第75話 進化論の悪夢 終わりの始まり その5

モルピアン防衛線

 防衛線には前線から後退してきた部隊が続々と集結しつつあった。


「戦闘可能な兵器は全て出せ! 整備兵も全員出撃だ。」


 エリアンは住人の避難を装甲歩兵とキレナ国軍に任せて防衛線まで来て指揮をとっていた。防衛線構築はドックミート隊の新兵が主で行われていたのだが、モルビアン駐留部隊は大半の物資と人員をC大型魔虫迎撃に使ったため、バリケードが数ヵ所あるだけで防衛線と呼べるものではない。エリアンは部隊配置を工夫する等して少しでも効率よく迎撃できるように最大限の努力をしていた。


「レインボートラウト到着、グレイフォックス隊が戻りました。」


 最前線で戦い続けたベテラン兵を乗せた飛行輸送艦が到着し、疲弊した部隊は直ぐに整備と休憩に入り、エリアンはカサラギに現状を報告して今後の作戦を伝える。


「飛行輸送艦1隻に住民を乗せて北へ退避させ、もう1隻は我々が撤退するために使います。今は避難が遅れた住民をアージへ収容しているところです。」


 カサラギは敵侵攻速度と避難の現状を把握して大まかな計算を行う。


「敵到達まで2時間、そこから30分持ちこたえれば何とかなるが、この戦力じゃ10分と持たないぞ。」

「先の戦闘を解析した結果、C大型の弱点が見つかりました。背中の頂上付近、この場所を追尾光子弾で破壊すれば1撃で倒せます。」


 エリアンは住人の避難と並行して魔虫の解析も行わせており、強大な防御力を誇るC大型魔虫の弱点を見つけていた。


「グレイフォックス隊は優秀なガンナーが多い、追尾光子弾による後方からの攻撃をお願いしたい。その間、ドックミート隊が前面に出ます。」


 エリアンの思い切った作戦をカサラギは否定し、グレイフォックス隊を前面に出そうと考えたが口に出すことはできなかった。長時間の戦闘で兵士も機体も限界をむかえていることをカサラギ自身承知していた。


「繰り上がりに何ができる。と言いたいところだが、君たち以外に戦力は無い。私も動ける部下を連れて前線に出よう、配置は・・・」

「どこまで効果があるかわかりませんが、街まで押し込まれたら最終手段を使います。」


 既に議論する時間は無く、各隊長の判断で部隊配置と作戦が行われていく。




モルピアン防衛線前衛

 モルピアンを守るために急ごしらえで造った防衛線ではドックミート隊15機の人機が配置されていた。


「敵がすぐそこまで来ている・・・」

「南部最強の部隊が攻撃したのに大してダメージ受けていない・・・俺達がどうにかできる相手じゃない。」

「こんなところで死にたくない。」


 主に警備や哨戒、治安維持が任務と言われ、戦況が安定している後方に配備された新兵達は、あまりにもかけ離れた現実に士気は下がり切っていた。


「な~に湿気た話してるんだ? 」

「新兵がそんな話をするのは早すぎだろ。」


 部隊内通信を傍受した第3部隊の面々が、新兵に軽口をたたきながら防衛線に到着する。


「敵は恐ろしくタフだが、先の戦闘で弱点が分かった。」

「今度はこっちの番だぜ。」


 サウ達は新兵達に敵の弱点を教えて、必要以上に恐れる相手ではない事を伝える。しかし、敵の戦闘力を身をもって知った第3部隊の面々は、新兵以上に不安を持っていた。軽口を言えるのは新兵の緊張をほぐすのと同時に、自分達へ向けたものでもある。


