第65話 進化論の悪夢 その3

アーノルド国首都オースガーデン、首都防衛隊本部

 首都防衛隊は軍から完全に独立した組織で、陸海空の独自戦力を一括で運用する珍しい軍事組織である。この組織は帝国時代のロイヤルガードが始まりであり、現在も首都防衛の要として王族と首都を守っていた。

 首都防衛隊のトップであるシュバリ卿の前には、顔見知りの軍幹部が訪れていた。その幹部は独特の殺気を伴っており、シュバリは会話が始まる前から緊急事態が発生したことを察する。


「現在、首都へ向けて魔物の群れが移動しています。これには北部方面軍が対応することとなっていますが、態勢が整っていないのが現状です。このままでは魔物が静海工業地帯に侵入する可能性があるため、首都防衛隊は北部方面軍の精鋭と共に迎撃に出ていただきたい。」


 シュバリ卿は煙草の火を消すと、おもむろに立ち上がる。


「ジアゾとの戦争準備で、大陸の東端に戦力の大部分を移動させたツケがこれか・・・」

「はい。国内の戦力は防衛戦力のみで、迎撃に出れる部隊が限られています。」


 シュバリは思案した後、元部下に対して意思を伝える。


「人機部隊を2つと獣王部隊を出す。共同作戦は抜かりの無いように。」

「はっ、私は連絡員として首都防衛隊と行動を共にします。」


 今回の迎撃作戦は北部方面軍が主体となって行う関係で、首都防衛隊は軍の指揮下に入る。帝国時代だったらあり得ないことだが、持てる戦力を最大限活かすためには効果的な方法である。ここでリュクスのような派遣隊員がいることで、有効な戦力を最も必要とされる場所に投入することができるのだ。

 このような体制が整う前は指揮系統の混乱が頻発し、戦略的価値のない村を陸戦最強の兵器「獣王」が防衛して、敵の本隊と小戦力で戦うといった失敗が続いていた。


「ところで、この魔物共についてそちらは何か掴んだかね? 」

「その件に関しては、軍の協力者から情報提供がありました。北部方面軍のリグード将軍が関与しているとのことです。」

「そうか、国土保全省と軍情報部へ派遣した隊員も同じような情報を掴んでいる。」


 シュバリ卿は既に大まかな情報を掴んでいた。


「では、リグード将軍を捕縛するべきです。罪名は・・・」


 リュクスは犯人がほぼ確定したため、これ以上余計なことをされる前に捕縛を考えていた。


「お主は何もしなくてよい。リグード将軍へは私から話をしておく。」

「何か、あったのですか。」


 国の危機を招いた人物を庇おうとするシュバリ卿へリュクスが理由を問うと、シュバリは机から書類を取り出して、内容を見せながら答えた。


「リグード将軍はキレナ国内の古代遺跡を極秘裏に調査していた。しかし、国際会議でその遺跡が調査の対象となったことで、古代技術の移転作業が急遽行われることとなる。事故はその時に発生した・・・これは国土保全省から私宛の報告書だ。」


 リュクスは自身の想像以上にシュバリ卿が情報を得ていることに驚くが、シュバリは報告書の続きを読む。


「リグード将軍の古代遺跡調査には首都防衛隊の関与が疑われる。〇月〇日〇〇時〇〇分、首都防衛隊所属の大型飛行輸送艦1隻がキレナ国へ正規の手続きをせずに侵入・・・」

「その報告書は何かの間違いです。」


 リュクスは報告書の内容を否定する。


「軍や民間と違って、我々の飛行記録は残らない。だから将軍に目をつけられたのだろう。だが、記録が残らないわけではない、首都防衛隊内部で保管され、出ることがないだけだ。記録には国土保全省の報告と一致するものがあったよ。」


 シュバリは机に資料を広げてリュクスに輸送艦の詳細情報を見せた。大型輸送艦は1人の首都防衛隊員が使用し、その隊員に雇われた搭乗員が操縦。また、黒一色に統一された人機3型を搭載との情報も書かれていた。機体のカラーリングを漆黒とするのは首都防衛隊のみである。


