第81話 4ヶ国共同宣言後 その2

4ヶ国共同宣言後、日本国某所の埠頭

 黒霧発生以来、使われなくなったこの埠頭は、穴場の釣りスポットになっている。

 埠頭では男が1人で釣りをしており、その人物の傍らに置かれたタブレット端末には、リアルタイムで放送されている総理の国会答弁が映し出されていた。内容は4ヶ国共同宣言で総理がパンガイアに共同対処すると宣言したことによる答弁で、「民意を聞かずに国民を戦争に巻き込んだ」「歴代最悪の総理」などのヤジが飛び交う中、総理は黙々と答弁を行っていた。


 埠頭には男の他に釣り人はいないが、周囲には武装したアスラ警備保障の警備員が立っていて、関係者以外の立ち入りを禁止していた。

 そこへ、スーツ姿の男が入ってくる。


「門倉2佐、こんな所で休暇ですか? 」


 釣りをする男の後ろで、背広を着た人物が話しかける。


「煮詰まった時には釣りが良い。」

「外務次官との話は無事についたのではないですか? 」

「あぁ、話はつけたさ・・・」


 2人は所属組織が異なるものの、国家公務員であり「名も無き組織」の構成員でもある。



数日前、外務省


「ジアゾ外交団とヴィクターランドにおいて入手した情報から、戦争終結までの道筋が立ちました。資料の通り、戦闘で超兵器を2機、侵攻部隊の4割を撃破できれば停戦が可能と判断できます。」


 門倉は名も無き組織が得た情報と、垣根を超えた省庁の連携によって戦争終結までの道を見つけ、後は外務省上層部の判断待ちとなっていた。


「君達には期待していたのだが、考えを改めなければならないようだ。こんなもので、我々が動くとでも思っているのかね? 戦争否定派の福島閣下を押さえるには不十分だ。」


 次官は資料を門倉に投げつけ、更に話を続ける。


「君達には戦後を見据えて行動するという考えはないのかね? 戦後、我が国は大陸への足場が必要になる・・・」

「 !! 」


 門倉はその言葉を聞いてどっと冷や汗が出た。


「日本から一番近い港湾都市、サマサの割譲を停戦の条件とする。そのためには、やることはわかっているだろう? 超兵器は全て破壊、侵攻部隊の6割以上を殲滅。その有効な計画案が出されない限り、君達への協力は無い! 」


 次官の話は無謀もいいところである。研究によって、現在は自衛隊の総力を結集して超兵器を1機撃破出来るところまで来ていた。神竜の撃破予想である1機を含めて停戦案を考えていたが、次官の話は名も無き組織の停戦案を根本的に覆すものであった。


「サマサは一地方都市ではなく、都市国家です。割譲は・・・」

「そんなことは知っている。戦闘で不運にも国の上層部が軒並み死亡すれば、北部のロマ同様、2大国どちらかの保護領となる・・・ これは君が得意な分野ではないのかね? これでも、私は南海大島での民間人爆撃は評価しているのだよ。」

「直ちに、計画の変更を行います。」


 「重鎮福島」を押さえなければ自衛戦争自体出来ない可能性があったため拒否権はなく、門倉は名も無き組織内で計画変更を議題に出し、変更計画案は次官に了承される。


「俺は好きで民間人の爆撃を計画した訳じゃない・・・」


 埠頭で釣りをしながら、門倉は後ろに立つ組織の人間に愚痴を漏らした。

 門倉は国と自衛隊の実情を把握している。国に必要なもの、自衛隊の実力、それらを考慮して南海大島攻略作戦は計画された。門倉が中心となって名も無き組織で計画された爆撃が行われなかった場合、自衛隊員に多くの殉職者が出ていたのは確実だった。門倉は国を生かす一方で仲間である自衛隊員の命を第一に考えていたのである。

 結果、名も無き組織を知る有力者からは民間人を容赦なく殺害できる「人材」として門倉は評価されてしまい、彼にはより高い目標が科せられることとなる。



日本国、首都高速道路

 車内は緊張に包まれていた。コクコがこれほどまでに命の危険を感じたことは近年になかった。


「日本国に攻撃の意思はありません。我々は過去を反省し、倭国の皆様とは未来志向で交流を深めていきたいと思っております。ご安心を・・・」


 コクコの目の前にいる日本人は、日本国が妖怪を理由なく攻撃しないと話す一方で注意を促す。


「我が国に危害を加えなければ日本国としては妖怪を人として認めます。しかし、日本国内には国の目が届かぬところで妖怪を狙う者達がいるのですよ。指定されたホテルで過ごしていただいているのは、外交官を始め、倭国の人々を守るためであります。今後、今回のような行動はお控えください。」


 コクコは妖怪を狙う者達に心当たりがあった。南海鼠人との戦で鼠人王とその一族の抹殺を日本の有力者に依頼した時、日本側が南海大島に送り込んできた実行部隊がいた。その部隊は目標を達成してナガリ山攻略戦が始まる前に撤退していたが、潜入を支援した者からは日本の実行部隊が妖怪に対して非常に強い殺意を持っており、「何時自分が殺されてもおかしくなかった」との報告が上がっていた。


 コクコは個人で日本国の伝承を調査する過程で、偶然にも日本の暗部に行き当たったのである。この情報は2ヶ国の一部組織内のみで共有される極秘情報とされ、公にはされなかったものの、同心会に伝えられたことで大妖怪達に衝撃をもたらすこととなる。



南海大島、西部海岸の町

 多くの困難を乗り越えて、赤羽利子あかばねりこは南海大島へ到着した。

 彼女は南海鼠人の支援事業に参加する名目でこの地へやって来たものの、真の目的は魔法の習得だ。触手という頼れる存在はいるが、その計画は行き当たりばったりなものが多く、南海鼠人の子供へ妖術を教える教師に接触するところからである。

 道のりは険しいかと思いきや、利子は南海大島に降り立って直ぐに奇跡的な出会いをする。


「じゃあ、白石さんも魔法を習いに? 」

「えぇ、ある日突然この力を使えるようになってしまって・・・その時は周囲の人には相談できなくて。でも、ここで魔法の使い方を教えてもらえるってわかってから、勇気を出して家族と役場に相談してみたの。」


 彼女は白石小百合しらいしさゆり。利子とは同い年である。小百合は魔法という力を周囲に相談した事で、魔法習得名目で復興支援事業に参加していた。利子とは逆のパターンである。

 国からの支援もあり、既に彼女は妖術習得までのカリキュラムが立てられていた。「あれだけ悩んで隠し通してきたのに・・・」と、日本出発までの苦労を思い返す利子だが、小百合が自身を担当する国の職員に事情を伝える事で、飛び入り参加という形で妖術を教わることに成功するのであった。




 利子と別れた小百合は1人、上機嫌で自宅のアパートに戻っていた。調査開始早々に日本人の妖怪を見つけるとは思ってもいなかったのである。


「獲物発見♪ 」


 闇に生きる者達は、既に日本国から黒霧内国家へ浸透していた。

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