第73話 進化論の悪夢 終わりの始まり その3
モルピアン南部の砂漠地帯
グレイフォックス隊を搭載した大型飛行輸送艦「レインボートラウト」はモルピアン南部の砂漠地帯に着陸し、簡易補給基地の設営に入っていた。
「光子弾ランチャーと人機ステーションは全て降ろしてくれ。作業用人機もだ。」
「カサラギ隊長! 輸送車両へのライフルとマシンガンの搭載が完了しました。」
「引き続き光子弾ランチャーの搭載を進めてくれ。」
グレイフォックス隊は、高威力兵器の大半を簡易拠点に移動させていた。カサラギは前段作戦として機動性のある精鋭部隊による先制攻撃を実施し、後退攻撃を行いながら敵を簡易補給拠点へ誘導。中段作戦として、簡易補給拠点に配備した遠距離高威力兵器による総攻撃を計画していた。
「ターレン隊の状況は? 」
「南部に補給ポイントを設定し、哨戒線の外縁に部隊を展開中とのことです。」
「ここの準備が終わり次第、我々も向かう。」
程なくして、グレイフォックス隊の改1型32機は、ドックミート隊の主力部隊「第3部隊」の12機を追うのだった。
簡易補給拠点から12キロ地点
大型輸送飛「アージ」から降りたドックミート隊第3部隊は、部隊を3つに分けて南方を広範囲で索敵していた。部隊にはそれぞれキレナ国の竜騎兵が同行し、進路上の偵察を開始している。
「待ち伏せ地点まで後10キロ、警戒を怠るな。」
小隊長を任されたサウは、仲間に指示を出しながら雑談をしていた。
「サウ、敵の進軍速度が速かったらどうするんだ? 俺達だけで戦えっていうのか? 」
「その時は、その時だ。作戦が早まったと思えばいい。」
「このくそ忙しい時にキレナの将軍様は何処に行ったのやら・・・」
「その話は無しだ。また気分が悪くなる。」
緊急作戦会議の内容が伝えられてから、アーノルド軍の話題は現場を離れたキレナ国軍の将軍の話で持ち切りだった。この様な状況下で指揮官が離脱するなどあり得ないことで、アーノルド軍側は一様に「将軍が敵前逃亡した」と感じていた。
「くじ引きでハズレを引いたタリアン達がうらやましいぜ。」
「それも言わん約束だろ。俺達はアタリ組なんだからな。」
ドックミート隊は作戦に先立って役割分担を行っていた。大きく分けて最前線で戦う戦闘部隊と民間人の護衛部隊、モルピアンへの最終防衛線構築部隊である。新兵以前の状態である第4部隊が最前線や民間人の護衛につけるわけもなく、第3部隊が最前線に出る形となり、民間人の護衛はクジ引きでハズレを引いたタリアンとバタリンの2名が行うこととなった。
現在のドックミート隊は最前線組みが12機、民間人の護衛が2機、最終防衛線の構築組が6機プラス第4部隊の12機である。それとは別に整備兵が武装輸送車両や予備の機体で簡易補給拠点に出ていた。
モルピアン仮設司令部
仮設司令部ではエリアンが各部隊へ指示を出していた。本来ならば装甲歩兵やグレイフォックス隊の隊長もこの場に居なければならないのだろうが、あまりにも戦力が不足しており、両隊長は最前線で部隊の指揮にあたっていた。
「避難状況は? 」
「避難民は協力的なのですが、モルピアンの住人の中には避難を拒否する者が出ていて、当初の予定から遥かに遅れています。」
戦闘地域から命からがら逃げてきた避難民は更なる避難に協力的な者が多い反面、魔虫の攻撃を経験していないモルピアンの住人は中々重い腰を上げようとしない。現在もキレナ国軍が説得を続けているが難航していた。
「なんてことだ・・・」
タリアンはキレナ国の将軍を引き留められなかったことに後悔する。
住民の避難が遅れ、準備が整わない中でも魔虫達は進み続け、遂に最前線の部隊と接触するのだった。
