第60話 南部軍区人機模擬戦

アーノルド国南東部、ズワイ地溝盆地

 ズワイ盆地は四国の半分ほどの面積があり、以前はズワイ国という小国が存在していた。盆地には古代遺跡が転々と存在し、ズワイ国は古代文明を利用することで小国ながら大いに繁栄した国だった。しかし、100年戦争で両陣営がズワイ盆地の古代遺跡を巡って衝突。ズワイ盆地全域が激戦地となり、都市と古代遺跡は完膚なきまでに破壊され、ズワイ国は消滅する。

 現在、ズワイ盆地は廃墟と戦跡が広がる人の住めない地域となってしまったが、年に一回行われる南部軍区人機模擬戦の指定開催地となっている。周囲に集落は無く、人が立ち入ることのない場所でリアルな戦場の雰囲気が漂うズワイ盆地は、模擬戦に相応しい場所であった。



ターレン陸軍基地、ドックミート隊第4部隊格納庫

 ドックミート隊の格納庫では、模擬戦に向けた出発準備か進められていた。現地に行く者は新兵の中から選抜された人機のパイロットと整備兵、ベテラン隊員数名に医療班などであり、1チームでも結構な人数が派遣される。装備は人機16機に予備4機、輸送車両10台、補給車両5台、作業用人機4機、指揮車1台とその他支援機となっている。

 ターレンからズワイ盆地までは距離があるため、空軍の虫型輸送艦で移動となるが、空軍の輸送艦は飛行艦であり、地上から100m付近を巡行時速300㎞で飛行することが可能である。また、搭載量は中型艦ながら人機部隊をまるごと輸送できるほどであり、地球には無い大型の航空機であった。ドックミート隊は10台の輸送車両に人機を乗せ、人員は各車両に分乗して隣の空軍基地へ向け出発する。

 空軍基地に到着すると輸送艦への積み込みが始まり、人機は最下層の人機ステーションに固定され、その上の階層に各種車両と装備が搭載される。輸送艦の内部構造としては上の階層が人間用スペースとなり、最上階が艦橋となっている。



大型飛行輸送艦「アージ」艦内

 ズワイ盆地へ向け飛行中の艦内では、陸軍のシュバ達が思い思いの時間を過ごしていた。


「古戦場で模擬戦なんて、大丈夫かな・・・ほら、昔の戦士達がさ・・・」

「エンティティ、お前お化けが苦手とかか? 出るわけないだろ、浄化は300年以上前に終わっているんだから。」

「模擬戦の候補地になったのは百年前だっけ? まぁ、長年そこで訓練してきたんだから問題ないっしょ。」


 古戦場での戦闘訓練に不安を持つエンティティに、シュバ達は訓練場の歴史を語りながら安心させようとするが、実の所、シュバを含めて部隊の面々も古戦場での訓練に不安を持っており、各自戦後の不発弾処理や魂の浄化作業の歴史を調べていた。


 一方、ドックミート隊のベテラン達は別室で模擬戦での戦術を話し合っていた。ベテラン達は戦闘に参加しないものの、指揮車から指示を出す役割を担っている。全体を見回して戦況分析しつつ的確な命令を出すことは、ベテランでなければ無理なのだ。


「今回の模擬戦だが、例年通りとはいかなくなるかもしれない。戦術の見直しが必要だ。」

「カール司令の言っていたツインレイクの件か? 企業が協力と言っても、1型じゃ限度があるだろう。そんなに変わらないと思うがな。」


 リロ達はターレン基地での出発式後、司令のカールに呼ばれてツインレイク基地が軍事企業の支援を受けて新装備を配備したと聞かされていた。


「何が配備されたかは知らないが、かなり画期的なものらしい。従来通りの戦い方じゃ勝てなくなるだろう。そこでお前達の出番だ、ベストを尽くせ。」


 カールのベテラン兵への指示は「何が起きるか分からないが、そこはお前らが何とかしろ、負けるなよ」である。


「新装備の内容が分からないんじゃどうしようもない。現地に着いたら知り合いを当ってみるよ。」

「んじゃ俺はツインレイクを見てくる。」


 ベテラン隊員達はツインレイク基地部隊との戦闘に向けて準備を進めていく。



ズワイ空軍基地

 模擬戦前日23時30分。普段スカスカな基地には多くの航空機が着陸し、飛行輸送艦で埋め尽くされていた。利用する航空機が基地の容量を超えるので、数日前から設営隊と空兵隊によって周辺に仮設飛行場が3ヶ所設置され、基地機能が強化されている。

 人機模擬戦は陸軍の大型演習だが、空軍にとっても仮設飛行場の設置や航空管制など、国外派遣の訓練に最適であり、陸軍予算で動くことができることで毎年陸軍に協力していた。


 ズワイ空軍基地周囲には多くの部隊が陣を敷いている。輸送艦から指定の場所へ人機を運び、2列横隊で並べて整備兵が点検を始める。同時に作業用人機を降ろしてテントなどが続々と設営され、辺りが明るくなる頃には全部隊の準備が完了する。



