第74話 進化論の悪夢 終わりの始まり その4

キレナ国北部のオアシス集落

 最前線を増援部隊に引き継いだターレン基地派遣部隊が駐留するオアシス集落は、ターレンとベルピニャンの中間にあるため、部隊再編のために後方へ下がるには最適の場所となっており、ドックミート隊は北部の警備を兼ねて新兵の訓練を行っていた。


 シュバは新兵部隊を連れて砂漠の射撃練習区域に到着する。ドックミート隊司令部から1㎞ほど離れた砂漠には、砂と標的以外何もない。


「今回は訓練弾じゃない。射撃手順を確実に行うように。」

「了解。」


 シュバは最新の注意を払って新兵達の訓練を監督していた。エリアン達が訓練中に誤射した事故は司令部まで伝わっておらず、リロが組んだ新兵育成計画に沿って行われている。


「俺1人でこの人数見るとか、なんの罰ゲームだ? 」


 シュバは1人で第4部隊の半数、12機の面倒を見ているが、本来この場にいるはずのリロはいない。



ドックミート隊司令部、大型輸送飛行艦「サヴァ」

 サヴァの格納庫で、リロは自身の機体を整備兵と共に整備していた。


「この左足は、報告にあった改1の初期不良だ。生憎、今はスペアパーツがないから、旧1型のパーツを使うことになるぞ。」

「直ぐ交換してくれ。この際、機体バランスが崩れてもいい。」


 リロは共に残った第1部隊の整備兵へ機体整備の指示を出す。


 1時間ほど前、リロはシュバと新兵を引き連れて射撃訓練区域へ移動していたところ、搭乗する人機の左足が突如動かなくなり、サヴァまで戻っていた。


「なるべく早く頼む。このままでは新兵共に示しがつかん。」


 最近ストレスの多い環境にいたためか、リロは珍しくイライラしていた。


 戦地であっても、最前線から遠いオアシス集落は平時の基地と同じ空気が流れていて、兵士達はいつものルーティンを繰り返していた。常在戦場を意識した部隊なら、このような雰囲気には中々ならないのだが、そういった精鋭部隊はアーノルド国軍でも一部でしかない。

 敵は最後の拠点に籠り、友軍が包囲している状況で、後方が敵に攻撃されるとは大半の者が考えていなかった。



「ん? 何だあれは・・・」


 飛行輸送艦の銃座についている兵士は、南西から近づいてくる飛行物体の群れを見て、近くの銃座にいる兵士に尋ねる。


「結構いるな。飛行攻撃球の部隊じゃないか? 」

「輸送艦の護衛でもないのに何して・・・いや、あれは飛行攻撃球じゃない! 」


 未確認飛行物体は近づくにつれて飛行攻撃球とは異なる形であったため、兵士の心拍異数は急上昇する。


「至急至急! こちら第1銃座、南西から未確認飛行物体多数接近。」


 銃座にいる兵士は魔力嵐でも使える有線通信機で艦橋に非常事態を伝えた。


「あれは魔虫だ! 魔虫の襲撃だ! 」


パパパパパパパ


 別の銃座にいる目の良い兵士は、飛行物体が虫の形をしていることで、敵襲と判断してクリードマシンガンを発砲する。


γ型魔虫

 魔虫の中で唯一の飛行型であるγ型は、蜂と蟷螂をかけ合わせたキメラである。外骨格であるにもかかわらず1回の飛行距離は最大で800㎞にもなり、最高速度は時速300㎞を超える。しかし、飛行性能のために装甲の軽量化をしたため被弾に脆くなり、弱点を補う形として限定的なデータリンク機能による連携攻撃を可能としていた。主な武装は剣の形に進化した鎌であり、Ω型の鎌並みの切れ味を持つ。



「敵襲ー! 敵襲ー! 」


 サヴァ艦橋では艦長以下、最低限の人員が集まって艦の戦闘指揮がとられていた。


「全艦戦闘配備。人機部隊は直ちに出撃せよ。誰でもいい、空いている銃座につけ。」


 艦の銃座と周囲にいる人機の護衛から対空攻撃が開始される中、艦長が周囲を見ると魔虫が対空攻撃中の人機をすれ違いざまに両断する場面を目撃する。また、艦橋観測員が隣の僚艦「マ・アージ」を見ると、魔虫が艦橋に突撃するところであった。

