第72話 進化論の悪夢 終わりの始まり その2

 アーノルド国を主体とする魔虫討伐隊は、主力の到着によって魔虫制圧地域を次々に開放していく。そして、1週間も経たないうちに魔虫勢力はグリーンランド研究所周辺にまで押し込まれ、周囲を大戦力に包囲されてしまうのであった。刻一刻と最終局面が迫る中、不帰の砂漠特有の魔力嵐はその強さを増してゆく・・・



アーノルド国南西部、ターレン陸軍基地

 基地司令のレムリンは、司令部内の個室で膨大な量の書類を処理していた。これらは基地司令のする仕事ではないのだが、ターレンは辺境の基地だけあって事務処理がずさんであり、レムリンは事務仕事を部下だけでなく一般兵士にまで教え、手分けして作業していた。


「全く、獣共はこんな簡単な報告書もまともに書けないものなのか。次は遺族への手紙ですか・・・」


 事務畑育ちのレムリンは本領を発揮して淡々と書類を終わらせていく。そこへ部下が来客を伝えに入ってくる。


「東部方面軍、第1人機旅団の先遣隊が到着いたしました。」

「はて、そんな予定は入っていなかったはずですが・・・」

「予定は入っておりません。先遣隊はキレナ国の情報収集に来たと言っています。」

「あぁ、そういうことですか。今のキレナ国は魔力嵐が活発で通信機が使えないのでしたね。待たせるのも悪いですし直ぐに行きます。」


 来訪者は3名で挨拶もほどほどに本題に入る。レムリンの読み通り、先遣隊は通信機が使えない状態で増援を必要とする場所を探していた。


「流石は第1人機旅団ですねぇ。そこまでの自由行動が許されているとは思いませんでした。」

「既にベルピニャンは連合国軍の拠点になっています。そんなところへ行っても我が旅団の真価は発揮できないのです。」


 東部方面軍、第1人機旅団、通称ウォードック旅団は規模の大きな遊撃部隊である。旅団となる以前は通常の人機大隊だったが、40年ほど前に神竜教団との戦闘で大きな戦果を挙げ、英雄を輩出したことから旅団規模まで増強されていた。人機3型を有する教団の精鋭僧兵を相手に2型で挑み、巧みな戦闘技術で圧倒した戦いは今もなお色褪せずに語られている。


「当基地の派遣部隊はベルピニャン以外ですと、北部のオアシス集落、北西部のモルピアンに派遣しています。既に敵勢力は完全に駆逐され、両方地域とも安全地帯ですよ。」


 レムリンは部下に用意させた資料を見せて増援の必要がないことを伝える。


「戦場に安全地帯などありません。」

「敵は所詮虫けらだろ? 虫けらと言ったら奇襲か罠で獲物をとるって相場は決まってるんだぜ。」

「大体の虫は小心者だからなぁ。群れより孤立した獲物を狙うと隊長は踏んでるんだ。」


 隊長と異なり、部下の2人は違法薬物でも使っているのでは? と思うほどに荒れていた。しかし、レムリンは所々に散りばめられた単語からウォードック旅団が何をしようとしているのかを把握する。


「魔虫の標的が大目標から小目標へ変わったと? 」

「確証は持てません。ですが、決戦以降の魔虫は明らかに戦略的撤退を繰り返し、戦力の温存に走っています。」


 増援が到着したことにより、大目標への攻撃は魔虫達にとって自殺行為に等しい。だからといって最後の拠点に籠城しているだけでは死を待つだけである。ウォードック先遣隊の隊長は敵の遊撃戦を警戒していた。

 

 レムリンは先遣隊の話しから、魔虫の遊撃戦に警戒するためウォードック旅団の派遣を要請するのであった。



「隊長、次はターレンとベルピニャンの中間にあるオアシス集落ですかい? 」

「そうだ。キャリーの補給が済み次第出発する。」

「今回も獲物にありつけるといいなぁ。」


 旅団独特のカラーリングとパイロットに合わせて極限までカスタマイズされた2型の人機は、個々のキャリーに搭載されて一足早く北部のオアシス集落へ向かう。




キレナ国北部のオアシス集落

 シュバはリロと共に新兵の訓練を行っていた。新兵は軍学校入校中の学生をそのまま出してきたようで、基本動作すらままならない者が殆どだった。シュバは転倒から中々起き上がれない新兵達を見て、つい最近の自分を思い出す。


「お前達、軍学校で何を習っていた! 転倒からの復帰は基本中の基本だ。マスターするまで訓練は終わらねぇぞ。」


 シュバは新兵達に檄を飛ばしながら、やっと起き上がった機体を片っ端から地面に倒していく。これはシュバが経験したリロの特別メニューで、新兵達は起きては倒されるを繰り返し行うことで、復帰の能力を急速に身につけると同時に、強烈な乗り物酔いに悩まされるのだった。