「輸送艦の搭乗員と人機3型は将軍の部下だろう。内部調査で、この日は1名以外の所在確認はできている。」


 リュクスにはその1名に心当たりがあった。


「ワールウィンドウですか・・・」


 ワールウィンドウは狼の獣人であり、北部方面軍から首都防衛隊に入った精鋭兵士で、鳥機パイロット、人機パイロット、装甲歩兵、全てにおいて高い能力を有している優秀な軍人だ。事前調査ではリグード将軍の養子ということ以外判明しなかったが、再調査によって将軍が孤児の違法取引で養子に迎えたことが判明している。性格は真面目で忠誠心が高く、根っからの軍人気質とされるが、リュクスは調査で軍人にも当てはまらないと判断していた。

 首都防衛隊員となってからは1年中経過観察が行われるのだが、リュクスが調査のために訪れたワールウィンドウの邸宅は人間の住んでいる気配も生活感もなく、住んでいるというよりは「居る」というのが正しい表現であった。また、話しかければ返答はするものの、決められたセリフを言うだけであり、人間と話している気にはなれなかった点がリュクスを不安にさせていた。

 リュクスの評価は、彼は真面目ではなく、将軍の言うことを盲目的に聞くだけで、自身の感情を持たずに将軍の手足として動く人形だった。


 入隊が難しいことで有名な首都防衛隊で、このような隊員が入隊できたのはシュバリの行った改革が影響している。他の組織に人を派遣する一方で、その組織からも首都防衛隊へ人員の派遣が行われ、ワールウィンドウはリグード将軍が北部方面軍をあげて派遣した隊員であった。

 シュバリ卿が行った組織改革、他組織との連携は大きな成果を出した反面、このようなリスクを抱え込む結果となっていた。


「これ以上、事を大きくしたくはないのだよ。リグード将軍のことは忘れたまえ。獣王部隊にはワールウィンドウも参加する。」


 取り返しのつかない不祥事に首都防衛隊が関わっている事が表に出れば、組織の存続どころか、国王にも関わる一大事となる。リュクスは怒りを抑えて気を静める。彼には先ず、やらなければならない任務があった。


「リュクス、お前だからこそ首都防衛隊を任せられるのだ。ケルベロスに勝利と名誉を。」

「はっ、必ずや勝利と名誉をもたらします。」


 やらなければならないことは多くある。だが、国へ侵攻してくる敵への対応が何よりも優先しなければならなかった。リュクスは国を守るために全力で行動を開始する。



ジアゾ合衆国東海岸から東に約800㎞地点、西大洋上

 波を引き裂きながら巨大な艦が西を目指していた。全長150mもの古代兵器艦が護衛に付いているものの、その巨体と比べれば護衛がフリゲートに見えてしまう。


アーノルド国、古代兵器艦隊旗艦「ハデス」

 ハデスは古代兵器の中でも超兵器に分類されている。全長327m、最大速力48ノット、連装粒子砲前部2基、後部1基、単装粒子副砲6基、追尾光子弾ランチャー4基、近接防御兵器8基、レベル5防御スクリーンを搭載している。この兵器は神竜との戦闘が可能であり、神竜にダメージを与えられる主砲と、神竜のブレスを防ぎきれる防御スクリーンを展開可能である。



 アーノルド国、古代兵器艦隊旗艦ハデスはジアゾ艦隊けん制の任務に就いていた。護衛として古代兵器艦であるブリザード級「バージンスノウ」「ディープスノウ」「ホワイトスノウ」の3隻がつき、ハデスを中心に輪形陣を形成している。艦隊はジアゾ合衆国の領海にかなり近づいており、超兵器も含まれているためか、合衆国海軍の視線を一身に受けている。艦隊は多くの艦からレーダー照射を受け、上空には偵察機が舞っていた。


「科学艦隊アルファは36隻、ベータは44隻。どちらも3日前と比べて倍増しています。」

「合衆国海軍から通信有り。「貴艦隊の目的を連絡されたし」「領海への侵入は宣戦布告とみなす」以上です。」


 ハデスの戦闘指揮所で部下の報告を聞いた艦長は、通信士に予定通りの返答を伝えるよう指示する。


「我が艦隊は訓練中である。貴国領海に侵入する意図はない。繰り返す・・・」


 通信士が返答する中、戦闘指揮所では接近してきた艦隊の分析が始められていた。


「フィロス艦長。敵艦隊の中にデータにない艦が存在します。」

「彼らはまだ敵ではない。迂闊な発言には気をつけなさい。」

「申し訳ありません。」


 フィロス艦長と呼ばれた女性は、ハデスの運用が始まってから今まで艦長を務めている。彼女は戦エルフと呼ばれる種族であり、数世紀にわたって国に尽くしてきた。正義感と責任感が強く、曲がったことが嫌いな彼女はノルド人の英雄像にマッチしており、根強いノルド族至上主義がある中でも名誉国民に選ばれるほどの実績と人気がある。中でも王族からの信頼は絶大で、現国王からは「国が誤った道を進んでも自分の正義を貫いてほしい」とまで言わせるほどであった。


