


「何と! 」

「愛ノ一撃。」

  ? 


 精霊が喋ること自体珍しいのだが、劉は東の精霊の言う意味が分からなかった。



 パラスはセシリアと別れて何食わぬ顔で屋敷に戻ってくる。


「用は終わりました。さぁ、作業に戻りましょう。」



蜀、白城

 皇帝は日本国への書状を書きつつ軍の報告を受けていた。


「報告によれば、劉の復帰は堅いとのことです。」

「そうか。ところで、お前は劉の元にいる2人をどう考える。使えると思うか? 」


 突然の質問に交渉担当の軍幹部は困惑しつつ答える。


「あのエルフと森の精霊ですか。2人とも軍人ではありませんが、その知識と能力は十分使えることは、木人との戦で判明しております。しかし、協力はしないでしょう。」


 1枚の書状を書き終えた皇帝は、筆を置いて軍幹部に指示を出す。


「返答を聞きに行く時は「トウテツ」を送れ。3者が屋敷にいる状態で行くのだ。」

「暗部を送るのですか? それでは、交渉にはならないかと・・・」


 軍幹部は皇帝の私設軍に相当する部隊を派遣する意図が掴めない。


「この交渉には日本国と倭国の外交官も参加する。特に日本国は精霊の能力を高く評価しているようで、何が何でも陣営に引き込みたいと要望があったのだ。」


 軍幹部は驚愕する。人前に出ることすら稀な皇帝陛下に、日本側が一体どの様な方法で接触したのか見当がつかなかった。


「この交渉で我が国は貴重な戦力が手に入る。何せ、日本国と倭国には強力な切り札があるのだからな。」


 セシリアの不安と予感は的中する。




ヴィクターランド、聖域

 ヴィクターランドにおいて、限られた人間しか入れない聖域へ異国の人間が立ち入ろうとしていた。

 日本国外務省と防衛省の名も無き組織構成員、ジアゾ合衆国外交団のオクタール上院議員と武官数名は、揚陸艦「くにさき」から飛び立ったヘリで立ち入り禁止区域の島に降り立った。


「急遽日程変更を要求されたが、それに見合うのだろうな? 」


 オクタールは部下や武官に尋ねるが答えはない。この立ち入り禁止区域の視察は日本側が急遽予定にいれたものだった。


「倭国への根回しと本国への報告書作成を後回しにする価値はあるのかね。」

「日本国からはヴィクターランドの内情を知ることができると言われております。有用なものを見れるでしょう。」


 武官は日本側から詳細を伝えられていないものの、自分達が呼ばれた事から軍事関連であると予想していた。


「神竜への協力要請が済んでいるのだぞ。もう、ヴィクターランドには用が無いはずだが? 」


 強制に近い予定変更に気分が悪いオクタールは、情報を持たない部下にどんどん質問をする。

 オクタールは神竜以外の戦力を持たないヴィクターランドの内情視察に来ても、大した収穫は無いと考えていた。ヴィクターランドはジアゾが転移してくる以前の文化レベルと考えられていたので、時間の無駄と考えるのも無理はない。


「どうせ、この先にあるものは神竜教団の秘宝とかだろう。」


 オクタールの愚痴に誰も答えることなく、視察団は案内人に続いて洞窟に入っていく。



聖域内

 薄暗い洞窟の通路を2人の竜人が視察団の元へ移動していた。


「アドルフ様、本当に宜しいのですか? 」

「何がだ。」


 アドルフとよばれた人物は聖都ピナドで小さな教会を運営する牧師である。対してアドルフに話しかけた人物は大聖堂の神官であった。階級の低いアドルフに神官が部下のように振舞うには訳がある。


「異国の、信者でもない者を聖域に入れるなど、今まで例がありません。」

「それが、ヴィクター様のお考えだ。我らは従うまで・・・」


 2人は通路を進む。


「聖域は雲に覆われて何処からも内部が見えないはず。日本国は、あの死者の国はどの様な方法でルシフェルを見つけたのでしょうか? 」

「魔法ではない事だけは確かだ。」

「科学ですか・・・」

「科学の前では雲など無いに等しいということだろう。」



数週間前・・・

 日本国の外交官が聖都ピナドの大聖堂を訪れていた。この聖堂は以前に総理大臣一行が神竜と交渉するために訪れた場所であり、ヴィクターランドでは外交機関としても機能している。

 聖堂の敷地内にはヘリポートとしても使える施設があり、洋上か入国管理島で入国手続きを済ませて事前連絡しておけば、外交官クラスはヘリで直接向かうことが出来るのである。


「この雲が常時かかっている島を特殊なカメラで撮影したのですが、島の中央にある湾の施設と、この艦についてお答えできますか? 」


 写真には島中央の湾にある港湾施設と全長350mを超える大型艦の姿が映されていた。担当した竜人は顔色を変え、大急ぎで上層部へ報告して緊急の会議が開かれる。

 会議では極秘施設を知った日本人の入国を即刻停止にするなどの案が出たのだが、最終的にゲール神官長がヴィクターの言葉として「知られてしまったものは仕方がない」として、一部の外国人に公開することとなった。



 アドルフ達は通路を通って洞窟の広間に出ると、その場には装甲歩兵に囲まれる形の視察団がいた。


「皆さん、お待たせいたしました。私はアドルフと申します。ここからは、私が超兵器「ルシフェル」へご案内いたします。」


 聖域、別名「神竜教団総司令部」が初めて外国に公開される。

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