第76話 進化論の悪夢 終わりの始まり その6

港湾都市「アーヴル」

 キレナ国最大の港湾施設と古代遺跡の研究所が存在するアーヴルは、魔虫の首都襲撃を機に首都機能を移転されつつあったが・・・。

 魔虫の最終拠点を破壊するべく、アーノルド国軍の大規模な攻略部隊が駐留していたのだが、攻略部隊が出発して手薄になったところを魔虫の大部隊に襲撃されていた。


「D-4区画に敵侵入! 」

「G-2防衛部隊が突破されたぞ。」

「艦の護衛にもっと部隊をよこすように伝えろ! 」


 超大型飛行輸送艦「メガベース」の艦橋で、軍幹部達が慌ただしく指示を出していた。


「アーヴル全域で戦闘が発生しているため、援軍は何処も出せないとのことです。」

「出し惜しみなしだ! 全て出せ! 」

「既に艦内の全部隊に出撃命令は出しています。これが全てです。」

「えぇぇい、いなければ俺が出る。」


 頭に血が上って出撃しようとする将軍を周りの兵士が押さえつける。メガベースだけでなく、アーヴル全体が混乱していた。



アーヴル近郊、首都防衛隊陣地

 港湾都市全体が混乱している中、派遣された首都防衛隊は圧倒的な統率力と練度で魔虫の攻撃を物ともせず撃退し続けていた。


「Ω以外全ての魔虫がいるな。」

「特に飛行型が多い。温存していた戦力をここで投入したか・・・」

「通信は今だに回復せず・・・この通信異常は敵の攻撃で確定ですね。」


 首都防衛隊の隊員は戦闘を行いつつ全体の把握を行っていく。そこへ、C大型魔虫10体が他の魔虫達を引き連れて輸送艦「ブルーテトラ」に向かってきた。

 展開しているケルベロス各隊は防衛線を構築することも無く魔虫の群れに突撃していき、C大型魔虫の目の前で左右に素早くわかれて両サイドから攻撃を加え、瞬く間に殲滅する。


「正面は堅いが、図体だけの雑魚だな・・・」

「殲滅確認。次、3時方向、数60。」


 各隊が連携して敵の殲滅を行っている中、シャイングは犬系獣人である従者と人機3型で攻撃目標へ向かっていた。シャイングは黒猫の獣人であり、猫系獣人は一般的に犬系の獣人とは相性が悪いのだが、2人は昔から特別な関係にある。


「4時方向500m、γ型8! 」


 シャイングは従者の完璧なサポートによって優先順位を決めて敵を撃破していき、従者も正規兵顔負けの戦果をあげていく。


「メガベースに敵が侵入したそうです。支援に向かった方が良いのでは? 」

「あそこは戦力が集中している、混乱から回復すれば反撃が始まるはずだ。それよりも郊外から都市へ侵入する群れの攻撃を優先する。」

「かしこまりました。」


 シャイングは従者に指示を出しつつ自分達に出来る最善の行動を行うのだった。



アーヴル湾

 港では多くの船が民間人を乗せて脱出を計っており、そこへγ型魔虫が襲いかかって地上戦力と海軍戦力が連携もままならずに迎撃する、混沌とした状況になっていた。


「落としても落としてもきりが無い! 」

「あの民間船に奴らが群がっているぞ! 」

「近接防御兵器起動! 」


 キレナ国の古代兵器艦が民間船に群がるγ型魔虫に向けて無数の光弾を発射する。


「馬鹿野郎! 船までハチの巣じゃねぇか! 」


 飛行型であるγ型魔虫は戦争開始から今まで投入されずに温存されていた。この魔虫は運用方法が特殊であるために出番が無かったのだが、既に運用方法など関係なくなってしまった現状に、全てのγ型魔虫が投入されていた。


「飛行型、更に増大! 数、7百、8百、せ、千を超えています。」

「全艦戦闘準備完了しました。」

「総員狼狽えるな! この時のために我らキレナ海軍があるのだ。日ごろの成果を全て出し切り、敵を殲滅せよ! 」


 古代兵器艦とリンク可能な戦艦「南風」の艦橋で、レーダー員と艦長の報告を受けた提督は下命する。

 提督は力強く命令を下したが、内心は不安でしかなかった。海軍力は国力がダイレクトに響くため、先進国でないキレナ国は大した戦力を持っていなかった。

 古代兵器艦4隻に通常兵器艦の戦艦4、巡洋艦4、クリード系ライフルとマシンガンで武装しただけの小型戦闘艦30が海軍の全戦力だった。



 海上での戦闘開始から3時間、γ型魔虫は主に艦船へ攻撃を集中していた。既にキレナ国海軍は戦闘能力を失っており、魔虫は地上攻撃より安全に多くの戦果を出せる海上目標への攻撃を優先し始めていた。

