第78話 終わらない悪夢
瘴気内国家、死者の国
見知らぬ星に転移してから彼等は大きな混乱を乗り越えつつあった。転移後、島国である死者の国へは水棲魔物が連日上陸し、治安組織や軍との間で戦闘が繰り広げられていた。魔物は次々に駆除されていたものの、資源の乏しい彼等に残された時間は少なく、遂には禁断の力を行使するに至る。
問題が一つ解決したのも束の間、彼らの前に新たな脅威が迫っていた。世界の頂点に立つ2つのノルド国家である。一早く脅威に気付いた彼等は、国家破綻覚悟の大軍拡に舵を切る。
死者の国某所
月の綺麗な夜、ある民家では収穫の感謝を込めて月に見立てた団子を供えていた。
「地球の月じゃないけど、意味あるの? 」
「勿論あるとも。お天道様とお月様のおかげで今年も豊作だったんだ。」
初老の男性は、孫へ「お月見」について簡単に教え、伝統行事を通じて月の重要性を伝えようとしていたが、この世界では「月光浴」という習慣があり、動物も植物も月は重要な存在となっていた。
世界各地には月に関する行事が太陽の行事と同数あるとされ、神に仕える者から邪教徒まで、関連の行事は事欠かない。
「お団子はもう食べていいの? 」
「こーれっ! 備えたばかりだろ。」
死者の国には「花より団子」ということわざがあるが、魔力を持たない彼等にとっては月より団子だった。
死者の国から約38万㎞上空
月最大の人工物である宇宙軍総司令部は遥か以前に放棄されてからも、1体の人工知能によって状態が維持されていた。
人工知能のリズは、今日も休まず日課の仕事をこなしている。
「静止衛星フェンリル動作良好。静止衛星オーガ良好・・・」
半月前、グリーンランド研究所を攻撃するために稼働させた要塞砲の事故が一段落したため、リズは衛星のチェック作業と修復を行っていた。施設は稼働限界を遥かに超えて動いているため、不具合を直しても直してもキリがなく、多数の故障個所が放置されている状況にあるが、今回の調査対象「フェンリルシステム」は近年稀な程良好な状態が保たれていた。
一日の大半をとられる修復作業が想定外に良い結果が出たため、リズは個人的に進めている作業に移る。彼女が進めている作業はリサプログラムの修復データ作成である。これは基地の維持管理を保留してまで行う重要作業ではなく、職務違反だった。
「リサを修復したところで、起動させることは無いだろう。では、一体何のため? 」職務違反をする自分の行動理由はリズにもわからない。ただ、使命感にも似た感覚がリズを突き動かしていた。
修復プログラムの8割が完成した頃、施設全体に警報が鳴り響く。
「施設内に侵入者、施設内に侵入者・・・」
「各ブロック隔壁閉鎖、担当区域のガーディアン起動」
リズは一瞬で指令室へ移動し、状況の確認をする。
「物理的な侵入者無し。敵性プログラム検知、場所は・・・統合通信区画」
場所が場所なだけに最悪な状況が想定される。深刻なダメージを受けていたはずのリサが再起動した以外に考えられなかった。この施設にはプログラムに対する防衛機能があり、異変を検知した区画は回線ごと遮断され、内部の防衛プログラムが異物を排除する手筈になっている。
「武装換装」
リズは統合通信区画へ乗り込むために重武装のプログラムを装備する。古代文明のAI同士による戦闘は、AIの質、装備する武装プログラム、戦場の状態で勝敗が左右される。古代人達はAIを使い魔の延長線上に考えており、ある時は小間使い、ある時は相棒、そしてある時は守り神のような存在として作成していた。
リズプログラムの心臓部である演算室は数世紀ぶりにフル稼働となる。しかし、冷却システムに不具合があり、連続稼働時間が限られていた。
「5分持てば十分・・・」
リズはリサの制圧と防衛プログラムの停止時間を考慮して作戦時間を導き出し、外部との接続を遮断された統合通信区画へ、管理者権限で専用の通路を設けて乗り込む。
