第70話 嵐の前の静けさ その2
西大洋上、超兵器艦ハデス
艦内では警報が鳴り響き、乗員達が慌ただしく持ち場を駆け回っていた。
「追尾光子弾装填開始! 」
活性化された追尾光子弾がレールをつたって組立室から運ばれてくる。ダニエル達水兵は自動装てん装置に追尾光子弾を固定し、ランチャーへの装填作業を行っていた。
ハデス中央戦闘指揮所では、各砲術員がそれぞれ担当する兵器の状況をモニターで確認して報告する。ダニエル達が装填を担当する第4ランチャーは空を意味する黒表示だったが、1セルごとに完了の緑表示に変わっていく。
「第4ランチャー装填完了! 」
「第4ランチャー目標振り分け後、全弾発射。」
準備完了の報告と共に砲術長は全力での射撃を指示する。担当する砲術員は自動演算装置から送られてくる優先度の高い攻撃目標に対して追尾光子弾を振り分け、射撃操作を行う。
追尾光子弾は小さなものから大きなものまで種類は豊富にあり、大型の物と小型の物では異なる運用方法がとられていた。
追尾光子弾は主に3つの魔法具から構成されている。追尾、誘導能力を担当する索敵誘導部分、強力な複合魔法を発現させる弾頭部分、誘導部分から送られてくる情報通りに飛行するための推進部分である。大型の物はこれらを組み合わせ、活性化させることで追尾光子弾として使用可能となる。
最初から完成状態ではなく、3つの部品を艦内で組み合わせて装填する運用方式は追尾光子弾のデメリットからとられていた。追尾光子弾は活性化後から急速に劣化していく性質を持つ。小型の物なら機体の魔導機関から魔力を供給して劣化を遅らせられるのだが、大型の物は劣化を遅らせるにしても大量の魔力を消費するので、戦場に到着する直前に組み立てて装填するのが一般的である。この方法は即応性の面から問題があるように見えるが、大型の物は主に対艦対地用で、今すぐに必要となる場面はそれほどない。また、古代文明軍艦は中小の対空用追尾光子弾を何時でも使えるようにしているため、戦闘には支障がないとされていた。
この運用方法は部品を分けて艦に積むことから、誘導弾を多く搭載できるメリットがある。古代文明軍艦は大きくなればなるほど大量の誘導弾を搭載でき、攻撃回数の増加と戦闘時間の延長をもたらしていた。
「訓練終了。射撃まで前回から7秒の短縮だ、第4ランチャー部隊は後5秒短縮せよ。」
スピーカーから砲術長の講評が流れ訓練は終了する。部隊は前回の訓練から時間の大幅な短縮を実現したので、いい感じで訓練を終えていた。
「7秒短縮だってさ。」
「これなら5秒もあっという間だな。」
ランチャーから模擬弾を外して保管庫へ収容した後、新兵ダニエルは仲間と共に雑談する。
「馬鹿者! 」
いつも聞く声に、ダニエル達は声の方向へ振り向く。
「その5秒短縮した時間で平均だ。何時でもどのような時でもこの数字が出せなければ一流の兵士とは言えん。」
「了解いたしました。」
「機関長、助言感謝いたします。」
新兵達は上官に敬礼する。
老エルフの機関長は新兵が増えた第4ランチャー部隊を事あるごとに見に来ていた。新兵として助言は有難いのだが、最近は「お小言」っぽくなっていたためダニエル達は内心、早く嵐が過ぎ去ってくれないかと考えている。
「第一、お主等は作業が荒い。これでは事故が起きるのも・・・」
嵐は20分近く続き、新人部隊と新人隊長は対応に苦慮するのであった。
数十分後、ハデス機関室
艦の機関室は大体がごちゃごちゃした場所である。既存の古代兵器艦ですら例に漏れないのだが、ハデスの機関室は戦艦とは思えないほどスッキリした造りになっている。
「本日は第5主機の回路解析が予定に入っています。居るとしたらここでしょう。」
フィロス艦長は補佐官を連れて機関長を探して機関室に入り、第5主機の前で回路基板を取り外している機関員達と機関長を見つける。
「よぉし、お主等は回路を解析室へ運んでゆけ。くれぐれも、丁寧にな。」
フィロスは作業がひと段落してから話しかける。
「機関長少しいいか? 例の進捗状況を教えていただきたい。間に合うなら今回使いたいの。」