 キレナ海軍は古代兵器を主軸に戦艦と巡洋艦を前面に出した戦術をとっている。古代兵器の追尾光子弾や主砲は魔虫を1撃必中で落とし、攻撃を抜けてきても近接防御兵器が接近した魔虫をハチの巣にする。更に、古代兵器艦の周囲を小型通常艦で守ることで輪形陣を形成して空からの脅威に対抗していたのだが、圧倒的な魔虫の数に追尾光子弾と主砲の迎撃が間に合わなくなり、近接防御兵器も処理の限界を超えて魔虫が船体に取り付き始める。

 船体に取り付いた魔虫は高魔力を発するレーダーや射撃管制装置を狙って破壊し、全ての古代兵器艦はその能力を著しく喪失してしまう。古代兵器のような高度な射撃装置を持たない通常艦は空を自在に飛ぶ脅威に対してあまりにも無力であり、各艦はγ型魔虫のブレードによって切り刻まれていった。


「戦艦「北風」戦闘不能! 」

「小型艦全滅! 」

「戦艦「西風」が巡洋艦に衝突! 」


 悲劇的な報告にも提督は動じなかった。

 戦闘は彼の予想どおりに進んでいた・・・


「最早、これまでか・・・」


 提督は総員に白兵戦の準備を命令しようとした時、魔虫が思いがけない行動に出る。艦に群がっていた魔虫が北北西に向かって移動を開始したのだ。そして、飛行している魔虫の群れにいくつもの爆炎が現れる。


「国籍不明なるも、北方から増援です。」

「数、戦艦2、巡洋艦8、中型艦12、古代兵器艦無し。」

「どこの国かわからないが助かった。この機を逃すな! 艦隊集結、各艦は白兵戦用意! 」


 通信機が使えないものの、まだ生きている古代兵器艦の水上レーダーから得られた情報を受け、キレナ艦隊は立て直しに入る。


 γ型魔虫は新たに現れた「獲物」目がけて飛行していた。先の戦闘によって多少の艦隊では群れの敵ではないと判明し、数で押して艦に取り付く戦法をとろうとした。しかし、今回の「獲物」はキレナ海軍のようにはいかなかった。


 群れの密集地点に特大の爆発が起き、多くの魔虫が巻き込まれる。更に小型砲の砲撃ですら高い命中性能を発揮し、魔虫達は次々に落とされていく。


「対空主砲弾命中。」

「各艦は対空戦闘を開始。」

「レーダー連動砲動作良好。」


 ラッド王国海軍第1艦隊はキレナ国海軍を援護するため、魔虫を倒しつつアーヴル湾へ向かっていた。


「敵の大規模な航空戦力が確認されました。敵の戦闘能力からしてアーヴル湾への突入は危険です。」

「ここまで来て引き返せというのか。」

「我が艦隊の実力では対処能力を超え、大損害を被るのは確実なのです。」


 旗艦「ガイガー」では、提督が総司令官であるブラド王子に戦闘予想を伝える。ラッド王国海軍は古代兵器艦を保有していない代わりにジアゾ合衆国から高性能兵器を輸入しており、古代兵器艦に迫る対空能力を得ていた。しかし、この能力をもってしても旗色は良くない状況であった。


「否! 断じて否! ラッド王国軍に退却の文字は無い! 我々は隣国を救うために来たのだ。彼らの目の前まで来て引き返すなど、後世への消えぬ汚点となろう。」


 ブラド王子は敗北覚悟で戦闘の継続を指示する。ノルドの王族たるもの「増援に来たが、敵が強いので帰ります」などとは絶対に言わないのである。


「これぞノルドの王族、素晴らしいお覚悟です。我等一同、地獄の底までお供します。」


 提督は現状を伝え、王子に指示を仰いだと同時に王族としての覚悟を見ていた。実際の戦場でブラド王子が王族に相応しい人物であると確信した軍人達は、王子を最高司令官と認識する。