 魔虫は艦橋に鎌を深く突き刺して横に切り裂く。


「マ・アージがやられた。」


 赤く染まった艦橋を見て艦橋観測員が叫ぶ。


「直ちに艦橋から出ろ。内部会議室で指揮をとる。」


 艦橋が危険と判断した艦長は直ちに退出指示を出す。

 γ型は1撃必中必殺の攻撃をターレン派遣部隊に加えていき、ハッチの開いている輸送艦目がけて突進する。



 一方、射撃練習区域にいたシュバと新兵達は、司令部から聞こえてくる射撃音と多くの飛行物体を確認したため対空防御円陣を組んでいた。


「シュ、シュバ軍曹、実戦は初めてで・・・」

「問題ない。俺も最近まで実戦経験はなかった・・・このまま陣を崩さずに司令部付近まで移動・・・」


 シュバは狼狽する新兵達に的確な指示を出していく。落ち着いた雰囲気と口調はまるで別人のようであり、新兵はシュバの豹変に戸惑ったが、同時に頼もしさも感じていた。

 魔虫の攻撃は最初にシュバ達を見つけた少数のγ型が襲い掛かり、だんだんその数を増やしていく。シュバは部隊で円陣を組み、対応する円の角度を各隊員に守らせていた。シュバはあまり攻撃せず、新兵が対応できなくなる時にだけ敵を攻撃する。


「すごい・・・シュバ軍曹は無駄撃ちがほとんどない・・・」


 新兵のニノはシュバの高度な射撃技能に目を奪われる。


「南南西から敵機、ニノ、ダクス迎撃。」

「了解! 」


 魔虫の優先攻撃目標から外れていたシュバ達は、新兵の集まりでありながらも散発的な攻撃を防いでいく。




オアシス集落の北、8㎞地点

 ウォードック先遣隊はターレン派遣部隊と接触するべく、オアシス集落を目指していた。


「隊長、ありゃ戦闘中ですぜ。」

「へへっ、獲物は飛行型だ。」

「分かっている。ここから空中投下後、現地に行くぞ。」


 敵に航空兵力がいるため、これ以上の接近はキャリーを危険に晒すと判断した隊長は空中投下の判断をする。


 キャリーは空中投下高度と速度に機体を維持してから人機の投下を行い、投下された3機の人機は砂漠の地面を考慮して脚部による速度減速とランドスケーター機能を利用して最高の効率で人機を着地させつつ加速する。高度な機体安定装置が無い人機2型で、これほどの着地ができる部隊は軍でもウォードック以外には数える程度しかいない。


「見事な着地です。」

「敵を片付けてくる。後方で待機していてくれ。」

「キャリー各機了解。」


 ウォードック先遣隊は、武装の両手持ちクリードライフルを構えてターレン派遣部隊の救援に向かうのであった。



大型飛行輸送艦「サヴァ」格納庫

 ターレン派遣部隊は奇襲と乱戦の混乱から未だに立ち直っていなかった。


「何でもいい! 塞げる物を持ってこい。」

「壁が、破られるぞ。」


 格納庫では、整備兵が中心となってハッチをこじ開けようとする魔虫の侵入を防いでいた。整備兵達は人機の武器ボックスや作業用人機まで壁にして侵入を防いでいたが、γ型のブレードは想像以上の切れ味であり、壁は短時間でズタズタにされていく。


