第69話 嵐の前の静けさ

 ジアゾ大陸東海岸の中間には、アジ族発祥の地であるニロト州とアゾ族発祥の地であるグリセル州に挟まれる形で極小サイズの州が存在している。地名や州境が記入されていない地図では見つけることも苦労するが、この州自体が世界に名だたるジアゾ合衆国の首都グラウンド・ゼロである。

 地球ではグラウンド・ゼロという名称は違った意味で使用されているが、ジアゾ合衆国では大陸国家誕生の地という意味で使用されている


ジアゾ合衆国首都、大統領官邸

 大統領は書類の山に目を通しつつ、予定通りに側近とやり取りしていた。


「パンガイア大陸に存在する全ての友好国が、年度末までの国交停止を言ってきました。まだ資産の引き上げが終わっていない国もあり、経済の更なる打撃は確実です。」

「仕方あるまい、彼らも好きで国交を遮断したわけではない。」

「パンガイア在留邦人ですが、来年には全員帰国できます。しかし、帰国拒否者は相当数にのぼり、大使館を通じて個別に権利剥奪などを通告する予定です。」 

「ペナルティーは必要ない。帰国拒否者は相応の覚悟で残るのよ、彼らを責めても意味がないでしょう。」

「大統領、それでは国内の引き締めが・・・」

「私が必要ないと言っているの。関係各省庁へも厳命しておきなさい。それと、国民を団結させるもっとマシなプロパガンダはないのかしら? 」


 ドスの利いた大統領の声に、側近は大人しく引き下がる。次に、大統領はある書類に目を通してから側近へ内容を確認する。


「メエケパ族長から随分クレームが来ているけど、これは? 」

「はい、ピクリン州とその隣接州はパンガイア連合軍の上陸予想地点となっている関係で、現在要塞化が進められています。工事は突貫作業となっており、現地の物資や人材の殆どを投入しているので、地元の経済や市民生活に大きな悪影響が出ているとのことです。」

「分かりました。明日の族長会議で議題にあげて、負担軽減策を検討しましょう。」


 戦争は始まる前段階の準備で勝敗が決まる。今現在も戦争回避を模索している大統領でも、この要塞建設を止めるわけにはいかない。

 書類の山と格闘する大統領と、中々思うように動いてくれない大統領に手を焼く側近達のもとに、ある人物が訪れる。

 ノックの後に執務室の扉が開かれ、勢いよく入室してきたのは外務省の高官だった。


「ラッド王国の大使館から緊急通信が入りました! 」


 外務省の上級高官が慌てて入室し、大使館からの緊急通信との内容に、執務室にいる者全てが最悪の事態を想定する。


「パンガイア大陸南西部、キレナ国にて魔物が大発生し甚大な被害が出ているとのとこです。」


 パンガイアとの開戦という最悪の情報ではないので、部屋の空気が少し和らぐ。


「魔物? その程度だったらすぐに駆除されたのでしょう? 」


 魔物の大発生はパンガイアで数年に一度起こる自然現象であり、大統領は何が緊急なのかわからなかった。


「この魔物は新種で、強力な戦闘能力を保有しているとのことです。現地の軍では対応できず、一部がアーノルド国へ侵攻を開始し、国境を突破された同国は国内で大規模な迎撃戦を展開した模様。現在、同国内の戦闘は終結し魔物は駆除されたとのことです。」

「アーノルド側の被害は? 」

「迎撃には北部方面軍総戦力の三分の一が投入されたことが確認できました。しかし、被害状況は不明です。未確認ですが、現地の諜報員からは「相当な被害」が出ているとのこと。」