「司令部から各隊へ、これより作戦を伝える! 」


 エリアンの作戦はシンプルそのものだ。戦闘部隊は防衛線で敵を食い止め、残りの部隊で住人の避難を素早く行うというものである。


「新兵は敵を倒すことは考えなくていい。1発でも多く敵に攻撃を命中させろ。」


 防衛線の前列は敵の突進を出来るだけ抑えるのが役目だ。敵の動きが少しでも遅くなれば後列の狙撃部隊が急所を狙いやすくなり、それだけ撃破数が稼げるというものである。


「だとよ。とにかくお前たちは撃ちまくれってことだ。」

「引き時は俺達に従えばいい。簡単だろ? 」


「了解! 」

「りょ了解」


 最早逃げ道が無い新兵達は、下された命令によって否応なしに臨戦態勢へ入る。配置に着く新兵を片目に、サウは同期の重武装人機改1型に通信を入れた。


「エンティティ、敵に有効打を与えられるのはお前くらいだ。新人が危なくなったら援護してやってくれ。」

「わかってる。こんな所で後輩を死なせるわけにはいかないからね・・・最悪の場合、住人の避難が終わっていなくても街に後退する指示は頼んだよ。」

「優等生のエリアンには悪いが、俺達が生き残るのが最優先だ。」



2時間後・・・


「撃て! 」


 人機と輸送車両に搭載された無誘導光子弾が敵の群れに対して放たれる。しばらくして遠方で黒煙が幾つも立ち上り、最終防衛線での戦闘が開始された。

 爆煙の中を黒い点が続々と現れて防衛線に向かってくる。点は近づくにつれてどんどん大きくなり、守備隊の緊張は最高潮に達するのであった。


「まだ撃つなよ。追尾光子弾の着弾と同時攻撃だ。」

「はぁはぁ・・・」

「う、うぅ・・・」


 新兵達は緊張の中、ただジッと命令を待つ・・・


「追尾光子弾発射! 」


 新兵は後方からの一斉射撃にもつられずに、攻撃の合図を待てていた。兵学校、そして直前までの訓練が彼等に統率力を与えていたのだ。


「着弾確認! 」

「撃ち方始め! 」


 ドックミートとグレイフォックスの混成部隊は、迫りくる魔虫に対して総攻撃を開始する。



 エリアンは人機に乗って戦うのではなく、最前線の指揮車両内で指揮官として戦っていた。


「輸送艦への病院機能移設完了! 」

「良し、これで大きな時間短縮になった。」


 1番てこずっていた作業が終わり、エリアンは安堵の表情を浮かべる。住人の避難で1番時間がかかっているのが入院患者であった。自力で動ける者は良いのだが、治療を行いながら移動しなければ命に係わる者が中々動かせないでいたのだ。この作業が予想よりも早く終わったため脱出の時間が繰り上がりになり、それだけ前線への負担軽減となる。

 そして、良いことは立て続けに起こるものである。


「エリアン隊長! 科学通信です。」

「科学通信? まさか! 」

「そのまさかです。キレナの将軍が援軍を連れて来ました。」


 この通信はキレナ国軍の竜騎兵からもたらされたものである。国境を突破したラッド王国軍の竜騎兵がキレナ国軍竜騎兵に通信を入れることで、モルピアン防衛部隊とラッド王国の援軍両者が意思疎通できるようになったのだ。


「作戦変更だ。」

「え? 」

「前線のガサラキ隊長に通信! 」



 最前線では、あらゆるものを蹂躙しようと魔虫の群れが突進していたが、その頭上から追尾光子弾が急所目がけて降り注ぎ、次々と屍の山を作り上げていた。


「抜けてきたやつがいるぞ! 」

「頼む、死んでくれ。」


 追尾光子弾の雨を潜り抜けてきた魔虫は、人機部隊の集中攻撃を受けて1匹また1匹と撃破されていく。ドックミート隊は第4部隊の3機に第3部隊から隊長機1機を付けて1部隊として4個小隊と、第3部隊の4個小隊で編成されている。ドックミート隊の人機小隊の間にはグレイフォックス隊の人機小隊が配置され、半円の山型防衛線によって敵に対して均一な火力の投射が出来るようになっていた。

 現在、C大型魔虫の弱点を狙った攻撃は効力を発揮し、今までとは比べ物にならない程の撃破数を出して守り切れていた。しかし、これは敵の突出した前衛を捌けただけであり、最も密集した本隊の突進は防げるものではなかった。


「各隊へ、攻撃を継続しつつ陣形変更、谷型! 」


 戦闘を指揮するガサラキは、戦場の動きを見て山型から谷型へ陣形変更の指示を出す。


「B地点経由でCまで後退! 」

「新兵! ついてこいよ。」


 各隊は指示通り陣形の変更を行う。敵との距離、後方の追尾光子弾射撃を考慮した絶妙のタイミングにドックミート隊第3部隊の面々は舌を巻く。


「後輩共は問題無いな・・・ん? 何やってんだ! 」


 サウが各隊の確認をしていると、部隊が後退していく中、転倒したまま起き上がれない1機の人機を見つける。


「敵はすぐそこだ。」

「おいっ、早く立てよ! やばいぞ。」

「右足が動かないんだよ! 」


 転倒している人機はドックミート隊第4部隊の新兵であった。彼の乗る改1型には魔虫討伐戦争中に発覚した「脚部の異常停止」という欠陥が出ていた。そんな事とは考えていない新兵は自分の操縦ミスで立てないものとばかり思いこんでいたため、既定の復元操作をしても立てない事にパニックを起こしつつあった。


