第68話 進化論の悪夢 その6
アーノルド国軍と魔虫本隊との戦闘が始まる数カ月前
ワールウィンドウは、古代遺跡グリーンランド研究所で発見された生物の説明を受けていた。
「魔虫は魔法耐性に優れています。特に我々がΩと呼称するタイプは、戦艦級古代兵器に迫る耐性を持っており、自動回復魔法が常時かけられています。」
「魔虫全体に当てはまることですが、対人機戦を想定して作られております。人機の標準装備であるクリードライフルとマシンガンではΩ型を倒せないでしょう。」
研究者達は研究成果と解析結果を報告していく。
「Ω型の対策ですが、魔法耐性と自動回復を超えるダメージを与える必要があります。破壊の雨や戦艦の砲撃ならば破壊は可能ですが、陸上戦力で対応するとなると、追尾光子弾やクリードキャノンを直撃させるしかありません。」
「1つ宜しいでしょうか? ヒートブレードとヒートクローに効果はありますか? 」
ワールウィンドウは獣王の装備が話に上がらない事を疑問に思って質問する。
「ヒートブレードとクローは魔法攻撃要素が低いため、攻撃を当てることが出来れば、とても有効な効果を発揮するでしょう。」
「あくまで「当てれば」だ。獣王とΩ型では構造上、接近戦での獣王は分が悪い。もし戦うのであれば、獣王2機で挑むのだな。それでも戦闘力的に互角といったところだ。」
ワールウィンドウの質問に研究者と軍の分析官が答える。
「我々の持つ陸戦兵器でΩ型に致命傷を与えることは容易ではありません。しかし、それは魔法文明の兵器で戦闘をした場合です。魔法を使用していない科学兵器ならば、魔法耐性がどれだけ高くても意味をなさないでしょう。解析の結果、ジアゾ陸軍の戦車砲で使用される徹甲弾ならば、Ω型の鋼殻も貫通できることが判明しています。」
「防御スクリーンを展開されては無意味ですが、対Ω戦では戦車が有効な兵器となるでしょう。」
「貴様! 敵の兵器を使えと言うのか! 」
説明の場は将軍が癇癪を起して収拾がつかなったことで終了となる。
「フィァーーーーー! 」
魔虫の中でも異形のΩ型は、咆哮をあげながらワールウィンドウ機に向かって進んでいく。その他の魔虫と比べて強固な鋼殻を持つΩ型は人機の攻撃を物ともせず、1体で防衛線の奥深くまで侵攻してきていた。
Ω型の頭には、グリーンランド研究所で孵化場を破壊して回っていた獣王の姿が強くインプットされていた。迎撃に出た魔虫はことごとく破壊され、最終的に自分がこの強敵と対峙することになる。
Ω型と獣王の戦いは、リグード将軍が魔虫に囲まれた事でワールウィンドウが転戦したため、2度刃を交えただけの不完全な形で終了する。以後、Ω型は獣王を危険視し、優先攻撃目標に置いて行動を起こしていた。
「こっちの刃は実質一本、お前は二刀流。」
ワールウィンドウは1度の交戦から、Ωに獣王の特性を把握されたと判断していた。あの戦闘は互いに様子見程度で終わり、本気ではぶつかっていなかったが、相手の力量を知るのには十分だった。
相手は二刀流で獣王より硬く重い。それでいて機動性は同等。多くの者は研究者や分析官の言う通り、獣王ではΩ型に勝てないと思うだろうが、実際に戦ったワールウィンドウはそんな感じは受けていなかった。彼自身、獣の感で相手の特性や癖を感じ取り、「勝てる」と判断していた。
「そこの獣王! 早く後退しろ。」
後方の輸送艦へ移動している獣機部隊長から、ワールウィンドウ機に通信が入る。Ω型の進行方向に展開している獣機部隊全てに撤退の命令が出ていた。
「こちら首都防衛隊、第2獣王群4番機から後退中の獣機部隊。敵進行速度からして後退は間に合わない。我が機で敵を止める。」
「流石はケルベロス、虚栄でないことを祈るぜ。」
オープン通信ではないので、後退中の獣機部隊長は皮肉を言う。実際のところ、この隊長は獣王が勝てるとは思っていなかった。獣王の装備は長距離攻撃に特化したものとなっており、クリードキャノン2門以外は標準装備のヒートクローとヒートブレードのみであった。獣王最大の武器である機動性を捨てた装備なので、誰が見ても不利なのは明らかだ。
無人となった砲撃陣地で、ワールウィンドウはΩ型を待ち受ける。Ω型は更に加速し、時速100㎞を超える速度で迫ってきていた。
「クリードキャノン、チャージ完了、ヒートブレード展開開始・・・」
ワールウィンドウはΩ型との距離と獣王の加速性を考慮して攻撃の頃合いを見定める。
「 今! 」
クリードキャノン2門を時間差で発射すると同時に獣王を最大出力で前進させ、クリードキャノンへの次弾装填と魔力チャージを始める。