 そう言って将校は諜報員が撮った写真を大統領の前に並べ、その写真に皆が息を呑む。アーノルド国がここまで苦戦する相手は見たことが無かった。


「大統領、緊急会議の開催を提案します。」

「分かりました、会議の前にできる限り、大雑把なものでも構わないから把握している情報は全て用意しなさい。」


 ジアゾは転移前から現在までに2回の歴史的幸運に恵まれていた。

 1つは転移前、大航海時代の到来によって世界の各大陸と交易が始まった時。各大陸で1つだけ統一国家ができていないジアゾ大陸は、大急ぎで大陸内の国家を1つにまとめた。しかし、急ごしらえの政府は各大陸国家に直ぐ見破られ、いつの間にか各大陸が連合軍を組織してジアゾ大陸に侵攻、分割統治をする方向で歴史が動き出そうとしていた。その矢先に転移したのである。

 もう1つは約300年前、転移後に発生した先進国ロマ王国のジアゾ大陸侵攻である。この時、ジアゾ国は甚大な被害を出すものの、瘴気内国家とロマ王国の周辺国の協力もあって決定的な勝利を収めた。ロマ王国の王都ロマへ逆侵攻したジアゾ国軍は徹底的な破壊を行い、アーノルド国とスーノルド国の仲介で軍を引き上げるまで破壊は続けられる。

 ロマ王国は隣国の侵攻もあって滅び、王都ロマは都市国家としてアーノルド国の保護領となる。


 地球基準でいうと近世のジアゾ国が近代兵器を保有するロマ王国に勝利した背景には、瘴気内国家である妖怪の国「倭国」と神竜の協力があった。世界各地に人脈を持つ権謀術数の優れた大妖怪と、人知を超えた存在の神竜の協力は、文明格差を超えてジアゾ国に勝利をもたらす歴史の大どんでん返しを生んだ。

 人間国家の滅亡に魔族国家が関与したとあっては、倭国が世界中から敵視される可能性があったため、この事実は徹敵的に隠匿され、ジアゾ人を始め世界でも一握りの者しか知らない歴史の裏側であった。



キレナ国北部に位置するオアシス集落

 アーノルド国ターレンとキレナ国首都ベルピニャンの丁度中間に位置する小さなオアシス集落は、多くの兵士で賑わっていた。

 ターレン基地所属の第101人機大隊と第801装甲歩兵大隊が再編のため、後方に移動してきていたのだ。


「まさか戦地で休暇が取れるとはね・・・」

「これは休暇じゃなくて部隊再編で発生した待機期間だ。」

「どっちでもいいじゃん。安全地帯で休めるんだから・・・」


 ドックミート隊の面々は束の間の安息を大いに享受していた。


「なぁ、聞いたか? 装甲歩兵の連中は引き上げだってよ。」


 装甲歩兵に友人がいるタリアンは、一早く情報を仕入れていた。


「あぁ、やっぱりか。装甲歩兵は被害が大きかったからな。」

「バタリン、どうもそうじゃないみたいなんだ。戦傷病にかかった兵士が大勢出たのが原因みたい。」


 タリアンがいう戦傷病とは、地球でいう心的外傷後ストレス障害である。


「あれが原因だろうな。」


 会話を聞いていたエリアンは2人に戦闘時の話をする。


「俺達が第3部隊の支援へ向かっている時、同時に装甲歩兵の部隊も向かっていてな。途中で合流したんだ。」


 エリアンは合流後の話をしていく。魔虫は息を潜めている時にはレーダーに映りづらく、突発的な攻撃を警戒して小隊は移動速度が大幅に低下していた。そこで装甲歩兵が移動ルートの建物を索敵しながら進んで行く方法がとられる。この戦法によって人機の安全確保ができ、移動速度が改善することで第3部隊のもとへ早期に到着できていた。


「問題はその道中にあった。装甲歩兵がスラムの一角に、多くの住人が避難している建物を見つけたんだ。」


 避難民を見つけたことで増援部隊は大きな決断を迫られることになる。だが、選択肢はいくつかあるようで、結局は1つしかなかった。敵の攻勢が始まっている状態で大勢の避難民誘導はできす、第3部隊が全滅する前に到着しなければならならない増援部隊は、司令部に判断を仰いだ。だが、返答は「任務を優先せよ」だった。


