第64話 進化論の悪夢 その2

 アーノルド国南部国境付近を5隻の輸送艦が列をなして南へ向け飛行していく。この飛行輸送艦隊は南部方面軍ターレン空軍基地に配備されている全ての輸送艦が投入されており、4隻の輸送艦には隣接する陸軍基地の人機部隊「第101人機大隊」通称ドックミート隊の全部隊を、残りの1隻には装甲歩兵部隊「第801装甲歩兵大隊」を搭載していた。

 主力である改1型66機、未改装機と予備の1型44機、指揮車両5台、作業用人機60機、その他車両320台を搭載した4隻と、完全武装の装甲歩兵部隊約800名と各支援車両を搭載した1隻は、これだけで古代兵器を持たない弱小国を滅ぼせるほどの戦力である。

 


大型飛行輸送艦アージ艦内

 アージには新兵部隊であるドックミート隊第4部隊が搭載されており、格納庫ではドックミート隊全ての隊員へ作戦が伝えられようとしていた。作戦は南部方面軍本部が国防省と偵察機から送られてきた情報を基にして初期の作戦を立て、各基地へ伝達したものである。


「キレナ国首都空港へ到着したら、空港の一角に拠点を置く。第1部隊は省庁が密集する中央区画の防衛を行い、第2、第3部隊は空港へ侵攻してくる敵を迎え撃つ。我々第4部隊は空港の防衛と拠点形成の支援だ。空いた輸送艦で自国民の避難を行うため、荷下ろしは素早く行うように。」


 リロは地図を開き、ターレンの部隊が置く拠点の位置や大まかな地名と防衛目標を伝える。


「敵の詳細だが、虫の魔物で大きさは人間大から獣機並みの奴までいるそうだ。こいつらはただの魔物じゃない。情報部の分析では、手当たり次第に都市を襲っているわけではないことが判明している。」


 軍情報部はキレナ国からの情報提供と空軍の偵察情報を分析した結果、虫達には明確な攻撃目標が設定されており、人口の多い大都市と軍の拠点を優先的に攻撃し、古代遺跡や魔石鉱山を占拠して拠点にしていることが判明していた。


「リロ隊長、質問があります。敵の戦闘力はわかっているのですか? 」


 エリアンは敵の力量について質問する。


「詳細は不明だが、キレナ国の人機部隊が大隊規模で潰されていることから、戦闘力は高いと推測される。それと、奴らなりの戦術も駆使してくるそうだ。魔物の駆除というよりは、国際法が通用しない先進国と戦争する気でいけ。」


 リロは敵が侮れる相手ではないことを伝える。


「嘘だろ、そんな魔物がいるなんて・・・」

「コクピットの中も安全じゃないのか・・・」


 魔物の戦闘力を聞いた隊員達は狼狽える。魔物の駆除は特別珍しいことではないが、任務で人機パイロットが殉職することは暫く無かった。人機は特殊加工されたセラミック装甲板に守られており、魔法攻撃と物理攻撃耐性に優れ、魔物の牙や爪では文字通り歯が立たない。そもそも、人機はクリードライフルやマシンガンで武装しているため、牙や爪が届く位置まで接近される前に片付く事がほとんどだ。そんな人機が大隊規模で損失を出ていることは、新兵達に大きなプレッシャーとなっていた。


「最新の情報によれば、既にキレナ国は首都に魔物の侵入を許している。到着即戦闘もありうる状況だが、被害が増えるも減るも先発隊である我々の働き次第だ。基本を忘れるな、訓練通りに動け。以上。」