オアシス都市、モルピアン

 エリアンは仮設司令部で精力的に各隊へ指示を出していたが、気分はブルー一色である。一昨日、新兵が射撃練習で輸送艦アージを誤射してしまい、ひどく怒られていたのだ。幸いにして、威力の無い練習弾だったためアージは擦り傷で済んでいたが、誤射は重大事故のためエリアンは国への報告もしなければならなかった。


「通信はまだ回復しないのか? 」

「ダメですね。今回は特に酷い魔力嵐です。レーダーどころか、まともに動いている機材は何もありませんよ。」


 エリアンは誤射の報告をしようとしたのだが、昨日から続く魔力嵐が未だに収まらず、定期連絡もできない状態だった。


「噂には聞いていたが、本当に酷いな。報告書は補給部隊に持たせるしかないか・・・」


 遠距離通信が使えず、連絡手段が紙のやり取りのみとなってしまったため、エリアンは時代が大昔に逆戻りした気分になる。

 援軍が到着し、敵を最後の拠点まで追い込んだ現在、これが非常に危険な状態であるという自覚は、エリアンを始め大半の者は自覚していなかった。



日付が変わる頃・・・


 それは突如やって来た。南の砂漠を哨戒していた部隊が猛スピード突進してくる輸送車両を発見する。車両は停止命令を無視して進み続け、大きな砂丘に衝突して止まる。哨戒部隊は通信機が使えない中、連絡員を仮設司令部へ送って増援を要請し、細心の注意を払って車両を確認する。



「乗っていたのは第88人機大隊の68人です。負傷者40名の内39名が重傷。他は既に死亡していました。」

「第88といったら南部のオアシス集落を守っているツインレイクの部隊じゃないか。状況のわかる者はいたか? 」


 部下の報告を聞いたエリアンは混乱する現場の中でもなるべく冷静に務める。


「話せる者が2名いますが、1人は救護活動中でもう1人は救護所で治療中です。」

「俺は救護所へ行って事情を聴く。グレイフォックスと装甲歩兵の隊長も呼んできてくれ。」

「エリアン隊長、この現場はどうするのです。」

「ここはお前に任せる。」

「えぇ、自分が? 」


 エリアンは少ない部下をフルに使って救護と事態把握を行うのであった。



仮設司令部、救護所

 エリアンが部下を連れて仮設司令部に到着した時には、駐留するキレナ国軍とグレイフォックス隊、装甲歩兵の部隊長が一足早く救護所で兵士から事情を聴いていた。エリアンは野戦病院に早変わりした救護所を負傷者の状態を片目に見つつ移動する。救護所では重傷者の中でも助かる可能性がある者だけ治療が行われていた。


「奇襲? この付近一帯は既に制圧されたはず・・・」

「猛攻撃を受けたんだ! 奴ら、砂の中から出てくるんだ。」


 少し不穏状態の兵士は、隊長達の問いに辛うじて受け応えが出来る状態である。


「敵の種類は何だ。αか? βか? まさかΩじゃないだろうな。」

「ベルピニャンを襲ったデカイ奴だ。あいつらには攻撃が殆ど通じない・・・追尾光子弾じゃなきゃだめだ・・・」


 ベルピニャンを襲ったデカイ奴とはC大型と呼ばれる大型重装甲魔虫のことであり、首都防衛戦では1体のみ確認されていた。


「奴らということは複数なのか? 」

「とんでもない数だ! 100匹どころじゃないぞ。早く国に逃げないと、殺される、皆殺されるぅぅぅ。」


 錯乱する兵士の話は正確ではないことが多いが、状況からして否定できない。


「大型重装甲魔虫が100以上とか冗談じゃない。」

「話からして敵は北上を続けているとのことだが、C大型の速度なら今日の昼頃には哨戒線に到達するぞ。」


 緊急事態を前に、幹部達は早急に対応を決めなければならなくなった。



 各部隊の幹部達が緊急作戦会議を開いた頃、輸送車両の事故現場では駆け付けたドックミート隊と装甲歩兵部隊による救護活動が終盤を迎えていた。


「サウ、この人は多発外傷だから全身固定してから搬送して! 」

「よーし、お前らこの負傷兵を運んでいけ。」


 医術の心得があるエンティティは、医療チームが見きれない負傷者を診断して応急処置と搬送を指示していく。サウは第4部隊の新兵を使って応急処置の終わった負傷者をピストン輸送していった。


