第82話 鴉天狗

日本国、東京

 ある省庁の一室では、名も無き組織の構成員も交えて会議が行われていた。今回の議題は海外留学である。


「海外留学斡旋事業とは、考えたものですね。」

「パンガイアへの大使館設置が不可能な今、大陸の状況をリアルタイムで把握することは重要です。」

「留学生に衛星通信機器を持たせて現地のニュースを送ってもらえれば、かなり助かります。」


 この会議では海外留学生第1号となる日本国民の紹介も行われる。


「留学先はスーノルド帝国大学で、留学生は都内の高校から南海大島へ派遣されている白石小百合さんです。」


 留学事業を担当する職員は、ここで留学先と留学生の資料を配り、情報の無かった参加者からは多くの質問が出された。


「質問です、スーノルド帝国大学は名実ともに世界でもトップの大学。留学は魔法学を学ぶためとありますが、留学生に実力は伴っているのですか? 」


 当たり前のことだが、留学にはそれなりの実力が必要である。魔法学が無く、魔法の使えない者が行ったところで学生としてやっていけない。


「えぇ~、小百合さんは特殊な環境で育っております。彼女は日本人でありながら魔法が使えるのです。」


 言葉に詰まる職員に、資料の一文を見た別の職員がさらに質問する。


「育成環境にある「鴉天狗」とは、あの愛国者達ですか? 」


 恐る恐る聞く職員に、事情を知らない周りの職員は何を言っているのか理解できていない。


「はい、その通りです。彼女は創設一族の末裔となります。参加者の中には鴉天狗を知らない人が殆どと思われるので、簡単に説明しますと・・・」


 職員の説明はにわかには信じられないものであった。


・鴉天狗は古い宗教組織であり、その歴史は日本建国にまで遡る。

・構成員は国籍を有しない者で構成されているが、現在は小百合のように国籍を取得して一般人に紛れている者も多い。

・現在に至るまで妖怪と思しき人間を殺害している。

・南海大島で鼠人王の一族を全員殺害した部隊は、この組織所属である。


 参加者は日本に妖怪が住んでいたこと自体知らない者が殆どであり、組織の存在を知っていても鼠人王暗殺の件に関わっていることを把握していないなど、活動実態を全て知る者はいなかった。


「それで、留学生の実力はどの程度のものなのですか? 」


 場の空気を換えるように、ある職員が質問する。


「既に職員が彼女の魔法を確認しました。実力としては、「手品の域を出ない」そうです。」


 その話を聞いて、参加者からは「あぁやっぱりか」「だよな」など、ため息交じりの会話がされる。


「その程度でやっていけるとは思えないな。実力もない子供ではないですか。」

「お言葉ですが、その考えは捨ててください。鴉天狗に所属する以上、この学生を子供と見るのは危険すぎます。」


 鴉天狗を知らなかった職員に対して組織を知る職員はすぐさま注意する。


「この組織は、今まで表立った活動はしていないものの、公安で把握している限り、地球で名だたるテロ組織と同等の実力を持ちます。」

「海外留学の会議に公安の方が参加しているのは、それが理由ですか・・・」

「しかし、その学生が留学先でやっていけるとして、どうやって入学させるのです? 」


 脱線しかけた話を当初の質問に戻すべく他の職員が質問する。


「その件は心配ありません。前回、黒霧が晴れた約300年前に、研究目的で訪れているスーノルド帝国大学の教授夫妻が蜀と倭国に分かれて住んでいるのです。」


 議場は「300年別居で夫婦仲は大丈夫なのか? 」などの話が囁かれたが、職員は構わず話し続ける。


「既に外務省がコンタクトをとってあり、旦那様からは「協力」する旨の返答をいただきました。予定としては、黒霧が薄くなった頃合いを見て奥様が帰国なされるそうなので、その時に留学生が付いていく形になります。」


 説明が終わると、ある職員が手を挙げて立ち上がる。この職員は自衛隊の民間人爆撃を阻止しようとして動いていた職員の1人であった。


「その依頼ですが、私の情報では外務省の職員が倭国外務局職員と蜀軍を連れて行ったとあります。本当に「協力依頼」だったのですか? 」


 核心を突く質問に場は静まる。


「蜀と倭国も関わっているため詳細はお伝えできませんが、民間人へ国家として行った正式な依頼です。」


 その質問は担当職員ではなく、名も無き組織の構成員である職員が直ぐに回答する。


「どのような方法で依頼が行われたのか言えないのですか・・・」

「先ほども言いましたが、多国間で動いているので詳細は話せません。この件は海外留学以外の協力要請も含まれているのです。また、蜀と倭国の要請で詳細は極秘扱いとなりますので、情報公開の対象外となります。なるべく内々だけに留めてくださいね。」


