第71話 進化論の悪夢 終わりの始まり
キレナ国北部のオアシス集落
上空を東部派遣軍団の本隊が通過していく。大型飛行輸送艦200隻以上、300機以上の飛行攻撃球が護衛する大規模輸送船団は、進路上に住む人々だけでなく、諸外国の軍人達ですら見る者を圧倒する。東部派遣軍団は既に先遣隊がベルピニャンに到着しており、後方からは本国の部隊が続々とキレナ国を目指して移動を続けていた。
皆、口には出さないが戦争の終わりが近づいていることを感じていた・・・
南部方面軍、第101人機大隊、通称ドックミート隊は部隊を3つに分け、それぞれが別々の任務を行っている。精鋭部隊の第1部隊は首都ベルピニャンの警備に戻り、第2部隊はオアシス集落に残って増援部隊の受け入れと、新兵集団となった第4部隊の半数の訓練を行い、第3部隊は第4部隊の半数を連れて、訓練を兼ねて北西の警備を行っていた。
「何で俺だけ置いてけぼりに・・・」
シュバは第3部隊として北西には行かず、第2部隊と共に残って第4部隊の新兵訓練をするよう、隊長から直に命令を受けていた。
「ここは安全地帯だが前線に近い。第2部隊は司令部の警備と周囲の哨戒で手一杯だからだ。さぁ、新人に基本を叩き込むぞ。」
第3部隊隊長のリロは、シュバを連れて新兵へ挨拶に向かう。リロは少人数で新人の半数を受け持ち、残りは第3部隊と共に北東に向かわせていたので、残ったのはこの2人と専属の整備兵だけだ。
これは第1部隊に戻れなかったリロの些細な反抗心からとられたものだが、リロが面倒を見ていたひよっこ達は順調に育ち、初の実戦を死者無しで切り抜け、隊長格のエリアンは小隊を率いて増援部隊の任務を全うし、優秀な狙撃手やエースも生まれたことで「任せられる」と判断したからである。第3部隊は正規兵に相応しいまでに育っていたのだ。
既にこの部隊に自分の居場所はないはずなのだが、外圧によってリロは最前線から離されていた。新任務はここから更に遠い場所なので、部隊長の権限をフルに使って最前線に近いこの地に残ったのだった。
「使い勝手の良いエースがいてよかった。これでも、お前には感謝しているのだぞ。」
シュバはリロにエースと呼ばれて嬉しいはずなのだが、何か違う雰囲気を感じ取って素直には喜べない。
オアシス都市、モルピアン
モルピアンはキレナ国北西に位置し、直ぐ北にはラッド王国との国境がある。近年、国境付近で頻繁に軍事訓練を行っているラッド王国に神経を尖らせている地域だが、現在は安全地帯の1つに指定され、多くの難民がキャンプを張っていた。
南部方面軍、第101人機大隊、第3部隊と第4部隊の半数はモルピアンの警備についていた。主な任務は警備と治安維持なのだが、難民を見張って自国へ不法入国させないことが、任務の大目標である。既に魔虫との決戦に勝利し、自国と周辺国の増援が続々到着している状況で、多くの避難民を受け入れる選択肢はアーノルド国にはなかった。
「エリアン隊長、展開完了です。」
「早かったな。早速で悪いが街の警備に出てくれ。えーと、1隊は常に南方へ哨戒に出して、1隊は輸送艦の護衛、残りで新兵の訓練・・・」
部隊は郊外に陣を敷き終わっていたが、警備、哨戒、新兵訓練・・・次々と増える仕事に、エリアンは頭を悩ませている。
モルピアンにはドックミート隊以外の部隊も投入されており、その中には帰還命令が出された装甲歩兵の一部も合流していた。彼等は任務の未遂行を理由に、残留させるように本部と掛け合って了承されたのだ。
また、モルピアンは一足早く、ある部隊が警備にあたっていた。南部方面軍、第23人機大隊、通称グレイフォックス隊の一部部隊が展開を終えており、増援部隊の受け入れ準備を済ませていた。
多くの友軍がいるおかげで、エリアンは到着早々精力的に動けるのだった。
「カサラギ隊長、このローテーションで警備と哨戒を行います。」
「それで問題はないでしょう。人機部隊は民衆のコントロールが不向きなので、あなた方に装甲歩兵がいてくれて助かります。」
エリアンはグレイフォックス隊の部隊長カサラギと方向性を決めていく。しかし、そこへ大音量の通信が入ってくる。
「エリアン! 奴らは新兵以前の問題だ。転倒から起き上がれる奴がいねぇ。」
「隊長! 射撃訓練で流れ弾がアージに・・・」
部隊長として順調に進んでいたはずだった新任務は、新兵訓練をしているサウとエンティティの悲痛な叫びによって、あらぬ方向へ進んで行く。
キレナ国西部、港湾都市アーヴル
アーノルド国軍、北部方面軍が中核となっている魔虫討伐隊は、精鋭部隊のみが集まって作戦説明が行われていた。
「敵の陽動がある程度終わってからが、諸君らの出番である。」
「各隊は指定された侵入口から突入し、内部の敵をできる限り殲滅せよ。その混乱に乗じて首都防衛隊がフレアを最深部へ仕掛ける。」
