第66話 進化論の悪夢 その4

キレナ国首都、ベルピニャン

 ベルピニャンは不帰の砂漠から北東に位置し、アーノルド国ターレンからは南に900㎞程度離れている。砂漠の中にありながら豊富な湧水によって広大なオアシスが広がり、古くから交通の要衝となっていた。永い歴史の中でキレナの民が湧水を最大限利用して砂漠に灌漑を行い、市街地を広げて築き上げた大都市である。

 ベルピニャンは100年戦争の災禍を奇跡的に逃れた都市だが、現在は崩壊の危機にあった・・・


 都市部で4機の人機が全方向に向け激しい攻撃を行う。


「19・20・21・22匹もいるぞ。」

「こっち来るんじゃねぇ! 」


 エリアンが敵の数を把握して取り乱し、サウは自分達が包囲殲滅されようとしている事に恐怖しながら射撃する。2機とも闇雲に撃っているためか、攻撃は中々敵に当たらず撃破が出ていない。


 魔虫達は建物を遮蔽物にして見る見るうちに接近していく。だが、一定の距離まで近づくことはできても、そこから先へは進めなかった。

バシュッ、バシュッ

 ノミのような魔虫が跳躍中に被弾して地面に転がり落ちる。地面を進むダニのような魔虫は的確に頭部や体の中心を撃ち抜かれ、ほぼ1発で機能を停止していった。


「シュバ! エリアンとサウがパニックだ。僕達で2人をカバーするよ。」

「了解・・・」


 パニックになった2人とは裏腹に、エンティティとシュバは的確に敵を倒していた。遠距離攻撃仕様のエンティティ機は両腕ライフル、両肩に連装追尾光子弾ランチャーの重装備であり、ライフルを交互に発射することで敵の接近を許さなかった。


「11匹、12匹・・・」


 一方、シュバ機はライフルとマシンガン装備だが、ライフルのみを使用して狙撃し、何かに取り付かれたかのように倒した敵を数えていた。



「こんの~」


 サウは跳躍中の魔虫を攻撃するが、空中にいるため命中弾が出ない。人機改1型には自動捕捉照準機能がついているものの、ノミに対しては跳躍時に姿を現した瞬間に作動させても、捕捉する前に遮蔽物へ消えてしまうため、有効に機能しなかった。

 そんなことをしていると、機体の直ぐ横からダニが現れる。サウはノミに気を取られている間に、地面を移動してくる敵に気付かなかった。


「うあああああああ! 」


 サウはライフルとマシンガンの両方で射撃しダニ1匹を粉砕するが、魔虫はバラバラに解体されたため、オーバーキルである。


「やったか・・・はぁ、はぁ」


 自分を殺そうとしていた敵を倒してサウは気が抜けるが、戦闘が終わったわけではなく、自分の頭上にはノミの魔虫が彼を押しつぶそうと落下してきていた。


ドサッ


 サウは機体のすぐ横に撃ち抜かれたノミが落下してきたことで、自分が狙われていたことを知る。隣を見るとシュバの機体が敵を攻撃しており、更に1匹の敵を仕留めていた。


「シュバ! 助かったぜ。」


 サウは命の恩人に礼を言うが・・・


「14匹・・・」


 シュバはうわ言のように倒した敵を数えていた。


「敵の殲滅を確認! ここは一先ず安全だ。俺は司令部に連絡して指示を仰ぐ。」


 エリアン隊は待ち伏せの敵、22匹を全て倒すことに成功する。


「おいっエリアン! シュバの様子が変だ。」

「戦闘開始からこんな状態なんだ。攻撃は受けてないから怪我の心配はないけど・・・」

「俺は大丈夫・・・」


 サウとエンティティは隊長にシュバの症状を報告する。


「本人も大丈夫と言っているし、このことは後回しだ。今後の説明をする。」


 シュバは行動不能といった状態ではないので、エリアンは先を急いで指示を出す。


「空港でも戦闘が始まったそうだ。作戦に変更はない、俺達は第3部隊の支援に行く。シュバ、先頭を行ってくれ。」

「了解・・・」


 第3部隊の防衛線が突破されれば、空港は多方向から攻められることになる。状況が状況なだけに、立ち止まる訳にはいかなかった。



ベルピニャン首都空港

 未だに多くの避難民で溢れかえっている空港は、更なる混乱が起きていた。魔虫の一団が空港へ向け侵攻を始めたため、防衛部隊と激しい戦闘が行われていたからである。避難民は逃げ場が空しかない状況でも戦闘が発生している場所から少しでも離れようとし、軍の活動スペースまで迫ったため地元の治安部隊とターレンの装甲歩兵が混乱の対応に当たっていた。


