第77話 進化論の悪夢 終わりの始まり その7

グリーンランド研究所

 建設当時のグリーンランド研究所では、文明の発達や神竜によって荒れ地や砂漠などの不毛の地となった土地の再生を目標に、融合魔法によって生み出された「虫」による土地改良の研究が行われていた。用途別に大小様々な虫が作られ、最終的に虫達を一括で管理する虫が開発される。

 研究は一定の成果を出したものの、費用対効果の悪さが改善されずに研究は凍結され、開発された虫達は大半が処分となり、少数が今後の研究材料として保管されることとなる。


 現在、砂漠に埋もれた研究所はアーノルド軍の精鋭によって完全に包囲されていた。


「本隊だけでなく、ベルピニャンとの通信も未だに不通です。」

「この魔力嵐では空軍を使えません。」

「全て上手く行くとは限らんか。仕方あるまい、定時になったら我らだけで作戦を開始する。」


 攻略部隊の本陣では、予定外の魔力嵐に空軍抜きでの作戦決行を決定する。この作戦は計画段階で地上部隊だけでも攻略可能な戦力を集めており、作戦の中止や延期の予定などはない。



グリーンランド研究所西方、獣王部隊待機地点

 研究所の西方では首都防衛隊所属の獣王部隊が展開している。獣王の装備は敵を欺くために全て統一されており、どの機体がフレアを装備しているかわからないようになっていた。


「俺は! お前が! うらやましい! 」


 首都防衛隊員のカラカルサバナは、同僚のワールウィンドウと短波通信で会話していた。

 カラカルサバナはヤママヤーと呼ばれる希少な猫系獣人である。大陸中央部の自然が豊富でモンスターとの生存競争が激しい「太古の森」の出身で、幼少期から過酷な環境を生き抜いてきた。彼は主にワイバーンを調教して各国へ輸出するモンスター使いの一族であったが、10歳で外の世界にあこがれて故郷を飛び出し、今では古代兵器の獣王を自在に乗り回していた。


「こんな美味い役をどうやって掴んだんだ? 」

「最初から決まっていたことだ。正規隊員ではなく、使い捨ての軍人上がりだからだろう。」


 最初軽くあしらっていたワールウィンドウだったが、しつこく喋ってくるカラカルに自身の見解を言う。


「はぁ? 使い捨てなのは何処も同じだろ。俺達が一般兵と違うのは、必ず作戦を成功させて生還するってことだぜ。」


 カラカルは「作戦が終わったら英雄って呼ばれるんだろうな~」などと言っているが、ワールウィンドウは嫌気がさしていた。自分は名誉のために命をかけて作戦を成功させようとしているのに・・・やはり軍と首都防衛隊とでは雰囲気が大きく違い、未だに馴れない。


 ワールウィンドウとカラカルが会話している一方、研究所北方にはワールウィンドウ機を超望遠装置で監視している1機の人機がいた。特殊遊撃隊のリュクスは、ワールウィンドウがフレア担当として選ばれてから、自身の特権を使って攻略作戦に参加していた。

 リュクスの参加は余りにも急なことで、特殊遊撃隊という人機1機のみの部隊が急遽編成され、北部から攻撃を行う部隊に組み込まれていた。これは、リュクスの搭乗機体が4型と呼ばれる超高性能人機であり、過去の功績から「単騎でも問題ない」という勇者と同格の扱いを受けていたからこそ実現した特例参戦である。


「過去の清算。いや、贖罪はしなければならない・・・永遠に・・・」


 人機の内部でリュクスは普段とは全く違った表情を浮かべ、フレアの起動スイッチを傍らにワールウィンドウ機を見ていた。


 作戦開始時刻と同時に準備砲撃が開始される。

 まるで砂漠を耕すような強烈な砲撃を受けて、砂の下に潜んで奇襲のチャンスをうかがっていた魔虫達は地上に出ることなく殲滅されていく。攻略部隊はキレナ国や即応した南部方面軍の戦訓から、入念な準備砲撃の後に部隊投入させていた。

