第80話 4ヶ国共同宣言後
瘴気内国家の共同宣言が発表されて数日後、蜀の帝都「白城」
眼鏡をかけた1人の白狼族の前には藁人形が置かれていた。その白狼族は刀に手を伸ばし、鞘から一瞬で引き抜くと目にも留まらぬ速さで鞘へ刀を収める。一呼吸の後、藁人形は真っ二つになり、ゆっくりと地面へと落ちてゆく・・・
刀を従者に預けた白狼族は部屋を出ていった。
「お見事です、陛下。日本国ですが、北西部の軍港建設が間に合わないとして開発の中止を一方的に言ってきました。」
蜀軍の総大将は、剣術の練習を終えた皇帝に付き従いながら報告を行う。
「西部の開発は全体的に間に合わないということだろう。気にすることはない、既に代替地は用意してある。」
皇帝は軍の総大将を連れて広大な会議室へ入る。その場には数十人の有力官吏達が待っていた。
「これより、帝前会議を行う。」
会議は国家の運営方針が話し合われる。今回はパンガイア戦に備える内容であり、各方面の官吏が現状を報告してゆく。
「日本国による各城塞都市再開発は順調に進んでおります。後4年もあれば、蜀は先進国を超えるでしょう。」
「資源開発と精錬施設の建設も順調であります。港湾施設の拡充も大規模に行われており、こちらは段階的にその能力を向上させております。」
「軍ですが、日本国が供与した兵器の配備が遅れております。これは我が国の識字率が関係しており、階級の高い人民でなければ兵器を使いこなすのが難しい状況です。」
現在、蜀は日本国が全力で開発を行っている。パンガイア戦に備えて兵器の供与も行って強化を進めているのだが、まともな教育を受けた人民が少なく、教育を受けている人民もその大半が王族や貴族であった。
日本からの供与兵器に関しては自衛隊の講義があるものの、当然兵器の使用、整備方法は書面で配られるため、字が読めて兵器の構造と理論が理解できなければ話にならない。それほどの学力を有している貴族達は「もやし」の様な人間ばかりであり、平民は学力が低く文字の読めない者が多かった。
「日本製の兵器を配する部隊は白狼族で編成する予定である。」
皇帝の発言に会場はざわつく。
「高貴なお方を戦地には行かせられませぬ。」
「陛下、どうかご再考を! 」
官吏達は以前からの風習で白狼族の実戦参加を阻止しようとする。
「パンガイアとの戦は雑兵が集まったところで戦いにはならぬ。東城の白刃は日本製鳥機に乗り、自ら部隊を指揮するそうだ。」
「そんな。」
「まさか、もうそこまで・・・」
一部の官吏が狼狽する中でも会議は進む。
「倭国の状況ですが、南海大島を奪還した後、北部と東部に兵を置いているのみで、これといった動きはありません。残りの土地と全ての鼠人は日本国が管理しております。」
「倭国とは日本国の科学技術を共同で入手する密約が出来ておりますが、日本国から供与された兵器の輸送は不可能であり、倭国の専門学者が蜀で解析するそうです。」
その発言を聞いた皇帝は手を挙げて遮り、喋り出す。
「倭国の妖怪が来るのか? 300年前、倭国の女狐に苦渋を呑まされた事を知らぬ者はおるまい。」
約300年前、人間に化けた妖怪が蜀の中枢に侵入して国を大混乱に陥れた事件があった。その妖怪は徹底的な証拠隠滅を図り、蜀を脱出することに成功する。
蜀は倭国に抗議して罪人の引き渡しを要求するものの、確固たる証拠が無い状態では無理があった。この事件から蜀は妖怪を最大限警戒し、先日行われた4ヶ国共同宣言の際でも、オウマ議長以外の妖怪は一部を除いて入国禁止にしていた。
「ご安心を。入国した妖怪は常時監視の対象となり、その間は白城全体に対魔族結界を張ります。」
対応策を考えていた官吏は自信ありげに話すが、皇帝の不安は拭えない。
「日本国の科学、その術はどこまで吸収できそうなのだ? 」
「日本国は兵器を始め、高度な科学技術が使われるカラクリの多くを供与しております。しかし、それらを解析出来る人材は極僅かしかおりませぬ。」
「その者達を全て活用したところで、たかが知れております。ここは平民への教育を行い、国全体で科学知識を取り込む必要があります。」
科学知識の探求に国の舵を切ろうという発言をした官吏に対して、術や魔法を扱う一部の官吏は不機嫌になる。しかし、皇帝は気にせずに喋り出す。
