第79話 ターニングポイント
アーノルド国、ツインレイク州、ツインレイク基地
ツインレイク基地はアーノルド国南東部を守る最大の軍事拠点である。古くから人間、モンスター問わず外敵の侵入を防いできた基地には、当時の城塞や防壁などが今も残されており、一部は今も現役で使用されている。
ツインレイク陸軍基地内面会室
ターレン陸軍基地所属のエンティティは、魔虫戦役で死亡した兵士の遺品を恋人の元へ届けに来ていた。
「貴方が手紙を届けてくれた人? ありがとう・・・お礼を言うわ。」
「申し訳ありません。彼は我々が到着した時には手の施しようがありませんでした。」
死亡した兵士の恋人は、同じ基地に所属する女性人機部隊の兵士であった。基地内では恋愛は禁止であり、事務員を除いて兵士は男性と女性に分けられて接触の機会が無いようになっている。この処置は獣人の多い基地独特のものだが、ターレン同様、何処の基地も守られている様子はない。
「気にしなくていいわ。貴方のせいじゃないし、彼に運が無かっただけ・・・」
「・・・」
気まずい雰囲気に、エンティティは彼の言葉や、最後まで彼女を気にかけていたことを話して席を立とうとする。
「待って、もう少し貴方の話しを聞かせて。」
「僕はエンティティと言います・・・」
「私はココ・・・」
猫は本来、悲しいという感情に乏しい。しかし、ヒトとまではいかないものの、獣人には豊かな感情が備わっている。2人は悲しみと寂しさ、戦場での傷を互いに癒していくのであった。
同国南方の地方都市「オータムフィールド」
ターレン基地の北方に位置するオータムフィールドは、長閑な田園と丘陵が広がる地方都市である。魔石の高騰、ジアゾ戦へ向けた準備、魔虫戦役、世界の重大事にも関わらず、ここだけは独特の時間が流れていた。
「俺は既に正規兵だ、階級も民間の管理職クラスになった。一体何が不満なんだよ! 」
シュバは休暇を利用して実家に戻ってきていた。「大物になる」と言って出て行ったからには定期的に報告しなければならないので、シュバは魔虫戦役での活躍で階級が上がったことを父へ報告に来たのだが、一笑に付されてしまった。
「今までの正規兵が根こそぎ戦死したから階級が上がったに過ぎない。お前はそんなこともわからんのか。」
シュバが所属するドックミート隊は4部隊で構成されているが、魔虫戦役の損害から現在は3部隊となっている。一見、1部隊のみの損失に見えるが、当初のシュバは新兵部隊である第4部隊に配置されており、初戦の損害から正規部隊である第3部隊へ格上げとなる。最後の戦闘が終わり、再編された時には、第2部隊となっていた。
実際には5割以上の損失を出していたドックミート隊だったが、ジアゾ戦への準備から戦力の補充は目途が立たず、シュバ達は休暇を言い渡されていたのだった。
「先輩達が必死で戦ってきた上に、今の俺がいるくらい分かっている。」シュバは父に反論したい気持ちを必死で押さえる。
「やはり、お前に軍は無理だな。退役届は出しておいた。荷物をまとめて戻ってこい。」
!!
「何を勝手にしてんだよ! 俺は認めないからな。」
「無駄だ、お前の精神疾患を医者の診断書と共に送っておいた、軍は精神異常者を採用しないことは知っているだろう。」
「シュバ、あなたはもう気付いているのでしょう? 自分の中にもう1人の兄弟がいることに・・・」
今まで喋らなかった母が申し訳なさそうに喋り出す。本来、肉体を持って生まれてくるはずが、1つの体に2人の魂が入っている事がある。この症状は多産の種族に多く見られるものだが、兄弟の中では唯一、シュバが該当していた。
シュバは昔から気付いていたが、大きく意識し始めたのが就職活動の時だった。自分の意志に反した行動によって、ことごとく不採用になった原因を探るうちに気付いたのだ。
もう1人の自分とは筆談などで意志疎通を図り、互いの理解を深めていく。もう1人の人格はシュバと違って理知的な性格であり、自ら「シバ」と呼んで2人の交流は加速する。シバは戦乱の時代と魔法産業の衰退を見越して軍に入ることを勧め、シュバも同調して軍へ入ったのである。
「私の後輩が中央議会の議員に立候補している。その鞄持ちなら、お前にもできるだろう。そこで経験を積んでいけば、将来の道も見つかるはずだ。」
「何で、お前らは俺の人生を勝手に決めるんだよ! 」
もう、何も聞く気がなかった。自分も、もう1人の自分も、そんなことをするために今まで頑張ってきたのではない。
シュバは逃げるように実家を飛び出し、ターレンへ戻るのだった。
同国、国防省
南部方面軍を管轄する部署では、魔虫戦役後の戦力補填に頭を痛めていた。
「補充が間に合いません。ジアゾ戦への戦力抽出なんて、とてもできる状態じゃありませんよ。」
「そこを何とかするのが、俺達の仕事だ。もう一度確認しなおそう。」
魔虫の侵攻部隊と対峙した北部方面軍の被害も大きく、ジアゾ戦への戦力が予定通りに集まらない状態となっており、国防省は代わりの戦力を探していた。
「ん? この兵士は何故退役届けを出したんだ? 」
「あ~、精神疾患を隠して入隊していたんですよ。全く、南部の人事管理はずさんでずさんで。」
書類を見つけた職員は南部軍区の人機模擬戦で、その顔と名前に見覚えがあった。
「退役届けは受け取り拒否だ。この兵士は人機のエースパイロットだぞ。使わない手は無い。」
「えっ? それは規定違反です。それに、精神異常者を軍に置くなんて・・・」
「そこは私の権限で何とでもなる。若い君にはまだ分からないだろうが、英雄や勇者、精鋭といった者達の多くが何かしらの精神疾患を抱えているのが現状さ。」
シュバは失意のままターレンへ戻ったが、彼を待っていたものは首都防衛隊への異動通知であり、その異動先こそ死者の国への第1次上陸部隊であった。
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