「ホントに南部全体から部隊が集結しているんだな。」


 犬系獣人が住む地域からほとんど出たことが無いシュバは、多種多様な人種が集まる会場に圧倒される。亜人と違い、獣人は同種以外と交配ができないので獣人は同種で各地にコミュニティを作って世代を繋げていた。コミュニティの外では差別もあるため、多くの獣人はその地域内か嫁ぎ先で一生を過ごすのが一般的である。


 シュバが周囲を見回すと遠くにリロの姿を見つける。リロは狐人(狐の亜人)と話していた。


「そっちはツインレイクの話を聞いていないのか。」

「ここで初めて聞いたぞ。で、それはどんな装備なんだ? 」


 リロは知り合いの軍人にツインレイク基地が導入した新兵器の情報を聞いて回っていたが、有力な情報は得られない。新装備の情報はツインレイクから比較的近いターレンでも最近になって入手したもので、遠くの基地は一切の情報を持っていなかった。


「今隊員を向かわせているが、初戦を見ない限りどんな装備か分からないな。」

「そうか、情報ありがとよ。ちょうど初戦の相手がツインレイクなんだ。新兵に気合を入れさせておく。そっちは3回戦目だったか? 時間に余裕があるなら見学していくと良い。」

「忙しいところ悪かったな、模擬戦は見させてもらおう。」


 リロは情報収集に奔走しており、シュバは人混みに紛れてリロの話を聞こうとする。「何か、込み入った話みたいだな。あれ? 中尉と目が合った? まさかな・・・」

しかし、リロはシュバ目がけて一直線に向かってくる。


「俺を尾行とは、お前も中々隅に置けないな。」


 どうやらリロはシュバに尾行されたと思っているらしい。半分正解だが偶発的なものである。


「いえっ、自分は尾行なんて・・・ところで、何を話されていたのですか? 」

「お前達には本番直前に話そうと思っていたことだ。今回の模擬戦用にツインレイク基地が画期的な新装備を導入したという情報が入ってな。それを知り合いに聞いて回っていた。」

「それで狐人と話していたのですか。」

「グレイフォックス隊なら情報を持っていると思ったのだが、何もないそうだ。初戦でツインレイクの部隊と交戦するから、お前も見ると良い。」

「グレイフォックスって常勝チームじゃないですか。リロ中尉はそんな部隊に知り合いがいたんですか? 」


 リロは新兵だった頃、毎年模擬戦でグレイフォックス隊の人機を3機以上撃破していた。当時敵なしと呼ばれていたグレイフォックス隊とまともに戦えるのはドックミート隊のリロしかいなかったため、2チームの対戦相手は数年間固定となる。

 シュバ達はターレン基地でドックミート隊の戦績を数字だけ見て中の上くらいだと把握していたが、実際にはトップクラスの部隊と模擬戦を長年続けての成績であることや、南部の各基地では「ドックミート隊を侮るな」が新兵教育で話されていることを知らなかった。


「彼はカサラギ中尉、俺のライバルだ。だからか、今も親交がある。軍曹は強くなりたいのだったな。強くなりたいなら、ライバルを見つけることだ。」

「そ、そうなのですか。」


 リロとシュバは会話しながら模擬戦会場へ歩いていく。会場は廃墟の市街地、荒野、丘陵などに分かれており、遠い会場は車で移動しなければならないが、グレイフォックス隊の模擬戦会場は一番近い場所にあり、リロとシュバが到着したころには模擬戦が始まろうとしていた。


 南部地区人機模擬戦はトーナメント方式ではない。各部隊の戦闘は1回のみであり、勝っても負けてもそこで終了となる。この模擬戦で最強の部隊と最弱の部隊を決めるわけではないが、ここでの勝敗が所属基地全体の人事評価に直結するため、南部の基地は新兵教育に力を入れていたのであった。

 そのような状態で企業が一つの基地に肩入れするような行為は、とても公正には見えないが、もちろん裏がある。今回の模擬戦を開催しているのは軍と企業であり、企業は新装備の有用性をアピールするため、軍はジアゾ戦に向けて南部の新兵エースを見つけて引き抜こうとしていたのだ。


「新兵が操縦するとはいえ、補助機関を搭載した1型とまともに戦えるのはベテランくらいだ。ツインレイクの人機を3機以上撃破するパイロットは間違いなくエース級だよ。」

「練度がそこまで達している新兵は、いないと思うのですが・・・」

「ところが南部にはいるんだよ。長年、操縦性最悪の1型を乗りこなしている地域だ。各基地で独特の訓練方法があるのさ。」


 国防省から直に派遣された職員は、各部隊の隊員をリストアップする。


「最初の相手はグレイフォックス隊か・・・相手にとって不足無し。」

「1型ではありえない機動力と自動照準装置の前にはどこの新兵も同じ、ただの的よ。」


 企業から派遣された新装備開発者の女性は、自分達が開発した「補助機関」に絶対の自信をもっていた。

 多くの思惑が入り乱れる中、南部軍区人機模擬戦は開始される。

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