 彼等は勝ち目の薄い戦いと分かってからも、最初から「逃げる」という選択肢を持たなかった。


「敵接近! 特殊対空砲弾用意。」

「特殊砲弾は撃ち尽くして構わない。1機でも多くの敵を落とすのだ! 」


 特殊対空砲弾はジアゾから例外的に輸入を認めてもらった最新の科学兵器である。地球では「VT信管搭載砲弾」とも言われる特殊砲弾は、飛行する魔虫に対して絶大な効果を発揮する。輪形陣、高性能レーダー、レーダー連動砲、特殊対空砲弾と高い練度によって、ラッド王国軍は魔虫の猛攻を辛うじてさばいていた。だが・・・


「シーベルトカウンター落伍! 」


 敵の圧倒的な数の暴力を前に被害が続発し、少しずつ戦力が削り取られていく・・・


「戦艦エンカウンターが・・・前方から敵接近! 」


 被害状況を伝えようとした報告員は、対空防御網を突破して艦橋に迫る魔虫を見て叫ぶ。魔虫は被弾しつつもガイガーの艦橋に取り付き、ブレードを突き立てた。


「うぉぉぉぉおぉぉ! 」


 王子や提督、艦橋にいる者は手近に配備していた武器ですぐさま魔虫を攻撃する。ジアゾ製8㎜ライフルや装甲歩兵用の15㎜ライフルを生身で撃つ者もおり、防御力の低いγ型魔虫は短時間で機能を停止した。


「お怪我は! 」

「私に怪我はない、被害状況と艦隊の状況を報告しろ! 」


 王子はガラス片で切り傷を負うも、構わず指揮を出し続けて周囲の軍人も直ぐに持ち場へ戻る。ラッド王国軍は被害が大きくなっても士気を失わずに戦闘を続けていたが、アーヴル湾を目前にして限界を迎えてしまう。

 魔虫の攻撃によってラッド王国艦隊は戦闘不能に陥り、装甲歩兵が艦内から敵を迎撃するしか出来なくなっていた。


「ここまでか、各艦へ連絡。装甲歩兵の残弾が無くなるまで甲板に出ることを禁ずる。」


 各艦の乗組員は全て艦中央に移動し、敵の攻撃から身を守りつつ隙間から攻撃を加えている。


「通信はまだ繋がらないのか? 」

「科学通信は生きていますが、応答なし。魔導通信は不通。」

「空軍が呼べれば奴らなど一掃できるのに・・・」


 自国の空軍はジアゾ製だけあって、魔力嵐の中でも飛行可能である。しかし、魔虫討伐連合に入っていない状態で他国の領空を飛行することは極めて危険な行為であり、空軍は自国領土ギリギリの地点で待機させている。国同士、部隊同士で連絡が取れ、連携できれば解決するのだが、通信を遮断されたことで最大戦力を投入できないでいた。



「一方送信、これよりハデスは援護に入る。」


 魔導通信機に高出力の通信が入ったと同時に、飛行している敵が広範囲で消滅する。

 アーヴル湾の沖に到着したハデスは、遠距離攻撃を行い友軍艦隊上空の敵を排除しつつ湾への突入をはかろうとていた。


「一次攻撃32機撃墜、続く二次攻撃で32機撃墜確認、全弾命中。」

「対空主砲弾着弾確認、敵20機撃墜。」

「主砲は対空攻撃モードを維持、追尾光子弾同様、準備出来次第攻撃開始。」


 敵の航空戦力は後方から増援が到着し、千機以上の大部隊が維持されているものの、ハデスCICで艦長のフィロスは冷静に命令を下す。


「艦内通達、制限全解除。全力攻撃を実施する。」

「艦長! お待ちください、議会の承認が得られていません。命令は無効です。」


 フィロス艦長の全力攻撃命令に、議会から派遣された超兵器監視委員が命令の無効を宣言する。超兵器はその性能から国すら容易く滅ぼせる一方、それに見合った極悪な燃費性能を持っていた。ハデスの全力攻撃は僅か30分でも先進国1年分の魔石を消耗するため、議会承認なしには実行できない手筈になっている。