砲弾はΩ型の速度を考慮した未来位置へ発射されたが、攻撃を想定していたΩ型は簡単にかわす。並み魔虫なら至近弾でも絶命する程の威力だが、Ω型は何事もなかったかのように爆炎と土煙の中から出現し、獣王へ突進する。
「クリードキャノン、チャージ完了、射撃距離安全装置解除。」
獣王とΩ型は互いの距離をどんどん詰めていき、互いに互いの間合いに入る。重量物を装備している獣王はようやく最高速度に到達し、左のヒートブレードで切り抜こうと跳躍し、Ω型はそれを受け止める構えを見せていた。
獣王の左ヒートブレードとΩ型の左の鎌が擦れ合う・・・
ザンッ、ガガガッ
機体の損傷する音が獣王のコックピット内で聞こえ、警報音が響き渡る。機体の状態を表すモニターには、機体左側が前方から後方へかけて深刻な損傷が発生したことを表す赤の表示に変わっていく・・・
Ω型は跳躍して切りかかった獣王のヒートブレードを左の鎌で受け流しながら、右の鎌を獣王の左足付け根部分に突き刺し、そのまま切り抜いていた。
次々に損傷個所が増えていく中、ワールウィンドウは冷静に、ある一瞬のタイミングを計っていた・・・そして、最善のタイミングで前部右側スラスターを作動させる。獣王はΩ型との摩擦とスラスターを作動させたことで、空中で180度反転した。
「・・・」
ワールウィンドウはクリードキャノンの照準をΩ型の一番大きな部分に合わせ、トリガーを引く。至近距離から発射された砲弾はΩ型の胴体から足部分に着弾し、強烈な複合魔法の爆発を発生させた。
「透視装置作動、クリードキャノンパージ! 」
特大の爆発が起き、獣王は爆風に飛ばされながらも、次の行動を起こしていた。ワールウィンドウは強烈な衝撃の中、外の様子が映されたモニターを見ると、一瞬空が映ったものの、後は爆炎と土煙で見えなくなってしまう。
吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた感覚が終わって直ぐにワールウィンドウは獣王を起き上がらせる。左前足が完全に動かなくなっているが、周囲を索敵すると透視装置のモニターに悶えるΩ型の姿が映し出された。
ワールウィンドウは強敵との勝負をつけるため、獣王の機関出力を最大に上げる。
「フィア゛ア゛ア゛ーーー」
突然の大ダメージにΩ型は叫ぶことしかできなかった。急速に体の機能が失われ、被害状況の把握もできない状態である。
痛みの中、Ω型は獣王の姿を探すが、全ては手遅れだった。Ω型が獣王の姿を捉えた時は、自身の首がヒートブレードによって切断されていた。
Ω型の首を跳ね飛ばし、不格好ながら着地した獣王は、左足を引きずりながらΩ型の首まで移動する。
「強者よ、さらばだ・・・」
ワールウィンドウはΩ型の首をヒートクローで踏みつぶす。
メガベース司令部
司令部には重苦しい空気が漂っていた。北部方面軍の2つの師団が総力を挙げて迎撃戦を行ったものの、敵に防衛線を突破され、後方部隊に撤退を指示するという屈辱的な戦闘となっていたからである。
「間もなく鳥機が発艦します。」
「雷鳥は基地で補給作業中。」
「首都防衛隊に転戦を指示しました。」
Ω型の予想外の戦闘力を前に、全てが後手に回っていた。しかし、司令部へ思いがけない通信が入る。
「首都防衛隊、第2獣王群4番機から作戦司令。Ω型を撃破した。繰り返す・・・」
「えっ、こちら作戦司令部。通信内容を再度連絡せよ。」
オペレーターは通信内容を信じられず、再度の確認を行う。そして、Ω型の反応が完全に消えたことを確認し、首脳達に報告する。
「Ω型の撃破に成功。後方の長距離支援部隊がΩ型を倒しました。」
オペレーターの報告を首脳達は中々理解できなかった。どこをどうすれば長距離支援部隊があの怪物を倒せるのか想像もできなかったのである。
「敵指揮官の死亡を全軍に通達。」
「勝どきをあげろ。全軍に敵残存兵力の掃討を指示。」
「了解。」
両師団長によって作戦の締めくくりとなる命令が出される。指揮官を討ったという情報はアーノルド軍の士気を飛躍的に向上させ、魔虫の群れは瞬く間に殲滅されるのであった。
Ω型の亡骸を前にして佇む獣王を囲むように、キャリーと呼ばれる人機輸送機が多数飛来し、漆黒の人機3型が獣王の周辺に降下して終結する。そして、漆黒の人機でも形状の異なる異質な機体がワールウィンドウ機の前で止まった。
「無事か? 」
ワールウィンドウ機の前まで来たリュクスは、激戦を戦い抜いたワールウィンドウに通信を入れる。
「機体は大破しました。戦闘継続能力はありません。」
ワールウィンドウの機体は損傷が激しく、戦闘の激しさが伺えた。
「間もなく輸送艦が到着する。到着次第、ワールウィンドウ機は修理に入れ。」
「了解。」
リュクスは獣王とΩ型の戦闘跡を見て、ワールウィンドウの正体を概ね把握する。