「目標周辺は魔力嵐で通信機が作動しない可能性がある。フレアが作動したら周囲の魔素に大きな変化がみられるため、それを合図に直ちに脱出せよ。」
「質問がある者はいるか? 」
「何故、我は単独突入なのだ? 」
北部方面軍、第6師団と第7師団の上級幹部が作戦説明を行い、参加隊員に質問を投げかけると1人の大柄な兵士が手を挙げて立ち上がる。
「その進入路は人機では入れない。そこで装甲歩兵であるラーテ殿に、そのルートを担当して頂くこととした。」
この突入作戦に装甲歩兵で唯一参加しているラーテは、第7師団に配備されている勇者である。ラーテ一族は勇者の鎧を着ることが出来る希少種であるため、代々勇者の鎧を受け継ぎ勇者の称号を継承していた。
勇者はその能力から単独運用が基本である。戦闘能力が非常に高く、人機では4型でなければ太刀打ちできないと言われ、100年戦争では所属する軍団や師団が全滅する中でも、勇者のみが帰還していた。勇者の戦死は非常に珍しく、同じ勇者か神竜のような規格外の存在でなければ倒せないとされている。
「この作戦には精鋭が投入されているとはいえ、勇者に付いていける兵士は僅か。単独行動の方がラーテ殿も動きやすいとの判断からです。」
ブリーフィングが終わり、各隊は所属に戻っていく。
「実質、我らが一番槍となる。今回はラーテ殿には負けませんぞ。」
「勇者殿と我が隊、帰還後の戦果集計でどちらが上か、この作戦で白黒つけようではありませんか。」
精鋭部隊が集まっているだけあって士気は高い。一部の兵士は勇者であっても臆することなく戦果争いを挑んでくる。
ラーテは売られた喧嘩は全て買い、一族が勇者たる所以をこの戦いで示そうとしていた。その中、ある人物が部屋に入ってきたことで、ラーテは直ぐにその人物の元へ向かった。
「お初にお目にかかります、我の名はラーテ。」
ラーテはリュクスの前で独特な敬礼を行う。
「貴殿は、ラーテリウスの息子か。第7師団が来ていると聞いて、いつか会えると思っていたぞ。」
「貴方様とは一族代々、共に戦場で敵と戦い、我もその日を待ち望んでおりました。」
ラーテ一族は代々勇者としての戦闘技術を継承している。その過程でリュクスの話が出ない代はいない。どんなに厳しい戦いも共に戦い抜いた「伝説の戦士リュクス」は、ラーテ一族の中では一般認識とは異なった伝説の人物であった。ラーテの態度が豹変したのを見て周囲の兵士達は何が起きたかわからなかったが、常時戦場に身を置く2人は、会うべくして出会ったのだ。
個別休憩室
2人は邪魔が入らない休憩室で、今回の作戦について話をしていた。
「そうであったか、時代は名誉と名声をそのような使い方をするとは・・・」
ラーテはリュクスに作戦の裏側を聞かされ、自身が求めている名誉にブレを感じる。
「あの者の先祖には大きな借りがある。ここで死なせるわけにはいかないのだ。」
リュクスはラーテに自身の問題を打ち明けるように話す。初対面の相手に作戦の裏側を教え、自身や組織の問題まで打ち明ける行為は大きな問題だが、ラーテ一族と長年の付き合いがあり、信頼しているからこそ出来る話だった。
「こんなつまらない戦に、命をかける必要はない。次の戦を見据えて行動するのだな。」
「いえっ、このような話をしていただき感謝いたします。我はこの作戦に名誉を見出せました。我はワールウィンドウ殿を生還させるために全力で戦いましょう。」
ラーテはどんな相手でも、自分が殺されると分かっていても、種族特性で恐怖を感じない。だが、近年は軍だけでなく国民自体が「名誉の乱用」をしてきたため、一族が求めてきた名誉に迷いが生じていた。リュクスとの会話は、その迷いを打ち消すものとなった。
アーノルド国首都オースガーデン、王城
王制が終わって以来、王城は政治の場から王族の生活の場に使われ方を変えていた。城は広大で設備が充実しており、敷地内には山や川、湖もあり、世界のあらゆる武術、スポーツを行うことが出来る。国民は王族や貴族の暮らしに今なおあこがれを持っているが、その実態を知る者はあまりいない。
王族のユリエ・ガルマンは、現役の将軍を講師に軍の歴史と軍事学を学んでいた。
「これが有名なピロンダスの斜線陣であります。一族はこの戦で南部の蛮族に勝利し、オースガーデンを建設したのです。」
ユリエはこの手の話に興味がないのだが、隣国のヤン王子が好きなので自身も知識を身につけるようにしていた。今回の内容は、以前にヤンとマンノールが話していたこととかぶっているため、退屈な内容にユリエは眠気を抑えつつ、講師に悟られないように苦労していた。
「リグード、その内容は知っているわ。役立たずの同盟軍より先に敵と戦ったり、敵の騎兵を上手く精鋭歩兵の方向へ敗走させたりして陣形を崩したのよね。」