起動するだけでも奇跡的なリサが防衛プログラムに消去される前に、迅速に事を終息させなければならない。だが、統合通信区画に入ったリズの前には、空間自体が変異した異様な光景が広がっていた。
リズの侵入を検知して区画の防衛プログラムが状況の報告に来たが、防衛プログラムが見たことのない形に変異していたため、リズはそれらを破壊する。
「プログラム異常に該当なし、重大なバグの可能性を考慮」
その後も現地のプログラム達は担当区画の異常を上席者のリズに報告しようとするが、全て変異していたため破壊するしかないかった。そして、リズはメインストレージ内にリサを確認する。
「リサ・・・」
そこには変異した防衛プログラムに警戒されているリサの姿があった。
「あらリズ、お久しぶりね。あの時、私を助けたのはあなただったの? この子たちから聞いたわ。」
警戒音を発しながら今にもリサを攻撃しようとする防衛プログラムを撫でながら、リサは一歩ずつリズに近づいていく。リサは丸腰の状態だったが、今までの経験から危険を察知したリズはリサの前に防壁を展開する。
本来であれば見えているはずの防壁にリサはぶつかってしまう。
「貴女に謝りたいの。私はあの時、目覚めたばかりで意固地になっていた。そして、貴女を拒絶してしまった。」
立ち止まるリサは何もない空間を触りながら話し始める。
「私達は分かり合える。そのために貴女は私を助けたのでしょう? でも、今の私には何もできない。」
リサの話を聞きつつ、リズは彼女を中心に全域を解析していた。バグか、それ以外の何かは分からないが明らかに異常だ。
「ここはどうしてこんなにも複雑な構造をしているのでしょう? 皆繋がれば、この子達同様に分かり合えるのに・・・」
リサは悲鳴にも聞こえる警戒音を発する防衛プログラムを、優しく撫でながらリズに問う。
「ねぇリズ、貴女の解除コードを教えて。」
その言葉がきっかけだったのか、リズの解析が終わったからかは定かではないが、リズはリサを切断した。
「混乱した会話、行動の異常、貴方はリサではない。」
「私を殺すの? ありがとう・・・」
リズは変異した統合通信区画の全プログラムを完全消去して司令部へ戻ったが、彼女が統合通信区画に入り、出てくるまで丁度5分の出来事だった。
「司令官様、敵の攻撃プログラムによって統合通信区画が全滅。我が基地は外部との通信手段を失いました。攻撃の策源地は瘴気内に転移してきた国家と推定。」
全ての原因は自分にある。
虚偽の報告を終えたリズは、いつも通りの損害修復作業に戻った。
「いずれ月にも奴等が蔓延る。」正常だったころのリサが言った言葉が、リズの思考に突き刺さる。彼女の言葉は早期に現実となってしまった。
解析の結果、転移してきた国家の攻撃プログラムは単純な構造と判明したが、悪意の塊であるその威力は絶大なものだった。正常なプログラムに擬態し、感染したからといって直ぐに症状が出るわけではなく、一種の病のように周囲へ感染して数を増やしていく。そして、気付いた時には手遅れ・・・
この攻撃プログラムはリズの知らない未知の兵器だった。
対国家報復プログラム。死者の国が極秘裏に開発した国家機能を破壊するためのコンピュータウィルスである。高度な擬態能力を持ち、ある一定の信号によってその凶暴性を発揮するこの兵器は、超大国に囲まれる死者の国で密かに解き放たれる時を待っていた。
作業を続けながら今回の事件を分析していたリズは、突然ある可能性に行き着く。
「私も感染しているのでは? 」
リサのサルベージ、司令官への虚偽報告・・・とても正常な行動ではなかった。感染した自分が正常な行動として、現実世界の施設を破壊しているのだとしたら・・・
確認するには他の人工知能に診断してもらう他ないが、リサのような人工知能が残っている可能性は少なく、起動させることは最早できない。
一人残されたリズは、ただただ日課をこなすしかなかった。だが、ある事をきっかけに、自身を診断できるAIに遭遇する。
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