 ブリーフィングが終わるとシュバは機体の確認に格納庫へ移動する。自身の機体は整備兵のヴァイラスとスクリムが内部データのアップデートを行っていた。


「また修正データがきたんですか? 」

「あぁシュバか、丁度いいところに来た。情報部から敵の魔力波パターンが送られて来たんだ。」

「これがあれば、魔力波が乱れていても敵の位置が分かるよ。」


 シュバが周囲を見ると、自分の機体だけでなく全ての機体でデータの更新作業が行われていた。


「もう敵の解析ができたんですか? 」

「そうだ。情報部様様だな。もうすぐ終わるから、最終確認してくれ。」


 初の戦闘を前に兵士達は自分にできることを行っていく。



大型飛行輸送艦サヴァ艦内

 艦隊の旗艦を務めるサヴァには、第101人機大隊と第801装甲歩兵大隊の司令部が置かれていた。


「空軍が郊外の敵を攻撃しているものの、効果は限定的です。」

「周辺国も空軍の派遣を決めたようですが、主力は竜騎士になります。」

「首都の戦況ですが、キレナ国は郊外の防衛を放棄。中央区画へ戦力を集中投入し、敵の侵攻を食い止めているようです。」


 状況が次々に報告されていくが、戦況は出発前に指揮官達へ伝えられた情報以上に悪化していた。


「敵の侵攻が予想より早い。人機の展開を最優先にするべきだ。我々装甲歩兵は邪魔な避難民の対応に当たる。」

「分かりました。では、我々は人機を展開させ、防衛体制を整えます。」


 二人の指揮官は現地での連携確認を進めていく。


「増援の到着は何時になる。」

「早くても30時間後になります。」


 カールは思考をフル回転させて今後の戦い方を考える。今回の敵は先発隊でどうにかできる規模ではなく、増援が到着するまでが重要となる。守る、攻める、友軍と連携する。防衛目標を護りつつ、戦力を減らすことなく30時間もの時間稼ぎをしなければならない。

 増援の到着が先発部隊と大きく離れているのは、ターレン基地が国境付近での大規模訓練を準備していたからである。派遣命令が出される前に準備を済ませていたターレン基地と他の基地とでは派遣部隊の編成からして雲泥の差が出ていた。


「長い1日になりそうだ。」


 カールは艦橋から目的地方向を見ると、空と地上には既に避難民の姿が見え始めていた。




アーノルド国首都オースガーデン、国防省

 ある一室で、国家方針の変更に近い命令が出されようとしていた。


「リグード将軍。魔虫が遺跡の機能を利用していることが、新たに判明しました。」

「ほう、虫どもにそんな機能があったか。」


 何も分かっていない様子の将軍に、部下は単刀直入に話す。


「魔虫はこの星における人類の全戦力を把握しました。我が国の中枢を攻撃目標にΩ型率いる主力が砂漠を北上しています。」


 報告を次第に理解し始めた将軍は、見る見るうちに顔色を変える。


「ぬぁんだとぉ~。たかが魔物にそんなこと出来るわけがなかろう。報告は事実のみを話せ。」

「全て事実であります! 魔虫は遺跡のネットワーク機能を利用し、宇宙に浮かぶ遺跡も使って我々を監視しています。更に、敵主力は侵攻ルートにあるキレナ国の都市を何もせずに通過、一直線に静海工業地帯へ向けて進んでいることからも、我が国が目標となっているのは明確です。」


 将軍は鬼気迫る部下の報告に、今になって事態の深刻さを理解する。


「ぐぬぬぬ。北部方面軍に出撃命令だ。東部方面軍には東部派遣軍団を本国に移動させるように要請する。それまでは南部方面軍で時間稼ぎをしろ。」

「北部は既に部隊編成中です。東部派遣軍団も本国へ向け移動を開始しました。」


 既に事の裏側を知る者達によって秘密裏に軍は動いていた。


「南部は既に国境とキレナ国首都へ戦力を集中しているため、動かせない状況です。国境の防衛線は戦力不足から一部しか構築できません。敵は防衛線を迂回してくる可能性があり・・・」