砂漠を大型の魔虫が群れで移動を続けていた。c大型と言われる、魔虫は虫よりも見た目は動物に近い。像のような足を8本持ち、交互に動かす姿は見る者に嫌悪感を与える。
この魔虫は鋼殻を持たず、外骨格でもないため柔らかそうなイメージがあるが、恐るべきタフさを持ち合わせていた。c大型は驚異的な再生能力を待ち、攻撃は物理、魔法共に分厚い皮膚によって防がれてしまう。また、海の主並みの魔法耐性と周囲への魔法耐性向上能力があるため、Ω型には劣るものの撃破は非常に困難であった。
「光子弾ランチャー全弾発射! 」
カサラギの命令によって光子弾ランチャーが発射される。人機は両肩に装備した4連装ランチャーを、装甲歩兵は輸送車両に搭載したランチャーを全弾射出していく。
「次弾装填! 」
カサラギの合図とともに整備兵が動き出し、弾着の前であっても素早く次弾を装填する。
キレナ国竜騎兵の弾着観測の元、発射された光子弾は11㎞先を進むc大型の群れに降り注いでいった。砂漠を移動するc大型の周囲に複数の爆炎が発生するが、光子弾は無誘導のため直撃弾はほとんど出ず、c大型は何もなかったかのように進み続ける。
「なんて奴等だ、こたえていないのか。」
観測員のキレナ国竜騎兵はc大型のあまりのタフさに恐怖を覚えるが、偶然にも数発の直撃弾が出る。光子弾の直撃したc大型は進行を止め、その場でのたうち回ってから動かなくなった。
「敵3体を撃破! 」
無線機から送られてくる情報に一堂は唖然とする。あれだけ撃ち込んで撃破がたったの3体だ・・・
「次弾発射! 」
カサラギの合図で次の攻撃が始まる。最前線で戦う部隊は敵を遠距離から攻撃し、近づかれたら後退を繰り返すことで、少しずつ敵戦力を削っていく。そして、保有する光子弾が底をつくと、多くの部隊は簡易補給基地へ後退し、精鋭部隊が敵に切り込んで接近戦を繰り広げるのであった。
モルピアン仮設司令部
仮設司令部では、戦況が刻一刻とエリアンに伝えられていく。
「最初の攻撃で撃破できたのは8体、精鋭による接近攻撃で現在までに5体を倒しています。今のところ我が方に被害なし。敵の残りは188体です。」
「撃破はそれだけか? もう補給基地だぞ・・・このままでは住人の避難が間に合わない。強制退去だ、キレナ側に連絡を。」
「しかし・・・」
「最前線では友軍が命がけで戦っているんだ。俺達もやるべきことはきっちりやるぞ。」
後方を預かるエリアンは強硬策に出る。
簡易補給基地
モルピアンの南方に突貫作業で造られた補給基地は、後退してきた部隊への補給が引っ切り無しに行われていた。
「補給をお願いします! 」
エンティティは全弾撃ち尽くした機体の補給を依頼し、一旦降りて水分を補給する。真昼過ぎの砂漠は冷却用護符を使用していても過酷な戦場だ。
十数分後・・・
「敵が警戒線を超えたぞ! 基地から撤退しろ! 」
「もう来たのかよ。」
「脚部の交換がまだ終わってないぞ。」
「機体を捨てて輸送車に乗れ! 」
予想外に早い敵の侵攻速度に、簡易基地は混乱する。
「くっ」
エンティティは急いで機体に戻るが、補給はまだ終わっていなかった。
「ありがとうございました。出撃します。」
「まだ待て。後3分で終わる。」
周囲が大急ぎで補給を切り上げる中、エンティティを担当したグレイフォックス隊の補給部隊は作業を続行する。
「敵がすぐそこまで迫っています。」
「黙ってろ! 必ず間に合わせる。」
補給は3分以内に終了したが敵は目の前まで来ていた。エンティティは改1型の快足を活かして直ぐに後退し、補給部隊は装備を全て放棄して輸送車両で最終防衛線へ後退していった。
「非戦闘員の避難がまだ終わっていないだと? キレナとターレンは何をやっているんだ! 」