「何世代経っても血は変わらない、か・・・」
首都防衛隊は獣王が1機大破したものの、その他の被害は無く、敵指揮官の殺害という大戦果を挙げたのだった。
パンガイア大陸で発生した魔虫との戦闘は、多くの国が巻き込まれ、近年稀にみる大規模戦闘となり、マスコミ、諜報機関を通して世界を駆け巡ることとなる。
スーノルド国首都、王城謁見の間
スーノルド国もアーノルド国同様に議会政治を採用しており、王族の権限は大幅に縮小されている。しかし、現女王は政治、外交手腕に優れており、隣国のアーノルド国王とも極めて良好な関係を維持していることから、省庁や議員から助言を求められることが多くあった。
謁見の間は作られた当時から大きくその形を変え、現在では謁見の間というより大会議室に近い形をしている。
「女王陛下、此度の戦はアーノルド国が圧勝とのことです。「我が国も軍を派遣し、魔物を討伐するべき」と国民からの声は日増しに大きくなっております。陛下の一声があれば、何時でも軍は動かせる状態です。」
軍務大臣は女王の判断を仰ぐ。スーノルド国も対ジアゾ戦へ向けて東部に戦力を派遣していたため、出すとしたら予備か防衛戦力から出さなければならない。防衛戦力や予備戦力を出すことは本国の防衛力を減らすことになるため、女王の考えを聞きに来ていた。
実情は、窮地に陥ったアーノルド国軍から密かに援軍の派遣要請がきていたことが一番大きいのだが、それを公にするわけにはいかなかった・・・
「そうだな、軍を出そう。だが、南西ではなく東にだ。」
「そ、それは一体、どのような考えがおありで・・・」
魔物対応に必要な軍を派遣せず、東に軍を出すことの意味が軍務大臣には思いつかない。
「不思議な顔をして居るが、其方は東部を手薄にするつもりで居るのか? 大陸東部からアーノルド国軍が引き上げた隙にジアゾが攻め込んでくれば、拠点のロマだけでなくサマサまでも灰となろう。その状態で神竜に攻め込まれれば、どれだけの被害が出るかわからぬ。同盟国の抜けた戦力を我が国で補うのだ。」
軍務大臣は基本に立ち戻る。ジアゾ戦は神竜討伐の前段階で、これが成功しなければ目標達成が非常に困難となる。
神竜は速度で神機を超え、大陸奥深くに侵入されれば超兵器艦「アルテミス」では対処できない。ジアゾという後顧の憂いを排除し、洋上か島嶼にて超兵器4機で包囲討伐するという作戦の根幹を崩すことは避けねばならなかった。
「神竜の根絶はノルド族の悲願。女王陛下のお言葉通り、軍を動かします。」
軍務大臣は深く頭を下げ、その後に国務大臣が発言を行う。
「最近は国民が熱を持ち易くなっております、ここはヤン王子の「成人の儀」について国民へ周知させ、目先の魔物ではなく、輝かしい未来へ向けさせたいと考えています。」
「ふむ、もう伏せておく事でもなかろう。発表時期は任せる。」
優れた判断力を持つ女王がいるため、スーノルド国は良い意味で王制がまだ機能していた。
神竜討伐後はヤンとユリエ姫の結婚を発表し、世界に戦争の終焉を伝える。数世紀に渡って戦争の無い平和な世界を築くことは、アーノルド国王とスーノルド国女王の悲願であった。
しかし、2人の計画はイレギュラーの存在によって潰えることとなる・・・
パンガイアで発生した大規模戦闘は、その大きさから瘴気内国家にまで知られることになるとは、瘴気外国家の人間は思いつきもしなかった。
瘴気内国家の某国、防衛省
この世界で新たに打ち上げた観測衛星や監視衛星の情報を分析している部署は、慌ただしくなっていた。
「重点監視目標の画像が来ました。」
職員は数日前に打ち上げたばかりの監視衛星から送られてきたデータを解析し、鮮明な画像として映し出す。
「これは、爆撃機か? 」
「はい、ジアゾの武官から情報提供があった雷鳥と酷似します。」
画像は他にも次々に送られてくる。
「新しい解析アルゴリズムは上手く機能しているようだな。」
「ええ、航空機や車両の画像をどんどん送ってくれるので、探す手間が省けます。」
「機械にあまり頼るなよ。最後は人の目で確認するのが大前提だ。」
新しい衛星が機能していることに安堵している職員の傍らで、一部の職員は深刻な表情で話し合いをしていた。
「この画像であの幹部も動くでしょう。時間があまりないので行動は迅速に・・・」
「ジアゾとの連絡手段確立は前倒しで進んでいますが、これ以上急かせて失敗でもされたら、元も子もありません。」
「致し方ありません。大陸間での戦争が始まる前に、ジアゾへ核技術を・・・」
時間は刻一刻と、残酷に過ぎてゆく。
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