 東西南北、あらゆる方向から侵攻してくるアーノルド軍に対し、研究所内の魔虫達は何の作戦も無しに唯々敵に向かっていった。そして、圧倒的戦力の前に為す術も無く殲滅されていく・・・魔虫の反撃も空しく、突入部隊は予定通り研究所に突入するのだった。


 戦闘には一種の流れというものがある。大規模な戦力が小戦力の攻略にてこずる、または小戦力に負ける、あるいはそのまま大戦力が小戦力を蹂躙する。グリーンランド研究所攻略作戦は後者であり、ごく一部を除いて最初から最後までアーノルド軍が圧倒する結果となった。

 作戦は順調そのものであり、攪乱のための突入各部隊は既定の場所で暴れまわって周辺の魔虫をくぎ付けにし、フレアを持ったワールウィンドウ機をカラカル機が最下層の搬入エレベーターまで護衛し、ワールウィンドウ機が最下層に行っている間、カラカル機は搬入路の防衛に当たった。

 アーノルド国内で発生した決戦に勝利したことで、既に敵戦力は底が見えており、獣王が最下層まで到達できれば作戦は成功と考えられていた。しかし、これはフレアの遠隔起動スイッチが機能することが大前提のものであり、作戦司令部は予想外に強力な魔力嵐でスイッチを押してもフレアが起動しない事に大騒ぎとなる。そして、最下層に降りたワールウィンドウは孵化場手前で予想外の相手と対峙していた。



「ふぅ、ふっ、はぁ・・・」


 意識が遠くなる。体が言うことを聞かない。そして、血が止まらない。

 ワールウィンドウは動かなくなった獣王のコクピット内で切り刻まれていた・・・


 作戦は誰もが成功を確信していた。戦争が始まる前から魔虫のデータはとっていたし、魔虫研究の専門家チームが出した戦況予想はことごとく当たっていた。そして、魔虫の戦力分析も完璧にできていたはずだった。だが、ワールウィンドウは今まで自分が慢心していた事を、最後の最後で思い知ることになる。


 最下層、孵化場前に立ちはだかるΩ型魔虫2匹。

 敵は最後の最後に特大の悪夢をサプライズとして用意していた・・・


 ワールウィンドウにできることは、誰かがフレアを起動してフレアが発現するまで時間を稼ぐことであった。敵の攻撃を避け、2匹の連携タイミングをずらす為に攻撃を行い、出来る限り大きなダメージを受けないように心掛ける。しかし、Ω型2匹を前に、長くは持たなかった。致命傷を回避しても少しずつダメージは蓄積されてゆき、機体性能はどんどん低下ていく。最終的に自身の反応速度も機体も保たなくなった時点でΩの攻撃が直撃し、後はされるがままだった。


 ワールウィンドウの獣王は2匹のΩ型魔虫から何度も鎌で刻まれ、機能は停止寸前である。だが、彼は最後の時まで諦めずコクピットへの攻撃を紙一重でかわしていた。


「治療を・・・」


 コクピットへの1撃を、自身の体を動かして何とか回避する。しかし、鎌に接触した右腕は動かなくなってしまう。ワールウィンドウは常備している高級ポーションを左手で取ろうとしたが、医療品ボックス自体が失われている事を彼は認識できないまでに消耗していた。


「敵の、攻撃の合間に、回復を・・・敵の、動きを見て・・・」


 薄れていく意識の中でもワールウィンドウの戦いは終わっていなかった。しかし状況は一変し、Ω型魔虫の2匹は獣王への攻撃を止め、新たに搬入エレベータから現れた敵と対峙していた。


 最下層に降りたリュクスは、重厚なシャッターが開くと同時に状況を理解する。同時にΩ達も敵の存在に気付くのだが、異様な雰囲気を纏った敵を前に迂闊に動けない。

 リュクスは直ぐに攻撃準備に入り、人機4型の肩から背中にかけて折りたたまれているキャノンのような武器を展開する。既にエレベーターを降りている段階でこの兵器の魔力はチャージ済みであり、展開開始から3秒足らずで射撃に移る。