 会議は終盤で不穏な空気が流れたものの、各省庁で学生の留学に関する情報共有がなされた。この会議から数日後に留学生が1人追加になるのだが、その留学生の学力は兎も角、魔法の実力があったため、臨時会議では全会一致で留学生の人数を1人増やすことが決定される。




南海大島西部、港町グレートカーレ

 戦時中に連合軍の上陸地点となり、西部方面総司令部が置かれているグレートカーレは南海大島開発の拠点となることで、ただの漁村が大都市になりつつあった。

 内陸部の郊外には作業員の居住地が大規模に建設され、家族で移り住んできた日本人達によって人口は急増している。その中、出稼ぎと移住ラッシュに紛れる形で白石家もアパートへ移り住んでいた。


「♪~」


 白石小百合は鼻歌交じりで、黒光りする物体を組み立てていく。

 アパートのドアが開き、誰かが入って来ても小百合は気にせず作業を続け、数秒後に入ってきた父は溜息交じりに彼女へ声をかける。


「小百合、蹴爪を持ち出して何をする気だ? 」

「何って、メール送ったでしょ? これから妖怪退治に行くの♪ 」


 組織に広く配備されている銃を組み立てながら、小百合は軽快に答えた。


 蹴爪はH&K社のサブマシンガンMP5を大幅に改造した銃器である。オリジナルは9㎜の銃弾を使用するが、蹴爪は既に形からして面影は無く10㎜弾仕様に変更されており、小百合が持ち出した弾は弾頭に切れ目を入れた特殊加工がなされたものであった。


 小百合の父、涼はため息をついて娘を注意する。


「大鳥達からは妖怪を見つけても殺傷するなと言われているはずだよ。」

「それは倭国のでしょ。」


 組織の上層部である「大鳥」の通達を、小百合は変に解釈している。涼は小百合から日本人の妖怪を見つけたとの連絡を受け、表の仕事を切り上げて家に戻ってきたが、その判断は間違いではなかった。


「違う、全てのあらゆる妖怪をだ。」

「パパもお兄ちゃんも張り切って妖怪退治したじゃない。」

「あれは妖怪退治では無い。何かの手違いだったんだ。」


 小百合の言う妖怪退治とは鼠人王の暗殺である。

 当時、組織は国の有力者から日本人殺害の報復として鼠人王の暗殺を依頼されていた。南海鼠人は僅かながら魔力を保有していたため、鴉天狗は鼠人を妖怪として扱い、暗殺部隊を組織する。数百年ぶりの大規模な妖怪退治に組織は沸き立っていたが、任務を終えてから驚愕の事実が判明することになる。暗殺依頼は日本が計画したものではなく、倭国の妖怪が敵対種族の弱体化を狙って行ったものであり、鴉天狗は抹殺対象である妖怪の依頼で、妖怪の敵対組織トップを殺害してしまったのである。

 この一件で組織に亀裂が入ることとなり、幹部である大鳥達は連日集会を開いて組織の方針を話し合っているのだが、国との関係を見直すかどうかでもめ、妖怪の定義でも結論が出ずにもめていた。「この世界の住人は全て抹消するべき」との見解の過激派もいるため、現在は南海大島にいる全構成員に待機が言い渡され、行動は少数での情報収集に限定されている。


「おじいちゃん達がいくら話し合っても答え出ないじゃない~ 」

「小百合、組織での役割を思い出しなさい。お前は実行部隊に向いていない。今は国から依頼されている留学という重要な任務があるだろう。」

「何時裏切るかわからない奴らの依頼なんてイヤ。」


 留学の話を出すと、先ほどまで良かった小百合の機嫌が悪くなる。


「それに、あの妖怪を放置するの? 見た感じ倭国の妖怪どころじゃないのよ。」


 涼には妖気を感じる能力は無いが、ナギである小百合は利子が危険な存在であることが分かっていた。


「正当防衛以外の武力行使は厳禁だよ。もし、利子という娘を手にかけた場合は、小百合を警察に引き渡さなければならない。」


 血のつながりはないが、涼は父としても小百合を戒める。

 今夜、小百合は利子を呼び出して殺害する予定だったが、今回は互いの能力を披露する場となり、組織の働きかけで利子は正式に妖術の講習を受けることになるのだった。

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