「そこまでご存じとは、ユリエ様は戦術研究も熱心なのですな。」
長年ユリエ姫を担当しているリグードは、ユリエが戦争に対して否定的な考えを持っていることに強い懸念を持っていた。戦う上で恵まれた身体と能力を持ちながら、近年の女性王族に流行している「庶民の嫁入り修行」に熱心であるユリエ姫が、太古の戦術を理解していることに、彼は驚くと同時に嬉しく感じる。
王族の教育はその道のプロが行うこととなっている。軍事関係は現役の軍人から講師が呼ばれているのだが、魔虫との戦いが大詰めを迎えているにもかかわらず、北部方面軍の将軍が王族を教育しているのには昔から続く伝統が影響していた。
「どのような時でも学ばなければならない。例え戦時でも、戦場でも、人は学ばなければ生き抜くことが出来ない」誰が初めに言ったかは不明だが、ノルド人の王族はこの言葉を頑なに守り続けていた。
魔虫との戦闘は既に山場を越えていたため、軍に余裕が出ていたことも大きいが、リグードが忙しくて出られなければ、適任者は何人もいるのだ。しかし、ノルド至上主義を教える人材はリグードをおいていないだろう。
リグードのような人物が王族の教育担当に抜擢されたのには、至上主義の権力者達による推薦があったからである。王族を教育する行為は彼の立場を大きく向上させた反面、推薦者からの数々の要求を呑まなければならない。
今回のワールウィンドウの件も渋々了承しており、優秀な駒をこんな所で使いつぶす気は無かったが、駒の能力を信じて「生きて戻ってこい」としか言えなかったのである。
ユリエ姫を至上主義者の一員とすべく教育を依頼されたリグードは、主義者達の意に沿った教育を行う。
幼少期からそのような教育を受けたユリエは、自国第1主義で他種族を蔑視する子供として成長してきた。このまま至上主義者が喜ぶように育つかと思われたが、隣国のヤン王子との出会いで大きく性格が変わってしまう。
ヤン王子との出会いで何が起きたかは、ヤンと直属護衛のウェラーのみが知るが、その後のマンノールとの出会いでユリエは完全に丸くなってしまった。
「ねぇリグード、今回の戦は王族の参加はないの? シルト兄様は「成人の儀」が何時まで経っても行われないから、いい年になってしまったのよ。」
「姫様、今回の相手は虫ですぞ。そのような輩を相手に成人の儀に組み込んでしまっては、王族の名誉にかかわります。」
成人の儀とはノルド王族の伝統儀式の1つである。絶えず歴史に戦を刻んできたノルドの王族は戦場で成人する者も多く、戦場で成人した王族はその後も大きな功績を打ち立てる者が多かったため、何時しか王族は軍を指揮して戦場で勝利することが成人の仲間入りとされるようになる。
近年は戦の数自体が少なく、強力な反政府武装組織や神竜教団の殲滅戦で成人の儀が行われることが多くなり、現在では成人の儀に必要な戦が更に少なくなっている。
大昔ならともかく、今の成人の儀は王族の絶対安全が確保された状態で行われるため、戦死する王族は長らく出ていない。
今回の魔虫討伐は敵の規模や世界に与える影響は反政府武装組織や神竜教団の殲滅より大きいが、王族を派遣しない大きな理由があった。ここでシルト王子を派遣してしまっては、次のジアゾ戦でユリエが指揮を執らなければならないのだ。
ジアゾ合衆国はアーノルド国とスーノルド国以外が束になって戦争を仕掛けても攻めきれないことが判明している。指揮を執る王族は飾りに近いとはいえ、強大な戦力を保有し、高度な知識を持った人間相手には荷が重かった。シルト王子はジアゾ戦のために必要な教育と訓練を何年も前から行ってきていたため、魔虫戦に参加させるわけにはいかないのだ。
「この調子だと、私の成人の儀は何時になるかわからないわ。年をとってから結婚式なんて、私は嫌よ。」
「戦はいつ起きるかわからないものです。明日にも姫が軍の指揮を執ることもあるのです。今は勉学に励み、備えましょう。次は英雄ニロスの戦いについて行います。」
リグードは、ユリエ姫の成人の儀がいつ行われるか知っていた。ジアゾ戦後の神竜討伐作戦である。この作戦は2機の神機が神竜と戦い、超兵器艦ハデスとアルテミスが後方から支援する作戦が立てられており、ユリエ姫は世界で最も安全な場所となる超兵器艦ハデスで指揮をとる。ジアゾ戦と違って高度な判断が必要になることは少なく、神竜討伐後は現地の蛮国を圧倒的戦力で制圧するだけの簡単なものであった。
当初の予定とは違った成長を見せるユリエ姫だったが、しっかりした王族に育っていたためリグードは十分満足している。そして、神竜を討伐して国へ凱旋する姫の姿を心待ちにしているのであった。
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