「機体から出ろ! 」

「た、たすけて! 」


 彼等の部隊は山型防衛線の頂上であったため、敵はすぐそこまで迫っていた。想定外のハプニングと敵の姿を間近に見て、新兵は完全にパニックを起こす。


「お前たちは援護射撃、俺が行く。」

「了解。」


 小隊長は機体を降りて新兵を引きずり出そうとするが、そんな悠長な時間は無かった。


「こっちくるなぁ! 」

「だ、だめだ。」


 C大型魔虫は2機の人機が攻撃したくらいではびくともせずに突進を続ける。サウが小隊を率いて到着した時には、敵との距離は既50mを切っていた。誰もが間に合わないと思った瞬間、3発の追尾光子弾が3体のC大型魔虫に直撃する。


「ブィー!」

「キャフィー」


 弱点を正確に破壊された魔虫は、甲高い断末魔を上げながら絶命する。サウが追尾光子弾の発射位置を確認すると・・・


「早く救出して! 」


 エンティティは更に2発の追尾光子弾を発射し、接近する2体を仕留める。


「エンティ、助かったぜ。」


 エンティティが作った僅かな時間で新兵は救出され、最前線で動けなくなった部隊は後退に成功するのであった。

 サウ達は大きく遅れながらも谷型陣形の谷底へ到着する。その後方ではサウ達を追って魔虫が迫っていたが、友軍の集中攻撃によって次々に倒されていた。


「全部隊、モルピアンに後退! 」

「はぁ? 」


 サウ達の到着を見てガサラキは全部隊に都市への後退を命じる。「住人の避難が終わるまで谷型陣形で都市を死守する」当初の作戦しか聞いていない者達はあっけにとられる。


「住人の避難は完了した。無理して守る必要は無くなった。」


 サウはグレイフォックス隊の兵士に言われて、初めて状況を把握する。どうやら、自分達が前線で醜態を晒している間に随分と事が進んでいたようだ。


「最終作戦を実行する。各隊は素早く都市北方に離脱せよ! 」


 住人のいない都市は防衛対象ではない。ガサラキは都市の北方へ地上部隊を離脱させるように指示を出す。

 作戦の開始前、整備兵や装甲歩兵、キレナ国軍は高さのある建物に爆発物を仕掛けていた。部隊は後退しつつ爆発物を起爆させ、倒壊した建物で道路を封鎖し、出来る限り敵の追撃を遅らせる。


「よーし、お前ら! 都市を抜けて北の砂漠に出れば輸送艦に乗って脱出だ。」


 サウは短波通信を使用して新兵各隊に通信する。しかし、その通信を聞いていたエリアンは全部隊に新たな命令を出す。


「サウ、北に輸送艦は無いぞ。全部隊は北の砂漠に出たら北西に転進だ。」

「どういうことだエリアン。俺達の輸送艦はどうした。」


 もう直ぐ戦闘の緊張から逃れられると思っていたサウは、口調を荒げてエリアンを問い詰める。


「輸送艦は北西30㎞地点に移動させた。そこにはキレナの将軍が呼んだ援軍が展開している。」


!?


「なるほどね、忙しいはずの司令官が部隊間の通信に割って入る余裕があるわけだ。」


 エンティティの的を得た発言にエリアンは新しい命令を出す。


「北西に援軍がいる。そこまで到着できれば生き残れるぞ! 搭乗兵器に異常がある者は直ぐに伝えろ。」


 エリアンは機体に不備がある者は機体を放棄して輸送車へ乗るように伝えた。

 敵の移動を遅らせる作戦が功を制し、モルピアン防衛部隊はこれ以上の戦闘を行うことなく援軍の展開地点まで撤退する事に成功するのであった。



モルピアン北西30㎞地点、ラッド王国軍展開地点

 砂漠にはラッド王国軍の科学兵器が広範囲に展開しており、南から南東方向にはC大型魔虫の死骸が至る所に散乱していた。

 ラッド王国軍と魔虫の戦闘は一方的な消化試合であった。モルピアン防衛部隊との戦闘で消耗していた魔虫は最終作戦によって都市に足止めされ、都市を迂回して追撃を行った群れと瓦礫を抜けて追撃した群れによって分かれ、攻撃は戦力の逐次投入となってしまう。