「今まで無事だったのだから、上手く息を潜めていれば見つからないだろうってことで、俺達は避難民を置いていったのさ。戦闘が終わって装甲歩兵と一緒にその避難民を迎えに行ったら、全員肉塊にされていたよ。」


 エリアンは何処か遠くを見てあの時の状況を話す。避難民に「魔物を倒したら必ず迎えに来る」と言っていた装甲歩兵達は自分達の判断を終始攻め続けていた。勇敢で怖いもの知らずの装甲歩兵が見せたあの表情は、エリアンの一生の傷として記憶に刻まれる。


「あのチビ共か、弱っちいクセに避難民を狙いやがって。」


 チビとはα型の事だ。αは人間大の比較的小型な魔虫で、武装した軍隊なら容易に蹴散らす事が可能な反面、非武装の人間には非常に危険な脅威となっていた。


「俺達はモニター越しで見ていただけだが、装甲歩兵は直だからな・・・」

「そう落ち込むなって、あれは仕方なかったことで、お前のせいじゃないだろ。」


 報告だけで実際の現場を見ていないタリアン達は、増援に向かったエリアン隊と装甲歩兵部隊のダメージを理解していない。


「第4部隊は死者無しなんだぜ。みんな生き残っただけでも喜べよ。シュバなんて、まだ武勇伝を語ってるぞ。」

「そうだな・・・」


 そう、あの時からシュバの様子が変わっていた。作戦優先で後回しにしていたが、終了後はいつものシュバに戻っていたため、医療チームに見せることはしていなかった。

 シュバはいつも通り、部隊の仲間達と喋っているが、その中にサウとエンティティの姿はない。あの2人は拠点に戻ってから体調不良を訴えて、今は医療テントで寝込んでいた。かく言う自分も、あの光景を見た後から体調はよくない・・・今のシュバは、明らかに異常だ。



大型飛行輸送艦サヴァ艦内会議室

 第101人機大隊司令カールは、各部隊長に次の作戦指示を出していた。


「第1部隊は首都へ戻り、警備につけ。第2部隊は第3部隊を吸収、再編する。第4部隊はこれから第3部隊だ。」


 損害の多い第3部隊は第2部隊に吸収され、代わりに第4部隊が第3部隊となる。これはシュバ達新兵部隊が正規兵となることを意味し、今回の戦闘が終われば階級が上がることは間違いない。


「空いた第4部隊はどうするのですか? 」

「本部は軍学校入校者を招集して送ってくる。明日には到着するから、第3部隊で教育しておけ。リロ中尉頼んだぞ。」

「了解・・・」


 これは体のいい左遷だ。首都防衛で活躍したベテラン部隊は、そのまま防衛の任務に就き、同じベテラン兵であるリロは、首都から離れた田舎とも言えない場所に配置されることになった。空港防衛戦におけるリロの判断は部隊に死者を出さないメリットがあったものの、その行動は各方面から多くの非難を受けていたのだ。



同艦内格納庫

 人機格納庫では、人機の修理と整備が夜を徹して行われていた。実戦を経験した機体は訓練による損耗とは異なり、攻撃を受けていない機体であっても多くの個所を整備する必要がある。