「これは艦長、珍しい場所に来ましたな。例の、と言うと巡航速度の向上についてですかな? 」
機関長の元に艦長自らが来るというのは少し違和感があるかもしれない。艦内放送で呼んだり、艦内通信で聞けば事足りると思うだろうが、ハデスでは少し勝手が違っていた。
超兵器艦ハデスは未解析の部分が多く、その能力の3~4割程度しか使われていない。本来ならば、まだ研究施設で解析作業を行わなければならないのだが、隣国のスーノルド国が超兵器艦アルテミスの解析を5~6割終えて戦力化してしまったため、ハデスも慌てて戦力化していた。これは軍事バランスを考慮しての判断だったが、性能の殆どを出せていないハデスは任務中であっても絶えず解析作業を行わなければならなかった。
ハデス内では、機関長の主任務である解析作業を邪魔することは艦長であっても極力避けなければならないのである。
「艦長はせっかちですなぁ。あれは長寿種の「近いうち」という意味ですぞ。」
「そう、高経済速度はいくら何でも遅くてね。せめて20ノット後半は出せるようになってほしかったのよ・・・」
ハデスの最大速力は48ノットである。しかし、艦の性能を活かせていないため、速力18ノット付近から魔力消費が劇的に上昇し、最大速力では最高品質魔石を海に捨てているとまで言われるほど効率が悪化する。そのため、戦闘時以外は現在の原速である18ノット以上は出さないように厳命されていた。
魔法技術においても古代兵器解析においても後れをとっているアーノルド国は、ハデスの解析をスーノルド国に依頼し、スーノルド国は超兵器艦アルテミスの解析作業で多くの成果をあげた老エルフのクリード機関長を技術援助という形で派遣していたのだった。
「引き続きよろしく頼みます。それと、大陸の戦闘はほぼ終息したようです。」
「本部と連絡がとれたのですか? 艦長の感は100年戦争以前からよく当たっていたと記憶しております。今回の解析作業は簡易なものですので、戦闘地域に到達する前には第5主機を使えるようにしておきます。」
フィロスはジアゾ海軍牽制任務の時に偶然傍受した民間通信から判断して、任務を切り上げてハデスをキレナ国へ向かわせていた。
大陸に近づくにつれ、ハデスには多くの軍、民間通信が入るようになり、海軍本部と交信ができるようにもなる。本部は「ハデスには任務を優先してほしいため長距離通信はしなかった」などと、あからさまな言い訳を言っていたが、ハデスを戦闘に参加させないという魂胆が見え見えだった。
戦況は既に決定的な勝利を収めた状態であり、後は内陸深くにある敵の発生地点を焼却するだけなので、フィロスはハデスの戦闘がほぼ無いと確信する。
「ハデスは敵の遊撃も考慮してキレナ国の沿岸に向かいます。万が一の時は・・・」
フィロスは戦場にて必要な時に最適の場所にいることが多い。これは戦エルフである彼女の固有スキルが大きく影響していた。このスキルと豊富な戦闘経験によって彼女は多くの戦場で功績をあげ、ここまでの地位を手に入れていたのである。
戦況は最終局面を迎え、海上戦力の出る幕は無い状態であった。誰が見ても今の行動は無駄であり、ジアゾ海軍牽制の任務を解いてまで行う必要は見当たらない。しかし、彼女自身はこの行動が無駄骨になると予想しているものの、「その場に居なければいけない」という絵も言えぬ感情から、フィロスはキレナ国沿岸へ向けて艦を進ませるのだった。
キレナ国西部、港湾都市アーヴル
キレナ国唯一の港湾都市アーヴルは海外への脱出経路として使われ、多くの避難民であふれていた。ベルピニャンが陥落した時はこの都市が臨時首都として機能するため、現在は相当数の戦力が駐留して行政施設が拡充されている。
そして、魔虫の本隊を撃破したアーノルド軍主力も駐留していた。
「制服組がこんな場所まで来るとはな、まさか戦闘に参加するために来たのではあるまい? 」
「最後の作戦が決定された。これが内容だ。」
リュクスは急遽訪れたイビーに対して皮肉を込めて会話するが、イビーにはいつもの威勢は無く、作戦内容の記された書類を出す。