トールキャノン

 旧名トールハンマーは、人機4型のみ使用可能な準超兵器である。要塞や戦艦、Ω型魔虫など、魔法防御性能が飛躍的に高まった時代、あらゆる攻撃兵器の威力が不足する事態となっていた。この事態を変えるべく、古代文明は魔法攻撃以外の兵器を研究し始める。

 トールキャノンの原理は膨大な魔力に電力に変換し、実体弾を電磁誘導の加速によって撃ち出すというものである。強大な魔導機関に補助機関を併用することで得られる高出力、高いセラミック形成技術と自動修復機能を持つ銃身によって実現したこの兵器は、地球ではレールガンと呼ばれる次世代兵器であった。


 クリード系兵器の射撃音とは異なる、独特の発射音が響くと同時に、獣王に近いΩ型魔虫の頭部が抉られるように消滅する。

 生き残り、何が起きたのか状況が理解出来ないΩ型魔虫に対し、トールキャノンを捨てたリュクス機は高速で距離を詰めながら切りかかる。Ω型魔虫は初めて見る敵に迎撃の姿勢をとるが、相手の動きはΩ型ですら捉えることが困難だった。


 邪魔な荷物を捨てて身軽になったリュクスは、レーザーソードを展開してΩ型魔虫に切りかかる。対するΩ型魔虫は両手の鎌を構えて迎え撃つ。今までの戦闘データから二刀流に対処できるのは獣王のみであり、Ω型は必中の斬撃を繰り出した。はずだった・・・



「うぅぅ・・・はぁっ! 」


 ワールウィンドウは意識を回復すると同時に飛び起きる。


「動くな、邪魔だ。」

「りゅ、リュクス将軍、なぜ。ここは? 」

「お前がいるのは俺の機体の中だ。」


 狭い人機のコクピット内に、ガタイの良いワールウィンドウが空きペースに無理やり詰め込まれる形で乗せられていた。勿論のことだが、人機に2人乗ることは設計段階から想定されていない。


「今はフレアを起動させて退避の途中だ、と言ってももう外だがな。」

「自分はあの時・・・怪我がない・・・? 」

「あまり動かすな。俺の回復魔法でも直ぐには治らん。」


 ワールウィンドウは、神経まで切断されていたはずの右腕が動かせることで、リュクスの噂を思い出す。

 曰く、最古参のハイエルフ。曰く、その回復魔法は失った手足も再生させる。ただの戦場伝説とばかり思っていたが、噂は真実だったようだ。


「申し訳ありません、自分は、」

「今は作戦中だ。弁解は戦後に何時間でもさせてやる。」

「申し訳ありません・・・」


 作戦に参加した全部隊が退避完了した後、グリーンランド研究所最下層でフレアが発現し、天を貫く巨大な火柱によってあらゆるものが焼き尽くされる。


 ここに、キレナ国で発生した魔虫の大発生は終息した。




月、宇宙軍総司令部

 総司令部の人工知能リズは、グリーンランド研究所の消滅をリアルタイムで確認していた。彼女は関連施設の記録をとることも重要な仕事である。しかし、今回は独自判断で特殊な作業を行っていた。


「サルベージ61%、データ損傷30% リサシステムの修復は可能・・・」


 リズはグリーンランド研究所の人工知能「リサシステム」を戦闘の混乱を利用して掌握し、サルベージしていた。サルベージは難しい作業であったが、統合通信区画に無理をしてストレージを確保した甲斐もあって成功する。リサシステムは停止してあり、今は修復の予定を立てているところであった。


「深刻なプロトコール違反・・・」


 一体自分は何をしているのだろうか? 自分でもわからずにとってしまった行動に、リズは答えを出せない。



瘴気内、死者の国、サイバー防衛隊

 科学文明のジアゾ合衆国にすら無い高度な電子機器に囲まれている部屋では、重要な作業が行われようとしていた。


「月のホストコンピューターに繋がりました。いつでもいけますが、本当に宜しいのですか? 」

「やってください。国家の安全に関わることです。」

「わかりました。」


 電子端末を操作しながら、兵士は遠く離れた月に強力な病原菌を撒くのであった・・・

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