「ジアゾの主力艦はC-3と呼ばれる戦艦ですが、この艦は更に大きい。恐らく、情報部から報告があった最新鋭艦でしょう。」

「彼らの能力を調べたいわ。もっと接近しましょう。」


「会議中申し訳ありません。これをお聞きください。」


 艦の首脳が集まってこれからの対応を話しているところに、慌てた様子の通信士が録音したパンガイアの民間放送データを持ってくる。


「・・・で発生した魔物の群れは・・・キレナ国首都に迫り・・・アーノルド国は・・派遣しました。」


 放送を聞いた者達は大陸で大きな事件が起きていることを知る。


「何か、大事になっていないか? 」

「海軍本部からは何も連絡はないが・・・」

「超兵器への命令は議会の承認後に出されるので、それを待っているのでは? 」


 幹部達はハデスへ何も連絡がないことを不思議がっているが、裏事情を知るフィロスは内心あきれていた。「魔石の温存ね・・・くだらない」彼女は直ぐに命令を下す。


「現時刻をもって任務を終了する。艦は東に進路をとれ。これより、ハデスはキレナ国沿岸へ向かい、隣国の支援を行う。通信士、ジアゾ艦隊には気の利いた別れの挨拶をしておきなさい。」


 キレナ国には周辺国から軍事支援が行われ始めていたが、首都での防衛戦後は大陸中から援軍が派遣されることとなる。その中でハデスの出現は戦況を変える大きな転機となるのであった。



キレナ国首都ベルピニャン、首都空港

 ターレンからの援軍が到着して2時間後、ドックミート隊は予定地点への展開を完了していた。


「敵本体が間もなく防衛線に到達します。」

「連合竜騎士団の航空攻撃完了。次回は4時間後です。」

「夜目からの情報来ました。敵本体の総数は5千以上! 」


 ドックミート隊司令官のカールは報告を聞き、指示を出す。


「戦闘は各部隊に任せる。情報共有を密にしろ。」


十数分後・・・


「こちら第2部隊、戦闘開始。」

「第3部隊戦闘開始。」

「こちら第1部隊、こっちは散発的に戦闘が起きているだけだ。」


 カールの元へ次々に情報が送られてくる。


更に30分後。


「こちら第2部隊、キレナ国軍の被害甚大。防衛線の維持ができない。後退の指示を! 」

「第3部隊から本部。防衛線は健在なるも2機やられた。1人死亡、1人重傷。」

「第2部隊は現状を維持せよ。第3部隊、重傷者は後方拠点まで運べ。損失した機体の整備兵は予備機で出撃しろ。」


更に1時間後。


「こちら第2部隊、キレナ国軍の援軍到着。防衛線を再構築した。これから補給に入る。」

「第3部隊から本部! こちら被害甚大! 第3小隊喪失、第2小隊壊滅状態。キレナ国の援軍は何時来るんですか! 」

「第1部隊だ。こっちに被害はないが、中央区画は敵に包囲された。現在までに400匹以上駆除しているが終わりが見えない。当分援軍には向かえないぞ。」


「第3部隊の損耗率が3割超えました。キレナ国の援軍は到着する前に壊滅した模様。」


 2時間も経たずに深刻な被害が出ている部隊があり、カールは運用の修正に入る。


「第4部隊から1小隊を第3部隊への援軍として出す。リロ隊長に伝えろ。」



約3時間前

 シュバ達新兵は戦地に降り立っていた。既に空港に拠点を構え、第1から第3部隊は防衛地点へ向けて空港を離れており、手の空いた第4部隊は空港周辺に展開しようとしていた。