作戦内容は多方向からグリーンランド研究所を攻撃して内部の敵を誘引、複数の入り口から精鋭部隊を突入させて、最下層に究極破壊魔法「フレア」発現装置を仕掛けるというものだったが、リュクスはある一文を見て眉をひそめる。
「フレアを持っていくのは首都防衛隊のワールウィンドウで、失敗の可能性があれば最下層以外でも遠隔で発現させるだと・・・これはどういうことだ! 」
「書いてある通りだ。作戦成功の暁には突入部隊全員に英雄の称号が与えられる。突入部隊にはお前の名もあるが、「伝説の戦士」以上の称号は必要ないだろう? 」
イビーは淡々と語るが、リュクスはこの作戦に隠された意図を容易に読み取っていた。この手の作戦は過去の戦闘で嫌になるほど経験していたことだ。
要は名誉や名声を餌に兵士を爆弾として扱う作戦だ。フレアほどの威力があれば、わざわざ最下層まで運ぶ必要はない。
「浮かない顔をしてどうした? 首都防衛隊が最も重要視している名誉ある戦いだぞ。」
「この作戦に名誉などない! 体の良い表現で兵士を死地に送るなどあってはならない! 」
「まぁそうなるか・・・」
リュクスは政治は苦手だが、長年の経験から作戦の意図を読み取っていた。イビーはため息をついて本題に入る。
「作戦に変更はない。これは軍と首都防衛隊の決定事項だ。だが、今ならまだフレアに細工ができる・・・」
「何が言いたい。」
「将軍の件から手を引け。軍の問題は軍が解決することだ。」
リュクスは悟られないようにリグード将軍を調査していたのだが、その動きは筒抜けだった。イビーはどんな脅しにも屈しないリュクスに対して最大最強の一手を出す。
「ここで近衛としての誓いを立てろ。そうすれば遠隔発現装置をお前に渡す。」
反論の余地も与えないイビーに、リュクスは大きな決断を迫られる。組織の伝統を重んじるリュクスにとって、近衛の誓いは口約束であっても破れない絶対の誓いだ。そして、イビーの裏工作は一歩間違えば死刑もあり得る危険な橋を渡るものだった。
しばしの沈黙の後、リュクスはイビーと近衛の誓いを立てる・・・
アーヴル郊外、首都防衛隊陣地、輸送艦ブルーテトラ
ワールウィンドウは艦内の個人通信室で、父であるリグードと会話していた。
「申し訳ありません。いただいた獣王を破損させてしまいました・・・この失態は次の作戦で必ず挽回いたします。この命を賭して父上に英雄の称号をお届けします。」
鍵となるワールウィンドウには、既に作戦が伝えられている。国の中枢に近い暗部の者達が自分の命を狙っているとは考えてもいない彼は、獣王が大破したため修理を兼ねてフレアが搭載されたのだと思っていた。
次の作戦は戦争を終わらせるものであり、成功させることが出来れば英雄となれる。それは父にとっても大変名誉なことであり、例え命を失うことになっても成功させなければならなかった。それが物心つく前に自分を拾い、育ててくれた父への最大の恩返しになると考えていた。
「作戦を成功させるのは当たり前だ。だが、同時にお前は生きて戻ってこなければならん。下賤なお前にはその価値が分からぬだろうが、英雄の称号は英雄が生きていなければ只の飾りだ。真の英雄は戦場で死ぬことすら許されていない。これからは英雄に相応しい行動をとるのだ。」
「わかりました。一族の名誉のために・・・」
叱責されるとばかり思っていたワールウィンドウは、自分を認める父の言葉を重く受け止める。
ワールウィンドウはリグードにとって使い勝手の良い駒である。しかし、その能力はリグードの予想を遥かに超えるものであった。ワールウィンドウは今回の戦争で英雄の称号が与えられる話は、早い段階でリグードの耳に入っていた。息子が英雄になるとは考えてもいなかったリグードは、ワールウィンドウの扱いを根本的に変えたのだった。
ノルド人にとって英雄とは国の守護者であり、顔であり、信仰の対象なのである。
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