いつも冷静なカサラギは予想を超える敵の速度と、非戦闘員の避難が終了していないことに声を荒げる。
彼を含むグレイフォックス隊の精鋭達は長時間の戦闘に疲労を滲ませていた。
「最終防衛線は絶対に守り抜け! ここが正念場だ。」
カサラギは部下に防衛線の死守を命じる。そして、彼は最終防衛線で壊滅的な被害が出ることを覚悟した。
モルピアン北方、ラッド王国領内
この地には炎が常時噴き出ている塔がいくつも立つ異様な光景が広がっており、余程の用事がない限りキレナ国人が立ち入ることはない。
モルピアン防衛の任務をアーノルド国軍に一時移したキレナ国の将軍は、異国の軍に囲まれる中、ある人物の前で膝をついていた。
「私は協力を依頼できる立場ではなく権限もない。だが! このままでは、何もできずに国が、民が魔虫に蹂躙されてしまう! どうか、どうか援軍の派遣をお願いしたい。」
膝をつき、援軍を要請するキレナ国の将軍を前にベアラー将軍は立ち上がる。
「キレナ国から正式な要請がない状態で軍を派遣できない事はお判りでしょう。それを承知の上で言っておられるのか。」
「重々承知しております。全ての責任は、私の命に代えて償います。どうか、どうか! 」
鬼気迫る将軍にベアラーは決断する。
「あい分かった。其方の命、私が預かろう。これより援軍を出す、皆の者出陣じゃ! 」
「「「うぉぉぉぉぉぉ! 」」」
ベアラー将軍の判断に周囲の軍人達は声を荒げ、直ぐ準備を始める。キレナ国の将軍はその光景を見て「国が救われる」と思った。そして、援軍が間に合うことを願うのだったが、事態はその斜め上を行っていた。
「第1戦車大隊準備完了! 」
「第2第3戦車大隊準備できました。」
「ブラド王子に機が訪れたと伝えよ。」
「!?」
周囲の砂漠色にカモフラージュされたシートが外され、そこから現れた戦車群にキレナ国軍側は驚愕する。
その戦車の群れはジアゾ製T-4戦車を完全国産化したケンタウルス戦車であった。主砲に75㎜砲、機関銃は15㎜を搭載し、最高時速35㎞を誇るラッド王国陸軍の最新鋭兵器群は、次々に咆哮をあげて移動を開始する。
「装甲歩兵乗車! 」
ケンタウルス戦車と同じく、カモフラージュされていた履帯を装備した装甲輸送車両には、単発式15㎜ライフルで武装した装甲歩兵達が次々に乗り込んでいく。そして、遠方では砂煙が上がる。
砂煙から現れたのは、砂竜と呼ばれる砂漠に生息している大型竜の群れであり、ジアゾ製122㎜りゅう弾砲を牽引してきた砲兵部隊だ。
集結した戦力は戦車180両、輸送車両1000両以上、装甲歩兵1600人、火砲300門以上の大戦力であった。
ラッド王国軍は魔虫との戦闘が始まった頃からキレナ国への派遣準備を進めていた。魔虫がアーノルド国へ侵攻した際には国に非常事態宣言を出して予備役の召集や徴兵を行い、更に魔虫への備えを進めたのだが・・・長年の軋轢からか、ラッド王国へ援軍要請は一向に来ず。対魔虫大陸連合軍にも入れない状態となってしまっていた。
ノルド族でありながら500年以上戦争を経験していないラッド王国にとって、今回の戦争は「待ちに待った」戦であり、多くのラッド王国軍人は、たぎる血を抑えながらキレナ国からの援軍要請を心待ちにしていたのだった。
「まだ正式に援軍要請されたわけではない故、連合軍の対空追尾光子弾を警戒して航空戦力は派遣できません。ですが、我らは持てる力を全て出して戦う所存です。」
ベアラー将軍の力強い言葉にキレナ国軍側は言葉を詰まらせる。
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