「来ちまったよ。」


 シュバが周囲を見渡すと、空港は避難民であふれていて、一角ではキレナ国空軍の竜騎士達が人竜共に精魂尽き果ててぐったりしていた。


「ここも、いつ戦闘が始まるかわからないって。」

「こんなに避難民がいる状態でか? 」

「とにかく、俺たちは空港の防衛に専念すればいいってよ。」


 部隊の面々は完全に場の空気にのまれていて、シュバはリロの姿を探す。こんな時に的確な指示を出せるのはベテラン兵であるリロだけだった。


「いた、でもあの人機はどの部隊だ? 」


 リロはどこの国にも属していない人機のパイロットと会話をしていた。そして、話の終わりにリロは人機用の魔石を渡して分かれる。


「リロ隊長、先ほどの人機は一体・・・」

「傭兵ギルドの者だ。彼は要人警護で既に魔物と戦闘を経験していた。だから敵の情報を買ったんだよ。」

「へっ? じゃあ、今渡したのは・・・」

「あれは俺が自由にできる物資で、何も問題はない。敵の中には恐ろしく硬い奴がいるようで、あの傭兵はクリードライフル6発でやっと倒せたそうだ。どこまで本気かわからなかったが、関節に撃ち込めばよかったとも言っていたな。」

「そんな。それじゃ敵は人機の防御を超えているってことですか? 」

「最新情報は直ぐに伝えるが、何が出てくるかわからん。作戦行動中は常に感覚を研ぎ澄ませておけ。これから空港周辺の警備に出るぞ。」


 それから3時間は空港周辺での戦闘は発生せず、第4部隊は避難民の警護に当たっていたが、戦闘開始から1時間30分後、遂に第4部隊に戦闘地域への出撃が命令される。


「エリアン、エンティティ、シュバ、サウ。お前たちは第3部隊の支援に向かえ。」


 リロの命令によってエリアンを小隊長とした部隊が編成され、部隊は移動ルートを確認してから出発することになった。


「目的地までは戦闘地域が続くが、あくまでも第3部隊の支援がメインだ。なるべく早く到着するぞ。」

「さて、やってやろうじゃないか!」

「おうよ!」

「準備完了。」


 部隊の面々は神経の太い者が殆どで、エリアンは一安心する。


「自分はランザといいます。道案内は任せてください。」


 部隊にはキレナ国の人機1型が1機、案内として同伴して出発した。

 5機の人機部隊は射撃音と爆発音が響き渡る街中を進んでいく。隊長機であるエリアンはレーダーを確認し、中近距離戦闘担当のシュバとサウは前後に分かれて自身の目で周囲を確認し、遠距離戦担当のエンティティは部隊の中心を移動していた。


「ここから戦闘地域に入ります。敵はあらゆる方向から攻めてきているため、全方位に警戒してください。」


 戦闘地域に入る前にランザは部隊に注意を促す。戦闘地域では魔虫の突発的な奇襲が頻発しており、キレナ国軍を悩ませていた。

 ランザがある建物の前を通過しようとした時、建物が突然崩壊して中から巨大なダニのような生物がランザ機にのしかかり、棍棒のような前足で殴り掛かる。


ガンッ、ガンッ、グシャ、グシャ、グシャ・・・


 容赦ない攻撃でランザ機は一瞬にしてコクピットが潰される。

 あまりの出来事にエリアン達は時が止まってしまったが・・・


「「うああああああああ! 」」


 ドンドンドン。パパパパパ。空気が破裂したような、金属パイプ同士が衝突したような独特な射撃音でクリードライフルとマシンガンから光弾が射出され、魔物を肉塊へと変える。


「射撃止め。」

「エリアン! 何やってんだよ。レーダー見てたんだろ。」


 友軍の突然の死に、サウはエリアンを責める。


「レーダーには何も映ってなかったんだ。」


 この時はまだ判明していなかったが、魔物には待ち伏せモードがあり、気配と魔力波をほぼ消すことが可能だった。

 2人が言い合いをしている中、シュバは異様に落ちついていた。余りにも衝撃的な光景に感情の一部がマヒしてしまったようだ。


「1型は3発で破壊されるのか・・・ブリーフィングで敵は群れで行動するって言ってたっけ。」


 シュバは直ぐに周囲を警戒する。シュバ機のモニターには、建物を飛び越えながら移動するノミのような魔虫と、地面を移動するダニのような魔虫が群れで近づいてくる様子が映し出されていた。

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