「第4部隊の増援が待ち伏せを受け、キレナ国軍の案内人が戦死。敵は排除されて部隊に被害なし。」

「空港への攻撃は散発的ですが、第4部隊に軽微な被害あり。」

「良し! 増援部隊は作戦続行。損害の穴は予備機を出せ。」


 派遣した増援部隊が待伏せを受け、空港には敵の攻撃が始まったため、流石のカールも肝が冷えたが、被害は許容範囲内で作戦に支障はなく、作戦続行の判断を下す。

ズズン・・・

 戦闘音が届いている司令部内でも一際大きな爆発音とともに地揺れが起き、カールをはじめ司令部要員の全員が異常を感じとる。


「何だ! 何が起きた。」

「カール司令! 第4部隊が担当地区を破壊しています。」

「はぁ? 」


 第101人機大隊第4部隊担当地区では、光子弾ランチャーを両肩に装備した人機が一列に並び、釣瓶撃ちの要領で市街地に高威力光子弾を降らせていた。

 高威力の光子弾は建物に命中すると、その部分の物質を侵食して強度を奪ってから炸裂、粉砕する。砂漠に適応するための建物はレンガ等が使われており、密度の低い物質に対して光子弾は奥深くまで侵食し、破滅的な効果を発揮していた。


 1発の光子弾が6階建ての建物に命中し、隣接する建物と共に崩壊してゆく・・・


「命中! 目標破壊・・・あの、本当に建物を破壊してよかったのですか? 」


 バタリンは破壊命令を出したリロに恐る恐る問う。


「構わん、あの地区は避難済みだ、気にせず撃て。これで射線がとりやすくなる。」


 リロは人機に乗って最前線まで出ていた。敵の侵攻は食い止めているものの、戦闘が始まって1時間としないうちに4機が破壊され、戦術の転換が必要と判断したリロは、練度の低い部隊でも命中率を上げる方法として建物の破壊を命じていた。


「第4部隊、市街地への被害は最小限に留めろ。」

「了解、善処します。」「タリアン隊、バタリン隊、最後の障害を排除しろ。」


 司令部への返答とは真逆の命令を出すリロに部隊の面々は困惑するが、命令は命令なので射線を遮る最後の建物へ攻撃を行う。


「リロ中尉! 建造物への攻撃を止めろ。」

「了解。攻撃を中止します。」「各隊は警戒態勢を維持、敵は射程に入ってから破壊しろ。」


 リロは部隊に指示を出すと、一歩後方へ下がり司令部とやり取りを行う。


「司令部はキレてたな。」

「あぁ、1区画瓦礫にしたんだ。やりすぎだろ。」


 先ほどまで建物を破壊していたタリアンとバタリンは、見通しが良くなった街を見て複雑な気分になっていた。


「4人はどうなった?」

「ブレブが肋骨折っただけで、3人は予備機で後方を守っているそうだ。」

「予備機はノーマルだろ? この調子じゃ援軍到着まで持たないんじゃないか? 」

「俺達が考えたって仕方ない、カール司令やリロ隊長を信じて命令を遂行するしかないさ。」


 タリアン達が話している後方では、リロが司令部と言い合っていた。


「これ以上街を破壊すればキレナ国の心証が悪くなる。破壊は最小限にしろ。」

「既に接近戦で4機もやられています。このままでは空港を守り切れません。」


 カールは援軍としてベルピニャンの防衛を命令されており、南部方面軍の後詰が到着するまで防衛目標を守らなければならず、そのためにはキレナ国軍との連携が重要となり、彼らの心証を損なうことはしたくなかった。一方、リロは練度の低い部隊を率いて空港防衛を行わなければならず、少ない戦力で最大限の防衛力を発揮させなければならなかった。