「今戦闘はハデスの初陣です。私はハデスの損傷を絶対に回避するよう、国の最高機関から厳命を受けています。そして、委員会のやり方で艦が損傷した場合でも艦長である私が責任を持っています。」

「だからと言って議会を無視するのは重罪ですよ。」

「責任を持たぬ者が口を出すな! と、言うことですよ。委員を部屋までお連れしろ。」


「はっ! 」


 フィロスの命令によって監視委員は軟禁される。


「艦長グッジョブ! 」

「ふぅー、うるさいのがいなくなってせいせいしたよ。」

「第2ランチャー準備完了、全弾発射! 」

「敵、副砲の射程に入った! 攻撃開始。」


 今まで堅苦しかったCIC内部に「平和」が戻り、各隊員は自身の能力をいかんなく発揮する場が整えられた。


「全力射撃だってよ。」

「ハデスに乗って1年経たずに実戦とかヤバいぜ。」


 第4ランチャーに配備されているダニエルは、同僚と共に追尾光子弾の製造と運搬を行っていた。と言っても作業は全自動で行われるため、不具合が起きないように注意深く装置を監視しているのが任務であり、他の艦の水兵に比べれば随分楽な任務である。しかし、不具合によって装置が止まってしまえば人間が追尾光子弾を製造して、ランチャーまで人力で運ぶ地獄が待っているので、装置の監視は重要な任務であった。


「第2の連中、もう装填完了だってよ。」

「どんな裏技使ったんだ? 」

「くそっ、奴ら規定速度以上で装置を動かしてやがる。こっちもマキで行くぞ! 」

「くれぐれも故障は起こすなよ。」


 追尾光子弾の発射速度は艦の戦力に直結する。他の部署に劣ればそれだけ評価に影響するため、水兵達はライバルに負けじと作業に励むのであった。


「機関出力制限解除。」

「シールド制限解除、レベル5防御スクリーン展開。」

「主砲チャージ制限解除完了、再発射まで26秒から5秒まで短縮。」

「全力攻撃開始! 」


 艦長の命令と同時にハデスの全力攻撃が開始された。今まで以上に攻撃が激しくなったハデスを前に、魔中はどんな群れでかかっても取り付く事さえできなくなる。遠距離では追尾光子弾と対空主砲弾に攻撃され、中距離では複数の副砲からの容赦ない砲撃を受け、近距離まで接近できた幸運な者は片舷4基の近接防御兵器から秒間1万発以上の光弾を受けてバラバラに粉砕されていった。


「前方に友軍艦艇視認、敵に取り付かれています。」

「出来る限り接近し、近接防御兵器による狙撃で1匹づつ排除せよ。」


 フィロス艦長は次々に発生する状況を的確に処理していく。


「艦長、あれはラッド王国の艦艇です。」

「この海域にはいないはず・・・救助して事情を聴きたいわ。」


 空を我が物顔で舞っていたγ型魔虫の群れはほぼ殲滅でき、地上の戦闘も終息に向かっていたため、フィロスはラッド王国軍と接触して連携をはかるために救助を命じる。


「狙撃とはいっても、船体に当てないで敵を排除するのは高難度だ・・・」


 高い撃墜率を誇る近接防御兵器だが、狙撃するための兵器ではない。手動操作で無理やり狙撃するため、砲術員は高い集中力を持ってトリガーを引かなければならない。その緊張の中、対象の艦から発光信号が送られてくる。


「対象艦から発光信号、「我ニ構ワズ攻撃ヲ実行セヨ、ラッド王国艦隊総司令官ブラド」」


「左舷、近接防御兵器斉射! 」


 すぐさま艦長は攻撃を指示する。


「了解! 攻撃開始! 」


 ハデスから発射された大量の光子弾がガイガーに容赦なく浴びせられ、取り付いていた魔虫達が一瞬で排除される。

 魔虫を完全に排除したことでガイガーから感謝の発行信号が送られ、彼等から現状報告を受けたハデスは強力な遠距離通信を行うことで、連合国軍とラッド王国軍の通信を取り次ぐことで、限定的ながら通信が回復するのであった。


 ハデスに救出されてアーヴル湾へ入ったラッド王国艦隊は、キレナ国艦隊と合流を果たす。ここで初めて、最初の増援がラッド王国と分かったキレナ国海軍は援軍の彼等を快く迎えるのであった。

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