「よし、これで終了・・・」


 スクリムは損耗の激しいシュバの機体を何とか仕上げていた。その後ろからは作業用人機に乗ったヴァイラスが大きな荷物を床に置く。


「これは、装甲歩兵の・・・これも整備するんですか? 」


 ヴァイラスが持ってきた荷物は装甲歩兵の装備一式だった。


「これは俺達が着るものだ。軍学校で剣技は習っただろ。」

「へ? 」


 スクリムは想定外の発言に間抜けな声を出す。装甲歩兵として剣を握るなど、軍学校以来だ。


「不正規戦対策だ。敵に小型のバケモンがいるせいで、これからは整備兵も武装するそうだ。」

「そんな、鎧を装備してまともに整備なんてできませんよ。」

「何も四六時中着ろってわけじゃない、これは非常用の装備だよ。」


 艦内格納庫には装甲歩兵装備が次々に運び込まれており、収容スペースを圧迫し始める。


 装甲歩兵の装備一式は、この世界の標準的な歩兵装備である。頭から足の爪先までを保護するために強化セラミック製の各パーツで構成されており、中でも体幹部に装備するコアが重要な役割を果たす。コアによって装備者には多くの補助魔法がかけられ、装備している間は力の増強、移動速度や体力の向上、魔法耐性など、様々な恩恵を受けられる。近年はジアゾ軍の使用する重機関銃対策で、肩に展開式防御スクリーンを装備できるようになり、大幅な防御力向上が計られていた。

 武装は主に剣や槍であり、人機や鳥機などの近代兵器に相当する兵器を持ちながら未だに歩兵装備が剣や槍なのは、歪な文明の発展が大きく影響していた。この世界の文明は遺跡の解析で発展してきたため、解析できていない分野は大いに遅れているのだ。

 歩兵装備として銃火気に相当するものが無いわけではなく、クリードマシンガンを小型化した装備も配備されているが、小型化技術が未熟なため装甲歩兵が持つにしても重量過多となり、威力も装甲歩兵の装甲を抜くには5~8発も当てなければならず、人機に対してはあまりにも無力だった。代わりに、現代の装甲歩兵は人機装備を輸送車両等に搭載して運用しているため、装甲歩兵最強の装備は輸送車両と揶揄されることもある。しかしながら、配備されている剣や槍には高度な魔法技術が使用されており、鋼鉄をも貫く性能を有している。

 装甲歩兵は地球でいうところのパワーアシストスーツに、そこそこの防弾性能を持たせたアーマーを装備したものとなっており、この分野では地球よりも優れた兵器である。

 長年研究を重ねて来たジアゾ陸軍が装甲歩兵との白兵戦を原則禁止としていることから、丸腰の状態で敵の装甲歩兵に接近されれば死を覚悟しなければならない。


 装甲歩兵は古代文明を解析することで生まれた兵科だが、極稀に古代文明の装甲歩兵装備一式が遺跡から発掘されることがある。これは「勇者の鎧」と呼ばれる特殊な装甲服であり、世界広しといえど着こなせる者は数えるほどしかいない。この鎧を着こなせる者は国から勇者の称号を与えられ、戦場では人機を相手にしても一騎当千の活躍をしていた。

 勇者の鎧は当初、着た人物の魔力や体力を吸収する特性から、危険な呪物とされていた。だが、この鎧を着た勇者が超兵器「神機」に乗って神竜を討伐したことがきっかけで、勇者の鎧と呼ばれるようになる。



アーノルド国首都オースガーデン郊外

 首都郊外の富裕層地区にある館で、各方面の有力者が集まって密会が行われていた。


「此度の戦は予想外に発生したことですが、我が国の大勝利は間違いありません。」

「既に、英雄と呼ぶにふさわしい活躍をした者もいます。」

「国に英雄が増えることは望ましいことですな。しかし・・・」

「今回もノルド族からは英雄的活躍をした者は出なんだ。」


 見た目は煌びやかなパーティーなのだが、微妙な空気が漂っている。


「今回の戦において、英雄評議会に推薦されている兵士は、首都防衛隊のワールウィンドウという獣人です。」


 その名前を聞いて彼の出生を知る者は顔をしかめる。


「評議会は何も知らないようですな。あれはリグード卿の飼い犬ですぞ。生まれが露呈しては英雄の名に傷が付きかねん・・・」

「しかし、推薦されてしまったからには手遅れ、国民が新しい英雄の真実を知る前に、ここは1つ手を打つしかありません。」

「これ以上、ノルド族以外の英雄が増えるのも良くありませんし、彼には名声を保ったまま永遠の英雄となってもらいましょう。」


 戦士達へ僅かに与えられた安息時にも世界は動き、命がけで戦う彼らの運命を決めていくのであった・・・

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