「平民への教育は急務とする。平民出の軍人達にも教育を施すのだ。蜀が生き残る道は科学の導入以外ないのだからな・・・」
帝前会議は科学技術の早期導入をすることを目標とし閉会した。
白城修練場
会議の後、皇帝は修練場で弓術の訓練を行っていた。
バンッ
皇帝の放った弓は、中心へ引き寄せられるかのように的を射抜く。
「日本国が供与する兵器は50年もあれば複製が可能となるでしょう。日本国へ放った間者は倭国の間者と共同で有益な情報を持ち帰ることとなっております。」
「宰相よ、それ程上手くいくとは思えん。日本国の科学技術は古代魔法文明と遜色はないのだぞ。」
皇帝は2本目の矢を放ち、的の中心に当てる。
「同等、とまではいきませぬが、ジアゾを超えることは可能であります。蜀は国土が広く、人も多いのです。時が経てば日本国を超える国となりましょう。」
宰相は既に正確な未来予想を立てており、今回のパンガイア戦に勝てば蜀が世界一の国家になれると皇帝に話す。
しかし、皇帝は楽観視していなかった。
「今の蜀は神竜の加護によって国がまとまっている。パンガイアとの戦で神竜が倒れた時、国が分かれるやもしれぬ。」
皇帝は3本目の矢を放ち的を外す。
「その時は、日本国と倭国を味方につけた陣営が勝利するでしょう。」
皇帝は、その状況で笑みを浮かべる日本国と倭国の姿が見えることを宰相には話さなかった。
「ところで、日本国で女狐が密かに動き回っていると聞くが、日本側にはその話をしたのか? 」
「はい、既に情報は提供しております。」
「そうか・・・」
皇帝は4本目の矢を放ち、的の中心に命中させた。
日本国某所
倭国外務局長のコクコは日本側の監視を掻い潜り、ある場所に来ていた。この様な行動をするのは同心会から日本の科学技術を探るように指示されていたからだが、コクコは技術奪取を部下に任せ切りにして「極秘潜入」名目で1人、日本の神社仏閣巡りをしていた。
コクコは日本の妖怪や神について独自調査を行っていた。東京が魔術都市として機能することが分かって以来、彼女はその理由を探して日本の伝承に辿り着く。八岐大蛇や八咫烏など、倭国でも伝説とされる存在が日本国にも伝承として残されていることに驚いたが、中でも九尾の狐はコクコが最も興味を引かれた存在であり、九尾伝説が残る土地の調査を真っ先に終えていた。伝説の妖怪の手掛かりが日本国にあると確信したコクコだったが、調査の進捗は芳しくなかった。
「これだけ誘っているのに反応なし。この国には、本当に妖怪や神はいないのだろうか? 」
耳と尻尾を隠して背広を着こなしているコクコは、サラリーマンと遜色がない。しかし、誰もいない神社には場違いもいいところである。
「ふぅ。」
コクコは街で購入した竹輪を頬張る。日本国に滞在先として指定されているホテルには妖術で造った影を置いてきているため、妖力の消費が大きく体力気力共に消耗していた。
今日も収穫がない中、コクコはホテルへ戻ろうとして周囲の違和感に気づく。
「囲まれている・・・」
いつの間にか包囲されている状況に、コクコは悟られることなく臨戦態勢をとった。
「コクコ局長。こんな所で何をしているのですか? 」
建物の陰から出てきたのは、初めて見る日本人だった。そして、周囲からは武装した人間が続々と現れる。
「車を用意してあります。ここで話すのも何ですし、ホテルに戻りながら話しましょう・・・」
コクコは日本側が危害を加えないことを把握すると、無言で車へ向かった。
・
・
・
「では、コクコ局長は日本の伝承を調査していたと? 」
「はい、倭国に伝説として受け継がれている妖怪や神と同様の存在が、日本国の伝承にもあるのです。偶然とは考えにくいのですよ、日本国には本当に妖怪は存在しないのでしょうか? 」
コクコの話は真実のみであった。それはコクコがホテルを抜け出してから今までを監視してきた日本側が他ならぬ証人となっている。
「日本の妖怪を探していらしたのですか・・・徒労でしたね。」
眼前にいる人物の言にコクコは自身の考えが誤りであったと一瞬考えてしまう。しかし、
「我々は転移する遥か以前に、日本国内の妖怪を絶滅させたのですから・・・」
「えっ? 」
再びコクコに緊張が走る。
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