「大丈夫ですか? 後は貴方だけですよ。」

「黒猫・・・見ない顔だが、どこの隊だ? 」

「ターレン所属のエンティティ准尉です。以前はツインレイクにいました。」


 エンティティは輸送車両を運転して、今まで救護活動を続けていた兵士の診察に入る。この兵士は負傷者40名の内、唯一の軽症者とされて診察は最後になっていた。エンティティは彼の上半身の服を脱がせて触診と状態観察の魔法で診察する。


 診察結果は既に手遅れの状態だった。


 この兵士は腹部の内出血がある状況で、薬と沈痛魔法で無理やり長時間の活動をしていたため、その効果がなくなってきた現在は意識を保つのもままならなくなっていた。


「なぁ、頼みを聞いてくれないか。これを、ツインレイクの彼女へ渡してくれ。」


 兵士はエンティティに小型バックを渡そうとする。


「そういうのは自分で渡してください。負傷者の搬送は終わったので、次は貴方の番です。」


 あまりにも重いものを背負わされそうになり、エンティティははぐらかそうとするが、腕を力強くつかまれる。


「俺はもう長くない、最後の頼みくらい聞いてくれ。あんたは同じ黒猫だから頼めるんだ・・・」


 あまりにも重い思いを託されたエンティティは、戦争を生き残らなければならなくなってしまう。



「おーい、エンティティ。搬送していない負傷者はその運転手だけだ。どうやって運んだらいい? 」

「丁重に運んで。この人はもう亡くなっている。」

「は? 運転手はさっきまで一緒に救護活動してたじゃないか・・・」


 エンティティは戻ってきたサウに事情を伝え、共にその兵士を運んで行った。



モルピアン仮設司令部

 仮設司令部ではキレナ国軍駐留部隊、ドックミート隊と装甲歩兵のターレン基地部隊、グレイフォックス隊の隊長が集まって緊急作戦会議を行っていた。


「第88人機大隊の戦力は我々の2倍、それを短期間で全滅させたC大型の群れを止めることは不可能です。ここは、非戦闘員と共にアーノルド国へ撤退するべきです。」

「戦わずに逃げるのか? それに、国は難民を受け入れていないだろう。」

「軍と共に行けば国境警備隊も悠長な事は言えないでしょう。通信機の不感地帯を抜ければ援軍も呼べます。」

「それでは、敵を自国へ誘導することになるぞ。」


 エリアンは勝ち目のない戦いを前に撤退という選択をするが、装甲歩兵の隊長は否定的な考えを示す。


「落ち着いてください。非戦闘員の避難は今から始めないと間に合いません。かといって全戦力の撤退は敵の誘導にも繋がるので時期尚早です。避難民は少数の護衛を付けて我が国へ向けて移動させ、通信機の不感地帯を抜けたら援軍を要請し、残った戦力で敵の目をできる限り引きつけるのが最善の方法です。」


 グレイフォックス隊長のカサラギは2人の中間点をとる案を伝える。


「非戦闘員の避難が出来たとして、どう戦います? 防衛線は役には立たないでしょう。」

「防衛線は最終防衛線として都市の南部に張り、機動力のある戦闘部隊は全力で敵を攻撃します。詳細は・・・」


 グレイフォックス隊長によって作戦が伝えられていく、その作戦は速度の遅いC大型に対しては大きな効果があるものであった。


「我が軍には竜騎兵が3騎いる。偵察は任せてほしい。情報伝達手段だが、これを使うといい。」


 キレナ国軍側は、竜騎兵による上空偵察と魔力嵐の中でも使える通信機を渡す。


「それはジアゾ製の無線機だ。科学通信装置で魔力嵐の影響を受けないが、通信範囲は4、5㎞程度しかない。」


 連絡手段がネックとなっていた各部隊長は、文明の利器が登場したことで希望が見え始める。だが、


「ここで1つ頼みたいことがある。私を援軍の要請に行かせて欲しい。部下数名を連れていくが残りは好きに使って構わん。」


 キレナ国軍幹部の発言に場は鎮まる。


「一体どこの援軍を呼ぶつもりですか? この周辺にまとまった戦力は存在しないはずですよ。」

「それは機密事項のため言えん。だが、今出れば今日の夕刻には必ず援軍を連れて戻れるのだ。」


 エリアン達アーノルド国軍側はこれ以上追及する権限はなく、他国の軍幹部を引き留めることはできなかった。

 緊急作戦会議終了後、キレナ国軍幹部は数名の部下を連れて都市を離れていき、非戦闘員の避難と戦闘準備が始まる。まだ夜が白む前だが、モルピアン派遣部隊の永い1日が始まった。


 モルピアンへ魔虫の攻撃が迫る中、ベルピニャン北部のオアシス集落にいるシュバ達にも攻撃が迫っていた。


ブブブブブブブブ


 重低音を響かせながら飛行型魔虫の群れが、連絡手段が無い小規模目標を次々に襲撃していた・・・

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