「わかった、わかった。時間稼ぎには番犬も使ってやる。」


 将軍はやらなければならない仕事が増えたため、部下の説明を途中で区切って支度を始める。


「ワシはこれから広域破壊兵器の使用許可を取ってくる。鳥は何時でも飛ばせるようにしておけ。」

「わかりました。」


 部下は一礼して将軍の部屋から出ていく。


「無能がようやく動いたか・・・」


 将軍への報告が終わり、リュクスは将軍の前とは比べ物にならない殺気を放ちながら首都防衛隊司令部へ向かうのだった。


 リュクスは首都防衛隊から軍へ引き抜かれた元ケルベロスである。彼が名誉ある地位を手放してまで軍へ異動したのは、昨今の首都防衛隊を取り巻く環境が影響している。

 首都防衛隊は軍が敗れた時に国家の中枢を護る要。そのため、装備は最高のものが支給され、待遇も前時代的なものとなっている。しかし、首都が脅かされるような事態は新体制発足以降無く、最前線へ派遣される軍人からは多くの不満が出ていた。「不相応な装備を持った戦わない軍隊」「儀仗隊」「国家の穀潰し」それらは軍だけでなく、議員や国民からも言われ始める。

 首都防衛隊となって約500年、今では規模も予算も減らされ、組織で最も重要な「志」を持った隊員も減少。「帝国の守護者」「誰もが憧れる名誉ある部隊」というイメージは遠い昔の物になりつつあった。


 現状に危機感を持った首都防衛隊のトップ、シュバリ卿は組織改革を断行し、軍や他の組織との連携体制を整え、首都防衛隊を積極的に戦地へ派遣するようになった。この改革の目玉はリュクスのような派遣隊員であり、異なる組織の橋渡し役という重要な役割を持っていた。しかし、橋渡しとなる派遣隊員は待遇が目に見えて悪くなるため、組織と危機感を共有し「志」を持つもの以外、成り手はいなかった。


 首都防衛隊を首都防衛以外に使うことに対して、組織内外から大きな抵抗があったものの、軍との共同作戦や首都防衛の拡大解釈という大技を使い、シュバリ卿は政策をごり押しで進めていた。

 首都防衛隊は精鋭の中の精鋭が集まった組織のため、派遣部隊は各地で活躍し、現在では軍や国民からの評価も好転している。しかし、問題がなくなったわけではなかった・・・


 リュクスが国防省を移動していると、ある人物が行く手を阻む。


「何時からケルベロスは周囲に尻尾を振るようになったんだ。」


 イビー、国防省の若手制服組のトップである。急進派の彼はノルド族至上主義者でもあり、多種族が所属する首都防衛隊を良く思っていない。また、近年の首都防衛隊の動きにも不満を持っており、軍へ派遣されたリュクスとは良く揉めている軍人であった。

 リュクスは無視して先を急ごうとするが、胸倉を掴まれて止められる。エルフであるリュクスとアーノルド人のイビーでは体格差があり、リュクスの足は容易く宙を浮く。


「無視するなよ。」

「私は急いでいるのだ。用が無いなら退け。」


 イビーはリュクスを片手で持ち上げ、自身の顔の前に引き寄せる。


「軍で好き勝手に動いてるんじゃねぇ。」


 一触即発の状態に周囲の職員は息をのむ。


「勝手な真似はするなと伝えておけ。」


 イビーはリュクスを放して去って行き、リュクスは服を整えてから国防省を後にする。


 大通りを首都防衛隊所属の高級車が進んでいく・・・リュクスは自身の執事に車を運転させ、首都防衛隊の本部へ向かっていた。

 各省庁が首都の中心部に密集する中、首都防衛隊の本部は郊外に帝国時代からある城の入り口に置かれている。この城は歴代皇帝の居城として使われていたものであり、現在でも王族が暮らしている重要施設だ。ケルベロス達の拠点は国の象徴を護る最後の壁ともいえる場所に建っていた。


 リュクスは制服のポケットから、しわだらけの紙を出して広げる。


「キレナ、グリーンランド、失敗、リグード」


 紙には単語のみが書かれていたが、これを見て内容が分かる者はごく少数しかいない。リュクスはイビーから渡された紙を炎魔法で焼却処分し座席にもたれかかる。


「勝手な真似はするな、か・・・」


 組織の橋渡し役は静かに双方の組織を動かしてゆく・・・

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