「がっ! 」


 装甲歩兵装備のスクリムは壁を作業用人機で押さえつけていたが、貫通してきたγ型のブレードで負傷する。


「くそっ、スクリムが深手だ。」


 相棒のヴァイラスはスクリムを装甲服から助け出して救護チームに引き渡す。


「壁が持たない、離れろ! 」


 整備兵達が壁から離れる。

 ヴァイラスはスクリムの仇をとるべく、作業用人機に乗って魔虫と対峙しようとした。


「来るならきやがれ・・・」


 強力な力によって壁が曲げられ、魔虫はその姿を現す。武装していない作業用人機で対峙するにはあまりにも無謀だが、もう後のないヴァイラス達には戦うほかに道は無い。

 魔虫は壁を完全に破壊し、目の前にいるヴァイラス機に目標を定める。そして、飛びかかろうとした瞬間、頭部が破裂する。


「間に合ったようだな・・・」

「遅かったじゃないですか。死ぬかと思いましたよリロ隊長。」


 格納庫の奥から魔虫を1撃で葬った人機改1型が移動してくる。


「ハッチから離れろ、外の雑魚共を始末してくる。」


 リロの乗る改1型は単機で外に出ていった。


「たった1機では無謀です。」

「敵は大群なんですよ。」


 第4部隊の整備兵達は単機で戦闘を始めるリロを心配し、中には止めようとする者も現れる。


「あの人だったら問題ない。」

「何故です! 」


 リロを知らない新兵達に、ヴァイラスは答える。


「あの人は南部最強の人機乗りだ。」



 オアシス集落は大混戦に陥っていた。護衛の第2部隊は何とか体制を立て直して部隊行動ができるまでに指揮系統が復活したものの、孤立した人機はことごとくγ型の連携攻撃で両断されていた。


「孤立するな! 必ず部隊行動しろ。」

「当たらねぇ。」

「無駄玉を使うな、自分に向かってくる奴だけ狙え。」


 ドックミート隊司令のカールは、短波通信機で辛うじて部隊を指揮していた。しかし、レーダーが使えない中、第2部隊は輸送艦から全ての予備機を出して抵抗を続けていたものの、その数は見る見るうちに減っていく。


「ターレンにもベルピニャンにも連絡は付かないのか? 」

「短波通信以外不通です。援軍を呼べません。」

「最早、ここまでか・・・」


 サヴァの奥に設けられた作戦会議室には重苦しい空気が流れていた。そこへ短波通信を傍受した通信兵が駆け込んでくる。


「カール司令! 増援です、増援が来ました。北部から3機来ます。」


 増援と聞いて司令部の雰囲気は明るくなったが、増援の数を聞いてまた暗くなる。


「たったの3機・・・」

「何言っているんですか! 増援はウォードックですよ。」

「なんだと! 」


 カールはウォードックの名を聞いて立ち上がる。


「この戦、生き残れるかもしれん。ウォードックに情報提供、連携して敵に対処する。」


 ウォードック隊の増援が来ることは、戦闘中のターレン派遣部隊全てに伝えられ、絶望的な戦況を前に下がりきった士気を大幅に向上させるのであった。




「こちら東部方面軍、第1人機旅団。これより戦闘を開始する。」


 ウォードック先遣隊長は、ターレン派遣部隊に通信を入れてから戦場に突入する。


「ジェイスン、ブレッディ行くぞ! 」

「りょぅかぁい」

「ヒャッハー! 」


 3機の人機2型は混乱する戦場を瞬く間に変えていく。3型のような高度な自動照準装置は付いておらずとも、ウォードック隊員自身の経験と技術だけで狙撃し、ほぼ1発で敵を撃ち抜いていった。

 ウォードックの3機が通り過ぎた場所には敵の死体の山と、突然敵がいなくなって状況が掴めないドックミート隊の部隊が残されていた。


「話が違ぁうじゃないかぁ。獲物が少なぁい。」


 ジェイスンはターレン司令部から送られてきた情報とは異なって、敵勢力が少ないことに不満を言う。


「おいおい、戦闘は外縁だけか? 輸送艦付近が一番敵が多いんじゃないのか? 」


 ブレッディも違和感を持つ。


「どうやら、獲物はみんな食われちまったみたいだな、あれを見てみろ。」


 先遣隊長は2人の部下に敵が少ない理由を見せる。


「はぁ? 1型であれ全部倒したってぇ? 」

「南部にも大した奴がいたもんだ・・・」


 先遣隊の前には、地面一面広がる魔虫の死体と、その中に佇むリロ機がいた。



 戦闘はリロ機の出撃とウォードック先遣隊の到着によって形勢が逆転し、オアシス集落を襲撃したγ型魔虫は殲滅される。シュバ達が合流したのは、リロとウォードック先遣隊が合流して間もなくであった。シュバ率いる新兵部隊は魔虫を30体以上撃破しつつ損害無しの奇跡的な戦果をあげていた。

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