 ラッド王国軍は戦車と後方からの長距離砲によって、真っ直ぐにしか攻撃してこない魔中達を射撃訓練と同様の感覚で撃破していった。魔法攻撃に強大な耐性を持っているものの、物理の耐性が無いC大型にとって、ラッド王国軍の兵器は相性最悪の相手であり、75㎜徹甲弾はいとも簡単に巨体を貫き、122㎜りゅう弾砲によって粉砕されたのだ。


 ラッド王国軍展開地点の北方にドックミート隊とグレイフォックス隊は展開していた。彼等は輸送艦で撤退できる状態にあるが、未だに通信が回復しておらず、本隊に合流するべきか、避難民を護衛して本国へ向かった部隊を回収するかで意見が割れていた。


「本隊と合流するべきですが、本隊も攻撃を受けていた場合、戦闘は避けられません。」

「では本隊の支援を行うべきです。」

「我々に戦闘能力はもうない。」


 ドックミート隊とグレイフォックス隊は、既に戦闘を行える状態に無い。長期戦と兵器の消耗を考慮しなかった作戦を行い、主力兵器である人機で稼働している機体は数えるほどしかなく、補給物資も尽きかけていた。


「ここまで砂漠を移動しただけで多くの人機が故障して投棄されました。一旦、ターレンに戻る選択肢も視野に入れる必要があります。」

「情報も無しに動くのは危険だ。ここは・・・」



 長引く幹部会議の間に、ドックミート隊とグレイフォックス隊の隊員達は外に出ていた。自身の兵器が無くなってしまった兵士が多く、長期戦の疲れで寝ている者もいる中、好奇心が優った兵士達は初めて間近見る科学兵器に興味を持ち、中にはラッド王国軍の兵士と話している者もいる。


「科学兵器を生で見たのは初めてだ・・・鉄でできているのか? 」

「戦車って石油燃やして走るんだっけ? 火事にならないのかな・・・」

「被弾すれば燃えることもあるだろうが、それは人機も同じだろ? 」

「機関は4ストローク星型9気筒エンジンを載せている。」


 興味深く見るサウとエンティティの2人に、ラッド王国軍の戦車兵が喋りかける。


「ちょっ! そんなこと言っていいんですか。機関能力は機密じゃ・・・」

「この戦車は我が軍の最新兵器だが、元はジアゾの中古を8年かけて模倣したものだ。」

「とっくに性能は知れ渡っているのに隠す意味が無いのさ。誰もが知っている人機1型や2型の性能を隠す軍なんていないだろ? 」


 2人はラッド王国軍兵士の話しに納得しつつも複雑な心境になる。ラッド王国は魔石が採れないことから長年後進国だった。しかし、魔石をほとんど必要としない科学文明へ舵を切ってから後進国を脱しつつあり、現に自分達は彼等に救われていた。国家の歴史からすれば、ごく短期間で劇的な変貌を遂げることが出来るほど、科学の力は予想外に大きかったのだ。 

 目の前の戦車はコピーだが、研究を始めた段階で入手した戦車はジアゾ合衆国にとっては手放してもいい旧式だった。年々目覚ましい進歩を遂げている科学文明ジアゾ合衆国、彼等との戦争が避けられない現在、開戦時に自分達が対峙する兵器がどの様な進化をしてくるのかは、誰にも予想できなかった。



 モルビアン駐留キレナ国軍は連合国軍と離れた位置に陣を敷いて今後の行動を話し合っていた。


「将軍、この件は我々も出頭し・・・」

「責任はワシ1人でとる。今は1人でも多くの将兵が必要だ。」


 今まで戦火は交えなかったものの、国境線の争いで敵対していた国の軍を個人の判断で自国へ招き入れてしまった罪は重い。


「本部と連絡がとれないのは問題だな。これよりアーヴルへ連絡員を送って指示を仰ぐ。重要な任務だ、頼んだぞ。」




港湾都市アーヴル

 アーヴルは首都ベルピニャンの襲撃で一時的に首都機能が移転されていた。この地には魔虫のアーノルド国本土進攻を退けた超大型飛行輸送艦メガベースが停泊しており、グリーンランド研究所攻略部隊が先日まで駐留していた一大拠点でもある。


現在、アーヴルは魔虫の大攻勢を受けていた・・・

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