 空港への攻撃は、エリアン隊が第3部隊と合流して防衛線を再構築したことで大幅に弱まり、防衛は成功する。空港防衛戦は市街地で超接近戦が多発したキレナ国軍に多くの死傷者を出したものの、開けた場所で待ち構えていた第4部隊は4機の被害で守り抜くことに成功したのであった。

 更に中央区画を防衛していた第1部隊がキレナ国軍特殊部隊と共に敵本体を殲滅。各地に援軍として駆け付けて敵の残党を駆逐していった。


 カールが初期に考えていた戦況予想とは異なり、ベルピニャンはアーノルド国南部方面軍の本隊が到着する前に奪還することに成功する。これはキレナ国中枢が中央区画へ戦力を集中させたことが大きく影響していた。魔虫の群れは速度を活かした編成であり、初期の目標はキレナ国中枢の早期制圧であった。キレナ軍は郊外の防衛を放棄してまで中央に戦力を集めたため、国民に大きな被害が出る結果となったが、侵攻部隊からの攻撃を見事に防ぎきり、反撃に転じて敵に大損害を与える事に成功する。



アーノルド国、ターレン陸軍基地、基地司令官室

 基地司令レムリンは、南部方面軍総司令からの新たな情報と命令を受けていた。


「ベルピニャン侵攻部隊は敵の陽動だ。敵本隊が我が国中枢を目指して移動している。」

「そ、そんな! すぐに迎撃準備に取り掛かります。」

「狼狽えるな。」


 狼狽えるレムリンに総司令は喝を入れる。


「敵本隊は総数13万から20万だ。これには北部方面軍と首都防衛隊が対応する。ターレンは敵進軍路上に位置する地域の避難を全力で行ってくれ。」

「りょ、了解いたしました。直ちに地域住民の避難を行います。」


 既にターレン陸軍基地では国境線に沿って監視所と防衛線を構築し始めていたが、大幅な方針転換となる。こういった非常時に備えるために人機大隊3個と装甲歩兵大隊2個を残していた。


「キレナ国へ派遣した部隊はどういたしますか? 」

「そちらは作戦継続だ。本来、敵本隊は南部方面軍で迎え撃ちたいのだが、我々はキレナ国防衛が主任務となっている。キレナ国は絶対に守り抜く。」



アーノルド国、南部方面軍総司令部

 南部方面軍総司令官はターレン陸軍基地司令に必要な指示を出して受話器を置く。


「至上主義者共め、何処まで国を貶める気だ。」


 ノルド人の優位を維持するために未調査の遺跡を秘密裏に発掘し、国際機関が調査に出ると判明してから急いで遺産を移転しようとした結果、遺跡の暴走を招いた中枢に居る者達。

 敵本隊に自国領を侵され、自身の軍が対応できないという無力感。

 今回の裏事情を知る南部方面軍総司令官は、本国中枢のノルド人至上主義者と自分の無力さに怒りを露わにする。



アーノルド国首都オースガーデン、国防省

 ある一室で軍幹部が秘密裏に会議を行っていた。


「陸軍は第6師団と第7師団が出る。空軍は爆撃群全てを投入するそうだ。海軍の出番は考えていないが、ハデスがキレナ国へ向かっている。」

「こちらは人機部隊が2個と獣王部隊を出す。提供された敵情報からして、これで十分だろう。」

「軍は既に移動を開始した。広域破壊兵器の使用許可も予定通り出る。何とか間に合った・・・」


 イビーとリュクスは、それぞれの組織で出し合った情報と敵の侵攻速度を計算し、迎撃が間に合うと判断する。


「私は首都防衛隊と行動を共にする。軍へはワールウィンドウが同行する。」

「連絡員が最前線に出て、まともに情報共有できるのか? 」

「私は600年前から同じ様なことをしている、問題はない。」


 実戦経験が自身の年齢の20倍以上であるリュクスの言葉に、イビーは納得する。


「まだc型もγ型も目撃されていない。Ωがどこでその戦力を投入してくるかで戦局は変わるな・・・」

「Ω型の戦闘力は段違いだ、気をつけろ。」


 2人は情報共有と作戦時の連携事項を確認して分かれる。

 人類と魔虫の決戦が間もなく始まろうとしていた。

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